
The Millennium Wolves ミレニアム・ウルフ アルファの野望3
危険が森に潜む中、アイデンのアルファとしての本能が試される 。謎の侵入者が群れを脅かし、シエナとの関係を築くことにも苦労する。そんなときクラブでの出来事が2人の関係を揺るがしてしまう。アイデンは自分自身の感情と不安に向き合いながら、シエナを守り、信頼を取り戻そうと奮闘する。2人は困難を克服し、互いに力を見出すことができるのか。
森に潜む謎の脅威
シエナの魅惑的な匂いを嗅ぎながら森を駆け抜けると、前足が地面の震えを感じた。
その読み通り、空き地で佇むシエナを発見した。俺を見つけた瞬間、引き下がれとでも言わんばかりに彼女は歯をむき出して唸った。
狼の姿でも、人間のときと同じくらい美しい彼女の青い瞳を見つめ、俺は飛びかかる準備をした。
論理などはもう存在しない。残されたのは、喉から手が出るほど渇望していたある1つのことを成し遂げようとする本能だけだった。
俺は低い唸り声を上げたが、それはシエナに向けたものではなかった。自分への警告だった。
今引き下がらなければ、シエナはこれが俺の本当の望みだと思うだろう。今までの努力が全て台無しになる。
しかし、俺が自制しようとする前に、近くの茂みから地面を打つ前足の音がし、俺の耳は跳ね上がった。
しばらくすると、金色の髪をなびかせた狼ジョシュと、リース、ネルソン、そしてジョシュが従えた2人の警備部隊が空き地に進入してきた。
邪魔者と話す気分ではなかったため、俺は唸り声をあげながらジョシュを睨み付け、「失せろ。さもなければ俺の逆鱗に触れるぞ」と睨みだけでそう伝えた。
そのとき俺は、彼が興奮して毛が逆立っていることに気づいた。何かがおかしい。俺やシエナに対して怒っているわけではなかったのだ。
月夜の興奮に激しく突き動かされる中、俺は是が非でもそれを沈め、今この瞬間はアルファになる必要があった。
今必要とされる俺のもうひとつの本能はより邪悪で、凶暴なものだが、そのためには冷静な頭が必要だった。
シエナと一緒にいるときに邪魔されるのは大嫌いだったが、今、俺の気を紛らわすには必要なことだったのかもしれない。
ジョシュたちと合流し、唸り声をあげて覚悟はできていることを茂みの向こうに潜む相手に伝え、睨み付けて恐怖への扉は間近に迫っていることを暗に示した。
シエナにここから逃げるよう伝えようとしたが、俺の気がそれたタイミングを見計ってすでに姿を消していた。
毛は逆立ち、俺の中で恐怖が燃え上がった。パートナーを守りたいという気持ちが抑えきれないほど強くなった。
さっきよりも冷静さを取り戻した俺は、デートをここまで長引かせてしまったこと、お互いの興奮を限界レベルに押し上げてしまったこと、そして俺がつけた印のせいで彼女の欲求が強くなりすぎてしまったことを反省した。
せっかくのデートを台無しにしちまったなぁ。
しかし、自分のしたことを後悔している暇はなかった。すぐそこに危険が迫っていたからだ。そこにいてはいけない、何かが。
シエナがいなくなり、頭がクリアになった今、ようやくそれが何だか分かった。
侵入者がいる。
だが、森中を捜索しても無駄だった。侵入者は姿を消し、空き地に奇妙な臭いの痕跡だけが残った。
手がかりも何もない。俺は人間の姿に戻って現場を確認し、ジョシュもそれに続いた。
「誰であろうと許さん」そう言って俺は茂みの近くにしゃがみこみ、長い黒髪が1本落ちているところに近づいた。「人狼ではないな」
「ああ」ジョシュも声を荒げて俺に賛同した。「人狼ではない。誰にも気づかれずにここに忍び込むとは...普通ならありえない」
ジョシュの声には俺への不信感が満ち溢れていた。こいつの真意は、このような事態に陥ったのは”俺のせい”だということだ。アルファとして、俺は自分のテリトリーに入ってくるありとあらゆる見知らぬ者の臭いに気づくべきだったのだ。
だが、私は気が散っていた。俺の頭の中にはただひとつの匂いしかなく、それが俺の嗅覚をすべてを鈍らせていた。そしてその事実は、ベータには伝わっていた。
だが、リースやネルソン、そして俺の護衛たちの目の前で、ジョシュと対立するつもりはなかった。
だからあいつが俺に何か言う前に、「今夜はこれ以上何も見つからない。みんな家に戻るんだ」とだけ伝えた。
俺のオフィスはまるで監獄のようだった。いつになく落ち着かないのだが、誰かに気づかれずに逃げ出すこともできなかった。
昨晩、森で起こった一連の出来事が気になり、シエナが無事なのか確認したい気持ちは山々だった。
ジェレミーは電話で、彼女が無事に帰宅したと教えてくれたが、本当に怪我1つなかったのか、自分の目で確かめる必要があった。
だが今は、ジョシュの視線からもひしひしと感じているが、群れのボスとしての責務を果たすことが最優先に求められていた。
ジョシュが昨晩森の中で、俺のボスとしての能力を疑っていたことは腹立たしかったが、あいつのいうとおりだった。俺がヘマをしたのは、群れのことではなくシエナに集中していたからだ。
シエナは俺のパートナーとなる存在かもしれないが、正式な関係に至るまでは、アルファとしての職務を全うすることが最優先事項だった。
そして昨晩の一件は、もちろん俺の職務に含まれる。
よそ者が群れのテリトリーに入ってくるのはそう珍しいことではない。
人間も狼もしばしば他のテリトリーに足を踏み入れることはある。だが狼の場合は、自分がその群れに属していない場合、書面による承認が必要となったため、それ以降、侵入者の数は減ってきていた。だが、俺たちが森で嗅いだ臭いは狼でも人間でもなかった。
何か全く別のものだったため、それが気がかりだった。
だがもっと気がかりなのは、そいつが自らの臭いを隠すことができたという事実だ。
そいつがあの髪の毛を残していなかったら、臭いはまったくわからなかっただろう。その事実を知っただけで、俺たちはみな動揺した。
それを知る者は、ジョシュ、ジョセリン、ネルソン、リース、そして森にいた警備部隊たちだけであり、この事実は口外しないことを誓った。
そいつを突き止める前に、情報が漏れることだけは何としても避けたかった。
「それで?」ジョシュが沈黙を破り、腕組みをしながら俺を見る。「このままここで座って待っていろというのか?」
こいつの口調には納得いかないが、今は疲れ切っていてそんな余裕もない。「他に何か提案はあるのか?」今日1日の出来事で疲れていることを悟られないように俺は聞いた。
「そいつが誰か分からないのに、森を捜索させるわけにはいかない。俺たちにだって、そいつの正体は分かっちゃいないんだ」
「で?そもそもそれは誰のせいなんだ?」ジョシュはそう呟きながら、いつも俺に腹を立てるときと同じように部屋の中を歩き始めた。
疲れはあるといえど、これには我慢ならなかった。「厳密にいうと、お前のせいだ」「群れの国境線の安全を守るのはベータの責任だからな」
「俺がやるべきことをいちいち説教する必要はねぇんだよ」とジョシュは怒りをあらわにした。
「俺はやるべきことはやった。何か見知らぬ者が近づいていると分かった瞬間、俺はお前を探しに行った。職務を怠っていたのはお前のほうだ」
またその話か。「こうしててもらちが明かない。思ったことを言え」
ジョシュが最近、俺の行動にいちいち文句をつけるのはもううんざりだった。まるでベータなしでは俺が行動できないかのように、そして俺がベータの邪魔をしているかのような扱いだった。
「お前は今、群れのボスとして相応しくないんだよ、エイデン」ジョシュの声は大きくなり、ようやく腹を決めて、本音を打ち明ける準備ができたようだった。「本来のアルファなら、侵入者を突き止められた徘はずだ」
「相手が何者か分からないとお前も言ったじゃないか」
「そいつが臭いを隠せるほどの強者なら、当然俺をも欺くことができる。それとも、まだシエナのことで何か言いたいのか?」
ジョシュはその場で立ち止まり、反抗的な目で俺を睨んでいる。「こっちが聞きたいくらいだよ」
俺は思わず唸った。「興奮で我を失ってしまった。一時的にだ」
「思った通りだ!」と言って、ジョシュは両手を上げた。
「お前は自分を見失っていたんだよ。今までそんなことはなかった。俺たちに話したことが本当なら、なぜ彼女に正直に話さないんだよ!お前は自分だけじゃなくて、彼女の時間も無駄にしてるんだぞ」
そう言い切ったジョシュは深呼吸をした。
「このままいくと、どちらかが傷つくことになる。お前は今まで以上に強くいないといけないんだ。群れのために言ってるんじゃない。お前の友人として言ってるんだ」
ジョシュには理解できない。こいつにはまだ生涯のパートナーはいないし、たとえいたとしても、俺と同じような困難には直面しないだろう。自分だけが、運命のパートナーの存在に気付き、相手はまだ気づいていないという状況なんて。
だからみんなには秘密にしていた。こいつらには分かりやしない。俺が心の奥底に抱えている葛藤や、体の内側から引き裂けれていくようなこの感覚が。
もしシエナを失えば、それは死よりも残酷な運命になるだろう。そして他の狼と違って、アルファーにとってパートナーとの強力な結びつきは、その双方に瞬間的に生まれるものではないのだ。
さらに難しいことに、シエナはあらゆる衝動や本能と戦いながら、俺に抵抗していた。今のところ、彼女の優勢だ。
もしそれが、これほどまでに煩わしくも恐ろしくもないものであったら、彼女を褒めてやりたいくらいだ。最も根源的な欲望、アルファ、そしてこの月夜の興奮を彼女が一度に撃退できたという事実は、まさに前代未聞だった。
シエナは普通の雌狼ではない。本当に特別な存在だ。だからこそ、彼女とは今までにない方法で関係を深めていかなければならないのだ。たとえそのやり方が、他の人から見ると優柔不断だと思われたとしてもだ。
彼女が自分で納得して決断するまで、俺はパートナーになることを強要したりはしない。
いずれは伝えなければならないが、彼女がその気になるまで待つことはできる。今は明らかに彼女の準備ができていないからな。
「心配するのはわかるが、俺は自分のやり方でやる」
ジョシュは怒りを抑えきれず唸り声を上げ、俺の机に拳を叩きつけた。
「お前は馬鹿なのか、エイデン?いつ攻撃を受けてもおかしくないこの状況で、お前が気にしているのは女だけか」「しかも、お前のアプローチを断っている女だぞ?」
俺はジョシュに警告の眼差しを送った。「気をつけろ、ジョシュ」
だがジョシュの怒りは収まらない。「俺が言いたいのはな、エイデン。俺たちは今夜、そいつと至近距離でまみえたんだ。俺が感じたことは、お前も感じたはずだ。人間でもなければ、人狼でもない」
「もしそいつが今までとは違う敵であれば、そいつの強みは?逆にそいつの弱点は?そもそも弱点なんてあるのか?」
ジョシュの目はまさに狼の目だった。「お前がこの脅威を真剣に受け止めていないような気がするんだ」
ジョシュの推測とは裏腹に、俺はこの件を深刻に受け止めていたが、そんな素振りを見せるわけにはいかなかった。心
真のアルファは、どんな危険な状況でも冷静沈着でいるものだ。それこそが群れに秩序をもたらし、たとえ自分の周りが慌てふためいていても、自らは泰然自若としているのだ。
だが、そんな冷静沈着な人物を演じるのは容易ではなかった。兄さんはめっぽう得意としていたがな。俺はずっと気が短く、シエナが思っている以上に取り乱しやすい性格だ。
俺がやっていることは兄さんの真似事に過ぎない。
兄さんなら、今回の侵入者に対しても、シエナに対しても、俺よりもずっと上手に対処できたはずだ。
「この侵入者が今までとは違うということは、俺も分かっていた」「だが今は、待つしかないだろう」
「そいつが何者であろうと、俺たちを脅威に感じて欲しくはない。友好的であれば、そのままでいて欲しい。お前が言ったように、この侵入者の能力は未知数だからな」
「もし友好的な目的で来たのではなかったら?」さっきよりもジョシュは落ち着いてきた様子だ。
答えは明白だった。「もしそうでなければ、今頃俺たちを襲っているはずだ」「対決を避けるために臭いを隠したのだろう」
だがジョシュは、まだ何か行動を起こしたくてうずうずしているようだった。「もしくは、奇襲を仕掛けようとしているのかもな」そう言ったジョシュの目は、まさに戦うときの目だった。
これ以上話しても進展はない。「お前の推論はもう十分だ、ジョシュ」「警備部隊の様子を見てきてくれ。何か新しい情報があったら教えてくれ」
ジョシュは俺にわざとらしくお辞儀をした。「お望みのままに、ボス」そう呟いた後、ジョシュは真剣な眼差しで俺を見た。「忘れないでくれ。お前の仕事はあの女を寝取ることだけじゃないんだ」
俺は何も言わず、ただうなずいてジョシュを追い払った。
あいつが去ったのを見届けると、終始沈黙を貫いていたジョセリン、リース、ネルソンに目を向けた。
「他に何か言いたいことがあるやつはいるか?」図らずも脅すような口調になってしまった。
リースは唇を尖らせた。「ジョシュはあなたのために奔走しているだけよ。彼はあなたが子供の頃から知っているもの」
俺は唸った。「であれば、あいつもいい加減大人にならないといけないな。俺たちはもう子供じゃない。そして俺はあいつのボスだ」
「いいか、エイデン」ネルソンは静かな声で言った。「あいつは群れのことを心配しているんだ。そして大きなプレッシャーにさらされている。その上でこの新たな脅威だ。これ以上に最悪なタイミングはないさ」
「彼はあなたに見捨てられたと思っているのよ」ジョセリンが優しく付け加えた。「彼は、あなたがもう自分を信頼していないと思っているの。アルファとベータとしてではなく、エイデンとジョシュとして、最後に2人で面と向かって話し合ったのはいつのこと?」
こいつらは正しかった。俺たちが友人として最後に遊んだのは、ずいぶん前のことだった。
この数ヶ月間、俺は自分の中に閉じこもって、悲しみを抱え込んでいた。それも、消えることのない悲しみを。そこにシエナが現れ、全ての歯車が狂い始めた。
そして、俺はジョシュだけでなくみんなにも秘密を抱えていた。あいつが俺に不信感を抱くのも無理はない。
罪悪感を感じながらも、「何とかする」と言って、俺は他のメンバーを追い出した。そして椅子に座り込み、両手で頭を抱えた。
9年間。俺はこの仕事を9年間も続けてきた。その仕事を引き受ける責務を感じようが、感じまいが。本来であれば兄さんが座るべき椅子に俺は今座っている。
兄さんなら、友達としても、リーダーとしても、そしてパートナーとしても上手くやっていけるはずだった。生まれながらにその資質が備わっていたからだ。だが今、アルファの席に座っているのは俺だった。
相応しくないことなんて自分でも分かっていた。
全ての責任を背負ったのも俺だった。
パートナーを突き放すことを恐れるあまり、結局はみんなを突き放してしまったのも俺だった。
冷静で自信に満ちた表情で俺を見つめる兄さんの姿が目に浮かんだ。
「今までのような振る舞いは、群れ全体を脅かすことになるぞ、エイデン。お前ならもっと上手くやれるはずだ。俺はお前を信じているぞ」
「でも、できるはずないさ」俺はささやくように言った。「俺は兄さんにはなれないから」










































