
His Lost Queen 失われた女王 6巻
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Annie Whipple
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8
この巻は「His Lost Queen 失われた女王 5巻」からの続きです。
第21章
グレイソン
このときほどベルを愛したことはなかった。これほど彼女が誇らしかったことなかった。
そして、これほど苛立ったこともなかった。
俺はアパートの裏を行ったり来たりし、全身にうなり声を響かせた。その建物は荒れ果て、今にも壊れそうだった。俺のパートナーに相応しい場所じゃない。
部屋に入り、彼女を再び肩に担ぎ上げ、5つ星ホテルに連れて行くことだけを望んだ。
そこで、金で買える最高の料理を手づかみで食べさせ、疲れた足をさすり、この腕に抱いて眠りにつかせる。
絆を通して悲しみと落胆が伝わってきた。1時間ほど前に泣き止んだが、まだ起きていた。
時々窓からかすかに聞こえる足を引きずる音が、まだ寝ていないことを告げていた。
だんだん滑稽に思えてきた。アルファの俺がここに、いや、今じゃ超自然界の王だ、クソッタレ。そんな俺が今ここにいて、パートナーのアパートの外に哀れなストーカーのように立ち尽くし、彼女の気配を捉えようと必死だ。
窓のカーテンが風で少し揺れるだけでも、俺の心臓は高鳴った。
真夜中だったが、彼女の部屋の明かりはまだついていた。その窓の下を行ったり来たりしながら、窓ガラスを見続けていた。
オオカミの絶え間ないうなり声で胸の振動が止まらない。今、彼も俺と同じようにパートナーを恋しがっていた。ベルと一緒に過ごしていない俺のヴァンパイアでさえ、彼女に会いたがっていた。
俺は歯を食いしばった。彼女はどうしてまだ寝ていないんだ? 一日中働き詰めだったのに。家に連れ帰ったのは休ませるためで徹夜させるためじゃない。
彼女は疲れ切っていた。パートナーの絆に抗って、俺を意識から遠ざけ続ける強烈な苦痛を感じているはずだ。
俺を受け入れて、絆を通して慰めさせてくれるなら、俺がどれほど彼女を恋しがっているか理解してくれるだろう。彼女が必要なことを。あの出来事すべてを後悔していることを。
窓ガラスに微かな動きが映ると、俺は動きを止め、息を潜めた。ベルは目を潤ませ、頬を涙で染めながら、ゆっくりと窓に近づいてきた。
ウェイトレスの制服を着たままだ。一日中着ていたのでしわくちゃになっていた。
彼女はためらいがちに外を眺め、両腕を腰にしっかりと巻きつけた。不安なときにやる仕草だ。
彼女の体がほんの少し緩んだのを見て、俺が見ているのを感じているのがわかった。俺の視線に癒やされたのだろう。
外は暗くて俺の姿は見えなかったはずなのに、彼女の視線は俺を見つけ、しばらくの間こっちを見つめていた。
ヴァンパイアとオオカミが自分のパートナーをもっとよく見ようと、同時に表層に押し寄せた。その勢いを抑えきれず、俺は暗闇に感謝した。真っ赤な目で彼女を怖がらせたくなかったからだ。
こっちに手を差し伸べるように、ベルは手を上げて窓ガラスに触った。俺のオオカミがうめいた。俺は一歩前に出た。
彼女の頬を涙が伝った。
俺の心は完全に打ち砕かれた。考える間もなく彼女に近づいた。彼女を抱きしめて、もう大丈夫だと伝えたかった。
彼女は震える手でバタンと窓を閉め、カーテンを引っ張って俺の視界を遮った。それが拒否のサインだと気づき、俺は歩くのをやめた。
彼女はまた泣き出した。どれだけ必死に抑えようとしても、閉め切った窓からさえ、彼女の嗚咽が絶え間なく聞こえてきた。ベルにしてやれることは何もなかった。
ただそこに立ち尽くし、やがて俺を受け入れてくれることを、何が起こったのかを説明させてくれることを祈るしかなった。
***
1時間ほどして、ベルがようやく眠りについた。これで一安心だ。泣き叫び、嗚咽を漏らし、疲労困憊した後、夜中の2時頃にようやく呼吸が整い始めた。
俺はアパートのすぐ横にある木の下に座り、彼女の窓を見上げていた。自分をこれほど役立たずと感じたことはなかった。どうすればいいのかわからなかった。
距離を置くことは、俺に、そして彼女にも耐え難かった。彼女の苦痛は、俺が近くにいるせいで絆が与えているもので、ふたりを番いにするための最後のひと押しがあの痛みなのだ。
でも彼女はとても頑固で、自分のためになることをしようとしなかった。
彼女の首に刻まれた俺の印が脳裏に浮かんだ。それは腫れ上がり、巨大なしこり(傍点:しこり)状になっていた。周囲には小さなブツブツができており、化膿しているのは間違いなかった。
その痛みがどれほどなのか想像できないほどだった。彼女が耐えている痛みを想像し、少なくとも現時点で彼女を助ける術が俺にはないと考えると、体調が悪くなった。
俺たちのパートナー関係は、この時点で完全なものになっているはずで、彼女の印は小さな白い傷跡となり、わざわざ探さないと見つからない程度のものに鳴っているはずだった。
しかし、ふたりが長い間離れていたことと彼女が絆を否定したことで、パートナーの絆が相手を強く求めた結果、印が肥大し、炎症を起こした。
突然、恐怖の叫び声がベルのアパートから聞こえてきて、俺は我に返った。
すぐにパートナーの異変を察知し、立ち上がり、一瞬のうちに彼女のもとへ駆け寄った。
難なく彼女の部屋の窓に飛び上がると、窓をこじ開け、素早く彼女の部屋に潜り込んで着地した。
狭い部屋に恐怖の原因を探したが、何も見つからなくて混乱した。
必死の形相で探しているとベルが目に入った。ベッドの上でまだ眠っている。しかし、泣きながら寝返りをうっていた。
その美しい顔は歪んでいて、固く閉じた目からは涙が流れ落ちていた。悪夢を見ていたのだ。
そして、俺の魂を打ち砕くような恐怖の悲鳴をまた上げた。「やめて!」 彼女は眠ったまま叫んだ。「お願い、いや!」。
彼女を起こさないよう音を立てずに、素早く彼女に近づいた。彼女が目を覚まして、ここにいる俺を見つけたら、今よりもっと怖がるだろう。
「ベル、ベイビー」 ベッドの横にひざまずきながらささやいた。正気を保つために、床にマットレスが敷いてあるだけという事実を考えないようにした。
彼女は薄い毛布に包まって震えていた。腕には鳥肌が立ち、薄いタンクトップ越しに乳首が尖っていた。彼女に触れたくて俺の手が震えた。
「グレイソン」 怯えた声がした。
俺は肩を落とし、ため息をついた。「ここにいるよ、ベイビー」
「いや!」 彼女が突然叫んだ。「グレイソン、お願い、いや! やめて……」
その悪夢が何かわかって、俺は死ぬほど驚いた。悪夢の主は俺だ。俺から傷めつけられている……レイプされている夢だ。
「ごめんなさい」 ベルは続けた。涙声でよく聞こえない。「ごめんなさい。お願いだから、もう……」
「ベル、そんな……」 俺はささやいて、彼女の手をそっと握った。「しーっ……」と言って続けた。「大丈夫だよ。俺はここにいる。もう二度と傷つけないから」
俺の声で落ち着くと思ったのだが、そうじゃなかった。俺の声を聞いた瞬間、彼女はさらにもがき、握った手を解こうとした。しかし、俺は手を離さなかった。
この声が彼女を恐怖に陥れるとしても、この手の感触はそうじゃないはずだ。長い間、彼女はこの手の感触を得られずにいた。
ベルが蹴るたび、叫ぶたび、彼女の悪夢が悪化した。悪夢が悪化すればするほど、彼女を落ち着かせようと俺は必死になった。何かしなければと思った。
ベッドにもぐりこむと両腕をベルに回し、その体を引き寄せた。
しばらくの間、彼女はもがき続けた。寝ながら小さな拳で叩き、足で蹴り続けた。
俺はしっかりと抱きしめていた。それどころか力を少し強めて、彼女の体に片足を絡め、シャツの背中から手を入れて素肌に手を当てて、自分の体に引き寄せて密着させた。
彼女を強く抱きしめると震えているのがわかった。
そのとき俺はやっと彼女の傷心の深さを理解した。彼女の背中に置いた手に痩せて突き出た背骨が触れた。
彼女の頬はへこみ、浮き出た肋骨が俺の体に当たった。ベルが最後に食事をしたのはいつだろうと思わずにはいられなかった。
一日中彼女が働くのを見ていたが、一度も休憩を取っていなかったし、俺が食べろと強要したあとでも食べている様子はなかった。どこかで何か食べていたのだろうか?
苦々しい思いをしながら、彼女を抱き寄せた。明日、俺が確実に食べさせる。それが俺の仕業だと彼女が気づかなくても。
やがてベルはパートナーの感触を感じてもがかなくなった。俺は安堵のため息をついた。彼女の震えは止まらず、閉じた目からは涙が漏れていたが、少なくとも落ち着いていた。
「グレイソン」 彼女は寝言のようにささやいた。「お願い……ごめんなさい……」
俺のオオカミが悲しい声をあげた。俺は「違うよ」と答えた。必死さが声に滲んでいた。「君は悪いことなんて何もしていない」 寝ている彼女に聞こえてほしいと願った。
「君は何も悪くない。ベル、聞こえているかい? 謝るのは俺のほうだ。間違いを犯したのは俺だ。君じゃない。君を本当に愛しているよ。それに気づいてくれ。本当に、心の底から愛している」
「グレイソン 」 弱々しい声でまた俺の名前を呼んだ。
ため息をついて、体を屈めて彼女の額にキスした。「しーっ……」と、髪の生え際でささやいた。「もう大丈夫だ。俺がいるからもう安心だ。力を抜いて。俺がついているから。俺がここにいるから」
俺が命令を下したかのように、彼女の震えは静まり始め、満足そうにため息をついた。
そして、無意識に俺に近づき、パートナーの腕に安らぎを見つけ、彼女がいるべき俺の胸に顔をうずめた。俺は胸のつかえが少し取れたのを感じた。
たまらずに身を乗り出し、彼女の首筋にある怒りの印を舐め始めた。それで傷が癒えることはないと思ったが、今だけでも痛みは和らぐはずだ。
この印と絆を癒す唯一の方法は、彼女と肉体的な接触を続けることだ。そうすれば、明らかに飢えている絆に栄養を与えられる。
それ以外だと交尾しかないのだが、今の状況では複雑になっている。
ふたりにとって交尾はもはや、パートナーとの絆を完成させて永遠に結びつけるという単純なものではなく、交尾後のベルの変身が予測できなくなっていた。
初めての交尾のあと、ベルが妖精に変身するのを忘れたわけじゃない。考えないようにしていただけだ。
愛を交わしたあとで、彼女には苦痛が伴う変身が待っていると考えたくなかったし、俺にはどうすることもできないものだった。とは言え、俺たちはいずれ交尾しなければならない。しなければ絆をさらに飢えさせてしまう危険があるのだ。
胸に顔を埋めていたベルが、ねだるような声を出して首を横に動かした。俺に印を舐めてほしいのだ。
俺は嬉々としてそれを舐めた。彼女が必要とするなら、どんなことでも喜んでやってやる。
やがてベルは俺の腕の中で安らぎを感じながら深い眠りについた。彼女がまともに眠ったのはいつ以来だろう?
目の下のクマや疲労の表情から察するに、俺と同じころだったはずだ。そうじゃなければ、その前だろう。
絆のせいでまったく眠れなかったのだろうか? それほどひどい痛みだったのか?
冷静さを保ち、オオカミに支配されないように必死だった。もうベルを取り戻したのだと、必死に自分に言い聞かせていた。
自分の手で壊してしまったものを直し、信頼を取り戻すにはそれなりの時間がかかるかもしれない。でも、今、ベルは俺の腕の中にいて、絶対に必要な休息をとっている。それがすべてだった。
「しーっ……」 彼女の耳元で囁き続け、数か月ぶりに俺の中でリラックスしている彼女を全身で感じていた。「愛してるよ、ベル。愛している。本当にごめん」
俺たちは一晩中そうしていた。俺は眠らなかった。うっかり朝までいるのは避けたかったし、このままベルを腕の中に置いておきたかった。
その間ずっとベルを観察した。ベルの心の傷を表す印や、やせ細って弱くなった体に気づくたびに、怒ってうなるオオカミを抑えなくてはいけなった。
離れていた時間が彼女に大きなダメージを与えたのだ。でも、彼女は本当に強かった。パートナーなしで3か月も乗り切れる者は多くない。番いの儀式を終えていない者同士だと特にそうだ。
俺たちの体はすでに引き寄せ合い、絆は交尾を強要していた。たとえ俺の側にいたとしても、ここまで時間が経っていたら痛みは避けられなかったはずだ。
数時間後、太陽が昇ってきた。ため息をついて、俺は動こうとした。ベルが目覚めたときにパニックを起こさないように、ここから離れる時間が来たのだ。
しかし、俺が動いた瞬間、ベルは甘えるような声を出して、やせ細った体を押し付けた。そして、俺の首に腕を回して顔を埋めてきた。
胸が苦しくなった。ベルと一緒にいたい。世界の何よりもそれを望んでいる。そして、ベルも俺にいてほしいと思っている。ただ、彼女はその欲求を意識から追い出している。
片足を俺の腰の上に乗せて、無意識に自分の熱い芯を押し付けて、首のくぼみに顔を埋めて、俺の匂いを深く吸い込んだとき、俺は静かにうなり声をあげた。
「わかっているよ、ベル、わかっているよ」 彼女の髪にささやいた。そして、彼女の額に最後のキスをする前に俺も彼女の匂いを深く吸い込んだ
「もう行かなきゃいけない。でも、安心してくれ。君を置いていくわけじゃないから。いつでも君の後ろで、君を守り、君の安全を確保するから。
「俺が必要なときはいつでも言ってくれ。すぐに飛んでくるから。わかった?」 そう言って、彼女の頭をそっと傾けて美しい寝顔を見た。
彼女の頬に少し色が戻っているのに気づいて、俺はそっと微笑んだ。もう疲れて青ざめてはいない。よかった。
「お願いだ。後生だから、俺と話をしてくれ。そして説明させてくれ。愛しているよ。俺には君が必要なんだ」
できるだけゆっくりと優しくベルから体を離した。彼女から離れる痛みが体を貫き、俺はうめき声をあげた。
ベッドに戻ってベルを永遠に抱いていたい欲求で俺の体は熱くなった。
オスの人狼はパートナーと離れるのが非常につらい。苦痛を感じているときは尚更だ。
俺たちは、パートナーを健康な状態に戻すために看病し、何があっても傷つける原因を排除したい欲望で気が狂いそうになることもある。
たとえ30センチでもベルとの間に距離が開くのは、俺の本能に反することだった。
俺のオオカミとヴァンパイアが「ここに留まれ」と迫るのを無視した。彼らの声は心の混乱に拍車をかけるだけだった。
彼女を取り戻すためには距離を置かなければならないことを、彼らは理解していなかった。彼女に何も強要しないとわかってもらうには干渉しないようにするしかないかった。
オオカミが体を支配して俺の意識を後ろに押しやったとき、俺はうめいた。辛うじてベルの体をそれたが、俺の体はベッドに叩きつけられ。
すぐに彼女を見るとまだ眠っていた。その眠りの深さに、彼女がどれほど休息を必要としていたかがわかった。
今夜、必ず戻ると誓った。明日も明後日も毎晩戻ってくる。パートナーを休ませるためなら、俺はこの先眠らなくてもいい。
ベルが寝息を立て始めたとき、俺は窓から飛び出した。




















