自分を襲ったジャックが武勇伝のように自分が寝た女性たちの話をしていることに強い嫌悪感を抱き逃げ出したアンジェラ。自分のこともああやって話をしているのかと思うとショックで、家でさえも安全でないと感じパニックになる。そこにザビエルがやってきて、優しくなだめてくれた。2人でセントラルパークへ散歩をし、自分に心を開いてくれたザビエルに同じように自分も心を開こうと決意したアンジェラは、いよいよすべてを彼に話すことにする―
対象年齢:18歳以上
アンジェラ
何とかトイレから這い出して、ベッドに上がった。大きなふわふわの布団の真ん中で丸くなって寝ていると、このまま飲み込まれていく気分に陥った。
息ができない、動けない。鳥たちに食い散らかされるのを待つだけの、殺され、身を開かれた生肉になったかのようだ。どうしてまたこんなことになってしまったのだろう?
もしかしたら、今度こそ本当に実家に帰ったほうがいいのかもしれない。町の修理工場で仕事を見つけ、父の世話をし、人目を避ける。
諦めて静かな生活を手に入れるのはどう?
今、うまくいっているわけでもないのだし。
「アンジェラ?」 ザビエルの声がしたかと思うと、部屋のドアが勢いよく開かれた。
私は身を縮め、言葉の攻撃を待ちかまえた。
布団が引き剥がされた。ザビエルが上に立ちはだかり、胸を大きく上下させていた。
「お前は―」と言いかけて、言葉を止めた。
胎児のような姿勢で横たわった私の涙で濡れた頬を見つめるザビエルの暗い視線が身体を走り、新たなパニックに襲われた。
そして、何かが変わった。
ザビエルの眉間にしわが寄り、息が落ち着いた。
彼はベッドに入って来て、私を胸に引き寄せ、布団を再びかぶせた。
私の背後から身を寄せて引き寄せ、あごに軽いキスしてきたザビエルに、私は固まった。
「マイエンジェル、何がお前を苦しめてるんだ?」彼の言葉が胸から背中に響いた。
首を振り、やっとのことで、かすれた声を出した。「言えない」
言うのが怖い。
ザビエルはうなずいた。彼の指が私の腰に小さな円を描き始めた。その触れ方は、何かを要求するものでも、性的な意味があるものでもなかった。
静けさが私を包み始め、彼が触れた腰を起点に外へと広がっていった。
ザビエルは息をついた。「話せないなら、一緒にどこかに出かけるのは?」
一瞬考え、恐怖が再び襲ってくるのを待ったが、それは来なかった。
もしザビエルが私とヤりたいだけなら、まず外に私を連れて行くなんて無駄なことはしないだろう。外には人がいる。ザビエルが私以上に嫌っていたのは、自分の世間のイメージが崩れることだった。
私は頷いた。
「歩けるか?」
もう一度頷いたが、本当に歩けるのか、足がもつのかは分からなかった。
「コートを取ってくる」 彼は言った。「ここで待ってて」
***
ザビエルは私をセントラルパークに連れてきた。曲がりくねった道を歩き、ベルヴェディア城を元気に上り、湖を過ぎた。夏には人で溢れている歩道や広場も今は空っぽだった。
寒さで鼻が冷たくなったので、スカーフを上げて息を吸った。外を歩いていると、少し呼吸が楽に感じられた。
ザビエルの歩みが遅くなり始めた。周囲を見回し、現在地を確認しようとしている。そして、そこがエミリーの店から家に帰るときに通った道だと気づいた。
その場所には何か特別なものがあるように思えた。でも、その記憶のかけらをつかむことはできなかった。
彼は古いしだれ柳がある池に面したベンチに私を引っ張って行った。
凍った水面を見つめ、夕日が氷の表面を紫と金色に染めていくのを眺めた。
「ここに来て考え事をするんだ。頭を整理するために」とザビエルが始めた。「父が初めてお前に会ったのがここだと言っていた」
だからこの場所に見覚えがあるんだ。
「百合の花を渡したの」
ザビエルが振り向いた。「それでお前が運命の人だと思ったって、父さんが言っていた。百合はあの人のお気に入りだったから」
「あの人って誰?」と小声で尋ねた。
ザビエルはベンチの背もたれにあるプレートを指さした。「俺の母さん」
私は口を丸くした。草、池、柳が突然神聖なものに見えた。
ザビエルは今まで一度も自分の母親のことを話したことがなかった。私は口を開くのが怖かった。何かを言ってこの凍てついた瞬間を壊すことを恐れていた。
胸の痛みが少し和らいだ。これが過去数か月間、一瞬だけ見えていたザビエルだった。
本当のザビエルだ。間違いない。
「事故の後、よくここに来た。その後……」 彼は言葉を止め、唇を舐めた。
彼が心の中を言葉にするのを待った。これについて話すのはどれほど辛いのかが伝わってきた。もしかしたら、彼はこれまで一度も話したことがないのかもしれない。
再び話し始めたとき、その声は強くなっていた。「俺の背中の傷を見たことがあるよな」
質問ではなかった。もっと多くのものを見たことを、私たち二人とも知っている。
「あの夜は雨が降っていた」 ザビエルが話し始めた。「出張から帰ってきたときのことだ」
思い出すのが辛い様子で、ザビエルが止まった。
「部屋入って2人を見つけたとき、俺は自分を見失った。家から飛び出し、通りに出た。クラウディア、元カノが後を追ってきて、タクシーが角を曲がってきた瞬間に足を滑らせた。咄嗟に俺は飛び出して彼女をかばったんだけど、間に合わなくて」
ザビエルは震えるように息を吸った。「痛かった。今でも痛むんだ、アンジェラ。毎日だ。そして背中の傷を見るたびに彼女のことを思い出し、また新たな痛みを感じる」
涙が目に溢れ、私は手袋をつけたザビエルの手を握った。「あなたが苦しんでるのが悲しいわ」
ザビエルは苦々しく笑った。「お前が悲しむことなんてない。悲しまないでくれ。お前に伝えたかったんだ。ずっと抱えていた痛みが最近マシなんだ。痛みを忘れていることもあるくらいだ。アンジェラのおかげなんだよ。お前が見ず知らずの人に百合の花を手渡したから。お前が俺のために車の前に飛び込んでくれたから」
「ザビエル、私―」 私は口を開いたが、喉が詰まり言葉にならなかった。その代わりにザビエルを抱きしめた。
「アンジェラ、お前が俺を救ってくれたんだ」ザビエルが耳元で言った。「それはあの島でのことだけじゃない」
ザビエルを強く抱きしめながら泣いた。彼の言葉が癒してくれ、虚無感はほとんど消えていた。
ザビエルがこんなに正直になるなんて思ってもなかったし、願うことすらしていかった。威圧的で男っぽい性格の彼がこんなに甘い仕草をするなんて。こんなに嬉しい誤算はない。
「お前が苦しんでいるのが分かるよ、アンジェラ」とザビエルは続けた。一度手を引いて、その大きくごつごつした手が私の頬を包んだ。「俺がお前のためにここにいることを忘れないで。ここにいる。俺はまた車の前に飛び出すような男になる。たとえあのクソみたいな島に戻ることになったって、お前のためなら何でもする覚悟がある。だから、それを証明させてほしい」
その言葉には、言葉以上の何かがあった。今ならそれが分かる。
ザビエルは私のために心を開いてくれた。和解の象徴、オリーブの枝。私たち二人が一歩を踏み出すための足がかりだ。確かにザビエルとデートをすることになってからのこの数日は波乱に満ちていた。でもやってみることにしたのだ。
やるべきことは分かっていた。全てを打ち明ける時が来たのだ。これが私たちを更に近づけることになるのか、それとも結婚を破滅させる最後の一撃になるのか。私は祈ることしかできないけれど。
深呼吸した。「ザビエル、あなたに言わなきゃならないことがあるの……」