俺はそれを嫌というほど感じていた...。
腹の底に溜まっていく紛れもない欲望。心の片隅に這いつくばり、獣(けもの)としての本能を解き放ちたいという衝動。そして、己の肉体が欲して止まない...”交わり”。
満月の夜が近づいていた。
もちろん、その準備はできている。
毎年、この時期は貨物列車に呑み込まれるかのように、群れ全体は性的狂乱の渦と化す。己の中にある最も根源的な欲求を満たす、いわば野獣を解き放つような感覚だ。
指の爪は伸び始め、オーク材の机に食い込むその感覚に俺は身を任せた。
満月の夜、それはしがらみから解放され、自由になる時を意味する。
獣を解き放つ時は満ちた。
俺の呼吸は低い唸り声に変わり、もう頭の中まで獣と化した。
自分が何を欲しているのか分かっていたし、もう我慢の限界だった。
アルファは己の存在をアピールしたいのだ。
今年のパートナーに今すぐにでもマーキングをして、彼女が自分のものであり、自分だけのものであることを知らしめる必要があった。
他の獣(けだもの)どもは彼女に近づけやしない。そんな奴は完膚なきまでに喰いちぎってやる。
そのとき、オフィスのドアが開き、ベータ(ジョシュ)が入ってきた。
「エイデン、お前も感じているのか!?」彼は息を切らしながら聞いてきた。「満月の時が来たのさ」
俺は頷き、机から立ち上がった。「いつも最悪のタイミングで来やがるな」
ジョシュはニタっと笑った。「ミーティングをすべてキャンセルしようか?どうやら今日は、"慌ただしい1日"になりそうだからね」
「ジョセリンはどこだ?」俺は彼の質問に答える余裕すら無かった。「見つけなければならない。一刻も早く」
「今年は1人に狙いを定めるのか?」ジョシュは大いに嘲笑いながらそう返した。「まあ、あいつはかなり色気があるから、気持ちは分かるよ」
「いい加減にしろ、ジョシュ」俺は我慢の限界だった。「他の獣(けだもの)があいつに手を出す前に見つける必要がある。今日は誰も病院送りにしたくはないが、手段は選ばない」
「でもきっと、あいつはそこにいるよ」ジョシュはそう答えた。「僕らの群れの治癒者(ヒーラー)だからね」
俺は椅子に掛かっていたスーツのジャケットを取り、それを羽織った。
「今日はもう休め」ドアに向かう途中、彼の背中を叩いてそう言った。「こんな時に、仕事なんざする奴はいねーよ」
この月夜に、欲望に抗うことなどできやしない。
無論、抗うつもりもない。
***
俺が病院の廊下を駆け回る姿を見たら、一体どんな危機が差し迫っているのかと周りの人は思うだろうな。
まぁある意味、間違いではないが...。
この満月の夜は、言うなれば感染症のようなもので、瞬く間にに広がっていく。
一体どれくらいの男女が、己の性的欲求によって支配され、自らをコントロールできずにこの病室を埋め尽くしているのだろうか。
すると、備品室のドアが開き、白衣をまとった息を呑むほど美しい黒髪の女性が廊下へ現れ、俺は思わず見惚れてしまった。
ジョセリンだ。
彼女は俺に気付き、白鳥の如く優雅な首をかしげた。ジョセリンは驚いたのか、そのうっとりとした唇を開き、。
「エイデン」と、ささやくように言った。「群れに持ち帰るための物資を準備していたと......」
最後まで言い終わらないうちに、俺は彼女を備品室に押し戻し、ドアを蹴飛ばすように閉めた。
言葉など必要なかった。満月の夜がきたら、次に起こることを止めることはできないを俺たちは知っていた。
彼女の口の中に舌を滑り込ませると、ジョセリンは俺の髪に指を絡めた。
もはやキスだけでは満足できなかった。呼吸するのを忘れる程に、ジョセリンに対する俺の欲望は膨れ上がっていたのだ。
興奮のあまり、ジョセリンが柔らかい喘ぎ声をあげるまで俺は彼女の首を掴んでいたことに気づかなかった。
「エイ...デン」
俺の手は、彼女の首と肩の間にある柔らかい部分を優しく撫でていて、まるでコトに備えているかのようだった。
「ヤり...たいの?」と彼女は聞いた。
俺の心臓は胸の中で激しく脈打ち、なぜかそれを静めることができなかった。
なぜ俺は躊躇しているんだ。
「ああ」と俺は答え、彼女の首を強く握った。「お前が望むなら、今年は俺のものだ」
「"あなたが"望んでいるのかと聞いているの」と、麗しい目をしながら不安げな表情を彼女は浮かべた。
こいつは本気で、この俺が何を望んでいるのか分からずに聞いているのか。
「もちろん、そうに決まってるだろ」唸るように俺は答えた。「今からそれを証明してやる」
俺はジョセリンのお尻を抱き上げ、彼女の短いスカートを太ももまでまくり上げた。
ジョセリンは両脚を俺の腰に絡め、俺は彼女を薬棚に押し付けた。
舌を絡ませながら貪るようにキスを交わし、互いの体をこすり合わせる。しかし、服が目障りだ。
ジョセリンは俺のジャケットを脱がせ、素早くシャツのボタンを外したが、俺は指がもたついて上手く脱がせられなかった。
どういうわけか、調子が狂っている。もしかすると、この月夜の興奮で感覚が麻痺していたのかもしれないが、そんなことでは動じない。
ブラウスを引き裂くと、彼女は鋭く息を吸い込み、俺の背中に爪を立てた。
すかさず俺はスカートの中にすっと手を忍び込ませる。そして俺は彼女の脚を下ろし、下着を一気に脱がせた。
ジョセリンの局部に合わせて身をかがめながらスカートをたくし上げ、彼女の唇に触れる前にペロリと唇を舐めた。
「珍しいわね」「あのアルファが跪いているなんて」
俺はニタっとと笑った。「真のアルファは女性を喜ばせる方法をよく知っている。もしそうでないなら、そいつはアルファじゃない」
舌でジョセリンの敏感な突起を刺激しながら、固く締まった彼女の局部に指を2本突っ込んだ。
快感のあまりジョセリンは俺の髪を掴みながら喘ぐ。「はぁっ...ぁああん、エイデン!」
彼女の快楽に満ちた喘ぎ声に合わせて、俺は指をゆっくりと出し入れした。
ピチャピチャと卑猥な音を立てながら味わうジョセリンの蜜は、何にも変えがたい。
敏感になってヒクヒクした局部を弄ると、喘ぎ声は大きくなるばかりだった。ジョセリンはもうびしょびしょだ。
これでもう分かっただろう。俺は心の中で、『自分の望みはわかっている』と感じた。
しかし、そもそもなぜ何かを証明しようと躍起になっていたのか。
なぜ、どこか違和感を覚えるのか。底無しに湧き出ていた興奮が、突如として威勢を失った。
ジョセリンは突然俺の脚を引っ張り上げ、いたずらな笑みを浮かべた。「今度は私の番よ、アルファ」
彼女は膝をついてズボンのファスナーを開け、ボクサーパンツの中に手を差し込んだ。
いつもなら、ジョセリンが跪いただけで俺の下半身はガチガチに硬くなる。ただひとつ問題があった。あの突き上がるような興奮が影を潜め、同様に俺の...
「エイデン、どうかしたの?」ジョセリンはボクサーパンツから手を離し、再び立ち上がった。
「ジョセリン、お前なら分かるはずだ。こんなことは...起こるはずがない」と苛立ちを隠せずに俺は言った。「少し時間が必要なだけだ」
どういうことだ...一体俺に何が...。
ジョセリンはため息をつきながら下着を手に取り、ヒールの上からはき直した。そしてコートのボタンを留め、破れたブラウスを隠した。
「こうなることは何となく分かっていたわ」と彼女は失望した声で言った。「まだ心の準備ができていないのよ」
「何を言ってるんだ!」思わず俺は身構えた。「もう一度やろう。どれだけ準備ができているか分かるはずだ」
「エイデン、お願いだからちょっと聞いて!」予期しなかったジョセリンの鋭い口調に俺は驚いた。「あなたじゃなくて、私なの!」
涙が頬を伝い、彼女は目をそらした。
「どうしてお前のせいになるんだ!」ジョセリンの肩にそっと腕を回して尋ねた。彼女はそれに腹を立て、俺の手を払った。、
「私はあなたの"真のパートナー"ではないから」と、ジョセリンは答えた。「私はただ、"今年のパートナー"に過ぎないのよ」
「お前はそんなんじゃない!」と説得するように俺は言った。
それとも、説得しようと試みていた相手は...俺自身なのか?
「エイデン、私はヒーラーなのよ」と、ようやく俺の目を見てジョセリンは言った。「私はあなたの感情を読み取ることができるし、あなたが私に触れるときどう感じているのか、そして私に対する気持ちの変化まで手に取るように分かるのよ。あなたは私に心を開いたことはないし、他のパートナーも同じ。私が近づこうとすると、いつもあなたは離れていく」
「ジョセリン、俺は...」
「私とヤりたいのかどうか聞いたとき、あなたは嘘をついたわ。分かるもの。いっそ私の間違いだったらいいのに...って思ったけど」
ジョセリンは間違っている...この月夜のせいでおかしくなっているだけだと言いたかった。でも...
彼女が正しいことは分かっていた。月夜によってもたらされた強烈なつながりはもうない。そして、もう何週間前も前から俺たちのつながりが薄れていくのを感じていたことに気づいた。
「何と言っていいのかわからない。何が起きているのかすら...理解できない」
「私には分かるわ」ジョセリンは俺の手を取って言った。「簡単なことよ」
「だったら教えてくれよ! もうこんなのうんざりだ!」彼女の手をそっと握りながら言った。
「こうなるのは時間の問題だったわ。アルファ、あなたは群れのボスなのよ」と、ジョセリンは必死に笑顔を作りながら言った。「真のパートナーを見つける時が来たの。その人を見つめているだけで、世界が止まってしまうような女性。それが私でないことはあなたも知っているはずよ」
「でも、俺たちならきっとうまくいくはずだ!」と、自らの感情がコントロールできなくなっていることを感じつつ俺は言った。「お前を失いたくないんだ...」
「私じゃ無理なのよ」と、ジョセリンは首を横に振った。「昔は私でも良かったかもしれないけど、今のあなたは運命の人を求めている。それでいいのよ。あなたにはその権利があるもの、エイデン」
「ジョセリン、どうして別れ話みたいに言うんだ?」
「だってそうだもの」と、彼女は力強く言った。「あなたは真のパートナーを見つけなければならないの。そして、私はもうそんなあなたの邪魔をするつもりはない」
ジョセリンはそう言って俺の頬にキスをすると、ドアを開けて何も言わずに出て行き、備品室に1人取り残された。
今まで感じたことのない空虚感。いや、あるいはこれまでずっと無視してきただけなのかもしれないが、何だか自分の半分が欠けているような気がした。
ジョセリンの言葉はそういう意味だったのか?俺はただ、真のパートナーにしか埋められない空虚感を埋めようとしていただけなのか......。
月が満ちたとき、俺は群れのボスとして自分が何を望んでいるのか、はっきりわかっているつもりだった。時が来ては、また別のパートナーを追い求めるということ。
しかし今回は違った。
この月夜は、ただ無心にパートナーと交わるだけではなかった。
確かに多くの人はそれが目的だと感じているが、そこには、「生涯寄り添えるパートナーを見つける」という真意が隠されていたのだ。そして今、ジョセリンのおかげで、自分が本当に求めているものが何なのか理解できた......。
運命のパートナーだ。