アリエル
またもや二日酔いのような気分で目が覚めたが、今回はアルコールのせいではなかった。
森で目にしたことのせいだ。
アレックスとローラのキスを見たとき、心臓に銀の弾丸を打ち込まれたような気がした。
体の中に本物の銀の弾丸があったときでさえ、今感じているほど冷たく傷ついた気持ちにはならなかった。
今日、どんなふうにアレックスと顔を合わせればいいのかわからないが、今日は週末お見合いの最終日で、重要な王室舞踏会がある。
警備の任務に就くだけでなく、アレックスがローラといちゃつきながら踊るのを一晩中見ていなければならない。
(ああ、もう、今日は最低最悪な日になる)
私はベッドからのろのろと起き出して一階に下りた。一階ではエイミーがスティーヴとおしゃべりし、ルイーザが朝食を作っている。
この惨めな状況での唯一の慰めは、エミリーが週末ここに滞在していることだ。
「おはよう、太陽さん」スティーヴが椅子を引いてくれた。「お見合いセレモニーの最終日の準備はできたかい?」
「どうかな」私は座ってコーヒーを一気飲みした。
エイミーは私に、心配そうに、しかし慰めるような視線を送った。「心配しないで、アリ、私は一日中あなたのそばにいるから。舞踏会のダンスの相手にもなってあげる」
「昨日の彼はどうしたの?」私は訊いた。
「あのね、私はおバカさんが好きかもしれないけど、限度があるの。上と下の区別がつかないとは思わないじゃない。それなのに、彼はね、自分の姿を見つめられる反射面なら、いろいろ見つけられるの」エイミーは憤慨して言った。
スティーヴが困惑顔で私たちを交互に見るので、私たちは笑い始めた。
スマホが鳴り始め、取り出してみると、ドムからメッセージが届いていた。
***
こんなこと引き受けるなんて信じられない。伴侶を得たばかりで、その伴侶と魅惑の夜を過ごすヘレナとヴァレリアが、ガーメントバッグと化粧道具を持って現れた。
エイミーは見たこともないようなゴージャスなドレスを着た。赤色でまばゆく輝き、背中が深く開いている。
ヴァレリアはワンショルダーの黒いノースリーブのジャンプスーツに黒いヒールのショートブーツ。
ヘレナは、スカートに蝶があしらわれ、トップスにスパンコールがついたベージュの膝丈のドレスで、内なるヒッピーを表現している。
「私たち、結構イケてるよね」エイミーはヘレナとヴァレリアと一緒に自撮りをしながら言った。
「そうだね、みんなステキ」私は言って、ひどい気分だが友達と一緒に喜ぼうとした。私は錆びついた鎧一式に閉じ込められたまま、彼女たちがプリンセスに変身するのを見る。
この鎧が嫌いなわけはない。でも、どうして戦士としての機能性に女性らしさを取り入れることができないんだろう。
「あなたのことを忘れてなんかいないよ」エイミーがいたずらっぽく笑って言った。
「何のこと?」私はよくわからないまま尋ねた。
エイミーはドアから顔を出して、階下に向かって叫んだ。「ルイーザ! 準備できたよ!」
「考えたのは私だけど、讃えられるべきはルイーザだよ」エイミーは興奮気味に私を見ながら言う。「彼女が徹夜で作ってくれたんだ」
ルイーザは大きなガーメントバッグを持ち、満面の笑みを浮かべて部屋に入ってきた。「舞踏会で着る新しい服が欲しいんじゃないかと思って」
私はバッグのファスナーを下ろし、中に入っていた衣装を見て驚いた。
ルイーザは軽い鎖帷子を、ラインストーンで覆われたシックできらびやかなミニドレスに作り替えていたのだ。
ベルトには剣の鞘までついている。
「ス……ステキ」私は泣きそうになりながら言った。「すごい、ルイーザ。あなたがこれを作ってくれたなんて、信じられない」
「まだあるんだよ!」エイミーは興奮して手を叩いた。彼女はクローゼットから箱を取り出し、蓋を開けると、ヒールのあるゴージャスなサイハイブーツが出てきた。
「着てみて」と次々に言われた後、私はドレスの鎧とブーツを身につけ、鏡の中の自分にうっとりした。
ルイーザは本当に完璧に仕上げてくれた。鎧は体にフィットしているが、実用的でシックだ。
「あなたは今までいた戦士のなかで一番セクシーよ」ヘレナが歓声を上げた。
「正直言って、ちょっと興奮しちゃった」ヴァレリアが思わせぶりに片眉を上げた。「もう伴侶がいて残念だ」
「アリ、死にそう。すっごくセクシーだよ」エイミーが私を抱きしめる。「そのドレスを着てると、男殺しに見える。そのままの意味だよ。だって、腰に剣をつけてるんだから」
スティーヴの声が突然廊下に響く。「男の子たちが来たぞ!」
階段を下りると、ドムとライルが伴侶を待っていて、彼らのそばに……。
アレックス。そしてローラが彼の腕にくっついていた。彼がドムとヘレナと一緒に舞踏会に行くかもしれないって、どうして考えつかなかったんだろう。
私が階段を下りると、アレックスの目が私の体を頭からつま先まで見た。彼の口は開きっぱなしで、目は大きく見開かれている。「アリエル……すごい」
アレックスはローラに掴まれていた腕を引き抜き、そんな彼の表情を見てローラはいら立っている。
私は心が狭いわけじゃないけど、ちょっとニヤニヤしてしまう。
「よし、みんな! お尻を上げて舞踏会に出発だ。パーティの時間だからな!」ドムがシャンパンのボトルを開けて空中に撒き散らし、女子がみんな悲鳴を上げた。
アレックスは私が階下に下りてきて以来、私から目を逸らさない。私から離れない彼の視線は……。
私たちの間にあるものを彼が忘れていないかもしれない、と思わせる。
***
舞踏会では、アレックスに前足を回すローラを見る代わりに、バーカウンターに寄りかかって人間観察をした。
まだ伴侶を見つけていない男性たちが、まだ恋のチャンスがあることを願って集まっている。哀れな支援団体みたいだ。
運命の伴侶に拒絶された狼女のための支援団体はあるんだろうか。
バーカウンターの反対側から、ブルー・ストーン・パックのアルファ、タイラーが私を見ているのに気づいた。
2日前に彼が到着したときにはあまり気に留めなかったが、実のところかなりのイケメンだ。
カールした茶色の髪がふさふさで、金属でも削れそうなシャープな顎のラインをしている。
でも、彼がどんなにキュートでも、私が気になっている男性ではない……。
タイラーは私が彼を見ていたのに気づいたに違いない。なぜなら、バーカウンターのこちら側に向かってきたからだ。
(いやだ、どうして目玉を自分のほうに向けておかなかったんだろう)
「アリエル、今夜はステキだね」彼は私の手を掴んでキスをした。
「私の名前を知ってるの?」私は驚いて尋ねた。
「実は、君について尋ねて回ったんだ」彼は魅力的な笑顔で言う。「君は本当に目立つね」
「ええと、ありがとう」私は顔を赤らめながら答えた。注目されるのを楽しんでいるのは認めざるをえないが、それは私が望んでいる相手からではない。
「私とダンスを踊っていただけませんか?」彼は言って、小さくお辞儀をした。
「あの、実は仕事中なの」私は言って、きまり悪い思いで手を振った。「戦士の任務中なんです。見張りを続ける必要があって」
「それで、ダンスフロアの真ん中より見晴らしのいい場所があるかな?」彼は言いながら、手を伸ばした。
彼の言うことにも一理ある。しぶしぶ彼の手を取ると、彼は私をダンスフロアに引っ張り込んだ。
ほかのカップルの周りをくるくる回るうちに、腰を掴む彼の手に力が入る。これが彼の考えるダンスなら、吐きそうになる。
「君は自分がここにいる女性のなかで一番美しいってわかってるかな」タイラーは私を引き寄せて言った。「君は驚くほどセクシーだ――戦士にしては」
彼はただ私を褒めようとしているだけなのだろうけど、ちょっと嫌なやつに思えてきた。
「それなら、女性の戦士をあまり見たことがないんでしょうね」私は言った。
「まあ、私の群れでは、女性の戦士は認められていない」彼は何の自覚もなく言った。
うう、この男は本当に私をうんざりさせる。
タイラーがキスをしようと顔を傾け、口からだらりと舌が垂れる。私は素早く顔を背けてよけた。
彼がもう一度キスしようとしたとき、突然、手が伸びてきて彼の肩をぐっと掴み、鉤爪が少し飛び出した。
「邪魔していいか?」アレックスは低く威圧的な声で唸るように言った。
「あ、ええと、アレックス王……もちろんです」タイラーは後ずさりしながら言い、タキシードの肩の千切れた部分を見る。
「助けが必要だったようだな」アレックスは私の手を取り、ダンスを再開しながら言った。
「いいえ」私は少し冷たく言った。「あの愚か者なら私1人で対処できた」
「そうだな、すまない」アレックスはきまり悪そうに言う。「嫉妬したから割り込んだだけかもしれない」
(嫉妬? 気をつけてよね、アレックス……あなたが本当は私に好意を抱いてるんだって思ってちゃうじゃない)
私が微笑みかけると、彼は目を輝かせて私を見つめ返す。私たちはただ黙って踊り、互いの目を覗き込む。
アレックスがそんなふうに私を見つめると、私の心臓は高鳴り始め、私の中の狼は宙返りを始める。
「アリエル、俺は……俺は君に訊きたいことが……」
誰かが突然私たちにぶつかり、私たちは離れた。
「アレックス、あなたのママがあなたを探しているわ。大至急ですって」ローラは言って、執念深いタコが海中でボートを引っ張るように、アレックスの体に両腕を巻きつける。
「ああ、もちろん……また後で、アリエル」アレックスは心ここにあらずと言った様子でぼんやりと言い、ローラは彼を連れていった。
アレックスがほかの女性に腕を回されたまま立ち去ると、私の中の狼は悲しそうにクンクン鳴いた。彼女は傷ついている……そして私も。
私はあなたに恋しているの、アレックス。
でも、あなたはここに来て、私を捕まえてくれない。