ギデオンの元彼女・ヘレンはレイラこそがギデオンのエラスタイ(運命の人)ということを知りレイラを襲おうとしたため、ギデオンに殺されてしまった。その彼女が大事に持っていたギデオンからのプレゼントであるブレスレットは、ヘレンにとって2人の関係を思い出させるものであるため、いち早く手放したかった。宝石店へ売りに行ったヘレンは、店主に査定をしてもらっている際にその店にいた客・アリスターに声をかけられ、そのブレスレットを高額で買い取ると言われ、不思議な男性と思いながらも合意する。一方ギデオンは、レイラと出会ってから常に彼女のことばかり考えてしまいなかなか集中できない自分にいささか混乱しており、思い切ってセレナに相談する。
対象年齢:18歳以上
レイラ
ブレスレットをポケットに忍ばせ、その重みを感じながら私はバスの中で立っている。
取り出して見たい衝動を抑える。このブレスレットは人目を引くだろう。でも、あまりにもキラキラしているせいで本物だと信じる人は少ないと思う。「この子は、綺麗なラインストーンを見せびらかしたいんだな」と思われるくらいだろう。
このブレスレットがどこから来て、私が何をしようとしているのかは、誰も知らない。
サラはヘレンより、この贈り物を受け取る価値がある。ヘレンが死んでよかった。
箱にしまっておく方がよかったかも。まあ、この巨大なダイヤモンドはそう簡単に傷がつく物ではない。
この宝石を持っていく店が、どれほど価値があるかを理解してくれることを願う。ギデオンが言った通り、彼の秘書がこれに15万ドルを費やしたとすれば、それなりの額になるはずだ。
ギデオンが私の『エラスタイ』だと判明した後、ヘレンは彼が彼女のものだと私に言いに来た。このブレスレットは、彼女が彼を自分のものだと主張するための象徴だった。
これを処分するのは一種の儀式のようなものだ。ギデオンは私のもので、絶対に彼女のものではなかった。
私が理由を伝えるまで、宮殿の仲間たちは私がそのブレスレットを持っているのはちょっと異常だと思っていた。
停留所で降り、数ブロック歩いて、高級ジュエリー買取専門店へと向かう。
ブザーを押すと、老紳士が玄関に現れた。スーツを着て、薄い髪を後ろで整えている。
私は自信なさげに「あの、売りたいものがあると思うんですけど。」と言った。売りたいものがあるから来たのに、『思うんですけど』なんて、私は何を言ってるんだろう。
「お入りください。」
老紳士はベージュの豪華なカーペットが敷かれた静かな部屋に私を案内してくれた。ジーンズとスニーカーではカジュアルすぎて場違いな雰囲気だ。
ガラスケースの中には、キラキラと輝く巨大な宝石が入っている。ダイヤモンド、ルビー、サファイアがガラスの向こうで輝きを競い合っているかのように輝いている。
誰がこんなすごい物を着けるの?
スーツを着た別の男性がケースの前に立ち、ダイヤモンドのネックレスを真剣な眼差しで見つめている。
「お品を見せてもらってもよろしいですか?」と店主が聞いてくる。
こういう時にどうして良いのか分からず「大丈夫です」と私は答える。
私はポケットからブレスレットを取り出し、彼に差し出す。
私が店主にそれを見せるや否や、ケースの前の男性が私たちを見つめる。興味を引かれたようで、近づいてくる。
人間にしては背が高い。ブロンドの髪と青い瞳が印象的だ。
店主はブレスレットを光にかざして観察している。巨大な楕円形の石が光を受けて、指が揺れると壁に虹を放つ。
「なんて素晴らしいんだろう」と店主は言う。
彼は私を疑念のまなざしで見つめている。若い人がどしてこんな高価なものを持っているのか不思議に思っているのが分かり、一瞬、どこで手に入れたのか聞かれるのではないかと思った。
どこで手に入れたかは聞かないで!
あの男性が近づいて見に来る。
「拝見してもよろしいでしょうか?」と店主に尋ねる。
彼は愛情を込めてブレスレットを手に取り、まるで初めて生まれた自分の子供のように見つめている。
変な人ね
彼は手を差し出し、私に握手を求める。
「アリスターです。初めまして」と彼は言う。
「レイラです。」
「美しいブレスレットだ。」
「そういう物が好きならそうでしょうね。」
「あなたはそうではない、ということですか?」アリスターは微笑みながら尋ねる。
「私のことを好きではない人のものだったので。」
「でも、あなたがそれを持っているのですね?」
「はい、でもすぐに手放します。」
彼は笑って言う。
「確かに。」
気まずい沈黙が流れる。アリスターはもっと聞き出したいみたいだ。
この会話の行方が私には読み取れない。ただ、私の彼氏が元彼女のためにこのブレスレットを買ってあげたこと、そして元彼女が私を殺そうとしたせいで、彼は彼女を殺さなければならなかったことなんて言うはずがない。
それは人間の世界ではまったく通じない話だ。人間は、そこらへんで他人を殺さない。というより・・・殺した場合、その人は正常とは見なされない。
アリスターが見かけとは違うかもしれないと思い、私は匂いを嗅いでみる。たぶん、人間だと思う。
でもどういう訳か、彼の匂いを十分に嗅ぐことができない。
店主が何か言おうとしたとき、アリスターが口を開いた。
「このブレスレットについて、私からの提案を聞いていただけますか?」
「はい。」
「5万ドル支払います。それから、販売を手伝ったことに対する補償もさせていただきます」と彼が店主に言う。
「それでいいです」と私は答える。
サラが学業を終えるのに十分な金額だ。私としては満足だ。
アリスターが現金を取りに行っている間、私は店で待っている。
すごい
まるでミュージックビデオか何かの中にいるような気分だ。これまでの人生でこんなにたくさんのお金を見たことはない。
老店主は、90年代のコンピューターのような灰色のプラスチック製のマネーカウンターを持ってきた。そして、それを誇らしげに私の前に置く。
見たことがないほど多くの紙幣に興奮しているらしく、目を輝かせている。
マネーカウンターがカチカチと音を立てて進んでいる。私たちは、お札の束をゴムバンドで束ねて大きな封筒に入れていく。
店主はアリスターにブレスレット用の黒いベルベットの箱を渡した。アリスターはそれをネイビーのブレザーの内ポケットにしまい、名刺を取り出す。
「あなたに会えて光栄でした、レイラ。私の名刺です。」
受け取りはしたけど、何のために必要なのかは分からない。
アリスター・ペンブローク
名刺には、優雅なローマン体で彼の名前と連絡先が刷られている。
バッグを持ってこなかったので、店を出るのはちょっと気が引ける。5万ドルが封筒に入っているのが誰かに知られたらと思うと怖い。
なぜだか、通りすがりの人々が私の手にたくさんの百ドル札があることを察しているような気がする。
封筒を握りしめ、中身が無事か確かめる。バスの乗り換えまでの時間が少ないので、封筒に意識を集中させる。
お金の匂いがする。
誰かに気づかれないように気を付けなければ。
でも、やっとあの厄介なブレスレットを手放せたので、心が軽くなった。ヘレンとの一連の騒動がちょっとだけ遠く感じられる。
あの女は、ギデオンから贈られた高級なブレスレットを自慢していた。
でも、彼女は死んでしまって、いくらそれを着けたくてももう叶わない。
起こってしまったことは変えられない。でも、その事実が私を安心させる。
そして今、いつも支えてくれる良き友達に、心からの恩返しができる時が来た。
ギデオンに出会って以来、サラと疎遠になっていたのが残念だった。
彼女は人狼やライカンについて何も知らない。人間に私たちの種族のことを話すのは難しすぎる。
人間に話したことはないけれど、もし私が人狼の集落で育っていない人間だったとして、誰かに人狼だと告げられたら、きっと正気を失っただろう。
だから、サラに教えるつもりはない。ただ、どうやってこの大金について説明するか、まだ決めきれていない。
ボロボロの車が外に停まっている小さな家の玄関に歩み寄る。サラは10代の頃からこの車を大事にしていると言っていたのが納得できる。
ドアをノックする。
サラが玄関のドアを開ける。
「レイラ! あなただなんて思ってもなかったわ!」
「ごめんね、電話すべきだった。」
「全然いいの、会えて嬉しい!」
チャーリーと彼の友達が前側の部屋で遊んでいるのを見ながら「今、大丈夫?」と聞く。
「もちろんよ。子供たちは気にしないわ。チャーリー、ジェイソン、レイラに挨拶して。」
子供たちは「こんにちわ」と言っておもちゃにすぐ戻った。
「コーヒーはどう?」
「ポットに入ってるならもらうわ。」
彼女はコーヒーを入れて席に来た。
「ずっと会ってなかったけど、どうしてたの?」
「えっと、ある男性に出会ったの。今は一緒に暮らしているわ。」
「えっ、そんなにすぐに? 詳しく教えて!」
ええと、彼はライカンで、ライカン王家の顧問なの。ライカンは人狼に似ているけど、もっと強くて、彼はものすごいお金持ちで、そのお金で私は生活しているの・・・
「あ、あの・・・彼は・・・本当にハンサムよ。名前はギデオン。」
「かっこいい名前ね。まるで歴史書に出てくる貴族の名前みたい。写真、見せてよ。」
若く見えるけど数百歳だし、確かに歴史書に出ていてもおかしくないわね
数少ないギデオンの写真の1枚を見せた。彼は写真を撮られることがあまり好きではない。
「うわっ、すごい筋肉! 相当ジムに通ってるわね。モデルみたいな体つきだけど、もしかして、写真の撮影現場で出逢ったの? 鍛え上げられた上半身を、カメラの前で見せていたの?」
「そうだったら良かったんだけどね。実は私が掃除していた家のお客だったの。本当に豪華なアパートメントだったわ。」
「うそでしょ! 上手くやったわね、シンデレラじゃない。」
サラが興奮してくれて嬉しい。でも、彼女の顔色が心配そうに変わった。
「ちょっと待って、あなた、まだ写真の授業を受けているんでしょう? 男のために大学を中退しないでね。」
「心配しないで、まだ学校に通っているわ。近いうちに新聞社か何かで実務経験を積むつもりよ。」
「それなら良かったわ。」
「あなたはどう? 勉強は続けてるんでしょ?」
「あと1年あるわ。でも大丈夫。たくさん働いてるから。ラッキーなことに、ジェイソンの母親がチャーリーの面倒を見てくれてるの。」
サラの顔には疲れが見える。さて、どうやって5万ドルのことを伝えよう。
「それでね・・・ちょっと変に思うかもしれないんだけど・・・」
彼女の顔に戸惑いが浮かぶ。
「あなたにあげたいものがあるの。」
私は封筒を彼女の前に置く。
「これは何?」
彼女は中を見て、息をのむ。
「レイラ、これ、どこで手に入れたの?」
彼女は周囲を警戒するように見回し、ささやく。
「あなたの新しい彼氏、麻薬の売人とかじゃないわよね?」
私は静かに笑う。
「いいえ、全然違うわ。あのね、どう手に入れたかちゃんと話すと長くなっちゃうの。ただ、ある高級品を持っていたのだけど、それを見ると嫌なことを思い出すので、持っていたくなかったの。」
「だから、それを売ったの。今は少しお金持ちだから、あなたにも少しおすそ分けしたいと思って。」
全額を彼女に渡したわけじゃないと思ってもらうために、私にもお金を残すかのような、ちょっとした嘘をついた。
「これは受け取れないわ。あなただってお金が必要じゃない。」
「私のことは心配しないで。十分持ってるから。」
「これ、いくら入ってるの?」
「5万よ。」
サラは驚きで目を見開き、またささやき声で話しだす。
「5万ドル?」
私は静かに頷いた。
「レイラ、なんと言えばいいかわからない。でも、これは受け取れない。」
「ねえ、聞いて。これはただ、私からあなたへのお礼なの。お母さんのために使ってもいいし、チャーリーの学費に充てても構わない。断らないで。本当に、あなたにこれを受け取ってほしいの。」
私はそっと封筒を彼女に差し出し、希望に満ちた笑顔でほほ笑みかける。
彼女はテーブルの上の封筒を見つめ、それを手に取って涙を流しながら胸に抱きしめた。