
His Lost Queen 失われた女王 7巻
この巻は「His Lost Queen 失われた女王 6巻」からの続きです。
第25章
グレイソン
やっとか、と安堵した。
マジで、やっとだ。
ベルが俺に説明させてくれる。俺なら解決できる、いや、解決する。
「ありがとう」 優しく言った。手を伸ばして、顔にかかっていた髪の毛を彼女の耳にかけた。ベルは俺の手に顔を擦り寄せたい本能に逆らっていた。
「ほんの少しでも俺を信頼してくれてありがとう。つらいのはわかるけど、俺にとっては何よりも重要なことなんだ」
彼女は何も答えなかったし、その必要はなかった。まだためらいと警戒心を抱いているのはわかっていたが、俺と同じように、このことが早く終わるのを望んでいるのも知っていた。
今でさえ、彼女の身体は俺に引き寄せられており、パートナーが与えてくれる安らぎを切実に求めていた。そして俺はその安らぎを早くあげたくて必死だった。すぐに、あげられるはずだ。
「カイルがここにいるのは、俺が君を裏切ったからだ。これを話すには、君が信頼している人が必要なんだ」
彼女がカイルをちらりと見上げると、カイルはニヤリと笑って「俺はいつでも君の味方だよ、ルナ」と、言った。
ベルは弱々しく微笑み返したが、肩書きで呼ばれることに不快感を募らせているのがわかった。俺はカイルに視線を送った。
ベルをルナと呼ぶのは彼の性分だとわかっていたが、ここに来る前にそう呼ばないように言っておいたのだ。彼は謝罪の言葉を口にした。
ダメでもともとだ。
彼女の膝を優しく握った。「ベル、こっちを見て。この話をちゃんと聞いてほしい」 ベルが顔を向けると、そのゴージャスなブルーの瞳は流しきれなかった涙でうるんでいた。
「あれは俺じゃなかった。群れの家で君に起こったことは、すべて俺がやったことじゃなかったんだ」
「理解できないわ」と彼女は静かに答えた。「どういう意味なの?」
俺はカイルに目をやった。立ったまま静かに壁によりかかっていた彼は肩をすくめた。
くそっ。この会話は頭の中で何度もシミュレーションしたのに、いざとなると思うように言葉が出てこない。
一体どうやって彼女に説明すればいいのだろう? 彼女に信じてもらうにはどうしたらいいのだろう?
「俺は操られていた」と、言って続けた。「ヴァンパイアに」
ベルはしばらく俺を見つめ、俺の目をじっくりと観察して真実を探った。そして言った言葉が「冗談なのか本気なのかわからない」だった。
「ああ、俺だって信じないと思う」と、カイルが役に立たない助け舟を出してきた。
彼をにらみつけた。
「ごめん。本当みたいに聞こえないんだもの」と、カイルは両手を上げて防御のポーズをしながら続けて、ベルを見た。
「でもね、これは本当なんだ。現存する最強のヴァンパイアに操られていた。彼は……アルファはそれが原因で戦争を始めた」
ベルは俺たちふたりの間を見て、眉を引きつらせた。
「君を群れの家に連れてきた最初の夜のことを覚えている?」 俺は彼女にたずねた。「テリトリー内でヴァンパイアの相手をするため、夜遅くに君を置いていかなければならなかったときのことだ」
彼女は強くうなずいた。彼女は頬を甘く赤らめた。これが起こる直前に、俺たちがしようとしていたことを思い出したのだろう。
「あれが普通だと感じた最後の夜だったわ」と、ささやいた声には悲しみが漂っていた。「あのあと、あなたは変わった」
「その通り。ヴァンパイアの襲撃は罠だった。かつてのヴァンパイアの王アザゼル・モーターが俺を待っていた。そして黒魔術を使って俺の体を乗っ取った。俺はそこにいてすべてを目撃していたが、何の手出しもできなかった」
「ヴァンパイアの王?」 ベルは硬直して繰り返した。「ヴァンパイアの王があなたの体を乗っ取ったと言いたいの?」
「かつてのヴァンパイアの王だ」と強調した。「彼は王座を追われ、代わりに弟のザガン・モーターが王位についた。彼はヴァンパイア王国の支配権を取り戻すため、俺の群れを乗っ取ろうとした」
「だからアルファはあんなに奇妙な行動をとっていたんだ」と、カイルが入ってきた。「彼がヴァンパイアをテリトリーに入れようと考えていると、あなたに教えたのを覚えているかい?」
ベルはうなずいた。
「これが理由だよ。彼の体は乗っ取られていたんだ」
彼女は振り返ってこっちを見た。「私……私は……」と、つぶやいた。
彼女の片手を握り、なだめるような仕草で唇を指に押し当てた。彼女が手を引っ張ろうとしなかったので嬉しかった。「理解するのが大変なのはわかっているよ」
彼女はうなずいた。「あなたの言っていることが本当だとしたら……今のあなたがヴァンパイアに操られていないってどうすればわかるの?」
「ふたりの間にパートナーの絆を感じられることだ」 俺はそう言って、ベルの手をそっと握った。俺たちの絆を示す強力な疼きがふたりの間を伝わっていくのを、俺でさえ感じていた。
「俺が触れると君は絆を感じる。君に話すときもそうだ。でもアザゼルが俺の体を乗っ取っていたとき、君は絆を感じられなかったはずだ」
彼女は少し考えて、繋がった手を見下ろした。俺が正しいと彼女が思っているのが見て取れた。
「火花は……群れの家で一緒にいたときはそれほど強くなかった。でも、その理由は、あなたが……」と言って、彼女は下を向いた。「私をほしくないせいだと思っていたの」
俺は彼女の顎の下に手を入れ、俺の目を見るようにその顔を上げた。「俺はこれからもずっと君がほしい。わかるか? ずっとだ。俺のパートナーなんだよ。俺の人生の片割れなんだ。
「君が側にいるのに、俺が君と一緒にいたくないなんて思う世界は存在しない。俺たちは一緒にいる運命なんだよ。俺は君なしでは生きていけないんだから」
俺の言葉が本当だと伝わり始めると、彼女の目からさらに涙がこぼれ落ちた。彼女が俺を信じたかどうかはわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。証明すればいいだけだから。
「ヴァンパイアは消えた。彼はもう俺の中にはいない。だからいつもの俺に戻っている。君が逃げた日、彼はこの体のコントロールを手放した。
「彼はもういないし、戻ってくることもない。約束できる」
「どうやって?」 ベルが聞いた。「どうやって彼を追い出したの?」
どう答えたら彼女を怖がらせずに済むのかわからなかった。
「それは複雑なんだよ」と、俺が躊躇している間にカイルが言った。「アルファは死にかけたんだ」
俺を見たベルの目が見開き、心配でいっぱいになった。「死にかけた?」
彼女を今以上に動揺させることだけは絶対にしたくなかった。しかし、彼女に情報と証拠をすべて提示する必要もあった。
俺はシャツを首までたくし上げて上半身を見せ、木の枝で突き刺された傷跡を見せた。胸に大きく広がる印象的な傷跡だった。
ベルは息をのみ、傷跡に触れた。「彼にやられたの?」と言って。そして、無意識に触っていたことに気づいたように、その手を離そうとした。
その手を手で押さえて、離れないようにした。彼女は抵抗しなかった。
「こうするしかなかったんだ」と、説明した。「これがアザゼルを俺の体から追い出す唯一の方法だった。もし残っていたら、彼は俺と一緒に死んでいただろう"
「でもあなたは…死ななかった? 大丈夫だったの?"」と言ってから、「ごめんなさい、バカな質問よね。明らかにあなたは死ななかった。ただ……これほどの傷を負ってどうやって生き延びたの?」
彼女の指が俺の傷跡を軽くなぞった。
俺はカイルをちらりと見たが、カイルは心細そうに俺を見た。
「理由は2つある」と俺は言った。どう説明すれば彼女を死ぬほど怖がらせることも、逃げ出させることもしなくてすむのかわからなかった。
「まず、俺はアメリア・モーターの血をもらった。彼女はヴァンパイアで…」
ベルは息をのんだ。「私も彼女のことを知っているの」と言った。説明の要らない情報を知っているのが嬉しそうだった。「私も彼女の血をもらったの」
俺の意識の中でオオカミが急に前に出てきた。「なぜ君がアメリア・モーターの血をもらったんだ?」と、きつい口調で聞いた。
すぐに強く言ったことを後悔した。ベルは息を吸い込むと深く椅子にもたれかかり、俺の胸から手を離して自分の胸に添えた。
彼女は突然、警戒し、ためらうような表情で俺を見た。前にこれほど強い口調で言葉を発したのは、彼女の頬に激しく触れた直後のことだった。
俺にはもっと必死に怒りを抑える必要があった。
俺は息を吐きながら悪態をついた。「ごめんな、ベル。この怒りは君に向けられたものじゃないんだ」と言った。「ただ……アメリア・モーターの血が与えられるのは死期が近づいたときだけなんだ」
「私、死にそうだったの。アデリーが私を見つけた夜、彼女に殺されかけたの」と認めた。
俺はうなり声を上げた。あの夜のことは思い出したくなかった。ベルを殺そうとしたアデリーがいたからこそ彼女を見つけられたとはいえ、人生で最も恐ろしい瞬だった。
ベルはゆっくりとうなずいた。「リアムと彼の妹のライラが、アデリーに攻撃のあtに彼女の血をくれたの」
なるほど。彼女を見つけたとき、何の痕跡もなかったのはそういうことだったのか。
リアムがパートナーのためにしてくれたことに感謝しながらも、俺の体は怒りで震えた。彼女への独占欲や保護欲を抑えられなかったのだ。
「2つ目の理由は?」ベルは続けた。「あなたが生きている2つ目の理由。2つあると言ったわよね?」
俺は覚悟を決めてこの話をすることにした。
「アザゼルが体を乗っ取ったとき、俺に噛みつき、無意識にヴァンパイアの毒を注入した」
ベルの呼吸がほんの少し荒くなった。「ヴァンパイアの毒? ヴァンパイアの血と同じ効果があるの? それで治ったの?」
「オオカミがいると目が黒くなるのを知ってるよね?」 俺はできるだけ優しく言った。「君を見つけたとき、俺の目が赤くなったのは覚えてる?」
突然怯えた彼女を見て、自分を死ぬほど呪った。
「赤い目?」 彼女は言いよどんだ。「本当に目が赤かったの? 自分の妄想だと思っていたわ」
彼女の呼吸が荒くなり始めたので、俺はベルの膝をつかんだ。これは彼女を見つけたときと同じ症状で、パニック発作が起きていた。
彼女の側に行き、膝を立ててしゃがみ、ふたりの顔の高さを同じにした。そして、彼女の顔を手で包み込んだ。
「大丈夫だよ、ベイビー。深呼吸するんだ」と、しっかりとした口調で穏やかに言った。「大丈夫だから」
彼女の呼吸は落ち着かなかった。「赤い目のあなたが悪夢に出てくるの。毎晩。あなたは私を追いかけて、絶対に放さないって言って……」 ベルの胸が激しく上下し始めた。
「悪夢だって?」 胸が張り裂けそうだった。彼女は昨夜そんな夢を見ていたか?「いや、違うんだ、ベイビー。怖がらなくてもいい。それどころか、これは君に安心感をもたらすものだよ」
ベルは納得していないどころか、納得とは程遠い様子だった。
俺はカイルを見た。彼はその視線を受け止めたが、彼女にどう伝えたらいいのかわからないのは明らかだった。
俺はベルに視線を戻した。「俺のオオカミを覚えている?」
ベルは一度だけうなずいたが、目を見開き、息は荒いままだった。
俺は熱望していたオオカミを表面に出し、目を黒くした。
ベルは目に見えてリラックスした。俺のオオカミは胸の中で嬉しそうにうなった。
彼女が俺のオオカミのそばでリラックスしている様子が好きだった。最初に彼と会ったときの反応を思い出すと尚更だ。しかし、もはや俺の周りでそんなふうに感じなくなってしまったことは大きな痛手だった。
「その… 」 俺は一瞬ためらった。「俺のヴァンパイアを紹介しよう」
ヴァンパイアを表層に出して意識を満たした。俺のオオカミは一歩下がり、俺の目は鮮やかな赤に変わった。
ベルの反応は鈍かった。
すると、彼女は椅子から飛び上がり、音を立てて椅子が倒れた。よろめきながら逃げようとして、彼女は自分の足につまずいた。パニック発作が彼女の体を支配し始めているのがわかった。
俺は立ち上がった。「大丈夫だよ、ベル」と、彼女を落ち着かせようとした。「俺は君を来続けないし、君は怖がらなくてもいい」
彼女の目の中の射るように鋭い恐怖に、俺は完全に打ちのめされた。
何かしなければと彼女に近づいたが、声にならない悲鳴を上げながら背後の壁まで後ずさったのを見て、近づくのをやめた。
ベルは周囲を見回し、逃げ道を探そうとしていた。
彼女はまるで出口を必死に探している檻の中の動物のようだった。彼女は今にも壊れそうなほど脆く、骨の髄まですり減り、疲れきっているように見えた。
ヴァンパイアを押し倒して、彼女に恐怖を与えた赤い目を見せないようにしたが、ヴァンパイアは微動だにしなかった。ベルに自分を見せたがった。
そして彼女を見たがった。彼女を怖がらせたくなくて、ずっと我慢していたのだ。そして今、やっと出てこれたのだ。彼は奥に戻るのを拒否した。
「ベル、大丈夫だから」と、俺は懇願した。「大丈夫だよ、ベイビー」
彼女は首を振り、いきなり手で喉を押さえた。
カイルが前に出た。「彼は君を傷つけたりしないよ、ルナ。彼のヴァンパイアはオオカミと同じように君のことを大切に思っているだよ」
ベルの目は恐怖と不安、そして痛みで大きく見開かれていた。この痛みはよく知っていた。彼女が逃げた日からずっと俺も感じている。
彼女に自分のヴァンパイアを見せたことを後悔した。見る前から怖がっていた彼女を、もっと怖がらせただけだった。
もう一度ヴァンパイアを押し倒そうとした。彼は理性的に考えず、俺が邪魔さえしなければ自分が彼女を助けられると確信していた。俺はそんなヴァンパイアに抗った。
ベルは震える手をアパートのドアノブに伸ばした。そこから逃げようとしていた。裸足で、コートも着ずに、パニック発作の最中に、寒い夜に飛び出そうとしていた。
そんなことはさせられない。
馴染みのない感覚が突然、喉の奥からこみ上げてきた。俺のヴァンパイアが何かをしている。俺のオオカミがうなるときと同じように音を立てている。
猫のように喉がゴロゴロと鳴り始めた。胸郭の内側と喉から振動するそれは今まで出したことのない音だった。どうやって出しているのか、自分でもよくわからなかった。
俺のヴァンパイアが本能的に鳴いている音のようだった。
ベルは即座にこの音に反応し、体の力みが取れて、ゆっくりと呼吸し始めた。そして、穏やかで眠そうな目になった。
俺を見ながら深呼吸を繰り返し、もうドアに手を伸ばすことはなく、むしろ俺の胸から聞こえる音に魅了されているようだった。
俺のヴァンパイアの鳴き声が彼女を落ち着かせ、助けていたのだ。まるで、その音に反応せずにはいられないという様子だった。
さらに、彼女は前かがみになって、俺に引き寄せられていた。まるで自分ではどうすることもできないといった様子で。
この機会を逃さないと決め、彼女に近寄った。彼女を落ち着かせている鳴き声も止めなかった。この音の出し方をすぐに会得した俺はすでに主導権をヴァンパイアから引き継いでいた。
彼女は半開きの目で俺を見ていた。手が届く距離まで近寄った瞬間に、彼女の腰に手を回して引き寄せた。
ベルを安心させるには抱きしめる必要があった。彼女は抵抗することなく、溶けるように俺の腕の中に自然に入ってきた。そして、全身を支えてほしいと望んでいるようにも見た。
俺の胸に顔を潜め、ゴロゴロいう鳴き声が最も強く響くところに顔を当てた。驚いて突っ立ったままでいると、彼女はため息をつき、胸の振動に夢中になっていた。
ベルを抱いたまま、肩越しにカイルを見た。彼は目を見開いてこっちを見ており、俺と同じように戸惑っているようだった。
ベルは頭を離して、鮮やかな青い瞳を上に向けた。その瞳孔は開いていた。
「どうやって…どうやってるの?」と、ささやいた。「どうやってその音を出しているの?」 そう言いながら俺に体を押し付けてきた。そうせずにはいられないというように。
「俺のヴァンパイアだ」と、俺は優しく答えた。鳴き声が強くなると、彼女のまぶたがさらに落ちてきた。「俺のヴァンパイアが君を落ち着かせたかったんだ。俺がこんなふうに鳴くのは初めてだ」
そして、この鳴き声を俺にさせるのは彼女だけだという気がした。
俺の胸にもう一度顔を埋めると、突然、彼女の欲情の匂いが立ち昇り、部屋中をいっぱいにした。
「カイル」と俺は吠えた。「出るんだ」
「わかった」 カイルが即座に返答した。
すぐにヴァンパイアのスピードで動くと、突風が俺たちの前を通り過ぎた。ドアが開閉してカイルが部屋を出ると、ベルと俺は完全にふたりきりになった。

































