過去のストーカー・レモールがばら撒いた写真に苦しめられるアンジェラは義父のブラッドに呼び出しされる。そこで、もう心配しなくて良いというブラッドの作戦を聞く。一方ザビエルはアンジェラのことを未だに信用出来ず、心を開かずにいた。
アンジェラ
パークに到着した私は、とても落ち着かなかった。
ブラッドは何を話していたんだろう? 本当にレモールを止められるのかしら?
今回はコンシェルジュの助けを必要とせず自分でテーブルを見つけたし、そこに行くまでに止められることもなかった。私はすれ違う紳士淑女に丁寧に微笑みながらダイニングルームを通り抜けた。
ブラッドのいるテーブルに着くと、彼が立っているのが見えた。
「やあ、ハニー」ブラッドはそう言って近づいてきて、私の頬にキスをした。
「ブラッド、こんにちは」私も言った。
「座ってくれ」私は彼の向かいの椅子に座った。
私は息を吐いた。
さあ、始めよう。
「電話でのことだけど…….」と私は話し始めた。
「レモールはもう何もしてないよ、アンジェラ、心配いらない。それよりも……まあ、今日以降は何の心配もなくなるだろうね」
ブラッドには、写真が流出した直後、タウンカーでレモールについてすべて話した。彼の下で働いた11カ月半のつらさ、ストーカーされ、我慢の限界まで脅されたこと。
ブラッドは全力で彼を潰すと約束してくれたが、ただ、こんなに早くそんなことが起こるとは思ってなかった。
「どういう意味?」私は尋ねた。
「ちょっとした計画をたてたんだ。正義が果たされるようにね。レモールはこれまでと同じように振る舞うだろうが、今回は捕まるだろう。法で裁かれることになる」
「えっと……ついていけません」と私が言うと、1人のサーバーがフィンガーサンドイッチとスコーンを段々に並べ、別のサーバーがシャンパンをフルートに、紅茶をカップに注いでくれた。
「レモールの近くで働いていた女性を見つけたんだ。その子も同じように嫌がらせを受けてきて、私たちに協力してくれると言っている」彼は説明した。
「だから、事件が明るみに出ても、君そこから離れたところにいれる。メインヒロインではなく、通行人Aだ」
「それって誰?」私はヒソヒソ声で尋ねた。
「残念ながら、それは言えないんだ」彼はスコーンをかじりながら言った。少しアイシングが上唇についた。
「あの女性には、できる限のり匿名を約束したんだ。彼女は今晩、私のホテルのひとつ、レモールがよく利用するホテルに来る。レモールとその子をバーで出会わせる。その後は……歴史に刻まれるだろう」
「どうやって……あいつを捕まえるの?」
「カメラを設置したんだ」彼はスコーンをシャンパンで流しながら言った。
まるでボンド映画のように、私の頭の中はぐるぐると回っていた。
「見たいわ」と私は言った。パークホテルで、しかもブラッド・ナイトに向かって、はっきりとものを言う度胸があることに、自分でも信じられなかった。
それに、私は、私を苦しめてきた男、レモールが堕ちていくのを見届けなければいけなかった。
「やれるか?」 彼はまるで父親のように私を見た。私の父親は、絶対にだめだと言うだろうけど。私はとても繊細で、そういうものを見ることができなかったのだ。
でも心の底では、そんなことはないと思っていた。私にはできる。やらなければならない。レモールが捕まるのを見ることだけが、私が前に進む唯一の道だと思った。
今がそのときだ。 私はシャンパンを一口飲み、すぐに自信が湧いてくるのを感じた。
そして、ニューヨークで最もパワフルな男、ブラッド・ナイトを見ながら、最も自信に満ちた声で 「イエス」と言った。
ブラッド
アンジェラを連れてくることが正しいことなのか、確信が持てなかった。彼女は繊細なお嬢さんだし、実際この男はかなりの期間、彼女を辱め、傷つけてきた。
私もこのろくでなしを殺したかったが、取締役会はきっと反対するだろう。
この若い女性は、2年前にゲルサの人事部にレモールに対する苦情を提出したが、もちろんもみ消された。それを知った私のアシスタントを通じて、私たちのところに来て、協力してくれることになった。
いわゆる、「審査され、解雇された」のだ。しかし、彼女はまだフリーランスとしてゲルサで働いており、日常的にレモールと一緒にいることはもうなかったが、彼がまだ彼女を苦しめていることは確かだった。
私はその女性に自分から接触し、状況を説明した。私の大切な別の女性も同じように同じ男に苦しめられており、止めなければ彼は間違いなくまた別の人の人生を台無しにするだろう、と。
私はもっと何か、お金のようなものを彼女に差し出したかったが、そんなことをしても、あのクソ野郎が裁判にかけられたとき、法廷では通用しないとわかっていた。
だから代わりに、彼女の気持ちに寄り添うことに徹した。良心のある人間なら誰でもそうであるように、その女性も、彼女自身や他の女性を苦しめた怪物を止めることに同意したのだ。
私は彼女に、午後7時にホテルのスイートルームに来るように告げ、王室御用達のもてなしをした。ヘアメイクに、神経を落ち着かせるためのエステまで。それが私にできるせめてものことのように感じた。
1時間半後、スイートルームに入ったときに見たその女性は、本当にまばゆく輝いていた。スタイリストが選んだドレスは完璧だった。
洗練された雰囲気が魅力的で、あの野郎に勝ち目はないと思った。
「君なら大丈夫」私はドアのそばで彼女に言った。「彼が自分の行為から逃げられるか、罰を受けるかの分かれ目だ」
彼女は落ち着いた様子で私にうなずいた。「わかってる。私は大丈夫」
私は彼女の肩に手を置き、頬にキスをした。「君を誇りに思うよ。ありがとう」
彼女は私にうなずき、ドアを開けてホールを歩いていった。人生で最も怖い夜になることは間違いないだろう。
アンジェラ
ブラッドから8時45分に913号室で会うように言われていたが、私は不安でたまらず、1時間前にトライベッカホテルに着き、その周りをぐるぐると歩いた。そこは私が結婚式を挙げたホテルだったが、今夜はまったく別の理由でそこにいることに緊張していた。
そして8時35分、ようやくロビーに足を踏み入れた。左手にあるホテルのバーをさりげなく覗こうと、エレベーターホールまで歩いたが、見知った顔はいなかった。
エレベーターで9階まで行き、部屋まで歩いた。ドアをノックすると、2回目のノックで開いた。
「準備はいいか?」ブラッドが尋ねた。私は素早くうなずき、彼は中に入れてくれた。
中は賑やかだった。スイートルームには、異なる角度を表示するために設置されたさまざまなスクリーンがすっぽり収まり、ホテルのバーと空のホテルの部屋が表示されていた。
スクリーンの後ろには3人の黒服の男がイヤホンをしていた。一人はノートパソコンの後ろに座り、音響を調整しているようだった。
本当にボンド映画だ。
「彼らは警官?」私は静かにブラッドに尋ねた。
ブラッドは首を横に振った。「私の自慢のセキュリティチームだ。彼らは諜報活動もしている」
私は言葉が出てこなかったけれど、もう一度うなずいた。私を潰すことに必死だった男を潰すために、彼がここまでしてくれたことが信じられなかった。
「ありがとう」私は真剣に言った。彼は私の手を握った。その目の中には優しさが見えた。
「準備が整いました」黒服の男の一人が部屋に向かって叫んだ。
皆の視線はスクリーンに集中し、黒いドレスを着た女性がバーに座ったところだった。バーテンダーが彼女のところに行き、彼女は私たちには聞こえない何かを言った。
少しして、バーテンダーは彼女にマティーニを持ってきた。
「心配はいらない、彼女は飲んでないから」とブラッドが私に言った。「彼女もバーテンダーも、今夜はノンアルコールしか飲まない」
賢明だ。入念な打ち合わせがされていることに驚いた。私は目を細め、彼女の顔が映っているスクリーンを探したが、彼女の背中とカーリーな茶髪しかみえなかった。
「来た!」黒服の別の男が叫び、再びスクリーンに注目が集まった。
心臓が止まるかと思った。あいつがそこにいた。
レモール、身長190センチ、特注のスーツで中年体型を上手く隠している。顎を高く上げて歩く姿は、よくつまずかないものだといつも不思議に思っていた。
そして彼は、そ の女性が座っている場所へとまっすぐ進んでいった。
私は、彼女が耐えているに違いない恐怖、私たちがカメラで見ている恐怖を思い、身震いした。不公平に思えた。
「何も聞こえない」レモールが女性の肩を叩いて微笑むのを見ながら、私はブラッドに言った。
「聞いてるよ」と彼は言い、右耳に隠れたイヤホンを指差した。この部屋でイヤホンをしていないのは私だけだった。「君は聞こえない方がいいと思って」
「私も欲しいわ」
ブラッドの眉がまたつり上がった。「君には思い出させたくない―」
「ううん、すべてを見聞きしたい。あの子が今がそれを経験しているなら、私は彼女に一人であってほしくない」
数秒後、ブラッドはうなずいた。彼はテーブルから、別のイヤホンを取り、私がそれを装着するのを手伝った。そしてONボタンを押した。
その瞬間、バーの騒音が聞こえてきた。しかし、レモールの最初の一言で、すべて消えてしまった。「ご一緒してもいいかい?」
彼は女性に選択肢があるかのように質問した。しかし、もしここでノーと言っても、彼は決して立ち去らないということを、私はよく知っていた。
「もちろん」彼女のその声を聞いて、聞き覚えが気がした。
「美しいドレスだ」レモールが女性の髪を肩から持ち上げた。彼女は全身が緊張し、彼が笑顔になるのが分かった。
その瞬間、彼女は横を向き、周囲を確かめる素振りをした。カメラが彼女の顔をはっきりとキャッチし、私は息をのんだ。
通りで聞き覚えがあるはずだ。
それはベティだった。私をお茶に誘い、レモールが私の人生に干渉していることを警告してくれた女性だ。
彼女の立場を想像するだけで、口が渇いた。彼女はとても勇敢だった。そして私は、ブラッドとベティがこの計画を、遠くに座って見ているだけだった。
何か私にもできることがあるはず……。