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Cover image for His Lost Queen 失われた女王 1巻

His Lost Queen 失われた女王 1巻

第3章

グレイソン

人狼の訓練場は広大な土地で、群れの家から歩いて5分のところにある。

ほとんどはすでにオオカミに変身していた。何匹かは遠くの方で戦っていたが、多くは大きな集団を作ってカシミールの話を聞いていた。

それを見ても俺は驚かなかった。カシミールはザガンの第二子で、ヴァンパイアの王子だった。

幼い頃の俺は父親のとなりに座って、モータ一一族とその特別な能力について聞いたことを覚えている。

モーター家は、何世紀にもわたって甚だしく才能に恵まれた一族だった。彼らは兄弟姉妹の中で何番目に生まれたかによって、それぞれが独自の役割を持っていた。

当然のことながら、長子が王位を継承した。彼らは生まれながらにリーダーシップを備えていた。

モーターの長子は成人すると王か女王になった。アザゼルは一族の長子であり、王になる運命にあった。

モーター家の第二子は戦士で、強く、俊敏だった。彼らは成人すると王家の軍隊を率いて、必要なときはいつでも戦いに駆り出された。

カシミールは一族の戦士だった。だから、俺の群れの練習を率いていたことには驚かなかったのだ。それが生まれ持った役割なのだから。

第三子は一番賢く、驚異的な頭脳を持ち、問題解決能力に長けていた。モーター家の第三子はこの世で屈指の知性を持った者として有名で、片時も本を離さないことで知られていた。

そして最後に、モーター家に生まれた第四子は一族のヒーラーだった。彼らは魔法の血を持って生まれ、それを飲ませると、どんな怪我でも治すことができた。

また、親切で思いやりがあって、打ち解けやすい性格だった。ミニーはザガンの4番目の子だ。彼女の血が俺の命を救ったのだ。

アザゼルはザガンの前に王位についていた。彼とその妻であるコーデリア女王は一族の伝統を受け継いで、4人の子供を生むことになっていた。

王位後継者、戦士、学者、そしてヒーラーだ。しかし、コーデリアは王位継承者である長子の出産中に子供と一緒に亡くなってしまい、この計画はすぐに変更された。

コーデリアの死後、アザゼルは深い悲しみに打ちひしがれた。多くの人々は、この悲しみが原因で、一族の第二子であり戦士であるザガンが王位を引き継ぐ運命に変わったと信じてる。ザガンは王になるべき人間ではなかったし、王という役割は彼の性分に合わなかった。それでも彼は公平で公正な支配者となり、優しくも毅然とした態度で民衆を導いていた。

目の前の光景をじっと見続けているうちに、カシミールから指示を受けている人狼のグループにミニーが混じっていることに気づいた。

しかし、話を聞いている様子はなくて、自分の周りの大きなオオカミたちを興味深そうに観察していた。

俺からの視線を感じたのか、ミニーはザガンと俺に向かって明るく微笑んだ。

あっという間に広い野原を飛び越えて、ミニーは父親の隣に立った。ミニーが挨拶しながら腕を回すとザガンが微笑んだ。

「すごいでしょ?」 彼女は周囲を見渡しながら、驚きの混じった声で言った。ザガンも同意するようにうなずき、目の前にいる何百匹もの人狼たちを見定めた。ミニーが俺の方を見た。「本物の人狼を見るのは初めてよ。本で読んだことしかなかったもの。

「でも、実物のほうがずっとかっこいい! それにとても強い! あなたたちのひとりが変身するのを見たときは信じられなかったわ。すごく素敵!」

俺は一度だけうなずいた。興奮しすぎているヴァンパイアの王女の機嫌をとる気分じゃなかった。

訓練場と俺の群れ全員を見渡せるところまで歩き続けた。仲間を見渡すうちに、俺の体は緊張してきた。予想だにしなかった怒りと憤りがこみ上げてきたのだ。

「あなたのオオカミは何色?」 ミニーはおしゃべりを続けた。

俺は「黒だ」と低くうなった。

気まずい沈黙が流れて、一瞬ミニーが話し終えたと思った。でも彼女が父親にささやく声が聞こえた。「あの人、あんまりハッピーじゃなさそうね。本当に王様にしていいの?」

大地を揺るがすような大きなうなり声が俺から出た。すると、驚いてみんなが俺の方を見た。人狼たちは尊敬と服従のしるしとして膝をつき、首をさらけ出した。

ザガンがミニーを守ろうと立ちはだかる直前、恐怖にゆがんだ彼女の顔が見えた。うん、賢明な判断だ、ザガン。

普段はこんなにイライラすることはなかったが、この24時間に起こったすべての出来事を考えると、俺とオオカミは誰かの首を噛みちぎってやりたい気分だった。ミニーはあと一歩で犠牲者になるところだった。

「ミニー、オオカミたちの訓練を手伝いに行かないか?」 ザガンはそう言った。

返事は聞こえなかったけど、その数秒後、ザガンの背後からかすかな何かが飛んでいき、訓練場の反対側にミニーの小さな姿が現れた。

ザガンは俺に一度うなずくと、あとを追いかけて行った。

振り返ると、群れのメンバー全員が目を見開いてこっちを見ており、俺の次の動きを待っているようだった。

俺が何か言うことを期待しているのは分かっていた。戦いに備えて鼓舞するようなスピーチとか。でもそれは俺が一番やりたくないことだった。

口を開いてしまうと、激しい怒りで変身をとめられなくなるのが怖かった。だから口を開く代わりに訓練を続けるようにと合図をした。

怒りで頭がいっぱいでカイルが近づくのにも気づかなかった。カイルは俺の声が聞こえる距離まで近づくと、「おい、アルファ」と警戒しながら声をかけ、小刻みに歩み寄った。

「調子はどうだい?」 カイルは俺が神経質になっていることを十分に察していた。

俺はうなり声で返事した。

カイルはゆっくりとうなずいて隣に立った。俺を刺激してはいけないことも理解していた。

俺たちは、オオカミたちに指示を出し続けるカシミールを無言で見ていた。彼はオオカミたちを二人一組に分けて、その直前に見せた戦い方を練習するように指示していた。

カイルはカシミ—ルを蔑むように見つめながら鼻で笑った。「不公平だよ。あいつは俺の仕事を奪いやがった」

カイルはいつも群れの戦士たちを指導しており、何年も前からこの軍隊の指揮官だった。彼は軍を指揮するのが得意だから、この戦争が終わっても軍のトップであり続けるだろう。

カイルもそのことは理解していた。このとき、カイルは自分の地位がカシミールに奪われるのを心配していたわけじゃない。俺を元気づけようとしてくれてただけだ。

でも、こっちはそんなジョークに付き合う気分じゃないことを、この男は理解していなかった。

「あいつはおまえよりもヴァンパイアに詳しいんだ。カイル、諦めろ」と、俺は冷たく言い放った。

カイルは驚いて眉をあげ、「あっちゃー」と言った。

俺は返事をしなかった。一瞬、罪悪感を覚えたが、すぐに怒りに変わった。

数分続いた沈黙の間、俺が群れのメンバーを睨み続けていると、カイルが再び口を開いた。「そりゃあそうなんだけどさ、マジで、何がそんなに気に入らないんだ?」

こいつは、どうも、切り上げるタイミングを知らないようだ。うなり声をあげながら、カイルの方に向き直り、歯をむき出して威嚇した。「本気だぞ、カイル。いい加減にしろ」

するとカイルは両手を上げて降参し、一歩後ろに下がった。それが賢明なやり方というやつだ。でもそんなカイルの賢明さは、再び話し始めた時に終わった。

「こんなことを言うと殺されるかもしれないけど、それでも構わないよ。あんたの状況なんて知ったこっちゃないし、それはそれでいい。

「渦中のあんたが大変なことは分かるよ。でもさ、これの原因が何であろうと」と言って、カイルは手を上下に動かして俺の感情の起伏を表現しながら言った。「こんな状態を続けてちゃダメだ。

「今は不機嫌を撒き散らす時じゃない。群れのメンバーが怯えている。連中は何の前触れもなく戦争に放り込まれたんだぜ。みんな、アルファが必要なんだよ。こんな不機嫌で、怖くて、赤い目をした巨人みたいなアルファじゃない普段のアルファが」

俺はため息をついて「おまえの言うとおりだ」と負けを認めた。自分の感情に流されすぎていた。「本当に?」 カイルが驚いた顔で聞き返してきた。彼の不信感はあっという間に消え、満面の笑みが広がった。俺を諌めた自分に満足しているようだった。「もちろん、そうだよな。俺はいつだって正しいんだから」

その言葉に呆れながら、俺は視線をペアになって訓練しているオオカミに戻して、彼らの技量を吟味した。

中でも2匹のオオカミが歯を鳴らしながら激しくやり合って、相手を地面に押し倒そうとしていた。

2匹のオオカミのうち、体が大きいマイカは俺の群れで最高の戦士のひとりだった。彼のような戦い方は見たことがなかった。

「またしかめ面になってる」と、カイルが言った。そのとき、カイルが俺をずっと観察していたことに初めて気づいた。「あんたさ、今にも人を殺しそうな顔をしてるよ」

しかめ面をしてたって? 気づかなかった。

「何があったのかを正直に言うか、あんたの子犬を殺した犯人を見るような目でマイカを睨んでいた理由を俺に教えてくれ」と、カイルが言った。

俺はため息をついた。そのことを話したくはなかったが、カイルはそうはさせてくれなかった。「アザゼルだ」 一瞬の間を挟んでから、そう答えた。「アザゼルが群れの全員にベルを避けるように命じたんだ」

「なんだって?」とカイル。「あいつ、俺にはベルを避けろとは命令していないぜ」

「おまえが彼女のことを知っていたからだ。アザゼルはおまえが抵抗するとわかってた。モーター一族が操れるのは行動だけで、感情は操れないからな」 俺は変身しないように、胸の前で腕を組んで怒りを抑えようとした。

この話を始めたあと、徐々に落ち着きが戻ってきたようだった。「群れのメンバーはベルと話すことを拒否して、彼女が近づくたびにうなり声をあげたんだ。

「ベルはあいつらに恐れをなしていた。それを俺は感じた。怖すぎて誰にも会いたくなくて、ひとりぼっちで凍えそうだったあの忌まわしい部屋から出ようともしなかった。食べ物を取りに行くことさえなかった。空腹を選んだのさ」

カイルは素早く息を吸い込んで「クソッ」とつぶやいた。「そうか、だからベルを見なかったんだ」

「ああ、ベルは隠れてたんだ」と俺。

カイルは顔を手で覆って言った。「なんで俺のところに来なかったんだ? くそっ。なんで助けを求めなかった? 彼女を助けるためなら、俺、何でもするって知らなかったのかよ?」

「アザゼルに脅されてたんだ。 おまえやイライジャに話しかけるなって。おまえたちが食べ物を探すのを手伝おうとした直後だ。覚えてるか? 彼女をオフィスに連れてきた日のこと」

カイルはうなずいた。

「あいつはあのあとすぐにベルを殴って、おまえとイライジャに近づくなと言った。彼女は本心底怯えてしまって、どうすればいいのかわからなかったんだ」

今このときも、遠く離れているにもかかわらず、ベルの感情が俺に流れ込んできていた。彼女は苦しみ、怯え、打ちのめされていた。そのうえ、ベルは意図的に俺のことを考えないようにしていたから、俺は居場所を探ることもできなかった。

いつもなら、彼女の存在をまるごと感じ取り、それを使って大体の位置を特定できた。でも今、ベルは俺に対して完全に心を閉ざしていた。

ベルは意識を壁で囲み、俺が必死に壊そうとしても、絶対に屈服しなかった。

カイルは青ざめていた。「だから群れの連中を睨みつけているのか? あんたのルナを虐待したからってことか?」

「ああ、多分そうだ」と低くうなりながら答えた。

カイルは今聞いたことを咀嚼するため、しばらく何も言わなかった。

しばしの沈黙のあと、やっと口を開いたカイルは「ルナが陥った状況の原因を作ったとして、群れの連中を非難するのはやめてくれ。みんな、自分が何をしているのかわかっていなかったんだから。あんただって、さっき自分で何をしているわからないままに行動してただろう?」

俺はカイルを見た。こいつはバカのくせに、いつも最後にはまともな意見を言いやがる。

カイルは地平線を見つめ、太陽の眩しさに目を細めた。「自分のパートナーを傷つけた犯人を怒っているんだろう? アザゼルにぶつけろよ。

「あいつのせいなんだから。それに、今、あいつはこっちに向かっている。あいつの死に方を決めるのはあんたの役割だからな」

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