Zainab Sambo
ローレン
アテナから電話がかかってきたのは4時間後で、私は会って話をしようとしていたことをすっかり忘れていた。
彼女は仕事を早く切り上げ、私をバーに誘ってくれた。
私はガチガチに緊張して彼女と待ち合わせた。友人なので緊張する理由は全くなかったのだが。
私はただ、彼女に真実を話すべきか、それとも私たちがみんなに吹聴している嘘を話すべきか、見当がつかなかったのだ。
もしこれが別の人だったら、私たちの契約について何も知らないと確信していただろうが、アテナはメイソンの家族だ。
彼女がすでに真実を知っていながら嘘をついたら、彼女は二度と私を信用しないだろう。
私が彼女に近づいたとき、彼女は奥のテーブル席に座っていた。
「遅かったかな?」
「ううん、私が早かったの」とアテナはのんびりと反論し、足を前に伸ばして、目の前の空いている椅子に目配せした。
「何を飲んでるの?」私は彼女が口にしている紫色のドリンクを指さしながら尋ねた。「見た目通りおいしい?」
「すごくおいしい」 彼女はウェイターを呼び、私にもまったく同じドリンクを注文した。
アテナはドリンクを置き、私を見つめた。彼女は私の顔から何かを探しているのだろうか。そうでなければ、なぜ彼女はそんなふうに私を見ているのだろう?
「それで......あなたとメイソンは......」彼女は考えあぐねる表情で言葉を切った。
「そうよね。あっという間のことだったわ」
そして私は嘘の話をしかけて、ヘッドライトに照らされた鹿のように見えないことを願った。
「へえ、そうなの」彼女はかすかな笑みを浮かべ、ドリンクに口をつけた。
「それで、どんなふうに始まったの?」
私はベスの母親に話したのと同じことを彼女に話したが、今回の唯一の問題は、自分でもあまり説得力がなかったことだ。
アテナの眉は、言葉の端々でピンと張った。
「そうなの?ロマンチックね。ロマンチックといえば、最初のデートはどこに連れてってもらったの?エルクス通りにあるレストランだといいんだけど......メイソンはいつもそこで初デートをしたがっていたから」
「ええ、そこよ」私はにやりと笑い、今まで存在すら知らなかったことに同意した。
本当にエルクス通りにレストランがあったの?
だって、私はあの通りを何度も通っているに、レストランに出くわしたことがなかったから。
「何を食べたの?」
私は思わず「エビ」と言った。
彼女は顔をしかめた。「でも、彼はシーフードが嫌いじゃなかった?」
私は彼女の当惑した顔をちらっと見て、ごまかし笑いしながら、内心自分の愚かさを責めた。
「私が1人でエビを食べて、彼はサラダを食べたの」
ベスの母親には簡単に嘘がつけたが、アテナは果てしない質問を浴びせて来て難敵だった。
これは私自身が事前準備を怠った尋問だと感じた。
彼女は私をじっと見てから笑い出した。笑いが収まると、彼女は睫毛の下から涙を拭った。
「これほど嘘が下手な人はいないわね。ところで、エルクス通りにレストランなんて存在しないから。私はあなたをからかったの」
もしガラス窓越しに見れたなら、今自分の顔がどれほど赤くなっているか、想像することができた。
「酷い、やっぱり私を陥れる気だったのね」
「何があったのか教えて。メイソンがあなたを脅迫しているの?だから結婚に同意したの?」
正確にはいわゆる脅迫でなく、私たちはただ2人で助け合おうとしているだけだ。
「もちろん、そんなことはないわ」私はユーモアを交えて答えた。
「私が簡単に脅迫されるような女に見える?」
その通り。
「それじゃ、なぜあなたたち2人は結婚するの?」彼女の声には困惑と苛立ちがにじんでおり、おそらく理由がわからないことに苛立っていた。
しかめ面を浮かべ、アテナは眉をつまみながら私を見ていた。
「私の好奇心と戸惑いをわかってよ、ローレン。メイソンは女嫌いだし、誰とも結婚しようなんて思わないでしょ」
彼が女性を嫌っていることは、自分でそう言っていたので知っていた。その理由は分からない。彼は女性に傷つけられ、失恋経験のある人のように見えた。
でも、これが当のメイソンであることを思い出すと、私はそのばかげた説を一笑にふした。
「あなたに伝えるべきだとは思う。でも、そうしたら私たち2人で彼と向き合わなければならなくなる。あなたが彼と話すべきよ。悪いけど、私はしたくてもできないの」
彼女は理解してうなずいた。少なくとも、彼女は本当に理解しようとした。
メイソンの叔母さん以上に私の状況を理解してくれる人が他にいるだろうか?彼女は彼がどんな人間で、どんなことができるかを知っていた。彼に逆らえば、彼の怒りを買うことになる。
「彼はあなたを拘束しているのね」と彼女は言った。
「ええ、でもここだけの話、この結婚は2年ももたないわ」
彼女はくすくす笑った。「私はショックを受けないわ。でも、あなたが何に足を踏み入れようとしているのか、警告しておくわ」
「メイソンがどんな男かは知っている。私に心の準備がないとでも思ってるの?」
アテナは首を振った。「メイソンのことを言ってるんじゃないのよ」彼女はそう答え、ドリンクに口をつけるのをやめた。
「彼の家族のことよ。メイソンが悪い人間だと思うなら、まず家族に会ってみて」
私は目を見開いた。
彼の家族について、どんな人たちなのか考えたことはなかったが、もし彼らがメイソンと同じくらい、あるいはアテナがほのめかしているようにもっと悪い人たちだったら、私は閉じこもって彼らから身を隠したいと思った。
でも、そんな選択肢はないだろう。
「どんな人たちなの?」私は自分の声が思ったほど弱々しく聞こえていないことを祈りながら尋ねた。
「父親は支配的なクソ野郎で、いとこたちはもっとクソ野郎よ。彼の姉妹は完全に嫌な女たちで、おそらく生きたままあなたの皮を剥ぐわ。私の妹は最悪よ」
「彼女は冷血女で、その鋼鉄の目と冷たい言葉で間違いなくあなたを生き埋めにするでしょうね」
私は彼女が彼の母親のことを言っているのだと理解したが、彼女の言葉には何一つ穏やかな気持ちにさせるものがなかった。
実際、私の不安は吐き気を催すほど大きくなった。
「でも、これは私がいいように言っているだけよ」と彼女は付け加え、グラスを空けた。
「くそっ、もっと強いものが必要だわ」と私は言った。
彼女は私の犠牲を笑うと、ジャック・ダニエルのボトルを注文した。私は時間を無駄にすることなく、喉が焼けるのを感じながらそれを一杯飲んだ。
「落ち着いて、ローレン、あなたパニック発作を起こしそうよ」
私は彼女を深く睨んだ。「まあ、この予期せぬ情報に頭を抱えている最中なので、ごめんなさい」
「何を期待していたの?虹とユニコーン?ニュース速報です。金持ちの家族は普通の家族とは違います。彼らは恐ろしくて、人を操る人間なんです」
「だからメイソンはああなってしまったの?劣悪な環境で育ったから、どうしようもなかったの?」私は本当に彼に同情し始めていた。
今までずっと、彼はわざとそうしているんだと思っていたし、それができたからそうしているんだと思っていた。でもそういった人たちと共にこれまでずっと暮らしてきたのであれば、本当に悲しいことだ。
アテナはまた笑った。それしかないようだった。
「勘違いしないで。あなたを変えられるのはあなた自身しかいないんだから」
「キャンベル家に会うのは結婚式のときだけだし、新婚で忙しくて、彼らのたわごとにつきあってられないかもしれない。だから、落ち着いて」
「『新婚 』を含めてそう言われると、とてもじゃないけど落ち着けないわ」私は息を吐き出した。
「じゃあ、教えて。私を一番嫌いそうなのは誰?」
私は彼女が「誰も」と言うことを強く望んだが、その可能性は低かった。私は一番嫌われそうな相手を知って避ける必要があった。
「全員よ」
「何ですって?」
「全員」彼女は私の無表情に気づくと、繰り返した。
「全員 って言ったは、みんなに嫌われる可能性があるから、選ばなくていいように一言にまとめたの。結局、あなたはメイソンと付き合っている。彼は家族のスターなのよ」
私は自分の目が飛び出てくるのを感じた。「あなたに冷酷な事実を言われるのは本当に嫌」
「それを教えてあげられるのは私だけよ。私は何も包み隠さないわ」と彼女は宣言し、意気揚々としてみせた。
「ご家族とは親しいの?」私は彼女のことをもっとよく知ろうと思い、詮索することにしたが、実際はメイソンの家族に嫌われるかもしれないという事実から気を逸らしたかった。
彼にできれば結婚式を中止にして欲しくて、私の懸念を彼に伝えたいのだが、メイソンがそんなこと気にもとめないことは分かっていた。
彼のイラつく声が頭の中で聞こえるようだった。「大人になるということは、批判に対処できるということだ。でも臆病者の道を進みたいのなら、それは君の自由だ」
「メイソンの家族のこと?」
私はうなずき、彼女が自分の家族ではなく、彼の家族と呼んだことに気づいた。
アテナは肩をすくめた。「つまり、彼らはケーキの飾りのような楽しい存在じゃないけど、私たちはお互いを許容している。気をつけなきゃいけないのは、おおかた女性のほうよ」
「わかってる。いつも無理なのは女性よね」
「私たちは脅威を感じたら、先に噛み付こうとする。噛みつくといえば、明日ランチでもどう?将来の姪のことをもっと知りたいんだ」
私は顔をくしゃくしゃにして言った。
「お願いだから、その言葉は二度と言わないで」
アテナは片眉を上げて、面白そうに言った。「結婚したくないんでしょ?」
「したいわよ」
彼女は私の目を探ろうとしたが、私は彼女の前にあるボトルにちょっと関心があった。
「彼はあなたに何かを申し出た」彼女はついに探り当てて言った。「あなたが断れないものをね。彼は取引をするのが本当に上手なのよ」
私は同意して呻いた。アテナが言った範囲のことは本当だった。
メイソンが仕事仲間やライバルの誰かに選択肢を与えるのを見たことが何度もあったし、彼らの希望でなくても断れないような難しい選択をさせるのを見たこともあった。
例えば、コナー・ジュリアンに自社を彼に買わせてCEOの座を維持するか、あるいは会社が焼け落ちるのを見届けるかの選択を迫ったことがあった。
当時、私はコナー・ジュリアンが自分の手で築き上げた会社を売ったことに本当に失望した。
そして、私がメイソンとの取引を自ら受け入れたとき、それがジュリアンにとって良い取引であったことが分かった。私は彼と同じことをしていた。私たち2人とも愛するもののために行ったのだ。
「でも時には、そこから距離を置くこともいいことよ。たとえそれが良い取引であってもね」
その警告は彼女の声に表れていた。私は彼女に微笑みかけ、できるだけ自然に振る舞おうと決心した。
「ローレン、私の本にはこう書いてある。権力やタトゥーのある男、そしてそう、傲慢な人間の言葉は必ずしも信用できない」
「じゃあ、基本的にはメイソンね」
「特に私の甥。彼を信用してはいけない」
「待って...タトゥー!メイソンにはないけど」
「うーん」 彼女はうっすら笑いながらドリンクに口をつけた。
私は目を見開いた。「どこに?誰よりも完璧で優秀なお方が、自分自身をブランド化したの?」 私は苦笑した。「信じられない。どこにタトゥーがあるのか教えてよ、アテナ」
「結婚したら見れるわよ」
「あなたって、最悪」
「私は最高よ」
私はメイソンのタトゥーのこと、彼がどんなタトゥーをどこに入れているのかが気になって仕方がなかった。私はこの突然の執着で、どうやって見るかを、考え出した。
もし正直に尋ねてしまったら、私の首はもう胴体にくっついていないだろう。それに結婚式の後、メイソンが私の前に姿を現したがるはずがないこともわかっていた。
彼のタトゥーには何か意味があるのだろうか?
大きいの?
小さいの?
本当に気になってしょうがなかった。
こんなことを言い出したアテナが悪い。
これほど何かに執着したことはなかったが......メイソンに関することなら、どうしても知りたいと思った。
私は絶対に探し出してみせる。