クインシー・セント・マーティン
「そうよ!」私は椅子から飛び上がって、彼女の顔に向かって叫ぶ。
そのにやにやした笑みを、彼女の顔からかき消してやりたい。私の中のライカンは、私から番いを奪うという彼女の発言の代償として、セレステの血をまだ渇望しているようだ。
人狼やライカンとその番いの間には、決して入ってはいけないと言われている。彼女は私を挑発し続けるのをやめるべきだ。彼女は愚かなのか、それとも死にたいのだろうか? 私が昨夜から握っている私のライカンの手綱は、それほど強いものではない。そのもろい糸が切れて行くのを感じる。セリーナは私の手を強く握る。
ラザルスは緊張し、私が飛びかかるのに備えている。
海からの風がジョーデンの匂いを吹き込む前に、彼の軽やかな足音が私の耳に届いた。
私はセリーナの手を強く握る。「大切な背骨を守りたければ、口に気をつけ、自分の居場所にとどまってなさい」私はセレステに警告してから腰を下ろした。
ジョーデンがドアから入ってくるまでに、私は深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着ける。
ジョーデンは突然敷居のところで立ち止まり、部屋の緊張を察知したかのように周囲を見回した後、用心深く足を踏み入れた。彼は私を見てから、視線をセレステに注いだ。
セレステは意図的に彼の目を避ける。給仕とセレステの看護婦が床を掃除しながらウロウロしているのを見て、彼の眉間に二本の線が浮かび上がる。
彼の鋭い視線が再びセレステに注がれる。
彼女はあわててスコーンを手に取り、その半分にクロテッドクリームを、もう半分にはジャムを、必死に塗っている。
「おはようございます」ジョーデンはみんなに挨拶をして、私の隣に座った。
セリーナとラザルスは挨拶を返す。でも私は、腹が立っていたのと、ジョーデンが来てからのセレステの行動を観察することで頭がいっぱいだった。
「おはよう、Q」と彼は言い、うわべだけの笑みを浮かべて私に向き直った。ジョーデンが昨夜のことで仲直りしようとしているのはわかってる。
長い間ジョーデンを起こり続けることは私にはできないし、彼もそれは百も承知だ。事実、私は誰に対しても起こり続けることができない。まあ、誰かがナナを殺したり、私の番いを奪ったり、私の大切な人を傷つけたりしない限りはね。そうでなければ、クッキーをくれればそれで仲直りできる。
私はため息をつき、「おはよう、J」と言った。
ジョーデンが私の肩にぶつかり、私の中でもつれていた感情はすっかりほぐれた。彼は大きなトレイからスコーンを取って、私の皿に放り投げた。私は笑顔を見せたい衝動と戦う。
同じことを彼がもう一度して、私は笑顔との戦いに敗れた。私は大きく微笑み、彼に肩をぶつけ返す。レディ・セレステが睨みつけるのが目尻から見えた。
意外なことに、その後セレストの口から何一つ嫌みったらしい文句が出てこなかったので、私たちは平和に朝食をとることができた。
カスピアンがダリウスとペニーを連れて階下に降りてくる。それに続いて、ジェネシスがコンスタンティンを連れてやってきた。カスピアンは、セレステ以外のみんなに礼儀正しく挨拶をする。
レディ・セレステに対する彼の怒りと憎しみが、私たちのつながりの中に滲み出ている。
番いから隠せることは限られている。強い感情は常に、何らかの形でもう一方に悟られてしまう。カスピアンは私の反対側に座っていて、険しい表情をしている。彼が私の頬にキスをする。私は何かわからないかと彼の瞳を覗きこむ。
彼の目には、獣的な何かと、かろうじて抑えられている怒りが混じり合っていた。彼は背筋を伸ばし、目をそらし、そしてテーブルの上で拳を握った。それから1秒も経たないうちに、彼は身を乗り出して私の髪に顔を埋め、私の匂いを深く吸い込み、荒れ狂うライカンを落ち着かせた。
カスピアンはテーブルの下で私の手をつかみ、膝の上に置いた。彼は私の手をしっかりと握っている。彼の鼻孔は開き、顎は決意を固めている。私には話してくれない、何か深い悩みがあるような気がしてならない。
昨夜、彼が私を抱いたときにも、ある種の絶望感があった。それは私を不安にさせた。昨夜は何も言わなかったけど、ずっと無視しているわけにもいかないし、そのつもりもない。彼と2人きりで話す時間を作らなきゃ……。
ジョーデンを除いて、誰もセレステとは話さない。そうでなくても彼女はあまり長居はしなかっただろう。彼女は緊張した面持ちで、看護婦の助けを受けて部屋に戻っていった。
彼女が去った後、空気が軽くなったようだ。カスピアンでさえも少しリラックスしているように見える。ここにいる誰もがセレステを信用していない。
私に対する脅しと彼女の振る舞いは、この結束の固い小さな群れの中で友人を増やす方法ではないのは間違いない。
私はテーブルを囲み、周りの美しい人たちを見渡した。これは家族だ。どうしてかわからないが、彼らとの絆はとても強い。
このライカンの群れは何があっても私を守ってくれるという深い確信をもっている。ジョーデンを除いて、これまで私を心配してくれる人はいなかった。これが属するっていうことなんだね。いつ私はこんなにラッキーになったんだろう?
「今朝した君がしたことには、後で必ずお仕置きをするからね」カスピアンが突然、私の耳元でささやいた。
いつもの遊び心に満ちた、イチャつく彼に戻るのにそう時間はかからない。彼の鮮やかな緑の瞳は、いたずらっぽさと脅威を秘めている。
彼の自惚れた笑みには、私の知らないことを知っているかのように思わせる何かがあって、以前は私を苛立たせた……、まぁ、今もだけど……。
「二階に戻って、何も壊れていないことを見せてあげないとね」彼は私の耳元でつぶやき続ける。
彼の唇が私の耳殻をかすめ、彼の温かい息が私の肌を舞う。
「だめよ、いちゃいちゃっ子さん」ペニーは大声で言った。「今日は彼女をショッピングに連れて行くんだから」まったく、ライカンは耳がいい。
「それは好都合だ。俺も買い物に行こう」
「だーめ。一緒にはこられないわよ。特にラペルラやエージェント・プロヴォケーターに行くときはね」ジェネシスがそう言った。
彼女は私の方を見る。「気づいてるかもしれないけど、あなたの彼は女性の下着やランジェリーに妙な憧れを抱いているの」
ジェネシスから私に視線を戻す彼の目が大きくなった。「そんなことはない!」彼は激しく否定する。
「えっ、そうなの?」私はショックを受けたふりをして叫んだ。「私のブラジャーとパンティーの行方がわかったわ。どこに行ったのかずっと気になっていたのよ」。
驚いたような表情をしたカスピアンに向かって、まつげを大きくパチパチとさせる。「ねぇ、私たち、パンティとブラジャーを共有してるの?」
ペニーとジェネシスが大声で笑い、男性陣はクスクスと鼻で笑っている。
カスピアンは信じられないというそぶりで首を振る。「君がダークサイドに入るなんて信じられない」
「私たち女の子は団結するの」とジェネシスが甘い笑顔で言う。
「復讐は甘美です、殿下」とペニーが言う。「私たちは長い間このときを待っていたの」
「コンスタンティン、ダリウス、ラザルス?」カスピアンが男性陣の方を向いて言う。
「おい、僕を巻き込むなよ」とコンスタンティンが言う。
「あ、俺もね」ペニーから死ぬほど睨まれと、すぐにダリウスもそう言う。
カスピアンはフォークを取って、黙って朝食を食べ始めた。彼は明らかにふてくされている。彼がムスッとしている姿はかわいい。とてもセクシーだ。
「もともと一緒に買い物に行くつもりはないんだ」少ししてから、カスピアンがムッとした口調で言う。「ビジャンで予約を取ってるからね」
「あなたの番いはどうしようもないわね。とっても手がかかるし」ジェネシスはこう言う。「あのお店は予約制よ。ビジャンの門をくぐるだけでも予約が必要でしょ」
「おっしゃれさん」ペニーは言う。
「おしゃれだろうがなかろうが、俺たちはジョーデンを連れてスーツを買いに行くんだ」とカスピアンが告げる。
「えっ、なに?」ジョーデンはトーストにバターを塗っていた顔を上げる。「いかないよ。僕にスーツは必要ない」と彼は主張するが、私は彼が負け戦を戦っているのがわかる。
出かける前に着替えようと、朝食後すぐに、私は二階に駆け上がった。正直なところ、買い物に行くくらいなら、何もしないでカスピアンと一緒にいるほうがいい。
「買い物に行かなくてもいいのよ。あなたと一緒にいる方がいいし……」と彼に伝える。彼はウォークインクローゼットのドアに寄りかかり、私が服を着るのを見ている。
片方の手はズボンのポケットに中に、もう片方の手は顎に触れていた。指が顎の下で丸まり、人差し指は下唇を押さえている。
私を見る目には欲望と独占欲がある。同時に彼の視線には、何か別のものも渦巻いている。
私は彼が何を考えているのか知りたい。でも彼の気持ちは閉ざされている。
「女の子と楽しんできなよ、モヤ・プリンセサ(俺のお姫様)」と言いながら、彼は私に近づいてきた。彼は私の髪を数本後ろに押しやり、頬を撫でる。
「他のやつらと一緒にジョーデンを買い物に連れて行く。午後はちょっと用事があるんだ。君は彼女たちと一緒に戻ってきて。また後でね」
私はがっかりしながらも、うなずいた。彼は私の手を取り、階下へ案内してくれた。
私たちは黒のメルセデスに乗ったペニーとダリウスと合流する。
「むこうでね」ジェネシスがペニーと私に言う。彼女とコンスタンティン、セリーナにラザルス、そしてジョーデンはピカピカのシルバーのキャデラック・エスカレードに乗り込む。
ロデオドライブで私たちを降ろすと、カスピアンは黒いアメックスカードを私の手のひらに滑り込ませながら私にキスをした。そこにはすでにジェネシスとセリーナが待っていた。
私は車から降りるとため息をついた。スーパーみたいなところでいいんだけど、ロデオドライブにはスーパーはないんだろう。
値札を見ずに買い物をするショックを乗り越えると、買い物は以外に楽しかった。女友達と買い物をするのは初めてのことで、いつもは一人で買い物をしていた。ナナは買い物が好きではなかった。彼女はリストの商品だけを素早く手に取ってすぐに店を出るような人だった。
ペニーとセリーナはファッションに詳しい。
私が着たいと思ったことのないような服でも、実際に着てみると素敵に見える。
ただジェネシスは、お店を2、3軒まわるたびに、ご飯を食べに行きたがる。私も食べ物は大好きだから、文句はない。
***
私たちが入っているジャグジーから湯気が立ち上っている。セリーナ、ジェネシス、ペニー、そして私は新しい水着を着ている。髪は乱れたおだんごヘア。太陽は眩しいが、私たちの肌をかすめ、髪を揺らす海からの風は少し冷たい。
私はジャグジーの隅に座り、ペニーとセリーナの間で後頭部を縁に載せて二人の会話を聞いている。私はプールハウスの壁にある時計に見ている。最後にカスピアンを見てから5時間と27分経っている。
今日は女の子たちとショッピングを楽しんだけど、カスピアンのことが頭から離れない。ずっと彼のことを想っていた。彼のことで頭がいっぱいだ。これは愛よりも執着って呼ぶべきものなんじゃないかと思わず考えてしまう。
私の視線は家の奥側の二階の一室に注がれている。誰かが開けたままにしていたのか、カーテンが窓からこぼれ出ている。あれはレディ・セレステの部屋だ。
私は、会話をやめた彼女たちを方に振り返る。彼女たちの目も、私が見ていたのと同じ場所に釘付けになっている。
「いったい何を考えているのかしら」ペニーがつぶやいた。彼女の目は警戒心と不信感に満ちている。
「私は彼女を殺したかったわ」私はそう二人に告げる。今でもそう思っている。
「正直に言うと、あなたがそうしなかったことに私は驚いているわ。あなたはとても強い。あなたは自分のライカンをとても良くコントロールしてるもの」とジェネシスは言う。
数日前、ギデオン・アーチャーに同じことを言われたのを覚えている。でも私はそんな風に感じない。自分のライカンと葛藤している。日によっては、やっていることが自分の意志によるものなのか、ライカンの意志によるものなのかわからないことさえある。今はとにかく混乱している。
「でも、それは間違ってるわ。こんな風に感じるだけでも間違っている。ジョーデンは私が怪物になったと思ってるし……」ジョーデンの言葉はまだ心に刺さっている。
「彼は間違っていないわ」セリーナが答えた。
「私たちの内側には」彼女はそう言って、とてつもなく美しい彼女と私たちみんなを指す。「怪物がいるわ。人間にとって、私たちは最悪の悪夢よ。残念ながら、彼らは私たちをそんな風にしか見ることができない。というより、私たちはそういう姿しか彼らに見せない。炎に吸い寄せられる蛾みたいに、人間は逃げるべきときに私たちに引き寄せられる。だから私たちの責任は、彼らに近づかないこと。それは彼らの安全のためであると同時に、私たち自身のためでもあるの」
「私たちは独占欲がとても強いわ。そしてとても怒りっぽい。特に自分の番いや家族、群れのメンバーに何かされるとね」とペニーは言う。
ペニーは人狼だった。彼女がライカンになって日が浅いことを私は知っている。
「1ヶ月ほど前、私はライカンの家族と人間の友人との時間を両立させようとしていたの。私は人間の友人を手放さないって決めてたの。あなたが働いていたカフェに初めて会いに行ったときのことを覚えている?」
私がうなずくと、彼女は続けた。
「あの日、あなたがあの女性に水をかけなかったら、たぶん彼女は死んでいたと思うわ。私たちは初めてライカンになるときが、最も抵抗力が低いのよ。前の晩、私はマーキングされたの。で、彼女が私の番いといちゃつくのを止めようとしなかったから、私はもう少しで彼女の頭を体から切り落としそうだったわ」
「これは私たちの本能なのよ。ライカンが大切なものを守ろうとするの。人間や人狼にそれを理解してもらおうとは思わないことね。だって、彼らには理解できないから」そうジェネシスが教えてくれる。
「エラスタイ(運命の人)は私たちの生きる理由なの。あなたが死ねば、カスピアンはすぐに後を追う。誰かがあなたを殺せば、カスピアンは暴れ出すわ。あなたを殺した相手を捕まえるために、彼は行く手にあるすべてのものとすべての人を破壊する。暴走するライカンは災厄よ。小さな町くらいなら1時間もかからずに破壊することができるわ。王宮はカスピアンを倒すために国内最大級の戦力を送り込まないと行けなくなると思う」
「幸か不幸か、彼の群れの一員である私たちは、誰にも彼を傷つけさせないけどね」とペニーが付け加える。「つまり、私たち全員が相手になるってことね」
セリーナは私の手を軽く叩く。「クインシー、私たちはみんな一緒よ。あなたは一人じゃない」
ジェネシスも同意してうなずく。「だから私たちは昨日の夜、必死に自分たちのライカンと戦っていたの。セレステを殺さないようにね。もちろん、あなたほどではなかっただろうけど……」
「どう言ってもかまわないけど、私は昨日、彼女を殺したかったわ。後先考えなくても良かったら、彼女はもう死んでるわよ」ペニーは眉間に皺を寄せてつぶやいた。
「誰がペニーのヒットリストに入っているか聞いておいたほうがいいかい?」プールの横から深みのある楽しげな声が聞こえてくる。
ダリウスの動きはとても静かで、彼が来る音は聞こえない。まるで影のように。色白のブロンドの髪が風になびく。彼は美しく、獰猛で、恐ろしいけど、ペニーの前ではだらしない。
まるでしかめっ面なんてしてなかったかのように、満面の笑顔がペニーを顔に現れる。新しく買ったストライプのビキニだけに覆われたセクシーな体を持ち上げると、彼の目が細くなり、くすむ。
「またね、ペニー! 顔を見られて良かったわ、ダリウス! じゃぁね、ダリウス!」自分の番いの方へそそくさと歩いて行くペニーに、ジェネシスが後ろから声をかけた。
セリーナは飲み物に手を伸ばしながら笑って「あなたの方がマシみたいな言い方ね」とジェネシスをからかうように言った。
1分後、空気が変わった。空気が震えている。
私が視線を上げると、カスピアンが物憂げに、でも気品に満ちた優雅な足取りで近づいてくる。彼が言った。「不貞の番いを迎えに来た」