
The Millennium Wolves ミレニアム・ウルフ アルファの野望3
アルファの謝罪
「私の出る幕ではないのですが、ご気分が優れないようですね、エイデン」ジェレミーはオフィスで俺と向かい合うように座り、心配そうに目を細めて言った。
俺はこめかみをマッサージしながら、彼に渡された書類にサインをした。「長い夜だったんだ。寝る時間すらなかった」疲労が溜まり、声にも覇気がなかった。
シエナに会って、昨夜のことを謝る時間もなかったな」
ジェレミーは残りの書類を手に取って言った。「ヒーラーを連れてきましょうか?彼らなら...」
「その必要はない」そう言い切り、書類をジェレミーに返した。「やることが山のようにある。国境線での一件がマスコミに漏れないよう、秘密保持契約をたくさん結ぶ必要があるからな」
「エイデン...」
「必要ないと言ったんだ、ジェレミー」2度と俺に押し付けないよう、警告するように吠えた。そして、彼が作成した文書に目を通し続けた。「他に何か必要なものは?」
一晩中俺と一緒に仕事をしていたのにもかかわらず、なぜか全く疲れを見せずに爽やかな顔をして、俺の弁護士はため息をついた。「今のところはないです」彼はそう言ったものの、目の奥では何かを訴えていた。
「教えてくれ」だが、おおよその見当はついていた。
もう1度ため息をついて彼は言った。「彼女と...話すべきでは?その...シエナと」
「なぜだ?彼女はなんて言ってた?」と思わず口走ったが、自分でも恥ずかしくなった。
「何が起こったのか詳しくは知らないです」「でも、家に帰ったとき、かなり取り乱していたので」
畜生。思ったより深刻だ。
「それで...彼女と連絡を取るつもりでしょうか。それとも...」
お前は引っ込んでろと言いたいところだったが、ジェレミーは実質彼女の兄だったため、そこはグッと堪えた。
「気づいているとは思うが、侵入者のあぶり出しや群れの評判を失墜させないための対応で忙しくしているんだ」
ジェレミーは首を横に振った。「彼女に直接会う必要はないんです。メールでもいいんです。彼女はただ、あなたが自分のことを思ってくれていることを知るだけでいいんです」
憎たらしいがこいつは正しい。分かったよ。それでお前が黙るなそうするさ」
「それでは、お任せしますよ、アルファ」彼は去り際に振り返ってこうも言った。「彼女を傷つけないでくださいよ、エイデン」
通常、そんな発言は俺への宣戦布告とみなされるが、ジェレミーはただ彼女を守ろうとしているだけだというのは分かっていた。むしろそんな彼の行動を尊敬すらしていた。
「そんなことはしない」俺は真面目にそう言った。「少なくとも故意には。俺はただ彼女に幸せでいてほしいんだ」
ジェレミーはうなずくと、オフィスを去っていった。スマホをじっと見つめ、何と伝えるべきか、そしてどう謝るべきか悩んだ。もちろん、これは不得意な分野だ。
アルファは謝ることに慣れていない。
だが、大切な人ができた以上、こういうことにも慣れていかないとな。
俺がヘマをするのは、これが最後なわけないからな。
***
メールは好きじゃなかった。
直接または電話で相手と話し、声のニュアンスから想いを汲み取ったり、相手の顔を見つめて、言葉では伝わらないシグナルのようなものを見極めるのが好きだった。
メールでのコミュニケーションを極力避けてきたため、今じゃメールもろくに打てなくなってしまった。
ましてやシエナとのメールでの会話なんて、もはやカオスだ。
俺は謝ったが、彼女はそれを受け入れようとしなかった。
何とか埋め合わせをしようと試みるが、彼女は昨夜の国境線での件について知りたがっていた。
だが、まだ正式なパートナーではないため、彼女に打ち明けることはできなかった。そうでもしたら、ある意味昨晩の一件よりも重大な違反行為となる。
というのも、群れの安全保障上の問題をシエナに話すことは、俺がすでに彼女をパートナーとみなしていることを意味するからだ。つまり、アルファのパートナーとみなすことである。
そしてその瞬間から、彼女が覚悟していようといまいと、俺の重荷を一緒に背負わなければならなくなる。
だが、昨夜の失態はそれだけではなかった。俺は自分の欲望に負け、まずは彼女の人となりを知るという計画を完全に放棄してしまったのだ。
俺は何とかシエナを安心させようと、決して自慢したいがために彼女を寝取ろうとしたわけではないこと、そして傷つけるつもりもなかったと説明した。
だが、彼女は俺の言葉を信じようとしない。あのときの状況が非常に危険であったこと、そして俺がその真実を隠していることもお見通しのようだった。
兄さんなら、きっとこんな事態も上手く処理していただろうなと思わずにはいられなかった。兄さんなら、アルファとしての責務を果たしつつ、パートナーの機嫌も損ねないように配慮できていただろう。
一方俺はというと、それが大の苦手だった。
シエナに上手く説明することができず、もしかしたら自分は振られるかもしれないと思い始めた。
ジョセリンとの別れが脳裏をかすめる。もう1年前のことなのに、まだ鮮明に覚えている。
だが、シエナを失う悲しみに比べたら、こんなことは屁でもない。彼女は俺のパートナーであり、何にも変えがたい大切な存在だからだ。
気をつけなければ、過去の同じ過ちを辿るように、彼女を追い払ってしまいかねない。
運命の相手だからというだけでなく、シエナとの関係を修復するために何かアクションを起こさなければ。俺は今まで、自分たちの関係がもう決まっているかのようにシエナに接してきた。
運命という言葉に頼りすぎるがあまり、彼女がそれに抗おうとすることがあたかも間違いであるかのように考えていた。
そして、俺は彼女を1人の女性として見ていなかった。自分なりの感情、願い、要求を持った1人の人間として接してこなかった。俺はただ、自分の主張を押し通し、相手を征服しようとする人間だったのだ。そんな自分が大嫌いだった。
自分を変えなければ。彼女に尊厳をもって接しなければ。
そのためには、アルファとしての肩書きを捨て、1人の人間として振る舞う必要があった。
だが、エイデンとしての俺は脆く、弱虫だったため、見せるのが怖かった。そして、それは心を開かなければならないことも意味し、不安で仕方なかった。
でもシエナにはそれが必要だ。アルファだけでは不十分だった。彼女にはエイデンも必要なのだ。
オフィスのドアが突然開き、ネルソンが入ってきた。「アルファのラファエル・フェルナンデスが、会議室で緊急ビデオ通話を要求しています。侵入者の件についてです」
どうやら、シエナとの和解はそのあとでだな。シエナにも、少し落ち着く時間が必要だろう。
俺は席を立ち、うなずいた。「行こうか」
***
その日は緊急の電話会議で大忙しだった。正体不明の侵入者が、他の群れに侵入した場合に備えて、俺は北米の群れのアルファ達に状況を説明した。
忙しかったものの、俺にとっては都合がよかった。シエナを探したいという気持ちは一日中強くなっていたし、彼女には自分の時間が必要だとわかっていたからだ。
だが、どうしてもシエナにもう1度会いたい。彼女がまだ俺に腹を立てているというだけで辛かった。
夕方になり、仕事が一段落したとき、俺はいてもたってもいられなくなった。シエナに心を開いて、次の1歩を踏み出すときだった。
俺はマーサー家の私道に車を停め、家のベルを鳴らした。すると中から足音が聞こえ、ドアが開くと、50代くらいの年配の男性が出てきた。ピーター・マーサー、シエナの父親だ。
俺を見るなり、彼は厳しい表情で腕組みをした。彼は人間であり、人狼のルールは尊重されるとはいえ、彼にとってはどこ吹く風という感じだった。
アイコンタクトを避けたり、アルファにお辞儀をしたりはしない。「俺がこの家のボスだ」とでも言わんばかりの態度だった。
通常であれば、狼であろうと人間であろうと、このような無礼は許されない。だが、相手はシエナの父親だった。
もし、シエナを自分ものにし、自分が彼女のものになりたければ、彼の承認は必要不可欠だった。シエナ自身は人間ではないが、それが人間の世界における習慣だった。
だから俺は、彼をじっと見たまま言った。「こんばんは、マーサーさん。ようやくお会いできてお目にかかれて光栄です。エイデン・ノーウッドと申します」
「君が誰だかは知っているよ、ノーウッドさん」おいそれと入れてはくれない。「何かご用かな?」
俺は単刀直入に言った。「シエナに会いたいんです」
「彼女はここにはいないよ」
どうやら一筋縄ではいかないようだ。
「どこにいるのか教えてくれませんか?」答えを知りつつも、聞いてみた。
すると、彼はドア枠に寄りかかりながら言った。「その前に、ひとつ教えてほしいことがある」
俺は半ば無理矢理からだの力を抜いて答えた。「もちろんです、何なりと」
彼はようやく俺を中に入れ、リビングに案内してくれた。「妻は仕事中だ。2人だけだよ」
つまり、これから話すことは2人だけの秘密にしろということだった。
「そうですか、マーサーさん」と言って俺は腰掛けた。
「お話とは何でしょうか?」
「私の娘をどうしようとしているのか聞きたい」間髪入れずに彼は俺に聞いてきた。
直球ど真ん中だな。
それはなごくごく自然な質問で、俺はその場ですぐに答えを考えざるを得なかった。
だが、思っていたよりもずっと簡単に答えることができた
「彼女が望むものすべてを与え、彼女を守り、アルファとして捧げるべきものの全てを捧げたいのです」「でもそれ以上に、私は彼女のパートナーになりたいのです。そして尊敬される人物でありたい」
マーサーさんは、俺の言葉とそのレスポンスの早さに驚いたようだ。
もしかしたら多くを語りすぎたかもしれないと不安になった。
「私はシエナ以上に強い女性を知らない」「でも、彼女は私の娘でもある。あの子には幸せになって欲しい」彼は真剣な眼差しで語りかけ、俺はそれにうなずいた。
「妻は大喜びかもしれないが、私はまだそうではない。君はアルファだ」彼の顔が曇った。「彼女は強い子だが、まだ若い」
その通りだ。彼女はまだ若い。だから俺はシエナに遠慮し、まだ真実を打ち明けていなかった。だが、いつまでも隠し続けることはできない。たとえ、俺がろくでなしと思われてもだ。
「それは承知しております、マーサーさん」俺は彼の目をじっと見つめ、自分が本気であることを分かってもらいたかった。「彼女を決して傷つけないと約束します。そして、彼女自身の意志で私を選んでほしいのです」マーサーさんは俺をただじっと見つめた。シエナ以外にこんなに長く俺を見つめさせることはないが、彼には理解してもらう必要があった。
たとえ、彼女が自分の生涯のパートナーであることは直接伝えられなくても、決意の固さは受け取ってもらいたかった。
やがてマーサーさんは長いため息をつき、背もたれにもたれかかった。「交際が簡単だとは誰も思っていない君たち2人は問題に直面し、力を合わせて解決していくんだ。気持ちの行き違いで、君が今苦しんでいるということはわかるよ」
「ということは、彼女の居場所を教えてくれるんですか?」
「彼女は友人たちとクラブに行ったよ」「まだ帰っては来ないだろう」
俺は胸を撫で下ろした。シエナのお父さんは俺たちの関係を理解してくれた。まだ完全に信頼してはないにしろ、信頼に足るものは得ることができた」
彼は、シエナが俺にとってどんな存在なのかを悟っていた。
「ありがとうございます、マーサーさん」そう言って、俺は立ち上がった。
彼も立ち上がり、俺に握手を求めた。俺が手を取ると、彼はそれを握り返し、もう1度俺の目をまっすぐに見てから言った。「君がアルファであろうとなかろうと、あの子の髪の毛1本でも傷つけたら、容赦はしないよ」
俺はそれに対して理解を示すように笑みを浮かべた。「シエナなら自分でやり返しますよ」
「そりゃそうだな」と言って、マーサーさんは思わず笑みをこぼした。「君なら、それも乗り越えるだろうがね」
それを確かめる方法はただ一つ。
シエナが俺にとってどんな存在であるかを示すときが来たのだ。
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