
Broken Queen ―捨てられた狼女は運命を覆す― 9巻
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Danni D
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6
回復への道
アリエル
「アレックス、待って!」私は叫んで、土砂降りの雨の中、彼を追いかける。
彼は振り返ることも私に反応することもなかった。ただぬかるんだ道を歩き続ける。
元運命の伴侶を組み敷いている私がどんなふうに見えたかなんて、想像するしかない。でも、ほんの少しもやましいものじゃなかった。
それどころか、彼を打ち負かすのは治療のようなものだった。
ついにアレックスに追いつき彼の腕を掴んだが、彼は払いのけた。
「アレックス、聞いてってば!」私は叫んだ。
彼は振り返って牙を剥く。
「君の近くにあいつがいるなんて、まずいことだとわかってた」アレックスは唸るように言う。「君たち2人はくそったれの運命の伴侶だからな!」
「元運命の伴侶よ!」私は言って、顔にかかった濡れた髪を払いのける。「それに、彼は私にとって何の意味もない!」
「アリエル、狼人間にとって運命の伴侶は必ず何かの意味を持つ。そんなふうに結びついている」アレックスはぶっきらぼうに言った。
「今それを感じないとしても」彼は続ける。「これからもそうだということにはならない。そして、彼がすでにそう感じていないということでもない」
「彼こそが私との絆を断ち切ったの!」私は怒鳴って、彼に理由を思い出させようとした。「そんな彼がどうして私と関わりたいと思うのよ?」
「なぜなら、彼は愚かな間違いを犯したからだ!」アレックスは怒鳴り返した。「それがわからないなら、彼は世界一の愚か者だ!」
私は驚いて言葉を失った。
私がゼイヴィアと協力することについて、アレックスがそんなふうに感じているなんて知らなかった。
「君にとってはただのスパーリングだったかもしれないが、彼にとってはそうじゃなかったはずだ」アレックスは傷ついた表情で言った。
私はアレックスの濡れた体に両腕を回した。そんな私たちを雨が打ち続ける。
私は顔を上げて、彼の輝く緑色の瞳を見つめた。「アレックス、はっきりさせておきたいことがあるんだけど……」
「何だ?」アレックスはためらいがちに口を開いた。
「運命なんかくそくらえ。定めなんかくそくらえ。全部どうだっていい。大切なのはあなたと私。私たちは私たちの物語を紡ぐの」
アレックスが私の腰に腕を回して抱き上げ、雨の中をくるくる回った。私の脚が雨を切り裂く。
彼は私の唇に彼の唇を情熱的に押し当てた。
“運命づけられた”伴侶に惹かれるはずだとか、どうでもよかった。
この人こそ私が一緒にいたい人なのだ。
頬を伝った涙が雨粒と混じる。
アレックスは私のすべてだ。ときどきうまく伝えられないとしても。
一生懸命頑張っているところだ。
アレックスは私の手を掴んで、カフェの雨除けの下に入り、雨宿りをする。
窓ガラスに映った自分たちの姿を見て、笑みを零した。
2人のずぶ濡れの狼人間。
私の内なる狼が不快そうに体をブルブル振るのを感じたが、この瞬間アレックスと一緒にいることが嬉しかった。
温もりを求めて体をすり寄せると、アレックスが私の髪を撫でる。
「アリエル……訊いてもいいか?」
「もちろん」私は彼の胸に頭をもたせかけた。
「母さんに何を言われたんだ?」
(ああ、そうだった。まだその問題が……)
私は体を離して深刻な表情で彼を見た。私がどう感じているか、彼に本当のことを話すべきだ。
「彼女は……すぐに私と結婚式を挙げるようあなたを説得してほしがってるの」私は言って、彼の濡れたTシャツに手を当てた。「でも、アレックス……私はわからなくて……」
「アリエル、俺はこのことに何も噛んでないってことを信じてほしい」彼は自分の手を私の手に重ねた。「早すぎるってことはわかってる。君にプレッシャーを感じてほしくないんだ」
彼の忍耐力を嬉しく思いながら、私は頷いた。
「俺たちは2人ともまだ過去のトラウマを乗り越えようとしているところだ」アレックスは言う。「一番必要がないのは、心の準備ができる前にこんなにも重要なことに焦って飛び込むことだ」
重荷が取り払われたように感じた。アレックスは私たちの関係について私が感じていたプレッシャーを取り除いてくれた。
「わかってくれてありがとう」私は彼の頬にキスをした。
「母さんもわかってくれるといいんだが」彼は唸るように言った。「そろそろ気づいてもいい頃なんだがな」
「あまり責めないであげて。あなたのお母さんはあなたの幸せを願ってるだけだと思うから」私は自分がマリアについて好意的に話していることに驚いた。
「君が幸せなら……」アレックスは私を引き寄せる。「俺も幸せだ」
***
夜の残りの時間はゼイヴィアを避けたほうがいいと思ったので、スティーヴとルイーザのところに戻った。
ヘレナを誘ったので、ルイーザが熱いお茶を3人分淹れてくれた。
「スティーヴは女子会で一緒にお茶を飲まないの?」私はルイーザに尋ねて含み笑いをした。
「彼は嵐をものともせずにパトロールに行くでしょうね」ルイーザは笑って答えた。
「ドムはダメ。彼はお菓子を全部食べて、お茶も全部飲んで、あらゆる会話に入ってくるから」ヘレナが言って、首を左右に振った。「出かけるとき、棒で追い払ってこなくちゃいけなかったわ」
ヘレナはいかにも妊婦という感じで、今にもはちきれそうに見える。私たち狼人間の妊娠期間は人間の半分未満だから、本当にはちきれてしまうかもしれない。
彼女たちが私の人生にいてくれてよかった。そして、今は彼女たちの意見を聞きたくてたまらない。
「正式にアレックスの伴侶になる心の準備ができてないのは、ダメかな?」私はだしぬけに言って、お茶を飲んでカップの陰に隠れた。
ヘレナとルイーザは目を合わせてから、私を見た。
「アリエル、どうしてダメだと思うの?」ヘレナが尋ねる。
「なぜって……あなたとドムを見てよ。あなたたちは互いが伴侶だってわかってから、たったの数週間で結婚式を挙げたでしょ。もうすぐ子狼まで生まれる! 私、アレックスを待たせてるのかな?」
ヘレナはお茶のカップを下ろして、私に厳しい目を向けた。
彼女はいつも“愛と平和の象徴”のようなのに、私を叱ろうとしていた。
「まず、ドムと私はあなたとアレックスのような経験をしていないわ」ヘレナは言う。
「あなたは誘拐されて2年間拷問され、アレックスは運命の伴侶を失った。競うようなことじゃないのよ、アリエル。みんながみんな、ドムと私のように急ぐ必要ないの」
私は少し気持ちが軽くなって頷いたが、まだ気になることはある。「でも、もしアレックスのほうが先に心の準備ができたら?」
「それなら、彼は待たなくちゃ」ルイーザが励ますように言う。「彼はあなたを愛してる。あなたがまだ準備できていないことを急かすようなまねはしないでしょう」
「もしそうなら、私たちがガツンと言ってあげる」ヘレナは熱いお茶に息を吹きかけた。「あなたには気を配るべき戦士分隊がいるかもしれないけど、あなたに気を配る女子分隊もいるんだからね」
私は声を出して笑い、心配事を吐き出せて、つかの間気持ちが軽くなった。
2人の言う通りなのはわかる。でも、私が心配しているのはアレックスのことだけじゃない……。
私のために喜んで待つと彼が言ってくれるのはありがたいけど、私がトラウマからいつ回復するのか、わからないのだ。
残念ながら、期限は決まっていない。
ハンターたちに拷問されてから、まだ普通に感じられないことにイライラする。
回復するまでどのくらいかかるんだろう?
ときどき思う……。
(普通だと感じられるようになるんだろうか?)
アレックス
いまだに母の図太さが信じられない。
大変な目に遭ったアリエルに、結婚式を急かそうとするなんて。
そのことが俺の頭の中にないフリはできないが、アリエルの心の準備が整う前に結婚に持ち込むつもりはない。
アリエルは俺が知る中で一番強い狼人間だが、同時にとても脆い。
かつて壊れていたし、まだ癒え始めたところだ。
そのことを誰よりもよくわかっている。
だからこそ、彼女が群れに他人を連れてくるのを許したのだ。
正直なところ、被験者が苦しみを乗り越える手助けをすることが、アリエルが彼女自身の苦しみを乗り越えるのに役立つだろうと思っている。
アリエルは他人の痛みを癒すのは上手だが、彼女自身のことになると、道のりは長く険しい。
しかし、回復への道にはいつも……。
道がどれほど平坦じゃなくても、俺はアリエルのそばにいる。
そして、母さんには、これ以上アリエルを振り回したり、俺たちの関係に首を突っ込んだりしないようわかってもらう必要がある。
俺は母さんに2人だけで話そうと伝えた。父さんに聞かせたくないからだ
部屋のドアが静かにノックされて、母が不安そうな面持ちで部屋に入ってきた。
「アリエルと話した」俺は即座に口を開く。
「アレックス、私は……」
「ダメだ」俺は片手を上げた。「母さんは策を弄して操ろうとした。いつもみたいに」
母さんは俺の言葉に傷ついたようだったが、わかってもらうためには厳しく言う必要がある。
「アリエルと俺は、自分たちの関係について、自分たちで判断できる。そして、まだ彼女の心の準備ができていないなら、俺もできていない。それを理解してもらう必要がある」
「アレックス、あなたが思っていることとは違うのよ!」母さんは今にも泣きそうになりながら、必死で言った。
「それなら、どういうことだ?」俺は冷たく訊く。「俺には母さんが以前と同じく――」
「余命わずかなの、アレックス!」母さんはだしぬけに言い、涙を零した。「あなたのお父さんは死んでしまう!」
俺は全身が凍りつき、吐き気を覚えた。
「私は……私はあの人が死ぬ前に、あなたが結婚して幸せになるところを見せてあげたいのよ」母は喉を詰まらせながら言う。「ごめん……ごめんなさい。でも……」
俺を見る母の目に涙が盛り上がったが、母は瞬きをして涙を散らした。
「年末まで持たないかもしれないわ」