
Broken Queen ―捨てられた狼女は運命を覆す― 2巻
自分がいない間に妹のナタリアは新たにアルファとなったゼイヴィアの伴侶になっていた。自分の伴侶を取られ、改めて家族からの自分の扱いにショックを受けたアリエルは自分の妹であるナタリアを襲おうとしてしまいゼイヴィアに止められる。そして罰としてクレセント・パックからの永久追放を告げられ、これまでに無い深いショックを受ける。
囚われの身
アリエル
大混乱が始まる。
私の口から牙が伸び、ナタリアに向かって唸り声を上げる。
私の鉤爪は彼女の肉を引き裂こうとしている。
見えるのは赤色だけ。
血が欲しい。血の匂いを嗅ぎたい。味わいたい。いや、ただ欲しいのではなく、必要なのだ。ある種の肉欲のようなもの。
最初、私の中の狼は、本能的にゼイヴィアを巡ってナタリアと戦いたいと思った。なんと言っても、彼は私の運命の伴侶なのだ。彼女は偽者にすぎない。
(やめて! 妹を傷つけたくない! なぜやめられないの?)
しかし、今は狼の気配すら感じられなかった。 別の何かに支配されていた。盲目的な怒りだ。
自分の体をコントロールできない。私はただそばで見ているだけ。
私の心の奥底にある何かがナタリアを傷つけたがっていて、それを止めることができない。それがどこから来るのかさえ理解できない。
ゼイヴィアがナタリアをかばうように立ったが、私は止められなかった。
悲鳴や叫び声が聞こえる。所属分隊の戦士の声、もしかしたらパパの声も。でも、すべてがよく聞こえなかった。私はただ1つのことに集中していた。
足が勝手に動き出し、ナタリアに向かって突進する。ゼイヴィアが鉤爪を大きく振るったが、私はかわして背後に回り込んだ。
四つん這いになり、私は自分の変身が進むのを感じた。皮膚からところどころに毛が生えてくる。骨がきしみ始める。
舌からよだれを垂らして、恐怖に怯える獲物を見る。ほかの誰もがかすんで見える。
私は体を構えてナタリアに飛びかかろうとしたが、ゼイヴィアの鉤爪が空中で私の脇腹を引っ掻いた。私は後ろに飛んで地面に落ち、傷口を押さえる。
私に向かって歩いてくるゼイヴィアは、ひどく怒っているように見えた。私の伴侶であるはずなのに、彼の目に欲望はない。
私は野生動物のように地面の上で唸り、吠え、体が半分変身した状態で自分と戦っていた。
最後に覚えているのは、私の運命の伴侶が拳を振り上げ、私の頭に振り下ろしたことだった。
独房で目覚めるというのは、思い描いていた新年の迎え方ではなかった。私が期待していた帰郷ではなかった。
家族とホットココアを飲んでいるはずだった。焚き火の前で伴侶と寄り添っているはずだった。
それなのに、地下牢で銀の鎖につながれていた。また。
その鎖を見ると、すぐにハンターたちとの時間を思い出した。記憶を抑えつけようとしても、一瞬のうちに蘇ってくる。
手首と足首を銀で焼かれながら、拘束具に抵抗する。
私の中で狼が吠え、私を叫ばせようとする。
私の治癒能力はまたもや機能していないようだ。
どういう仕組みなのかはまだはっきりしないが、何らかの条件付きであることはわかってきた。
前回、すぐに回復しなかったときは、ハンターたちを殺していた。今回はナタリアを傷つけようとした。
(もしかすると、誰かを傷つけていたら治らないのかもしれない)
今はまだ整理できない。頭がズキズキするし、ゼイヴィアに引っかかれた脇腹はまだ治っていない。
(私の伴侶が私に鉤爪を立てた)
昨夜のことはまだぼんやりしているけど、ナタリアを襲おうとしたことは確かだ。ナタリアが性悪女だとしても、私の妹なのだ。
(どうしたらあんなふうに妹を襲うことができたんだろう)
なぜあんなことをしたのかわからない。わかっているのは、自分をコントロールできなかったということだけ。
これはハンターのせいなんだろうか……。
あの実験でやつらは私に何をしたんだろう。カートはいつも、私が最高の被験体だと言っていた。
ひょっとしたら、やつらはモンスターを作り出したのかもしれない……そして、そのモンスターは私。
無様に吊り上げらた両腕がしびれ始めた。一晩中ここにいたのに、誰も様子を見に来なかった。
私が凶暴化したのを見て、群れのみんなはどう思っただろうか。私の運命はどうなるのだろう。
以前、妹のフェイトに計画を邪魔されたとセレネが言っていたことを、ふと思い出した。これも全部フェイトの仕業だろうか。
(女神様、なぜ私をここに連れてきたの? あなたは私に伴侶を見つけなさいと言った。確かに見つけたけど、彼は私の妹の伴侶になっていて、たぶん私を殺したいと思ってる)
こんなの全部、悪趣味な冗談みたいだ。
階段の上のほうから、独房のドアが開くギーッという音がする。おそらくゼイヴィアが私を、運命の伴侶を処刑しに来たんだろう。
そう思ったが、パパが階段を駆け下りてくるのが見えて、私の目から涙が溢れた。パパは涙をこらえながら、私を抱きしめた。
「パパ、ダメだよ……銀なの。やけどしてしまう」私は嗚咽をこらえながら言った。
「構うものか」パパは私の髪を撫でた。「私のかわいい戦士……本当にすまない。おまえのこんな姿を見るのは耐えられない」
「私はどうなるの?」私は尋ねた。「ゼイヴィアは何か言ってた?」
「パパはおまえの弁護をしているんだ」パパは言った。
「おまえは伴侶を見つけたと思い、おまえの中の狼が本能的にその伴侶を手に入れようとした。誰もが納得する。狼女にとっては普通の防衛反応だ」
私はそんな次元の話ではないとわかっているし、パパもそうだと思う。私の反応は普通どころではなかった。パパが味方でよかった。
「ナタリアの具合はどう?」私は突然、罪悪感を覚えて尋ねた。
「ママが看病している。動揺しているが、大丈夫だ。赤ん坊も」
「パパ、どうしてこんなことになったの?」私は涙を流しながら尋ねた。「こんなこと望んでなかった。家に帰りたかっただけなのに」
「わかっているよ、かわいい戦士」パパは言って、私の額にキスをした。「愛している。希望を失わないで。すべてうまくいくさ」
その慰めの言葉とは裏腹に、パパの顔には苦痛が浮かんでいて、あまり希望は持てなかった。
(女神様――セレネ――お願いです、もし私の声が聞こえているなら……私に力を与えてください)
パパは何とかゼイヴィアの同意を取りつけて、群れの会合を開くよう仕向けた。そこで私への処罰が発表される。
軽い罰で済まないことはわかっているけど、彼の運命の伴侶であることが、少なくともショックを和らげてくれるだろう。
エイミーは私を彼女の家に連れていって、シャワーを浴びさせ、裁判の準備をさせてくれた。彼女の顔は、一晩中泣いていたみたいにむくんで赤くなっている。
「あなたをまた失いたくない」エイミーは、私が新しいTシャツとジーンズを着ているときに言った。「戻ってきたばかりなのに」
「何が起きても、私はあなたと一緒だよ」私は言って、ベッドで彼女の隣に座った。「あなたはいつだって私の親友なんだから」
(どうして私が彼女を安心させようとしてるんだろう? 裁判を受けるのは私なのに)
もしかしたら、女神が本当に私に少しばかりの力を与えてくれたのかもしれない。
「ゼイヴィアもナタリアもそんなふうに思わないと思う」私はベッドにごろんと横になって天井を見上げた。
「邪魔者は私で、彼女じゃない。みんな、私がハンターたちのところにいればよかったのにって思っているはずよ」
「そんなこと言わないで!」 エイミーが叫び、手で私を叩いた。「あなたは大変な思いをしてきた。みんな知ってるわ。ゼイヴィアはそれを考慮しなくちゃ」
ドアがそっとノックされて、ジェームズがドアを開けて入ってきた。彼に鎖につながれるかと思ったが、彼は私をギュッと抱きしめた。
「法廷まで君に付き添いたいと頼んだんだ」ジェームズはそう言って、ようやく手を離した。「まったくめちゃくちゃだよ。でも、忘れるな、分隊員全員が君の味方だ。100パーセントな」
ジェームズの言葉に胸がじーんとした。もしかしたら、私のために闘ってくれる人がまだ何人か残っているのかもしれない。
「準備はいいか?」ジェームズはためらいがちに訊いた。
私は深呼吸をして頷く。「うん、行こう」
フェイトやセレネが私に何を用意しているのかわからないが、やってやろうじゃない。
私は堂々と顔を上げて、群衆が道を空ける中、群れの前にいるゼイヴィアとナタリアのところに向かった。ナタリアは数人の護衛に囲まれている。それもそうだろう。
パパはママから少し離れて立っていたが、ママは私をチラリとも見なかった。
私はゼイヴィアの前で立ち止まると、挑むように彼と目を合わせた。彼が私の伴侶であろうとアルファであろうと関係ない。私は従順な雌狼のようには振る舞わない。
私がかつて所属していた分隊の戦士たちは、残りの戦士たちと一緒に、顔を歪めてゼイヴィアの後ろに控えていて、ジェームズは私に励ますような笑みを向けた。
ゼイヴィアは低い唸り声を出して、言葉を発する。「アリエル・トーマス、おまえはアルファと群れの前で、自分の犯した罪の責任を取るんだ」
私の伴侶の声には何の感情もこもっていなかった。運命の伴侶であろうとなかろうと、彼には私への愛などないのだ。
「おまえは俺の息子を身ごもったルナを襲った」ゼイヴィアは冷たい声で言った。
「しかし、これは伴侶を求める狼の本能によるものといえる。狼女にとって、女神が定めたように、自分のものを求めるのは自然なことだ」
私は大きな安堵を感じた。もしかしたらゼイヴィアは、本当は私のことを気にかけてくれているのかもしれない。
「しかし、俺はおまえのものではない」ゼイヴィアは目を細めて言った。
私の安堵は一瞬にして恐怖に変わった。
「俺の伴侶としてもルナとしても、俺はおまえを認めない」彼は一瞬のためらいもなく、冷ややかに言った。
激しい痛みが全身を駆け抜け、私はうめき声を上げて、その場にくずおれた。
ナタリアは私を見てニヤニヤ笑い、このうえなく惨めな状態の私を見て喜んだ。ありがたいことに、その笑みに長く耐える必要はなかった。視界がぼやけ始めたから。
「おまえはこの場をもって、クレセント・パックから永遠に追放される。もし戻れば、それはおまえの死を意味する」ゼイヴィアの声は遠くから、かすれたように聞こえた。
この2年間、私は拷問を受け、モルモットにされてきたが、今のような痛みを感じたことはなかった。
心臓が引き裂かれたように感じた。
私の伴侶との絆が断たれた。




