グレイソンはアザゼル率いるヴァンパイアの軍勢を撃退するために群れの準備をし、ベルはエバーグリーンの町で新しい生活を始めようとするが、排他的なこの町ではよそ者の自分は仕事を見つけるのが難しいことを知り苦しむ。ブティックのオーナーであるロレッタはベルを助けようとするが、ベルは自分の力で人生を立て直す決意を固める。
ベル
ロレッタのブティックを出たあとも通りをぶらついた。スーツケースを後ろ手に引っ張り、通り過ぎる人たちに振り向かれても、自分の見た目など気にしなかった。
疲労の限界を超えていて、考えるのもやっとだった。
シャワーを浴びて、新しい服を着て、ベッドで丸くなって、これ以上眠れなくなるまで眠りたかった。
しかし、今のところその可能性はゼロだった。
金持ち観光客が落とす金だけで繁栄している町ならホテルの数もそこそこありそうだし、今夜泊まる部屋ぐらい見つけられると思っていた。
でも、通り過ぎるホテルがすべて満室と知ったときの私の驚きがどれほどだったのか、簡単に想像できるはずだ。メイン州のどこにでもあるような小さな町なのに、3月中旬の今、すべてのホテルが満室なほど繁盛しているのは不思議すぎる。
そんなわけで、またしもて道端のベンチで、バックパックを枕に横になり、ストレスと痛みと闘いながら呼吸を整えた。
お金も仕事も居場所もなく、頭の中のズキズキはひどくなるばかりだった。
そう、私の人生は最悪だ。
それに、グレイソンが恋しくて仕方なかった。何千キロ離れていても目に見えない紐でつながっているような、宇宙的な絆を感じてしまうのだ。
あのバカで、アホで、マヌケな顔が頭から離れなかった。
焼けるように熱くなった首筋の噛み跡に手を当てて、うめき声を上げながら目をつぶった。すべてがめちゃくちゃだった。
考えることに没頭していた私は、目の前で車が停車したことに気づかなかった。
「おい!」
私は飛び起きた。すると、めまいに襲われてうずくまってしまった。
同い年ぐらいの男と目が合った。彼は運転している赤いジープの窓から身を乗り出して、私を見下ろして作り笑いを浮かべた。助手席に座っていた女の子が隣のその男を睨みつけていた。
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。ただ、ベンチにひとりぼっちで座っている君がとても寂しそうに見えてね。話し相手が必要か聞きたくて車を停めたんだよ」
隣の女の子は呆れ顔になった。彼女も私と同じで、彼の下手な誘い文句を哀れに思ったようだ。
男は彼女を無視して私を見続けた。魅力的な笑顔がどんどん大きくなっていく。彼はとてもハンサムで、自分でもそれを知っていると彼の表情が物語っていた。
カールのかかった茶色の短髪に、はちみつのような褐色の肌。あごのラインはシャープで、顔立ちは左右対称。文句のつけようがなかった。
そして彼の目。ゴールドとグリーンの斑点が入った温かみのあるヘーゼル色で、森を連想させた。
才能や技術の有無にかかわらず、容姿だけで成功するタイプだ。
隣の女の子も彼に非常によく似ていて、血縁関係なのかしらと思った。彼女も同じ色の髪だけど、肩にかかるくらいの長い三つ編みにしていていた。
ふたりは目も同じ、シャープなアゴのラインも同じ。
ふたりの唯一の違いは、もちろん性別が違うけど、彼女の鼻が小さなボタンのような丸い形だったこと。彼は長く尖った鼻だ。とは言え、どちらもゴージャスと呼べるほど美しい。
私は上半身を起こして、身だしなみを整えた。何か言おうとした途端、少女がうめき声をあげ、「リアム、いい加減にして! また夕食に遅れたらパパに殺されちゃう!」と小声で言った。
やっぱり、血縁関係だった。自分の察しの良さを心の中で自画自賛した。
リアムというその男は後ろを振り返ることなく、うるさいと言わんばかりに彼女をピシャリと叩いた。彼の目が再び私に集中し、値踏みするように私の体を上下になめ回した。
私は思わず縮こまり、この場所から逃げたいと思った。
「すぐに町を出るつもりじゃないよね?」とリアム。その指はベンチの横のバス停を指さしていた。「着いたばかりなんだろ?」
私の警戒心はすぐに高まった。私がここに着いたばかりだと、どうしてこの男は知っているのだろう? さっきから私を見ていたのかしら?
女の子はリアムの後頭部を強く叩いた。
「痛っ!」と叫んで、リアムはやっと女の子の方を振り向いた。「なんで叩いたんだよ?」
「ストーカーみたい」と、イライラしながら女の子が返した。
彼女は私を見てこわばった笑みを作り、優しく言った。「この辺はあっという間にうわさが広まるの。かわいいブルネットの女が仕事を見つけようと町を歩いているって、みんな知っているのよ」
私は顔が熱くなるのを感じた。町中の人間が、一日中、職探しに失敗する私を見ていたって?
「でも、まだこの町から出ていかないよね?」と、リアムが聞いた。その声には必死さがにじみ始めていた。明らかに私に興味を持っている。
もう一生男は要らないと誓ったばかりでなければ、間違いなく喜んだことだろう。
「ええ、今はまだ。でも明日には出ていくかも」と、ささやくような声で答えた。この町で仕事が見つからないなら前に進むしかないし、そうするほうがいいと思い始めていた。
こんな素敵な町に落ち着く権利があると思っていた私、はい終了。
リアムは眉をひそめた。明らかに私の答えが気に入らなかったようで、身を乗り出して話そうとしたが、女の子がそれを遮った。
「それは残念ね 」と言いながら、彼女はリアムの背中を運転席に押し付けて私を見た。睨みつけるリアムを無視して、「もう行かないと。あなたと話せてよかったわ。車を運転して、リアム」と言った。
しかし、リアムは言うことを聞かず、「この町を出るって話だけど、もし気が変わったら教えてよ。案内してあげるから」と言いながら、笑顔がまた大きくなった。
私はぎこちなくうなずき、ギュッと口を結んで「ありがとう」と言っておいた。
「もういいでしょ。ほら、行くわよ」と、彼女はきつく言った。
リアムは呆れ顔で「ちょっと待ってよ。まだ電話番号も教えてないんだから」と言い返した。
女の子は今にも彼の首を切り落としそうな形相になり、完璧な肌が徐々に怒りで赤くなってきた。
ふたりを仲裁するように、私は「あの、本当に必要ないのよ。携帯電話を持っていないから電話番号をもらっても無駄なの」
リアムはびっくりした顔で、「電話がない? それって危険じゃないの? 知らない人に何かされて、助けをよばなきゃいけなくなったらどうするの?」と聞いた。
私は肩をすくめた。そう思ったことは何度もあったが、どうすることもできなかった。お金がないということは電話を買う方法がないということだ。
「それなら、まずは、知らない人と話をするのは避けたほうがよさそうね」と、嫌味っぽく返してみた。
するとリアムの妹が言った。「それ、ナイスね。余計なちょっかいはここまでにして、私たちは帰るわね。邪魔者は消えるわ」
リアムは身を乗り出し、彼女を完全に無視した。「その、知らない人云々というのはすぐに解決できるよ、かわいこちゃん」
女の子は気持ち悪いと言わんばかりの表情で、「もう、お願いだから」と小声で囁いた。
「ええと…」 どう返事していいかわからなくて、私は口ごもった。ほとんど口説かれたことがないから、正しい断り方なんて知らない。
「僕はリアム・ブラックウッド。こっちは双子のライラだ」と言い、私の返事も聞かずに続けた。
「君が名前を教えてくれたら、僕らはもう他人じゃない。だろ? そうなれば好きなだけ話ができるよ」
「いいえ、無理よ!」 双子のライラが叫んだ。「これ以上こんなアホらしいことを続けさせるわけにはいかないわ! この人は明らかにあなたに興味がないってわかってる? だから、とっとと行くの!」
「行かなきゃいけないところがあるし、着いたら怒り狂ったパパからお目玉を食らうのよ。前もって警告するけど、遅れたのは全部リアムのせいだってパパに言いつけるから。
「食事の間中、パパから時間管理の大切さの説教をくらう羽目になるわ。でもね、これは全部あなたのせいなんだから、助け舟は出さないからね、わかった?
「大体ね、あなたが出発前に鏡の中の自分に見惚れていなかったら、時間通りだったのよ。
「その上ここで、またもやあなたの頭がペニスに支配されているって証明してくれた。町に着いたばかりの可愛い子に声をかけようと車を停めたでしょ。そもそも、その人に話しかけちゃいけないって知ってるじゃない。
「だから、さっさとギアを入れて、このクソ車を運転してよ。そうじゃなきゃ、あなたを車から蹴り出して、私ひとりで行くから!」
ライラは息を荒げ、頬が赤く染まっていた。一方リアムはライラの暴言を退屈そうに聞いていた。
このふたりは、このような口げんかが日常茶飯事のようだ。
彼は数秒間、彼女を見て「終わった?」と聞いた。
ライラは怒りで全身をこわばらせていた。
リアムは私を振り返り、平然と微笑んだ。「世の中にはセラピーとか、怒りを抑えるカウセリングとかが有効な人っていうのがいると思うんだ」
私にそう言って、リアムはライラを睨み返した。ライラは信じられないという表情を浮かべ、負けを認めるように両手を上げた。
彼女は助手席に座り直して言った。「降参よ。好きなようにして」
リアムは再び私に向き直った。「ぼくは嘘は言わないよ。必要なときに助けを呼ぶ手段を持っていない君を、ここにひとりで置いていくのは気が引けるんだ」
私は周囲を見回した。暗くなってきて人通りは少なくなったが、まだ外に出ている人たちはこの世で危険とは最も遠い人たちに思えた。
家族連れや幸せそうなカップルがほとんどだった。私は眉をひそめたて聞いた。「あなたの町は犯罪で有名なの? そういう雰囲気はあまり感じないんだけど」
「驚くと思うけど、実は危ないんだ」と、彼は言った。ただ、そのとき、彼のあごの筋肉が引きつったのを私は見逃さなかった。「今夜泊まるところはある?」
私はすぐにうなずき、これほど多くの人が私のことを気にかけている理由がわからなくて混乱した。私の出身地でも、それ以外の場所でも、人は自分のことだけ考えるものだ。「うん、大丈夫」
彼は私のスーツケースと汚れた服を見た。「わかったよ。でも予定を変えなきゃいけなくなったら、この角を曲がったところにあるB&Bに行って。空室があるから。
「リアム・ブラックウッドの紹介だと言えば一晩泊めてくれるよ」
この言葉で心に希望の光がともった。思わず「本当に?」と言ってすぐに、泊まるところなどないと白状したことに気付き、すぐに「その、ありがとう。でも、その必要はないと思う」と、畳み掛けるように打ち消した。
リアムはポケットに手を入れて包み紙のようなものを取り出し、車の中にあったペンで何か書いて私に渡した。
「そのB&Bには電話もあるはずだから、何かあったら電話してくれ」
手の中の電話番号に目を落とすと、今朝のロレッタとのやりとりを思い出した。
電話番号をポケットに入れながら、リアムに笑顔を見せて言った。「きっと大丈夫よ」
リアムはあまり納得していない様子だった。それどころか、さっきよりも心配そうな顔をしていた。しかし、すぐに彼の視線は私から自分の手首の時計に移った。
「う〜ん、困ったな」と、舌を頬の内側に押しつけながらリアムが言った。「夕食に遅れそうだ。ライラ、どうして何も言わなかったんだ?」
彼は頭を振り、怒ったような表情を作ってこっちを振り返った。「この辺のことは全部僕がやらないといけないんだ。会えてよかったよ、新参者の娘さん」 そう言って彼は車のギアをドライブに入れた。
「ええ、こちらこそ」と、私は答えた。
遠ざかる車を見ていたら、リアムの頭をたたき続けているライラのシルエットが見えた。小柄な彼女からは想像できないほどの激しさだった。
必死に笑いをこらえたけど、怒鳴り合うふたりの声は車が見えなくなるまで聞こえていた。