ルイとレジナルドとのディナーに出かけたレイラとギデオン。しかしレジナルドがやたら情報通なことを感じ、強い不信感を抱いていたギデオン。一方レイラはルイとすっかり楽しく飲んで酔っていた。その勢いでヴァンパイア・セイレーンについて質問をしたレイラだが、その話題へのレジナルドの答えをきっかけに疑念を確信のものへと変えたギデオンはレイラを連れて急いでその場を去ったのだが―
対象年齢:18歳以上
レイラ
ルイは実に悪い影響を与える人だ。今宵、彼はいつも以上に魅力的でいたずらな自分を演じている。私のグラスに絶え間なくお酒を注ぎ、軽快な話術で笑わせてくれる。
「ねえ、実はこんなこと君に話すべきじゃないんだけど、ペニーの最新の騒動の話は聞いた?」
ペニーは魅力的だが、その短気は有名だ。私はクスクスと笑う。
「いいえ、聞いてないわ。教えてよ!」
ルイの話しはいつも楽しい。彼は私を酔わせて噂話をし、それを聞くために私はここにいる。
「食べ物はどこかしら? すぐにでも大盛りのパスタがないと、明日は頭が痛くなるわ」と私は言った。
「そうだね、ちゃんとお腹を満たしておかないと。後でダンスをする時に、酔い過ぎちゃったら困るから。僕たちの楽しい時間を『エラスタイ』にも共有しないとね」
乾杯しようとしたら、うっかりしてルイのグラスにうまく当てられず、プロセッコを自分の腕やテーブルにこぼしてしまった。
私たちは大笑いしてしまい、番(つが)いたちから非難の視線を受ける。彼らは私たちの騒ぎを無視して、また以前の話題に戻る。
きっと政治の話だろう。
「あの人たち、何か真面目な話をしているみたいね」と私は静かな方のテーブルを見て言う。
「そう見えるけど、実際はそんなことないよ。ただの真面目な男たちが真面目な話をしているだけさ」と彼は返した。
「そうかもね。だって、彼らってすごく重要な仕事をしているもの」
「僕がワーカホリックと結婚するなんてね。この僕がだよ!」ルイはため息をつく。
「もしかしたら、あなたにも良い影響を与えてくれるかもしれないわ」
ルイは、私が何か悪いことを言ったみたいに私を見つめた。
「神様、それだけは勘弁してください。次は何をすべきだ? 退屈な人間のカップルみたいにジムデートでもすればいいのか? 気を悪くしたらごめんね」
「全然気にしてないわ。でも、ライカンのジムには行ってみたいかも」
「それならジェネシスに頼んでみたら? 彼女なら何とかしてくれるよ」
「そうね。それであなたも他人のお金でシャンパン飲みながら旅をするいい口実ができるわね」
「そんな口実がまだ必要だなんてね! でもレジナルドの仕事の都合でパーティを逃すことになったらどうすればいい?」
「彼なら、あなたの忙しいスケジュールに合わせてくれると思うわよ」
ルイはまた私のグラスにお酒を注ごうとしたが、ボトルはすでに空だった。彼はボトルを逆さにして、悲しげな顔をする。
ウェイターが来たので、私たちはメインディッシュ、追加の前菜、そしてもっと飲み物を頼む。私は、最初に頼んだオリーブとハムの盛り合わせの残りを食べる。
ルイと過ごす時間が大好きだ。彼が贅沢なことをするのが好きなのも、その理由の1つだ。彼と食事をしていると、いつも楽しくて、つい飲み過ぎてしまいそうになるのを抑えるのが大変だ。
番(つが)いたちはあまり飲んでいないから、後で私とルイを連れて帰るのが大変だろう。
「この後どこかへ行きたいけど、ここら辺でどこがいいのかしら?」
「楽しいところなら、きっと見つけられるよ」
「あなたを信頼してるわ」
「明日働かなきゃいけないから終わりにするって言われない限りね。やつらはもっと沢山飲むべきだよ」とルイは言う。
次のボトルが運ばれてくると、ルイはすぐに手を伸ばして、『エラスタイ』たちのグラスに注ぎ始めた。
「仕事、仕事って、君たちはいかれてるよ」とルイが2人の会話をさえぎる。
「そうよ、あなたたち、何をそんなにこそこそ話しているの? 知らない人なら、何か悪だくみをしているように見えるわよ」と私はルイの言葉に便乗する。
「俺たちが今話題にしている人たちに比べたら、我々なんて天使みたいなものだよ」とレジナルドは冗談めかして言う。
「誰かの悪口を言っているわけではないよ」ギデオンは付け加える。
「ただね、誰が困ったヴァンパイア・セイレーンのハイブリッドを作ってるのか、推測しているのさ」とレジナルドが話を進める。
「誰かがわざわざ作るだなんて、誰が言ってたんだい?」とルイが問いかけた。
「僕から見れば、吸血鬼とセイレーンは、時々ただ深いつながりを感じ合っているんだ。お互いに共通する部分を見つけて、それをより強くしたいと願ってるんだと思うよ」とルイは言う。
「ルイ、ねえ。アーチャー卿も私も、このおぞましい生き物の繁殖については十分理解しているのよ。この事件がセイレーンと吸血鬼の恋愛の産物だなんて、まさか本気で思ってないでしょうね?」
「ルイってば、いつも情熱的なのね」と私は微笑んで言う。
ルイのヴァンパイア・セイレーンに対する考えが知りたいけど、その情報を引き出すためには質問を巧みに操らないと。
レジナルドがこっそりと微笑んでいるのが見えた。
「ひとつだけはっきりしていることがある。ロサンゼルスで見つけたあの魅力的な生き物たちは、まさに君たちが言う通り、僕を情熱的にさせたよ」
ルイは衝撃を与えるのが好きだ。ギデオンは彼に苦笑い交じりの非難の目を向ける。レジナルドは知っているような笑みを浮かべる。
「マナーを守れよ、ルイ! 君の『エラスタイ』の前で!」とギデオンはルイをたしなめるふりをする。
「僕たちの間には秘密はない。そうあるべきだ」とレジナルドが言う。
ギデオンをちらりと見ると、彼は少し不快そうな顔をしているのが見える
「今の僕に秘密を守るなんて無理だよ、僕はとても酔っているんだ!」とルイが言う。
ルイとレジナルドが互いにこれほどオープンでいるのを見ると、私は嬉しくなる。彼らは明らかに何も隠しあっていない。ギデオンと私もそうなればいいのにと思う。
なぜ私たちにはそれがないのか、謎は深まるばかりだ。転生したせいで? まだ修行が足りないから?
レジナルドとギデオンは自分たちの会話に戻る。
お酒が私を大胆にさせて、ルイにあのヴァンパイア・セイレーンたちのことを聞く好奇心が抑えきれない。
「ルイ、レジナルドにそんなことを打ち明けたなんて信じられないわ! どうやってあの生き物たちに会ったの?」
「出会いってのはいつだって偶然さ。部屋の向こうにいる彼らの魅力に気づいて、ドリンクをおごってやったんだよ」
「そんなに簡単に出会えるなんて、前から知ってたら良かったな。もちろん、ギデオンに出会う前の話しだけどね」
「もちろんだ」
「でも、あの生き物たちって、本当に悪いの? 抗えないほど魅力的で、吸血鬼にされそうになったの?」
ルイは声をあげて笑い、飲み物を1口飲んでから答える。
「ああ、レイラ、セイレーンは魅力的だけど、基本的には無害だよ。君を殺す計画に、あのトリトンは不幸にも巻き込まれただけだよ」
「悪運だったのね」
「ほとんどの場合、彼らに害はない。特にセクシーなことを求めてなければ、彼らと長い時間を過ごしたいとは思わないだろう。でも君だったら・・・」
「いいわ、その続きは読めたから。でも、彼らがセイレーンと吸血鬼が混ざると、自動的に人を噛みたくなるものなの?」
「いや、ええと・・・そうだね、噛みたいとは思うけど、自制心がないわけじゃない。僕がヴァンパイア・セイレーンと一夜を過ごして何ともなってないことが、その証拠だろ?」
「何か隠してるわけじゃなければね」
ルイは、犬歯を伸ばして、眉を動かしながら牙を見せる。
「彼らに噛まれたら一体どんな生き物になるのかしら?」
「いい質問だね、それは僕にも分からないよ」
「つまり、吸血鬼の部分だけが効くのかしら? 以前の自分が吸血鬼バージョンになるだけ? それとも、ちゃんとセイレーンの要素も加わるの?」
「それは、実は考えたことなかったな」
「1度もそのリスクについて考えたことはないの? 女の子たちがちょっとやりすぎたらどうなるか、考えたこともなかったの?」
「ライカンは、そうそう脅威を感じることはないんだ」
「あなたっていつもスリルを求めてると思ってたけど」
「僕は常にスリルを求めてるよ。ただ、結果を気にしてないんだ。気にするなら、とっくにやめてるよ」
ルイはセイレーンの魅惑的な動きをまねて、頭を傾げて、肩を動かしてみせる。
2人で笑い転げる。
「ハイブリッドが人に何をするか知ってるの? 今知りたい」と私は言う。
「調べる方法は1つしかないな・・・」
「ねえ、あなたたちに聞きたいんだけど、クロスに噛まれたら、あの生き物に変わるの? それとも吸血鬼の部分だけ?」その方法とは『エラスタイ』たちに聞いてみることだ。
2人は、頭のおかしい人を見ているような表情を浮かべる。私たちがかなり酔っぱらっていることに、もう気づいただろう。
「一体全体、どうやってそんな話に行き着いたんだい?」レジナルドが不思議そうに聞いた。
「まだヴァンパイア・セイレーンの話してるのか? ルイをもう1度ナイトクラブに送って調べさせた方がいいかもな」とギデオンが言う。
「ただ知りたかっただけよ!」と私は言う。「セイレーンのことを何も知らない、この哀れな女を助けてくれてもいいでしょう」彼らは笑う。「ただ興味があるだけだし、結局あのクラブの子たちが、ルイに何もしなかったことが分かったわ」
「まあ、彼がしてほしくないことは何もなかったな」とレジナルドは肘でルイを突きながら付け加える。
「君が何をほのめかしているのか、想像すらできないよ!」ルイは驚いた顔をする。
「レジナルド、君がクラブを好きだといいんだけどな。ルイのことを知っている俺から言わせれば、君はこれから多くの時間をクラブで過ごすことになるだろうから」とギデオンが言う。
「新しい衣装とヴァンパイア・セイレーンの短期集中講座が必要だな」と、レジナルドは大きなため息をつきながら応じる。
全員が笑う。
「でも君の質問には、残念ながら簡単な答えはないんだ」とギデオンは言う。彼が政治家モードに入るのが見て取れる。「それは、彼らが何者で、どこから来たのかによるんだ」
「でも簡単な答えを言うなら、彼らはほとんどの場合、人を死体に変えるんだよ」とレジナルドが言う。
「そう、だからこそ、そういう実験をすることは違法なんだ」とギデオンが付け加える。
それで一気に雰囲気が悪くなる。楽しい夜に死の話をするなんて最悪だ。
ギデオンとレジナルドは再び話し始める。
私はギデオンがレジナルドに不信感を持っていることに気づき、彼らの会話に少し耳を傾ける。彼らはまた政治の話をしている。
私は酔っていて、彼が何を考えているのかに集中するのが難しいので、ルイとの噂話に戻る。
幸い食事が運ばれてきたので、他の場所へ移る前に酔いをさまそうと、目の前の大きなパスタの大皿に集中する。
今の私は、バーカウンターの上で踊りたくなるくらい酔っているけど、ギデオンとレジナルドの話がどうなっているかが気がかりだ。
彼らは大人なので、多分大丈夫だろう。今夜はずっと熱心に話し合っているけれど、それほど悪いことではない。それに、彼らには多くの共通点がある。
ルイの『エラスタイ』は彼の親友みたいな存在だ。彼がこんなに責任感のある人と結ばれるなんて、思ってもみなかった。
ただ、『エラスタイ』の絆がどのように機能して、なぜそうなるのかは、また別の機会に話し合うべき話題だ。
突然、ギデオンの怒りが伝わってくると、彼がすばやく立ち上がる。
彼はまるで感情を抑えきれないかのように私を見下ろす。
「レイラ、帰るよ」
「えっ?」
「行くよ」
私に選択肢があるとは思えない。こんな時にギデオンを見捨てたらどうなるだろう?
レジナルドとルイは、ギデオンがいきなり狂ってしまったのではないかという顔をして見ている。心配そうな表情でお互いの顔を見合わせる。
「ギデオン、待って・・・」とルイが言う。
しかしギデオンはすでにドアの半ばまで行っている。私は肩をすくめ、何が起こっているのかわからないけど、申し訳ないと思っていることが伝わるような顔を彼らに向ける。
でもギデオンと一緒に行かないわけにはいかないのだ。どうしよう?
車に戻ってから、尋ねてみる。
「一体どうしたの、ギデオン? あなたたちうまくやってると思ってたのに!」
ギデオンは何も言わない。私に伝わるのは彼の怒りと疑念だけだ。
「レジナルドは何かおかしい。やつは信用ならない」
「信用ならないって?」私はこの考えがいかに馬鹿げているかを示すように意図的に声のトーンを変えて言う。
「やつは、ヘレンの家族について言及した、それにアリスター・ペンブロークの話を持ち出したんだ」
「アリスター・ペンブロークって誰?」
「力のある人間のビジネスマンだ。怪しい奴だ。レジナルドはアリスターが何らかの形でこの全てのヴァンパイア・セイレーンの話に関わっていると考えている」
私は、アリスター・ペンブロークという名前に聞き覚えがあることに気づき、突然不安な気分になった。でも、その考えをシャットアウトする。今はギデオンが問題視している人にブレスレットを売ったことを知られるタイミングじゃない。
「それって、レジナルドがあなたの助けになろうとしてるってことじゃない?」
「でも、なんで夕食の時にそんな話を持ち出すんだ?」
「わからないけど、もしかしたら彼は何かを知っていて、それがあなたにとって重要だと考えているんじゃない? あなたは彼の『エラスタイ』の親友で、自分と同じ側にいる人間だと思っているからじゃない?」
「まったく理解できない。俺だったら、本当に俺が信用できるという確信がなくて、自分の話しにも確信がなければ、そんなことは誰にも話さない」
「彼がその両方に確信がないってどうして分かるの?」
「100年以上前のライバルに、久しぶりに少し顔を合わせただけなのに、俺をそんなにすぐ信用するなんてありえない!」
「もしかしたら、宮殿の顧問ということで信頼できる人物だと思ったんじゃないの?」
ギデオンの目が光る。反論されるのが嫌なのは明らかだ。
けれど、私は彼が自分の親友との関係を、その人の『エラスタイ』を信じられないからって壊すことはさせない。