The Millennium Wolves ミレニアム・ウルフ アルファの野望2 - 表紙

The Millennium Wolves ミレニアム・ウルフ アルファの野望2

Sapir Englard

両親との対面

強気な態度を崩さないシエナにもかかわらず、俺は彼女を同居させる気満々だった。

あの招待状によって、彼女は行動を起こさざるを得なくなるということは分かっていた。人から指図されるのが何よりも嫌いな子だからな。彼女が荒っぽく振舞うのは嫌いではないが、俺がしっぽを巻いて逃げたと思ったあいつは、驚いた様子だった。

次の行動を起こす前に、もう少し時間を与えよう。もし俺とこのゲームをするなら、負けるのを覚悟したほうがいい。

だがその計画の前に、2時間にも及ぶビデオ会議に参加せねば。ニヤついた自分の顔を元に戻しながら、パソコンのビデオチャットを開いた。

「ノーウッド」カナダのにケベックに位置する群れのリーダー、クリストファー・チェンバースが画面越しに俺に呼びかけた。隣には、彼のパートナーであるジェイミー・ウェルズも座っていた。

「チェンバーズ」と素っ気ない声で俺も挨拶した。「元気そうだな」

薄ら笑いを浮かべながら俺を見るその目は、画面越しにも喧嘩を売っているということが分かる。「メイン(アメリカ北東部の州)のやつら最近どうだ?」俺は作り笑いをしながら返した。「問題ないさ。お前たち北部の輩が、大それたことをしなくなったからな」

「だが、聞くところによると、大それたことをしようとしているやつがいるそうだな」平然を装っているが、こいつの魂胆は分かる。

唸り声を抑えながら、俺はジェイミーにターゲットを変えた。

「だいぶお疲れのようだな、ウェルズ。ボスに何かされたのか?」

目をギラつかせながら俺に吠えたクリスに対し、ジェイミーはくすくすと笑っていた。

「2人ともいい加減にしろ」呆れた様子のクリスはそう言って、ジェイミーにも怒りの矛先を向けた。「お前もだ。あいつの術中にまんまとハマるな」

唸り声は消え、クリスは何やらブツブツとつぶやいてから再び俺の方を向いた。「俺がこいつに何かしたかなど、2度と聞くんじゃねぇぞ」

「もとはといえば、お前が余計な口出しをしたからだ。俺の群れの噂話にそんな興味があるのか?そもそも、どこからそんな情報を仕入れているんだ?」

クリスはフンッと鼻で笑った。「アルファは情報源を共有したりなどしない」

「お互いの群れの関係を強化するためのステップだと思えばいい」と俺は言った。「そもそもこれはそのための会議だ。困ったときは、お互い様だろ?」

「その手には乗らないぞ、エイデン」「とはいえ、元気そうで良かったよ。みんな心配していたんだぞ」

何か殴りたい衝動に駆られ手が疼きはじめた。子供扱いされるのはもううんざりだ。

「俺はこの北アメリカ大陸で2番目に大きな群れのリーダーだぞ」「自分のケツぐらい自分で拭く」

「ああ、お前は何も分かっちゃいない」人を見下すようなその言い方に腹がたち、1発ブチかましてやりたいと思った。「パートナーを持つ意味とは、自分を心から支えてくれる人を持つということだ」

ジェイミーは呆れた様子でクリスを見つめ、俺は大きくため息をついて言った。「お前の戯言に付き合ってやれる時間があればいいんだが、俺たちにはもっと差し迫った問題があるはずだぞ、クリス」

彼もため息をついた。「そうだったな。たまにはこっちにも来たらどうだ。この時期のケベックは美しいぞ」

「凍える寒さだがな」そうつぶやき、本題に入った。「メインのやつらについて情報を頼む」

「今のところ、目立った動きはない」その顔はもはやリラックスしておらず、張り詰めた表情だった。

ジェイミーがクリスに寄り添っている。彼がそばにいれば、クリスの張り詰めた緊張も少しは和らぐだろう。そんな2人の様子を見て、思わずほっこりとした気分になったが、すぐ話に耳を傾けた。

「俺が就任した後、あの区域の警備を強化した。今はもう、俺たちの群れのアジトを脅かすようなやつはいない」

俺はうなずきながら、引き続き話に耳を傾けた。「先月偵察に行ってみたが、前よりも落ち着いていた。シンクレア(メイン州に位置する村)周辺はもうそんなに警戒しなくても大丈夫だろう」

数カ月前、クリスの前任のアルファは、北部の国境を攻撃して俺たちの領土の一部を力づくで手に入れようとした。

メイン州は他の州に比べて人狼の数が圧倒的に少なかったため、彼はまずメイン州から攻め始めたのだ。もちろんその周辺の状況は悪化し、まさに一触即発状態だった。

だが、彼らとの戦争は破滅への道を歩むようなものだった。

ミレニアム(北アメリカ大陸で最も大きな群れ)のボス、ラファエル・フェルナンデスは、この争いには加担しないよう俺に忠告し、両者の間を取り持つ第三者として行動するよう求めたが、俺にはそんな余裕はなかった。

クリスが現れるまでの数ヵ月間は、何が起こってもおかしくはない緊張状態が続いた。圧倒的な支配力と強さを兼ね持つ彼は、自分がリーダーに取って代わろうとアルファに戦いを挑んだ。彼は拒否しようとしたが、群れのもの達がそれを許さなかった。群れのリーダーたるもの、売られた喧嘩は買わなければならなかったのだ。

しかし、パートナーがいなかったアルファの力はすでに衰えており、その力は弱まるばかりだった。

一方で、クリスにはパートナーがいて、尚且つ彼は当時のベータと肩を並べるほどの強さだったため、アルファを圧倒し、そのまま彼を仕留めたのだ。

そして今、彼は自らの群れを争いのない平和な方向に導くと同時に、俺の群れとの戦いを避けている。

ここ数カ月、クリスと俺は意気投合していたし、俺はクリスを気に入っていた。だが、彼はまだアルファの地位に就いてから日が浅く、自らの地位を確立させようと躍起になっていたのだ。

「お前の仲間達が行儀よくしている限り、心配する必要はないだろう」と彼は言った。明らかに俺への警告ととれるその声のトーンに、俺は嫌気がさした。

こんなことで怒りはしないが、愛想よく振舞うわけもなかった。「俺たちのことは心配しなくていい」

クリスは背もたれに寄りかかり、口元を緩めた。「そいつはどうかな。君があの気性の激しいお嬢ちゃんをマークして以来、予測不能な行動ばかりとっていると聞いているぞ。さぞかし楽しい月夜を過ごしているんだろうが」

また噂話か。

まあ、この件に限っては事実だがな。

こいつは俺が嫌がると分かっててからかいやがる。アルファ同士のやりとりでよくあることだ。ラファエルもそうだった。

「おやおや、もうこんな時間だ」「もう行かなくちゃならない。お前もこの月夜を楽しんだらどうだ?」

クリスまだニヤニヤしてやがる。「ああ、そうするよ。だが、その前にひとつアドバイスをくれてやる」その言葉に俺の目がピクッと反応すると、クリスの口元はさらに緩んだ。

「彼女と一緒にいるときは、肩書きにとらわれない自分の姿を見せることだ。俺たちは、アルファである前に、1人の男だからな」

「彼の言う通りだよ。君はエイデンであって、アルファはその肩書きに過ぎないんだ。肩書きによって自分の関係を築こうとしてはいけないよ」ジェイミーの言葉を聞いたとき、俺は心の中で彼に「黙れ」と言いたくなった。

俺だってバカじゃない。こいつらの言っていることは分かる。だが、10年以上もアルファとして生きてきた俺と一緒にするのはどうかと思う。アルファであることは、もはや俺にとって生活の一部となっているのだ。

確かに、俺は彼女に下の名前で呼ぶように頼み、2人きりのときは俺に歯向かってもいいと言った。だがそれは、それくらい気が強い女性じゃないとパートナーとして務まらないと思ったからだ。だが、アルファとしての肩書きを完全に外すなんて、そんなことできるわけがない。

「了解」「もうとっとと切りやがれ」

「そうするよ」と、クリスは笑いながら電話を切った。

認めたくはなかったが、あいつらは正しい。そして、あいつらが築き上げた関係を俺は本当に尊敬している。

俺は底無し沼にハマってしまったような感覚だった。だが、アルファ以外の姿をシエナに見せない限り、彼女と本当の意味で繋がることができないと分かっていた。

電話を切った今、俺にはやるべきことがある。今まで隠していた俺の本当の部分を、シエナに見せることだ。どう見せるかはもう決めていた。

***

「エイデン!」ジョシュが廊下から俺を呼んでいる。

出かけるところだったため、俺は足を止めなかった。今すぐに行く必要があるんだ。「今日はもう帰るぞ、ジョシュ」

ベータが追いついてきた。「いや、まだだ!」「マーサーとさっき何があったのか、俺に話すまでダメだ!」

俺はパッと振り向き、目をギラつかせながら言った。「俺とシエナの間に何があろうと、群れやお前には関係ない」

「他に言うことがないなら、大事な用があるから帰るぞ」

ジョシュは悔しそうに歯を食いしばった。「あいつはお前に歯向かったんだぞ!」「このまま放っておくつもりか?」

「気をつけろよ、ジョシュ」俺は声を低くし、目で警告した。「俺に声を荒げるな」

すると彼は唸り始め、今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らしはじめた。「いい加減にしろ、エイデン!ジョセリンが美術館か何かの外でシエナに会ったそうだ。しかも完全に取り乱した様子でな! 自分が何をしているのか分かってんのか!?」

みぞおちにパンチを食らったような衝撃だった。だが、俺は何も言わず、ジョシュが呆れて諦めるまで、ただじっと見つめるだけだった。

「もういい!」「お前なんかどうにでもなれ! “あたまで”冷静に考えられるようになったら言ってくれ。お前のペニスじゃなくてな!」

いっそ、こいつの首を締め上げてやろうかという衝動に駆られたが、こいつは俺の親友であり、ベータであり、自分の役割を果たそうとしているだけなんだと思い出した。

俺は怒りを抑え、その場を去った。あとで取り返しのつかないようなことは言いたくなかったからな。

幸いにも、他に邪魔は入らなかった。愛車の黒のアウディに飛び乗り、ラッシュアワーを走り抜け、頭の中で一番大切なことだけを考えた。もちろん、シエナのことだ。

もし彼女に、アルファ以外の自分の側面を見せるとなると、普段なら絶対にやりたくないことをしなければならない。

それが見事に裏目に出ないことを祈ろう。

1時間後。俺はマーサー家に到着した。道路に駐車したあと、外に出て玄関に向かって歩き、ベルを鳴らした。

アルファは、今までに1度たりともしたことがないことをしようとしていた。

彼女の両親に挨拶することだ。

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