
契約結婚 ―魅惑と欺瞞― 8巻
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S. S. Sahoo
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あいまいなシグナル
アンジェラ
ボレロなんて聞いたことがなかったけど、音楽が始まった瞬間、ザビエルと私が記念式典で踊る曲はこれだと思った。
ハンプトンズで過ごした奇妙な週末以来、ザビエルと私は……どう表現したらいいのか分からないけど、……親しくなったと思う。
たくさんおしゃべりしているわけでも、ずっと一緒にいるわけでもない。そもそもザビエルは仕事が忙しくて、ほとんど会えていない。でも夜、彼が仕事から帰ってきたとき、私たちは一緒にテーブルについて、ルシールが用意してくれた食事を食べたりする。
基本的には無言で食べるだけだが、時々テーブルの向こうからザビエルの奇妙な視線を感じる。顔をあげると、ザビエルは決まって、なんだか恥ずかしそうに、目を逸らす。
あのザビエル・ナイトが、恥ずかしがっている!
ありえない。私の勘違いかな。
それでも、同じベッドで寝たあの日から、私たちは見えない壁を乗り越えたような気がしている。お互いを憎んでいた私たちが、お互いを受け入れられるようになったんじゃないかって……。
一緒にいることを楽しむまでに。
また今回も、私が楽観的すぎるだけかもしれない。これまで何度も、ザビエル・ナイトが私に伝えてきた本音のことを考えると。
でも今夜、ダンスレッスンに戻り、キキと一緒に様々な種類の社交ダンスからコンテストに最適なものを探しているとき、私は空気中に電気のようなものが流れているのを感じることができた。
私たちはこれまでにこんなに身体を触れ合わせたことがなかった。どのダンスも私たちには合わなかったけど、それでも興奮していた。
「ナイト夫人、もう少し力を抜いて」キキがキレ気味で言ってきた。
ザビエルとワルツを踊っていた私は、惨めな気持ちになった。1、2、3。1、2、3。1、2、3。。繰り返されるリズムの中で、意識がぐるぐる回っていった。
そんな私を見て、キキは腕を組みながら舌打ちをした。私は顔が赤くなり、ザビエルから一歩下がり、首に手を当てた。
「他の踊りを……試したらダメ?」
「全ての社交ダンスの基本となるこのステップをマスターしなきゃ、何も踊れるようにはならないわよ」キキはそう答えた。
しかし驚いたのは、ザビエルがキキに向かって言った言葉だ。「俺も妻と同意だな。ワルツは好きじゃない。他にはなにがある?」
キキは驚きと苛立ちを隠せず、顔を背け、音楽を担当している男のところに行った。私はザビエルに小さく微笑み、感謝の意を示した。ザビエルは額をぬぐった。
ザビエルが汗だくなことに、その時初めて気が付いた。でも私はそれを不快とは思わず、むしろ男らしさを感じた。水滴で肌は輝き、くっきりと映える筋肉に、思わず見とれてしまう。
ダンス以外もきっと、上手なんでしょうね……、なんて考えてしまうほどに。
「ん? アンジェラ?」ザビエルが笑顔で尋ねてきた。
私は真っ赤になって、顔をそむけた。「あ、ごめんなさい、ぼおっとしてて」
「見ればわかるよ」ザビエルはにっこりと答えた。
音楽が変わり、ありがたいことにテーマも変わった。今度はタンゴを試してみることになった。でも、だめ、これはやりすぎね。あまりにもセクシーすぎて、ザビエルが私の足をつかんだり、胸に引き寄せたりするたびに、私は恥ずかしくて固まることしかできなかった。
その後にスイングが続いた。陽気で楽しかったけれど、ザビエルと私はその速さについていけなかった。
キキは見るからにイラついていた。その信じられないほど細い身体も、小さい顔も、今や私にとって脅威ではなくなっていた。
だってザビエルは私だけを見ているんだもの。
「はいはい」キキは手を叩いて言った。「ボレロをやってみましょう。私もあなたたちと一緒に、ステップをとるわ。まあザビエルは、私の助けなんて必要ないかもしれないけどね」
普段は甲高い声で偉そうな口調のこの女、ザビエルに対してだけは柔らかく、べとべとした話し方になる。よくここまであからさまな態度をとれるわね?
しかし官能的なスペイン音楽が流れ始め、ザビエルの手が私の背中のくぼみに押し当てられるのを感じると、すべてのネガティブな思考が頭から消え去った。
ゆっくりとしたテンポで、悠然とした官能的な動きに、お互いを見つめる目。
とても魅了された。
なんだか、私の身体は自分から動き始め、リズムに乗り、ザビエルと調和して動いた。それはとても自然で、そしてしっかり合っているように感じた。
一瞬、部屋には私たちだけで、他には誰もいないように感じた。キキも、他のダンサーたちもいない。ただザビエルと私だけ……。
しかし、見慣れない手がザビエルの立派な上腕筋を撫でるのを見て、この幻想は砕け散った。
「すごいわ、ザビエル」キキが囁いた。「恐れずにしっかりリードして。このダンスが表現するのは、支配、自分の所有するもの、それから……男であることについて、なの」
ゆっくりと、キキは手を私たちが組んでいるところに重ねてきて、間に滑り込み、私たちは奇妙に揺れる3人組になった。
ザビエルはキキを上から下まで見て、唇を舐めたのを私は見逃さなかった。まるで2人の女が寄り添っていることが男にとって最高の贈り物であるかのように。
この女!
私はダンスから抜け出したかった。怒って去りたかった。でも、優しく魅力的な音楽が、私を離さなかった。
私はザビエルの身体の熱を感じ、キキの冷たい小さな手を感じた。ザビエルの目はキキと私の間を行ったり来たりして、どちらのパートナーを選ぶか決められないかのようだった。
「怖がらずに選ぶのよ、ザビエル」キキがうっとりと言った。「このダンスは他のダンスとは違って、1人でも踊ることができるの……」
彼女の言葉の意味くらい、私にも分かった。キキはザビエルに自分を選ばせて、ダンスフロア私に1人で踊らせて、恥をかかせたいのだ。
頭おかしいんじゃないの?
このコンテストは、ザビエルの会社関係者に向けて、私たち夫婦がどれだけ強く結ばれているかを示すためのものだった。私は自分の感情を――どれほど混乱していても――一旦置いて、仕事として真剣に向き合わなきゃいけなかった。
それなのに、キキと踊ることがザビエルに何の役に立つというの?
ザビエルはそんなこと気にしていないようだった。少なくとも今は。この男は笑顔でキキを回し、情熱的に奔放に飛び込んでくるその女の身体を、楽しんでいるのは明らかだった。
それに比べて、私はテトリスのブロックにでも見えていただろうか、正しくはあるが、あまりにも堅苦しくはまりすぎている。
「アンジェラ」とザビエルが言って驚かせてくれた、「君は天性の才能があるよ」
ザビエルが私を回した。一体何が起こっているの? ザビエルが選んだのは私なのか、キキなのか、それとも私たち2人ともなのか。一度プレイボーイになると、死んでも治らないんでしょうね。
曲がようやく終わったとき、私はパッと一歩下がり、深呼吸をして、頭を落ち着かせようとした。キキはその後もザビエルにやたらと長い間しがみつき続けた。
再び、私は動揺し、自分でも理解できない嫉妬の怒りに飲み込まれていた。ザビエルと私が本当のカップルではないのだから、彼が好みの女の子を見て、触ってもなんの問題ないのだ。
おそらく私はここ最近の誤った安心感に騙されていたのだろう。私たちがお互いの時間を楽しんでいるからと言って、ザビエルが私に対して何か特別な感情を抱いているわけではないのに。
もちろん、その通りよ、アンジェラ、私は自分自身に言い聞かせた。あの人が私を気にかけたことなんて一度もないわ。
そのトゲトゲした思考を抱えて、私はドアに向かった。シャワーを浴びて着替えて、ボレロの最初の美しい瞬間、ザビエルと私しかいなかったときのことはもう考えないようにしようと思った……。
他の誰もいなかった世界のことは。
ザビエル
アンジェラにこんなことができるとは思ってもみなかった。父にこのダンスコンテストに出るように言われたときは、どうなることかと思った。あまりにも無垢で、男に触れられることすら慣れていないような人間と踊るなんて、無謀だ。
俺の手を握ることすら震えているような状態で、踊ることなんてできるのか? 最初のレッスンで、言わんこっちゃないと思った。
あいつは、想像を超えてくる不器用さで、俺の足を踏んでは、馬鹿みたいに2秒おきに「ごめんなさい」と言う。
でもボレロが始まったとき……。
まるで別の女と踊っているようだった。
特にキキが加わってきたときの、アンジェラの反応はすごく良かった。アンジェラはこのインストラクターを嫌っているようだったが、無理もない。
細い枝のような抜群のスタイルと、美しくブリーチされた髪、猫のような伸びやかな動き。キキの美しさに惚れ込む男は多いのだろうが、俺のタイプではなかった。
いや、正直に言うと、やたらとまとわりついてくるキキに、俺は嫌悪感すら抱いていた。
アプローチは不快だったが、それでも俺は楽しんでいた。なぜなら、それは俺の妻を困らせ、熱くさせていたから。酷いだろうか? そうかもしれないな。
天使でしかなかったアンジェラの顔に、嫉妬が新しい色をつけた。それは俺にとって、いろんな意味で、狂おしいものだった。
何百人もの人の前でこのダンスを踊るんだと思うと、俺はもはや言葉にできないほどの興奮を感じていた。
帰り道、俺はアンジェラとのダンスがどれだけ楽しかったかを伝えようかと思ったが、やめておいた。俺は女を口説くとき、カードはいつも胸の内に置いておく主義なのだ。
今も、俺はその方法を変えるつもりはなかった。
しかし、帰宅後、遠くで叫び声とドアが激しくバタンと閉まる音を聞いたとき、間違っていたのかもしれないと思った……。
アンジェラ
ネックレス。他の女のネックレスがカップボードの上に置かれていて、私を待っていた。私の方が、安っぽい後付けのもののようだ。ザビエルが使いまわしのジュエリーをプレゼントして、私が気づかないとでも思っているのか。
あの男、何なの?!
私の目の前でキキといちゃつくだけでなく、明らかに他の女のために用意されたこの使い古されたネックレスを置いておけば、私を落とせると本気で思っているの?
考える前に、怒りで声が抑えられなかった。
「なによーっ!」
ネックレスを取り、他の女のイニシャル――「For P.S.」――が刻まれたそれを力いっぱい投げた。
部屋の遠くの壁で跳ね返り、私のベッドの下に転がっていった。
私はマットレスに倒れ込んだ。
気が動転して、まともに考えることができなかった。ザビエルがどうして他の女のネックレスを私に渡すなんて馬鹿げたことをするだろうか? ただただ私を混乱させたいと思っているとしか、考えられない。
今の時点で、馬鹿なことを考えるのはもうやめよう。エミリーが正しかったのかもしれない。もしかしたら、本当にこの契約をすべて全て終わらせる時が来たのかもしれない。
私は怒りが収まらず、顔を枕に埋めてしばらく横になっていた。
寝る準備をしようとしていたとき、ドアをノックする音がした。
「アンジェラ?」ザビエルはそう言って部屋に入ってきた。
「何――」私の声は喉に詰まり、出てこなかった。
そこに立っていたザビエルは、半裸でタオルだけを腰に巻いていた。水が彼の広い肩から滴り落ち、彫刻のような腹筋を伝っていく……。
身体の中で突然燃え上がる熱が、私の中の全ての怒りを追い出し……それを何か他のものに置き換えた。
「話をしようと思って……」彼は声を低く言った。
唾をゴクリと飲み込んだ。
なぜか、ただ……話すだけで終わらないような気がした。