
Trapping Quincy 運命に逆らうクインシーと王子の出会い 4巻
この巻は「Trapping Quincy 運命に逆らうクインシーと王子の出会い 3巻」からの続きです。
真夜中のおやつ
クインシー・セント・マーティン
「それで……、あなたをどう呼んだらいいの? カスピアン王子? カスピアン王子殿下?」
カスピアンは唇にいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「『スウィートハート』か『プリンス・オーサム』って呼んでよ。『プリンス・インクレディブル 』も悪くないかな。いや、そっちの方がいいかもね。スーパーヒーローみたいだし」
私は思わず目を丸くした。「信じられない(アンビリーバブル)!」
「あ、それでもいいよ」彼の笑みはさらに大きくなる。
口から笑みがこぼれて、私は笑い出した。カスピアンはとても嬉しそうに私を見つめている。もう日付が変わっている。彼の車に戻った私たちは、峠の狭い道を下っている。道には街灯は一つもなく、左右を木々が囲んでいる。
「君が笑うのが好きなんだ。君の笑い声は、そよ風に吹かれる風鈴の柔らかい音のように聞こえる」と彼が言う。恥ずかしい!
私が立ち直る前に、カスピアンはさりげなく「あそこに住んでるんだ」と教えてくれる。えっ、なにあの家!
小さな道が広い道に合流するカーブを曲がったあと、カスピアンはここに来たときに見た家のほうに首を傾げた。
しばらく彼を見ていたけど、私は目の前に見える建物に目を移した。家というより邸宅だ。最初に通り過ぎたときにも目に入っていたけど、今はちょっと印象が違う。いずれにせよ、とても美しい豪邸だ。
ヤシの木が立ち並び、きれいに刈り込まれた生垣と、芝生が生い茂る長い円形の私道を進むと、伝統と近代様式が見事に融合した堂々たる邸宅が現れる。スペイン建築の影響を受けた白い漆喰の壁が印象的だ。
正面の建物は丸みを帯びていて、まるで城の櫓のようだ。たくさんある大きな窓は近代的な雰囲気を作り出している。大きな窓からの光で、長い私道は明るく照らされていた。家のほとんどの部分が木々やその影に隠れて見えないので、実際どれくらいの大きさなのか見当もつかない。
カスピアンは車がほぼ止まるくらいまでスピードを落とした。「中に入って……」そう言って口を開いたカスピアンの顔には悪い笑顔が浮かんでいる。「……真夜中のおやつでもどう?」
真夜中のおやつ? 私は彼を睨みつけた。「そんな風に呼んでるの? 『真夜中のおやつ』は遠慮しておくわ」
「普通に『おやつのお誘いは結構です 』って言って断ればいいのに。そんなに敵意をむき出しにしなくてもいいだろ」と彼は無邪気に答える。「アボカドをのせたトーストとか、七面鳥のサンドイッチなんかも、真夜中のおやつになるんだよ」
これって本当におやつの誘いだったんだろうか?それ以外の目的を持ってたんじゃなくて……?
恥ずかしさで私の頬が熱くなり始めたけど、カスピアンの目がいたずらっぽく輝いているのと、一生懸命に堪えているいたずらっぽい笑みを見て落ち着いた。ああ、この人は自分が面白いやつだと思ってるのだ! 私が彼をにらみつけると、彼はクスクスと笑った。
「ごめん、ごめん。ちょっとからかっただけだ。まじめな話、俺の友達に会ってほしいんだ」
え、ちょっと待って。私はまだ彼の友達に会う準備ができていないと思う。友達に会うことを考えただけで胃が痛くなる。だから私は首を横に振った。
カスピアンは楽しそうだ。「あいつらは噛みついたりしないよ」と彼は言う。
彼はいたずらっぽくもかわいらしい笑顔を私に見せながら続けた。「おやつも君に噛みついたりしない……。でも俺は噛みつくかもしれないけどね」
フン! と息を吐いて怒ってることを見せようとした。でも今にもあふれ出てきそうな笑いを堪えるのに思いっきり唇を噛まないとダメだ。カスピアンはおかしくて、魅力に溢れてる。あまりにも魅力的だ。
「笑顔、漏れてるよ」と彼が言った。私が首を横に振った時に、堪えていた笑みがこぼれたんだ。
カスピアンは私が断ることを知っていたんだと思う。あっさりと引き下がったから。
「また今度ね」と彼は邸宅の前を通り過ぎながらつぶやいた。「すべてに」そう言う彼のセクシーな口元には笑みが浮かんでいる。
私の心にとって、カスピアンはあまりにも危険すぎる。彼を好きにならないでいるのはとても難しい。
「あなたの友達のこと、教えて」その完璧で官能的な唇以外のものに私の注意を向けようとしてそう尋ねる。
「あいつらはただの友達じゃない。俺の群れ、家族なんだ」彼は答える。「コンスタンティン、俺のいとこ、で、彼の番いのジェネシス。彼女は、君がクラスで俺と一緒にいるのを見たことがある赤毛だ」
私はうなずいた。
「それからラザルスだ。彼は俺たちの警護の責任者で、コンスタンティンの母方のいとこでもある。ラザルスの番いのセレナ。彼女はブロンドの女性。俺と一緒にキャンパスで見かけたことがあるかもしれないね」
私はうなずいた。何に頷いているのかよくわからなくなってるけど……。
「ビーニー、あぁ、ペニーね——には会ったことあるよね。番いのダリウスにも。二人は俺たちの群れの新しい家族なんだ」
私は頭の中で素早く計算する。「じゃあ、全部で7人ってこと?群れには7人しかいないの?」
「俺たちは大人数で群れる必要がないんだ。大体、ライカンに逆らうバカもいないしね。ましてや7人ものライカンにね。自分の命を任せられる6人の家族がいれば、他に誰も必要ないだろ?あいつらは私のために死ねる奴らだ」
彼の話し方から、彼らがカスピアンにとって重要なのは明らかだ。そしてそれは、彼らに会うことへの緊張をさらに大きくする。
「みんなは私を気に入ってくれると思う?」
カスピアンがまた微笑む。他の誰も知らないことを知っているかのような笑顔だ。
「間違いない。あいつらは君のことを気に入るよ、姫」
ジョナの家に着くと、彼はエンジンを切った。カスピアンは深く腰掛け、私がそわそわしている間、私を見ていた。彼の視線の強さに、私はときどき、いや、ほぼいつも緊張する。カスピアンは手を伸ばして、私の黒髪を束ね、長い人差し指に巻きつけた。
こうした小さな仕草でさえ、とても強い独占欲の現れのように思える。まるで彼が私のすべてを所有しているかのように。
「もう一つ言わないといけないことがある」彼が私に言う。「二日後にロシアに発つんだ」
「えっ」 私の胸と胃の奥に、何か重いものがのしかかる。
「来週の木曜日まで戻ってこれない」
今日は火曜日だ。あと二日で発つということは、一週間はいないことになる。
「時間が必要だって言うのもわかってるし、考えることがたくさんあるのも知っている。でもみんなに君が俺のものだって知らしめたいんだ。発つ前にマーキングがしたい」
「早すぎる」私は彼に言う。「ちょっと早すぎるよ」
「俺の世界では、俺たちは遅すぎだ」と彼はすねたように呟き、私の髪を指に通す。
人狼の社会では、番いに出会ってから数日以内——数時間ってこともあり得る——にマーキングをして交尾をすることは知っている。ライカンの世界でも同じなのだろう。
「私の世界では、これはどう考えてもクレイジーよ」
「何がそんなにクレイジーなんだ? 君は俺たちの世界で育ったし、ハーフの人狼だろ?」
「私は普通の人間よ」私は譲らない。
「ああ、それは前にも聞いた。君は普通の人間の男性と結婚したい普通の人間だ」彼は顔をしかめた。「でもそれがなんだ? 俺がいない間、人間の男性と付き合うつもりなのか? だから俺にマーキングされたくないのか?」カスピアンが迫ってくる。
彼の横顔を見ると、眉をひそめているのがわかる。下唇が前に突き出し、顎が張っている。明らかに機嫌が悪そうだ。あぁ、もうどうしたらいいんだろう。イチャついてたかと思うと、すぐに不機嫌で独占欲が強くなる。
「あなたには関係ないでしょ」って答えたいという衝動は抑えた。
カスピアンが危険なライカンで、私の番いであるらしいことを思い出したからだ。彼を怒らせないような返事を探すのに苦労している間、カスピアンは黙って長い間窓の外を見つめていた。王子さまはすねておられる。
「カスピアン……、プリンス・インクレディブル……」私は呼びかける。彼はまだ口を尖らせてるけど、驚いて目を瞬かせている、顎もそれほどきつく噛みしめてはいない。私は微笑む。
「プリンス・アンビリーバブル……」とからかうように言うと、彼は笑いを堪えるのに必死だ。
私はシートベルトを外し、手を伸ばして彼の頬に触れ、顔をこちらに向ける。
今、私の内にある自信がどこから来るのかわからないけど、私は自分の直感を疑わないように努めた。このホットなライカンの王子に、どうすれば自分の思いを通せるかを理解し始めたんだと思う。
「私にとってこれは、人生を変える一歩であるっていうことを理解して。ライカンに変身することももちろんそうだけど、あなたは王子なのよ。私にはあまりにも受け入れがたいことばかりなの」
彼がため息をついた。「そうだね。君の方が正しい。プレッシャーをかけるべきじゃなかったよ。もっと君に時間を与えるべきだった。俺が思っていたよりもずっと、今夜の君はよく応じてくれた」
そう、それよ! ほとんど謝罪になってる。その言葉——「君の方が正しい」——をもう一度言ってもらいたい気分だ。
王子さまが口にした今の言葉を耳にできる人は、多くないだろうと思う。このラウンドは私の勝利ね。少なくとも今は……。
それでも私は高慢にならないようにと自分に言い聞かせる。だって、カスピアンは何の問題もなく一瞬にして優位に立てるだろうから。
「考える時間をあげる前に、しておかないといけないことがある。このこと、ちゃんと考えてね……」 カスピアンは私の首の後ろの髪に指を入れ、私を引き寄せ、私の唇に唇を重ねる。
あっという間に、劣勢になった。
唇が重なった瞬間、私は彼の柔らかい唇の感触以外のすべてを忘れてしまった。彼の舌が私の口の中に入ってきて、私の舌と滑り合う感触で……。舌が絡み合う時の彼の味で……。
触れ合った瞬間、私の全身に電流が駆け巡り、熱と快楽の爆発を引き起こす。カスピアンが私の下唇を吸うと、私は小さく呻く。お返しに私が彼の上唇を吸うと、彼はうめく。
より大きなうめき声とともに、彼はキスを完全に支配し、私の唇を貪る。その音は荒々しく、野性的で、セクシーで、私を夢中にさせる。私の両手は彼の絹のような髪を掴み、私が髪を引っ張って彼を近づけると、彼は私の口の中で呻いた。
彼の手は私の首の後ろをつかみ、私の頭の角度を彼の好みに合わせ、もう片方の手は私の背中を優しく撫でたあと、私の腰に巻きつくように滑り落ちる。
カスピアンは私を引き寄せ、二人の間に隙間がなくなるまで私を抱きしめる。
彼の口は私の顎、耳の後ろ、首、そして喉にキスし、かじり、吸い付いてくる。ああ、神さま……。
「マーキングがあろうがなかろうが、君はもう俺のものだよ、モヤ・プリンセサ(俺のお姫様)」カスピアンは私の首筋につぶやいた。
どれくらいそこにいたのかわからないけど、窓が曇っているのはなんとなくわかる。
車から降りる頃には、足はゼリーのように感じ、頭の中には綿菓子が詰まっていた。
玄関のドアに顔をぶつけずに家の中に入れたのは奇蹟だろう。ああ、神さま、一晩中カスピアンとキスしていたかった!
私が家に入ると、レイラはリビングでソファに座って半分眠っていた。
「よかったぁ、無事だったのね」と彼女はつぶやき、立ち上がった。
「私を待ってたの?」
「ものすごく心配したのよ。携帯も持たずに出て行ったから」。
彼女を心配させてしまったことに罪悪感を感じるが、今晩、米俵のように運び出された私に選択の余地はなかった。
私はテレビの上の壁の時計を見た。午前1時5分。レイラはいつも10時前にはベッドにいる。彼女は早寝早起きタイプの人だ。
こんな時間まで起きているなんて、よほど私のことが心配だったんだろう。もうほとんど寝てるけど……。彼女の巻き毛は、感電したみたいに逆立っている。
私は靴を脱ぎ、裸足で部屋を横切った。アイザックとラナを起こしたくないからだ。レイラは私についてきて、寝室までゾンビのように歩く。そして彼女はドアを蹴って閉めた。
「ライカンと一緒に出かけたのね」彼女は腕をかきながらつぶやいた。
私はうなずく。「そう。しかもマーキングしたいって」と私は彼女に言う。
彼女はあくびをした後、「そう 」と言った。「で、それだけ?」
「それだけ?」私は悲鳴に近い声を出す。彼女の言葉が信じられなかったからだ。私はもう一度「それだけ?」と信じられないように呟く。「レイラ、問題はね……、今私はどうすべきなのかってことでしょ?」
「ねぇ、クインシー……。ライカンがあなたをマーキングしたいって言ったら、あなたにできることは何もないわよ」彼女はまたあくびをしながら言う。「ライカンが望むものを、ライカンは手に入れる」と彼女はつぶやき、すぐにベッドにうつ伏せになった。
おそらく彼女は疲れていて、今はまともに考えることができないのだと思う。それが、そんなことを言う友人に私が思いつく唯一の言い訳だ。すぐに彼女のいびきが聞こえてきた。
私はパジャマに着替え、歯を磨くためにバスルームに向う。そして洗面台の上の鏡に映った自分の姿を見て固まった。
カスピアンがまた首筋にキスマークをつけていた! 明らかに所有権を主張するマーキングだ。きっとわざとやったに違いない。なによ、もう! カスピアンはまさに圧倒的に優位に立ってしまった。
今朝、キャットが店を開けるのを手伝い始めてから100回目のあくびをした。
キャットは私の目を覚ますために、いつものラテ・マキアートの代わりに、ダブルショットのエスプレッソを淹れてくれた。今のところ効果は出ていない。昨夜はあまり眠れなかった。レイラの柔らかいいびきを聞きながら、頭の中でいろいろ考えていた。
彼の前でパニックにならないように、カスピアンが言ったことはすべて、あの場では心の奥にしまっておいた。ベッドで一人になって考えていると、すべてが鮮明に浮かび上がってきた。
ずっと私は普通の人間になりたかった。ライカンになることなんて、私の人生計画には一切含まれていなかった。あまりにもおかしな話だ。さらに、私は王太子と交尾することになる! それって私にとってはどういうこと? 私は女王になるの?
私たちの触れ合いやキスを思い出すまで、私はパニックに次ぐパニックを繰り返した。ヒリヒリした感覚、ドキドキする心……。通りでカスピアンが私を姫って呼んでいたわけだ。
「大丈夫、クインシー?」
「え?」私は頭を上げてキャットの顔を見る。
「男遊び?」彼女は意味深な笑顔で私に尋ねる。「妄想しすぎはよくないわよ!」
「そんなんじゃないって! 妄想なんかしてないし!」怒ってそう言ったときに、新しいお客さんが入ってくるのが聞こえた。「私は男で遊んだりしないから。遊ぶ前に食べ尽くしちゃうの!」キャットに言い返した。
伝票を手に取って、店の正面を向いた瞬間、固まった。背後でキャットが喘いでいるのがぼんやりと聞こえる。
正面のドアに立っているのは四人の壮麗なライカンだった。四人とも私を見つめている。そして四人ともとても楽しそうだ。間違いなくキャットに向かっていった私の最後の言葉を聞いたに違いない。ああ、どうしよう!
隠れるには遅すぎる? そうだ、うっかり口を滑らすのが滞在する条件になっている別の惑星に引っ越そう!




