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Broken Queen ―捨てられた狼女は運命を覆す― 3巻

ふさわしい

アリエル

アレックスと映画を観た夜から数日経ったけれど、彼のきつい言葉は、最初に耳にしたときと同じくらい、ひりひりと痛い。
 アリエルのために無駄にする時間などない。
 かわいそうだと思ったから誘っただけだ。
あまり気にしないほうがいいとはわかっているけれど、気にせずにはいられない。本当に彼のことを好きになりかけていたから。
いい日も悪い日もあった。
自信満々に目を覚まして、アレックスに「あんたなんかどうでもいい」と言って、自分の目標に集中し、くだらない男子たちにエネルギーを注ぐのはやめようと決心するけど、1日が終わるころには、また自分の気持ちを思い出してしまう。
大切な人に傷つけられると、立ち直るのにひどく時間がかかる。
とにかく、彼のことを害虫みたいに避けた。彼はメッセージや電話、花を送ってきたけど、心のこもっていない謝罪に興味はない。
要するに、アレックスは私が彼にとって迷惑な存在だと言ったのだ。もし彼がそう思っているのなら、私はもう彼を困らせないようにする。
階下へ降りると、ルイーザは朝食を作っていて、スティーヴは新聞を読んでいた。2人に迷惑をかけているのだろうかと考えずにはいられない。
私は自分の群れから――伴侶から――追放されて、彼らの家にただで住まわせてもらっている。
(私はみんなに迷惑をかけているんだろうか?)
「あら、おはよう、アリエル」ルイーザが明るい声で言った。「卵食べる? ちょうど焼いたところなの――」
私は「おはようございます」とつぶやくと、足早に2人の横を通り過ぎ、玄関から出た。今は彼らと顔を合わせることができない。
自分の考えをまとめ、今感じているネガティブなエネルギーを頭から追い出すために、少し時間が欲しい。
走りに行かなきゃ。
***
自然に囲まれた森の中にいると心が落ち着く。地面には新雪が積もっていて、太陽が白い粉の上でキラキラと輝く様子は息をのむほど美しい。
私は服を脱いで、近くの木の節に置いた。雪の中で裸になっても、寒さは感じない。
血流から銀が消えた今、また私の中に狼の温もりを感じる。
前かがみになるとその温もりが背筋を駆け上がり、毛が肌を覆い始める。私は四つん這いになり、完全に狼に変身して、淡い灰色が混じる真っ白い毛を振り乱す。
私の中の狼は再び自由になれたことに有頂天になっている。こんな自由を手に入れたのは本当に久しぶりだ。
私は軽いジョギングからスタートし、やがて毛に風を感じながら、全速力で木々の間を駆け抜け、茂みを飛び越える。
群れ境をパトロールしている狼たちとすれ違い、互いに頷き合ってから、彼らを追い越した。
これこそ私が必要としていたもの――私の中の狼と再びつながるチャンスだ。
服を取りに戻る頃には、日は高く昇っていて、今朝目覚めたときよりもずっと自信を感じていた。
(この狼女は今を楽しむんだ!)
***
走ってかいた汗の玉がまだ肌で光るなか、スティーヴの家のドアを開けると、彼が心配そうな顔で私を待っていた。
「どうしたんですか?」私は尋ねた。
「こっちが訊きたいよ」スティーヴが答えた。「今朝出かけたときはかなり動揺していたみたいだが。何かあったのかい?」
(ああ、そうだ。今朝はちょっと芝居がかった出て行き方をしたんだった)
「スティーヴ、訊いていいですか? 正直に答えてほしいんです」
「もちろんだとも」彼は頷いた。「何でも相談してごらん」
私はスポーツブラのストラップをいじりながら深呼吸をする。「私が……私がいたら、あなたとルイーザは迷惑じゃありませんか?」
スティーヴの心配そうな表情が、一瞬にして思いやりの表情に変わった。
「ああ、アリエル、そんなことを考えていたのかい? 君がいて迷惑なわけないじゃないか。それどころか、君がここに来てから、私たちの生活はとても豊かになったんだよ」
私の目から涙が零れ、スティーヴは立ち上がって私を抱きしめた。
「実は……ルイーザと私は……子狼を授かることができないんだ」彼は少し声を震わせながら言う。「君は、私たちが持てなかった娘のような存在だ」
「お2人とも本当にすばらしい人たちです」私は言った。「それに、私の訓練を手助けしてくれて……。スティーヴ、あなたがいなかったら、私はどうなっていたか」
「私の力じゃない」彼が言った。
「今朝、境界の警備分隊から何通もメッセージが届いたんだ。デイヴ将軍も感心していたよ」
将軍に私の走りを見られたのだと思うと、私は顔が真っ赤になった。
「ええっ、どうしよう……あれは……ただ頭をすっきりさせようとしただけなんです」私は恥ずかしい思いで言った。
「いや、君はふさわしい人たちに感銘を与えた。とんでもなく速かったんだろう」スティーヴは誇らしげに続ける。「デイヴ将軍は君の試験日を早めたがっている。訓練を2倍厳しくするほうがいいだろう」
戦士の試験が近いのに、男子のことを心配するなんて急にばかばかしく思えてきた。試験に集中しなくちゃ。アレックスのことではなく。
今この瞬間から、彼のことは遠い思い出になった。
スマホがブーッと鳴り始め、取り出してみるとメッセージが届いていた。
アレックスからだ。
(なんてこと、たったの2秒しかもたなかった)
アレックス
やあ、アリエル
アレックス
君が俺と話したくないのは知ってるし、理解している
アレックス
だが、話したいことがある
アレックス
群れに関することだ
アレックス
両親がちょうど海外旅行から帰ってきて、群れの最新メンバーに会いたがっている
アレックス
両親に君がランチに来てくれると伝えた
アレックス
来てくれるかい?
アリエル
はい、あなたは私のアルファですから
アリエル
あなたがそれをお望みなら、そうします。
アレックス
アリエル
アレックス
そんなふうに言わないでくれ
アリエル
どんなふうですか、アルファ?
アレックス
そんなふうに呼ばれるのは嫌だって知ってるだろう
知ってる。でも、彼に言われた言葉に傷ついてないふりをすることもできなかった。アレックスが私に彼の両親に会ってほしいと言うなら、いいわ。でも、これはあくまでも群れの任務だろう。
***
宮殿に着くやいなや、緊張に襲われた。
アレックスの両親に会うのは、新入りにとって群れで行われる普通の伝統なのだと知っている。アレックスがアルファの責務を引き継いだとはいえ、彼の両親はまだ群れの中である程度の権威を保持している。
一方、私はアレックスが2人の留守中に衝動的に群れに招き入れた部外者だ。2人に私がロイヤル・パックにふさわしくないと思われたらどうしよう?
会議室に向かうと、アレックスが外で私を待っていた。私が彼の横をすり抜けて部屋に入ろうとするより速く、彼は私を壁際に追い詰めた。
「アリエル、話があるんだ」アレックスは焦った様子で言った。
「アレックス、これは群れに関することだって言ったよね」私は怒った。「通して!」
「ダメだ、俺の話を聞くまで通さない!」彼は叫ぶように言った。
「あなたの話なら聞いた。私のことを時間の無駄だって言ったのも。かわいそうだから誘っただけだって言ったのも聞いた」私は怒りに身を任せて大声で言い返した。
突然、アレックスが両手で私の肩を軽く掴み、顔をぐっと近づけた。目に苦痛をたたえて、私を見る。
「アリエル、君はわかってない。決して君を傷つけるつもりはなかった。ドムに首を突っ込ませないためにあんなことを言っただけなんだ」
「どういう……どういう意味?」そう尋ねながら、私の心臓が早鐘を打ち始めた。
「君との距離が縮まっていくのを感じたとき、怖くなった。恐ろしくなったんだ、本当に」アレックスは誠意のこもった口調で言う。
「ドムにからかわれて、俺は……俺は自分の気持ちを認めたくなかった。認めてしまったら……現実になってしまうから」
「でも今、あなたは認めている」そう言いながら、私は自分でも怖くなり始めた。
「そう……そうなんだろう」アレックスの唇に心からの笑みが浮かんだ。
私に触れる彼の手から切迫感が消えて優しくなった。私を見つめる彼の緑色の目には、抑えきれない渇望が滲んでいる。
彼に体を押しつけられて、私の中の狼が落ち着きをなくしていくのを感じる。彼の唇が私の唇に迫る。
(ああ、どうしよう。彼に……)
突然、会議室のドアが勢いよく開いて、長身で威厳のある女性が姿を現した。ぬれ羽色の髪をして、床まで届く青みがかった紫色のドレスを着ている。滑らかに歩くその姿はあまりに優雅で、足が床に着いていないのではないかと思うほどだ。
「アレックス、何をそんなに……」
女性は私を見て、アレックスの手がまだ私の肩を掴んでいるのに気づき、歩みを止めた。
彼はすぐに手を離したが、すでに気に入らないものを目にしたことを、この女性の不機嫌そうな表情が物語っていた。
「アリエル、母のマリアだ」アレックスが言って、気まずそうに脇へ寄った。
「はじめまして」マリアの声には猛吹雪ほどの温もりもなかった。
「アリエルは俺たちの一番新しい群れのメンバーだ。今、戦士になるための訓練を受けている。彼女は俺が今まで会ったなかで最もタフな狼女の1人だ」アレックスは言ったが、少し褒めすぎな気がする。
彼は柄にもなく緊張しているようだ。
「ああ、とても……男勝りなのね」マリアは私を値踏みするように見ながら言う。「あなたは健全な戦士になるように見えるわ」
(この人は私を侮辱しているの? 文字通り、会ったばかりなのに)
「ロイヤル・パックで訓練を受けられることを光栄に思います」私は会話のきっかけを作ろうと言葉を続ける。「私はクレセント・パックの出身で――」
「あら、あなたは――エミリー、だったかしら?――必要なことはすべて知っていると思うわ」 彼女は不自然なほど優しい声で言って、私とアレックスを交互に見た。
「アリエルです」私は彼女の視線に悪意を感じながら、簡潔に答えた。
「ああ、そう。では、新しい話題に移りましょう」マリアは冷笑を浮かべて言った。
「で、新しい話題って?」アレックスは腕を組んで尋ねた。
「あなたはかなり長い間、悲しみにふけっていたわね、アレックス」マリアは淡々と言った。
「そして、悲嘆に暮れるのは当然だけれど」マリアは続ける。「あなたはアルファであり、王なのよ。あなたは群れを率いている。1人ではできないわ」
この女性は、私がこれまでに会ったなかで最も威圧的な女性かもしれない。
「何を言ってるんだ、母さん」アレックスは顔に恐れの色を浮かべた。
マリアは私を正面から見て口を開く。彼女の作り笑いは今や完全に意地の悪い薄ら笑いになっている。
「もちろん、私たちはあなたに新しい伴侶を見つけるつもりよ。王と一緒にいるにふさわしい伴侶をね」
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