グレイソン
ザウェスへのフライト中、ベルを抱きしめるときは力を入れすぎてはダメだと自分に言い聞かせなければならなかった。彼女の髪に鼻を押しつけ、肺いっぱいに匂いを吸い込んだ。
俺は怒っていた。理由はひとつではなかった。
まずリアム・ブラックウッドが俺の飛行機に乗り込み、俺たちを追って超自然界の王国にやってきたことに腹が立った。アザゼル・モーターが俺の唯一の生き甲斐を狙っていることに腹が立った。
そして、ベルのパートナーとして失敗し続けていることにも腹が立った。
彼女がこんな状況に陥る筋合いはなかった。だから、俺がふたりの絆を価値あるものにするしかないのだった。
ベルは俺の膝の上で死んだように眠っていた。向かいの席に座ったミニーのおしゃべりにさんざん付き合ったあと、フライトの真ん中ぐらいまで来たところで彼女は気を失った。
ベルはミニーを気に入っていたし、俺もそれが嬉しかった。ミニーは俺のパートナーの良い友だちになるだろう。もうそんな未来が俺には見えていた。
そのせいか、ミニーと知り合って以降の接し方が良くなかったと、少し後悔の念がわいた。
リアムはミニーの隣の席でいつものように俺たちから目を離さず、イライジャは俺とベルの隣の席ですやすやと眠っていた。
飛行機が下降を始めた。地上に近づくにつれ、俺の不安は高まっていった。この不安はベルを失った夜、つまりアザゼルが俺の体を乗っ取った夜のそれに似ていて、少し考え過ぎだとも思い始めていた。
この先、彼女に何事も起きないようにすると決めていた。どんな脅威からも彼女を守ると。たとえその脅威が俺自身であっても守り抜くと。
ベルは俺に覆いかぶさり、パチッと目を開けて俺を見上げた。
「大丈夫?」と聞いてから、片手で俺の顎を触り、指を走らせた。「いろいろ考えているんでしょ。感じるもの」
俺は顔をしかめた。彼女を起こすことと心配させることだけはしたくなったからだ。「大丈夫だよ。また寝てくれ。起こすつもりはなかったんだ」
彼女の表情を見れば、そんなことばなど信じていないことがわかった。「昨夜は全然眠れなかったでしょ。あなたも休まないとダメよ」
「君が安全だとわかったら休むよ」
俺の答えが気に入らないようで、彼女は唇を尖らせた。「いつだって私の世話をすることだけ」と彼女。「君はいろんな目に遭ってきたからね。誰かがちゃんと目を光らせていないとダメなんだよ」
俺は彼女の額にキスをした。「俺は君がいれば大丈夫なんだ。必要なのは君だけだから」
横で誰かが大げさにうめき声をあげた。「もう降りるには遅すぎるよな?」
右を見ると、リアムが目を閉じたまま腕を胸の前で組み、うんざりした顔をしていた。「みんなに聞こえてるよ」
「この飛行機には15席ある。他の席に移ればいいだろ」と、俺はリアムに言い返した。
リアムが今この飛行機に乗っていること自体が奇跡だった。この生意気な野郎を窓から放り投げないようにするのに、俺は全忍耐力を使っていたのだ。彼がベルの「守護者」 であろうと知ったことではなかった。
ベルがエバーグリーンに着いた当初からリアムは彼女の世話をすることに奇妙な必然性を感じていたと、ベルから説明を聞いて初めて、彼がどんな戦力になり得るかを実際に考えるようになった。
俺も努力はするつもりだが、ザウェスに着いたら24時間365日ベルの面倒を見ることには無理がある。俺が守れないときにベルを守ってくれる人がいれば助かるのだ。
ただ、それがこの男なのが気に食わなかった。
ただひとつ確かなことは、ザウェスに着いたらすぐに、少なくともあと十数回は予言を読むだろうということだ。
しかし、それまではやつを無視するつもりだった。正気を保つにはそれしかなかった。
ミニーがクスクスと笑った。彼女の赤い目が俺たちをじっと見ていて、薄暗い照明の中のその目にドキリとした。俺はミニーが起きていることにさえ気づかなかった。「素敵だと思うわ。彼は彼女を愛しているのよ」
ベルは頬を甘く赤らめて微かに微笑んだ。リアムは不機嫌な様子で体を飛行機の壁のほうに向けて再び眠った。
「それで…着陸までどのくらいかかるの?」 ベルが俺にたずねた。そんな何気ない口調から緊張が伝わってきた。彼女は不安を押し殺そうとしていた。
俺は彼女の後れ毛を耳にかけた。「1時間くらいかな」
彼女はうなずいた。「わかった。もうすぐね」 彼女が視線を落としたのを俺は見逃さなかった。
「何も心配することはないよ、ベル。ずっと一緒にいるから」
「前回もそう言ったわよ」
「前回は邪な心を持ったヴァンパイアが、アルファの体を乗っ取ろうと待ち伏せしていたんだよ」と、眠りから目覚めたイライジャがつぶやいた。
「ザウェスはヴァンパイアでいっぱいだと思ったけど」と、ベルが指摘した。
「邪悪なのはいないよ」と、ミニーは明るく笑って言った。「私たちは親切だもの」
ベルは何も答えなかった。
「今回は前と違う」と、イライジャが話し始めた。「だって、ルナは自分を守る方法を知っているだろう。何かが起きたときには逃げればいい、誰かに助けを求めればいいってね」
「でも、今回は何も起こらない。俺が何も起きないようにする」と、俺が言った。
ベルは何も言わずに俺の膝の上に腰を下ろし、背中を俺の胸に押し付けた。そして、俺の腕を取って自分の体に強く巻きつけた。
彼女の心臓の鼓動が俺の肌の上で速くなるのを感じていた。
俺は彼女を抱き上げ、誰も座っていない飛行機の後部座席に運んだ。そして膝の上に乗せて、こっちを向いてまたがるように促した。俺たちの顔は数センチと離れていなかった。
ベルは大きくて美しい青い瞳で俺を見つめて、「どうしたの?」と聞いた。
彼女はとてもいい匂いがした。本当に、とてもいい匂いだった。彼女は俺だけの歩く媚薬だった。すでに硬くなっていたペニスがズボンの中でビクンと動いた。
香りがさらに甘くなり、ベルが尻の下で俺を感じているのがわかった。そして、かわいい尻を優しく振り始め、その動きは無邪気だった。
彼女は誘惑するつもりはないのだが、この飛行機に他の乗客がいなかったら、俺は彼女の秘所に指を深く差し込んで、彼女がキスをしながら俺の名前を叫ぶまで動かし続けていただろう。俺は絶対にそうしていた。
「グレイソン?」 ベルが俺の注意を引こうとした。
くそっ、今、こんなことを考えるべきじゃなかった。俺の中で彼女と交わりたい衝動が激しくなってきて、俺の思考を支配し始めていた。
あごに力を入れながら身を屈めて額と額を合わせてから、食欲をそそる彼女の香りを吸い込んだ。
そして「愛してる」と、ささやいた。「とても愛してる。君に出会えて本当によかった。俺と一緒に帰ってきてくれて本当に嬉しい。
「それに、あんなことがあったのに俺を信頼してくれて本当にありがとう。わかっているよね?」
彼女はうなずき、俺のうなじの髪を指で撫でながら「わかってるわ。私も愛してる」と返した。
そっと彼女の顎に手を当てて顔を上に向かせてから、彼女の上に唇を降らせた。ベルは自然に身を乗り出してキスに応え、ふたりの舌が絡め始めた。
俺の上で彼女の腰が動き始めると、俺の胸から小さなうなり声が漏れた。彼女は自分が何をしているのか、まるでわかっていなかった。彼女の動きは小さく、とても自然だった。
これが絆の力だ。彼女に何をすべきかを教えている。彼女に交尾を促し、俺と完全に結ばれるように迫っているのだ。
俺は彼女の腰をつかみ、徐々に動きを抑えて止めようとした。後戻りできなくなる前に終わらせる必要があった。「うーん、ベル…」 キスをしながら俺が言った。「ここではだめよ、ベイビー」
彼女は俺から口を離し、目を見開いて頬を甘く赤らめ、手で口を隠した。俺の口と同じで、火花が散ってくすぐったかったのだろう。
「ごめんなさい」と、彼女がささやいた。「自分でも何をしていたのかわからなくて……」
「うん、気にしないでいいぞ」と微笑んで、ベルを安心させようとした。「本当はもっと続けたいけど、みんなに見せる必要はないからな」
彼女は、後ろをちらっと振り返った。俺たちがさっきまで座っていた席の近くでは、例の3人が穏やかにおしゃべりしていた。ミニーはイライジャとおしゃべり中で、リアムは寝たふりをしていた。
ベルはこっちに顔を戻してうなずいた。「うん、あなたの言うとおりかもね」
彼女の甘い赤ら顔に悩殺されそうになった。彼女が軽い羞恥心が絆から伝わってきたのだ。強烈に相手に引き寄せられ、もっとほしいと思っていたのが自分だけだとベルは思っているのだろうか?
絆がふたりを引き寄せているだけだと言えたらいいのだが、それを伝えることで彼女を混乱させたくなかったし、自分の欲望を叶えるために彼女を煽りたくもなかった。
彼女の頭に手を添えて俺の胸に導いた。「休むんだ。家に着いたら起こしてあげる」「家」と、 彼女が繰り返した。「家っていい響きよね」
俺は彼女の額にキスをした。「ああ、そうだな」
俺が欲望に狂わない限りは。