
あの子のことが心配だった。彼女が見ているもの、私が守れなかったもの。彼女は強かった、それは間違いない。
彼女は自らの経験から、強くならざるを得なかった。
アンジェラは戦士だ。彼女がすべてに対処し、この戦いを成功させるために、自ら恐怖に足を踏み入れた。
だから私もそうした。
私たちは、助けてくれることになった若い女性ベティと一緒に、野郎がいちゃつくのを見ていた。彼女は幽霊のように青白く、今まで見たこともないほど大きな目をしていた。
まばたきもしていないし、動いていない。私は彼女が画面に映るように、椅子に座らせた。
目をそらせと言ったら、彼女は抵抗するだろう。
私は彼女に水のボトルを渡したが、それはそこに置かれたままだった。そんな彼女を見て、私は責任を感じずにはいられなかった。
でもまた、もしそれが自分だったら、全てを見たいとも思った。一部始終を。
そうでなければ、前に進むことはできないからだ。
「お代わりは?」レモールはバーテンダーに合図しながら女性に尋ねた。
「もちろん」とベティは言ったが、彼女の声に緊張がこもっているのは、年老いた私の耳でもわかった。
バーテンダーが飲み物を作り、一瞬、レモールがベティのマティーニにウォッカではなくトニックウォーターを注ぐのを見るのではないかと心配になったが、レモールは彼女の胸に心を奪われ、他には目もくれなかった。
「こんばんは、雰囲気変わったね、ワトソンさん」
「ベティと呼んでください」と彼女は答えた。私はアンジェラを見た。この状況を見るのは辛かったが、彼女だけがその痛みの大きさを本当に理解できるのだろう。
「それじゃ、ベティ。乾杯」と言って、満たされたグラスを掲げた。彼女も2杯目のマティーニで同じようにした。
「新しい友情」と彼は言った。彼女は緊張した面持ちで微笑み、2人はグラスを合わせた。
そのとき、アンジェラが私を見た。
「あなたが正しかったのかもしれない」彼女は言った。「これは、辛すぎる」
私はアンジェラの隣に座り、自分にできることは真実を話すことだけだと思い、話し始めた。
レモールとベティが乾杯した後、私は胃がキリキリと痛むのを何度も感じた。吐きそうだったし、気を失いそうだった。
そして、これは一番導入の部分だと自分に言い聞かせた。本当に辛い部分はまだ始まってもいないのだ。
振り返ると、ブラッドが私の横に立っていた。彼はいつテーブルに来たのだろう? 私はスクリーンに集中していて気づかなかった。
私の視線を感じて、ブラッドはこちらを見た。私を助けたい、この状況を打破したいという熱意を目の当たりにして、私はさらに気持ちが高まった。
「あなたが正しかったのかもしれない。これは、辛すぎる」」私は言った。「これはほんの始まりに過ぎない」
ホテルのバーではなく、ホテルの部屋を録画しているもうひとつのスクリーンで、あの怪物を見なければならない。あいつが私にもしてきた以上のことを見なければならないのだ。
私も大人だし、何が待ち受けているかくらい分かる。しかし、そのことを考えるだけで、私をこの場から逃げ出したくなる衝動に駆られた。
もちろん、これは自分で足を踏み入れたことだ。でも、実際にこの状況を目の当たりにして、私を助けてくれたベティがこの状況に置かれるのを見て……。
私は力になれる自信がなかった。
私はイヤホンを耳から外し、テーブルの上に置いた。ブラッドは私の隣に座り、私を振り返った。その顔は、同情と意志の強さがあらわれていた。
「正直に言おう」ブラッドは言った。「目を覆いたくなるようなことが起こるかもしれない。そのときはいつでもこの部屋から出ていって構わない。レモールが君の脅威となることは絶対にないから」
ブラッドが私の手の上に手を重ねると、その温かさが私を包みこみ、不思議と落ち着くことができた。「でも、もし私だったら、これが私の悪夢だったら、私はここに留まるだろう。あのクソ野郎がカメラの前で自分の罪を認め、惨めに倒れる姿をこの目でに焼き付けたい」
ブラッドの言葉が身にしみた。その通りだ。一度でいいから、レモールに立ち向かう勇気を力感じたかった。
そしてこのスイートルームに座り、レモールの行動を観察し、新たな何かを知ることで、力が湧いてきた。
4杯目を飲んだ後、レモールが聞いた。
「上に行かないか? 毎週末、このホテルを予約しているんだ。平日はジャージーで十分なんだけど」
ベティは笑った。自然な笑顔で、私は彼女の演技に感動した。もし私だったら、とっくに尻込みしていただろう。
「私もここに部屋をとっているの」彼女は言った。
「へえ、いいね! と、明らかにほろ酔い加減で言った。彼はバーテンダーに勘定をするよう指示し、カードを差し出した。
バーテンダーが受け取ると、レモールは言った。「僕の部屋まで持ってきてくれるかい?待っている暇はないんだ」
そして、ベティに見とれているのを隠そうともせず、彼女が椅子から下りるのを手伝った。
2人は一緒にバーを出て、私たちはエレベーターの土手まで歩くのを見送った。エレベーターに乗り、彼女のホテルの部屋まで歩いている1分半の間、私たちは2人を見ることも聞くこともできなかった。
その1分半で私の心は揺れ動いた。もしあいつが彼女に何かしたら? 捕まえられなかったら? 手遅れだったら?
その後、彼らはホテルの部屋のドアを開けた。
「行くぞ!」黒服の男の一人が叫んだ。私たちの意識も引き戻され。
レモールはミニバーの冷蔵庫を開け、シャンパンのボトルを開けた。ベティはその間、部屋をそわそわと見回していた。彼女はシャンパンを受け取り、再び乾杯した。私は、意識していないと呼吸の仕方を忘れてしまいそうだった。
「ベティ、いつでもゲルサに戻ってきなよ。君がオフィスにいないと寂しい。廊下を歩いているのを見るのが楽しみだったんだ……」レモールはベティの胸に向かってそう言った。
「君には、僕のチームで僕の直接の部下として働いてほしい」
「具体的にはどんな?」と、彼女はレモールに体を寄せて尋ねた。
私は唾をごくりと飲み込んだ。彼女がどうやって冷静を保っているのか、見当もつかなかった。
「そうだな、いい条件を用意するよ。君が僕を気持ちよくさせてくれるなら、僕も君に何でも返そう。ゲルサでは僕が言うことは絶対だ。キュリクソンから離れるときだ」
レモールは彼女の髪を指に絡ませ、彼女からほんの数センチの距離まで顔を近づけた。「僕のものになってくれるなら、ゲルサでちゃんとした仕事をさせてあげよう。もうアシスタントなんかじゃなくて、管理職のポストを用意する」
「あなたと寝たら……私を管理職に? 給料は8桁を超えるんじゃないかしら」
「君にはそれ以上の価値がある」
「あれだ!」黒服の別の男が叫び、2人がドアに駆け寄った。
「行け、行け、行け」そして彼らはスイートから出て行った。私は彼らが間に合うことを願った。
「どうだい?」 レモールはさらに顔を下げて彼女に尋ねた。彼女は震えていた。それだけははっきり分かった。
彼女の手の中のシャンパンがグラスの中で踊っていたからだ。
「急いで」私は囁き、男たちが間に合うことを祈った。
「そうね……」ベティが口を開いた。
そのとき、レモールはベティにキスをし、シャンパンフルートは地面に落ちた。レモールは彼女をベッドに押し倒し、覆いかぶさった。私はイヤホンを投げ捨て、椅子をテーブルから押しのけた。
「やめて―!」涙と嘔吐がこみ上げてくるのを感じながら、私は叫んだ。ブラッドが私の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、アンジェラ、大丈夫だから ……」
でも私はブラを突き飛ばした。信じられなかった。レモールが彼女の上にいて、彼女に触れていた……。
「見て!」ブラッドがスクリーンを指差して言った。
私は目を拭いて見た。そこにいたのは、部屋を通り抜けてレモールを彼女から引き剥がした2人だった。一人が男を地面に投げ出げ、もう一人がベティを助けて部屋から出て行った。
私の呼吸は乱れ、ブラッドは私に水のボトルを差し出した。「終わったよ」私がそれに口をつけると、彼は言った。
「もう終わったんだ。警察が来るまで、奴は別室に閉じ込めておく。テープも用意してある」
「彼女はこれからどうするの?」私は息を切らしながら尋ねた。
「家だよ」ブラッドは言った。「みんなで帰ろう」
私はペントハウスを思い浮かべた。あそこを安全な場所に思えたことはなかった。
土曜日の朝、ドスンという音で目が覚めた。昨夜、トライベッカから家に帰る車の中で、ベティの強さについて考えずにはいられなかった。底知れぬ困難な状況の中で、彼女はどうやって耐え忍んできたのだろう。
感銘を受けた。
私もそのような強さを感じたいと思った。そんな気持ちになったのは、キンフォールドの面接を受けたときが最後だった。あのときは、自分の資質がこの仕事に適していると確信したときだった。
しかし、不合格になってからというもの、そして父やナイト社との間に起こったすべてのことで、私にはすっかり自信を失っていた。自分のことは自分でコントロールできるという感覚がまったくなかった。
自分に向いていると思える仕事が恋しかった。生産的で、やりがいを感じられる仕事。
レモールという脅威がいなくなったことで、私はまた職探しを始めた。ホテルでのことを思い出すと手がまだ激しく震えるが、前向きになれていることが嬉しかった。
ペントハウスに戻ったとき、私は疲れ切っていて、すぐに眠りに落ちた。このドスンという物音がなければ、もっと長く眠れたのに。
私はパジャマのまま部屋を出た。ザビエルは普通、土曜日は後まで起きない。ドスンという音はキッチンからだと思ったが、ザビエルの部屋のドアが半分開いていることに気づいた。
私は足を踏み入れ過ぎた。気づいたときには、ザビエルが女性と、それも1人ではなく2人の女性と、絡み合っているところを見てしまった。
思わず小さく叫んでしまい。3人は私を見た。頬が沸騰しそうなほど熱くなるのを感じた。
全員が真っ裸で、毛に絡まったガムのように絡まり合っていた。
「ごめんなさい!」と慌てて言ったが、ザビエルはただ笑っただけだった。女たちも一緒になって笑った。
「さあ、奥さんも一緒にどうだい! 暖かいよ」と、ザビエルは意地悪く言った。女性たちは笑い続けた。屈辱的だった。
「俺の妻だ」とかザビエルが言うのを聞きながら、私は寝室に駆け戻った。
エミリーは電話に出なかったけど、私には吐き出す相手が必要だった。それも今すぐ。私は適当に手に取ったジーンズとブラウスを着て、寝室からエレベーターまで、かつてない速さで走った。
エレベーターのドアが閉まるまで、目をじっと閉じた。
エミリーのフラワーショップに着くと、店先の美しい花のアレンジメントが、ペントハウスの地獄の光景から気を紛らわせてくれた。エミリーはかわいい鉢植えを整理して棚に並べ、ドアの両脇には大きめの鉢植えをいくつか置いていた。
花は色鮮やかに咲き誇り、絵に描いたような美しさだった。
私の結婚生活とは違って。
私は自分のことばかり考えていて、ドアが閉まっているのを不思議に思わず開けてしまった。エミリーは営業時間中、店のドアを閉めることはなかったのに。
「ザビエルが今日何をしてたか、当ててみて……」しかし、私はそこで起こっていることに気づいたとき、言葉を失った。エミリーはカウンターに座り、男を股の間に挟んでと熱いキスをしていた。
私は謝罪の言葉を口ごもり、外に逃げ帰ろうとしたが、そのとき、男の顔を見てしまった。ルーカスだった。
私の兄の、ルーカス。
ルーカスが、私の親友といちゃついていた。