サマー
「必ず約束する」
私はコルトの言葉が何度も何度も頭の中で響いていた。私を守るというコルトの誓い。スコープの仇を討つと。鳴りやまない電話から気をそらすには十分だった。
国税庁の担当者が、私のアポに関するメッセージを残していったのだ。折り返しの電話をかけなければならない。
しかし、コルトは部屋の外に人を配置していて、その人に私の会話を聞かれたくなかった。バイカーが電話で忙しくしているとき、私は新鮮な空気を吸うために廊下を抜け出し、外に出た。
日は沈み、昼下がりの重い空気は冷え始めていた。私はスコープのレザージャケットの襟を首の上まで上げた。看護師からスコープの持ち物と一緒に手渡されたからだ。ぼろぼろのドレスとあざを隠し、スコープをより身近に感じさせてくれた。
病院の正面玄関を出て、タバコの吸える場所に向かった。私のストレスレベルはマックスで、タバコを吸うのも悪くないと思った。
何しろ、エリオットに命を狙われて、スコープをほとんど失うところだった。これ以上悪くなるわけがない、よね?
国税庁から残された電話番号にアポイントメントを確認するためにダイヤルしていると、私の前に車が停まった。
私は自動的に一歩後退した。ここが駐車場じゃないって気づいてないの?
そしてサイドドアが開き、がっちりした腕が私を掴んで叫ぶ暇もなく車内に引きずり込んだ。
結局、事態はさらに悪化することもある。
コルト
俺たちはガレージの残骸から1区画離れたところに車を停めていた。アイアンを病院から移動させなくてはならなかった。スコープとサマーの護衛が1人減ったことになり、俺は納得がいかなかった。人手が足りない以上、他に選択肢はなかった。
俺たちの最初のガレージなるはずだった場所に消防士と警察が押し寄せるの、俺たちはトラックからを見ていた。
車庫の中に何を保管していたかを考えれば、そこに行って自分たちのものだと主張することはできなかった。車はすべて盗まれたもので、警察が車体番号を調べれば、あのガレージに関係する者は誰でも取り押さえられるだろう。
クルマは部品として切り刻まれ、新しいクラブの資金調達のために売られる予定だった。 ピックが勝手にガレージを焼き払うまではね。
反撃しなければならないことはわかっているが、賢くやらなければならない。警察にヴァイパーズへの攻撃と結びつけられてはたまらないし、戦争が起こっていることを明らかにするわけにもいかない。
ポケットの中で携帯が鳴った。サマーの番号だとわかって、電話に出た。スコープの状態を随時知るために、俺たちは番号を交換していた。サマーがそれを使っているなら、何かあったに違いない。
電話に出た。いつもの「用件は何だ」というセリフは言わなかった。
その代わり、礼儀正しく、電話口で吠えた「もしもし」向こうは沈黙していた。
「サマー?」俺は言った。
無駄にしている時間はなかった。ピックへの反撃を計画しなければならない。
「今、サマーはちょっと手が離せないんだよ、コルト」
最近、この声を聞くと、俺の血は過去最高の温度で沸騰する。
「一体何を言ってるんだぁ、ピック?」この男の言動は謎だ。ダイブよりもタチが悪い。「なぜ、てめえがサマーの携帯を持っているんだ?」俺の手はハンドルを更に強く握った。
「お前が困ってる美人さんが好きだってことは知ってる。今回のはかなり怯えてるぜ」とピックはくすくす笑いながら言った。「サマーの手足を切り始めるまで1時間だ」
電話が切れた。
手下もいない、バックアップもいない、しかも完全武装したヴァイパーズの罠にはまる可能性もある。
さらに悪いことに、俺は行く覚悟がある。もしスコープが生き延びたとしたら、最初に会いたがるのはサマーだろう。もしサマーがいなければ、スコープは俺を真っ直ぐに見つめるだろう。あの男には、俺を支えてくれた借りがあった。
悪いことに、サマーを死なせると、俺の後悔の数は2つになると確信している。
サマー
鼓動が耳元で激しく鳴り響いている。体中の血管が冷たい恐怖で脈打っていた。
身体を痺れさせ、息すらできなくするほどだった。
外では海が打ち寄せる音が聞こえ、荒れ果てた船小屋を風が吹き抜ける。月は空高く、外にある船のマストに奇妙な影を落としていた。頭の中で思っていたのは、これで終わりだということだけ。
私の人生はここで終わるんだ。
不思議だ。人は自分の時が来るのがわかるという。明るい光が輝き、天使が歌い、亡くなった愛する人の幻影が現れる。私はボートハウスの風化した木の梁に縛り付けられ、震えていていると、自分はそのような人物でないようだと気づいた。
もう一度人生をやり直せるなら、何をどう違うようにするかとか、人生のハイライトの短編映画が頭の中で再生されるはずではなかったのか?代わりに、私の目はピックの手にある銃に釘付けになっていた。
21年という歳月は、グランドフィナーレに値するには短すぎるのかもしれない。私がこれまでにしてきたことは、おとぎ話のような結末に値しないのかもしれない。あるいは、すべての話がでたらめだったのかもしれない。
数時間前までは、スコープの大声の笑い声を聞くことも、満面の笑みを見ることも、彼の説教を聞くことも、もう二度とないのではないかと心配していた。でも今は、彼の方が私よりも一晩生き延びる可能性が高いと思っている。
スコープはいつも、職場の危険性から言えば、先に死ぬのは自分だと冗談を言っていた。それに比べれば、私の贅沢な生活は危険とは無縁に思えた。
老朽化した船小屋を見回しながら、私はこうして死ぬことが、自分の死よりもスコープを傷つけることを理解した。スコープは妹の命を危険にさらした自分を責めるだろう。
それ以上に私を苦しめたのは、この数年間、彼を苦しめてきたことを謝るチャンスもなく、死のうとしていることだった。
ピックが開け放たれた小屋のドアの前を歩き回るのを見ながら、涙が頬を伝い、口に貼られた黒いテープに落ちた。
私は拘束具にもがき抵抗していた。
余命はどんどんゼロに近づき、カウントダウンを止めることはできなかった。
ピックが私に近づくたびに、銃の引き金にかけた指がピクリと動き、私はパニックに陥った。
これが私の人生が終わる瞬間なのか?
ピックが私をさらった理由がわからなかった。
スコープへの復讐が目的なら、兄はすでに病院で瀕死の状態だった。お金が欲しければ、エリオットを脅迫すればよかった。それか、いっそのこと私を銀行に連れて行けばよかった。喜んでエリオットの口座を空にしただろう。
その代わり、ピックはコルトに電話した。
コルト。コルトが来るとは思えなかった。もし来たとしても、ピックに何を申し出て、私を撃たないように説得できるのか見当もつかなかった。
コルトは私を愛してなんかいない。かろうじて耐えているだけだ。私を救うために命をかける理由なんて…...1つも思いつかない。 特にガレージの事件の後ではね。コルトが部下を見捨てて、トラックで一緒になるのさえ嫌がる女の命を救うことを望むほど、私は愚かではなかった。
突然、雷鳴のようなバイクの轟音が聞こえ、私の心臓は止まった。
そんなはずはない。そんなはずはない。
そして、真っ暗な夜の中に、バイクに乗ったライダーの姿が現れた。
ピックの手は拳に握られ、私たちはバイクがこちらに向かって走ってくるのを見た。バイクが街灯の下を通り過ぎた瞬間、ヘルメットのデザインを見て確信した。
あの男が来たのだ。
コルトが来たのだ。
コルトのことはほとんど知らなかったし、一緒に過ごした時間の中で、特に明るい存在だったわけでもない。私を救うために命をかける理由もなかった。しかし、コルトはここにいた。
この瞬間、コルトの人柄の真実が見えた。私はコルトの兄弟愛に対する誠実さと忠誠心を目の当たりにしたのだ。結局、コルトが来た理由はスコープにあるのだろう。
私があれほど憤慨していた絆が、今や私が生き延びる唯一の理由なのだ。
「こうして悪魔は終焉を迎えることになった」とピックはつぶやき、桟橋に出た。コルトは揺るぐことなくボートハウスとピックに近づいてくる、死の予感が胸に重くのしかかり、息が詰まってきた。この戦いから歩いて出られるのは、1人だけだろう。
胸の鼓動が速くなった。
コルトの死の責任は取れない、何かしなければ。
私は背中の紐を引っ張り始めた。ピックを数瞬だけでも気をそらせればいい、コルトに隙間を与える時間だけでも。
しかし、私のくぐもった叫び声は無視された。
そして、まるでスローモーションのように、それは起こった。
コルトが飛び込んでくる…ピックが銃を構える…そして、ピックが引き金を引いたときのその歪んだ笑み……
桟橋に響き渡る銃声...。
コルトのバイクは揺れ始め、そして投げ出され、彼の体は桟橋を横切って私たちの方へ滑っていった...。
秒を数えながら、彼が生きていて立ち上がってくれることを祈った。
ピックは2人の間隔を詰め、コルトのねじれた手足の上に乗った。
そしてコルトの頭に3発の銃弾を放った。
私は叫びながら内側に崩れ落ち、縛りがきつく引っ張られ、全体重を支えた。
ピックは生気のないコルトの体を蹴り、ゆっくりとこちらを向いた。
ピックは銃を振り上げた...。
私は目を閉じた。
最後の銃声が寒い夜空を裂いた。