アーリヤとアドニスは誰にも止められないほど激しくお互いを求め合う。そんな二人がいる部屋の外に誰かがいるのを感じた2人は、ドアを開けて確認する。そこにいたのはアドニスの元彼女、サヴァナだった。
それからの2日間は、思っていた以上に早く過ぎた。ふと気がつくと、私は荷造りに頭までどっぷり浸かっていた。この先待ち受ける未来のことを考えないよう、あらゆる手を尽くして気を紛らせた。
そしていよいよ、自分が育ったこの場所にきちんと別れを告げなければならない日がやってきた。
カーターは、きちんとディヤをすぐ隣に寄り添わせて、アルファとしての役割を果たした。二人が一緒にいるのを見ると、幸せな気持ちにもなったが、一方で胃がムカムカする気分も味わった。
カーターは私の目の前でわざと従妹とイチャイチャして、私の神経を逆撫でしようとしたんだと思う。ブーッ!
ルークは宣言どおり、どこにでも私のあとをついて回った。まったく隙がないとしか言いようがない。私はといえば、これでは逃げられないという結論に達した。
ソフィアも何かとそばに来て、荷造りを手伝ってくれたり、私がこれから経験するであろう変化について話してくれたりした。本音を言えば、聞けば聞くほど大変そうだったが、私はただ笑みを浮かべてうなずいていた。
それから一人、私の肌をぞわぞわさせる人物がいた。ハンターだ。
どうしてか、私がちらりと彼を見るたびに、すでにこちらを見つめている彼の視線とぶつかった。もう、以前感じていたような痛みは感じなくなり、それよりむしろ、落ち着かない気分にさせられた。
なんだか、彼にぐちぐちと責められてるような気がした。そんなことをしても、彼にとってよい結果にはならないのに。舞踏会であんなことがあったあとでは、なおさらだ。アドニスが喜んで私をハンターに渡すとは思えない。彼が私を求めているかどうかもわからないけど。
アドニスは朝の9時に電話をかけてきて、私の群れに向かっているところだと告げてきた。その言葉で私はベッドから飛び起き、急いで身支度を整えた。
自分の部屋で過ごすのはこれが最後だと思うと悲しくなった。何しろ、この部屋は私にとって永遠の聖域だったのだから。私はここを離れたくない。
母がドアから顔を出して、「荷造りはできた?」と尋ねてきた。うまく声が出るかどうか自信がなかったので、うなずくだけにしておいた。母の口からため息が漏れる。
「ハニー、あなたにとって、これが大変なことなのはわかってるわ。でも、これはあなたにとって新しい一歩なのよ。元気を出していきなさい! 何があっても、ここはずっとあなたの家よ。わかってるでしょ」
「ああ、ママ。どうしてこれがすべて捨てられるって言うの? これが私の知っているすべてなのに」私は母の温かい腕の中にくずおれた。
母は私の髪を撫でながら、「アーリヤ、私は強い女性を育てたのよ。変化はいつだって大変だけど、あなたならきっと乗り越えられる」と言った。
私はため息をついて、それからこくんとうなずいた。「頑張ってみる」
「それでこそ私の娘」そう言って、母がにっこり笑う。
それから2時間で、私は荷造りをして、すべて1階に運んだ。カーターとディヤも手伝いに来てくれたが、カーターは私を困らせてばかりいた。
「スマイリー、行くなよ」カーターが悲しそうな笑みを浮かべる。
私は頭を振った。「本当に泣いちゃうから、やめて」
「この瞬間のことはずっと頭の片隅にあったんだけど、君との時間はまだたっぷりあると思っていたから……。ああ、寂しくなるよ、スマイリー」カーターは私をぎゅっと抱きしめた。
私は彼の抱擁に身をゆだねながら、こう答えた。「あなたのひっきりなしのからかいなしに、私はどうやって生きていけばいいのかしら?」
「今や、君はからかうには、偉すぎるだろ」と言ってカーターがからかう。
振り返ると、ハンターがこちらに向かってつかつか歩いてくるのが見えた。手に何か持っている。
そうね、もし私がまだ以前と同じ気持ちでいたなら、今頃私の心臓は早鐘を打っていただろう。でも、今、私のオオカミは不快に感じただけだった。
「まだ行かないで。君にプレゼントがあるんだ。ほら」
ハンターは私に小さな箱を突き出してきた。ネックレスだった。
シンプルでエレガントなデザインのものだったが、それを手にした瞬間、彼に何かしらの要求を突きつけられているような気がしてならなかった。
「俺に貸して」ハンターが私の手からネックレスを奪い取る。彼が私にそのネックレスをつけようとしてくれているのは明らかだった。
「いい」と私はぴしゃりと言った。「あとでつけるから」と付け加えて、場の空気を和らげた。
ハンターはうなずいたが、その表情には敗北の色が浮かんでいることに、私は嫌でも気づいた。カーターを見ると、ハンターを睨みつけていた。
それだけで、ハンターの行動は明らかにおかしいという私の印象が裏づけられた。ラナの姿もどこにもなかった。それもおかしな話だった。
ハンターはくるりと背を向けて立ち去った。
とうとう、私は家族に別れを告げた。それがいちばん辛くて、思わず涙がこぼれた。涙を拭いていると、1台の車が停まった。
ドアが開いたので、私はてっきり、アドニスの大きな体が車から出てくるものだと思った。
だが、フロントシートから降りてきたのは、群れの護衛だった。大きな銃を胸の前に携えている。
彼はゆっくりと……威嚇するように、私に近いてきた。
「アーリヤ」彼は太いよく通る声で言った。「車に乗ってください」
「あなたは誰?」
「ディーゼルです」
「本当に銃が必要なの、ディーゼル?」私は皮肉を込めて尋ねた。
「あなたは逃亡の危険があると国王から聞いています。どんな手段を使ってでも、私はあなたを宮殿に送り届けなければなりません」
「そんなに私に来てほしいなら、国王自身が自分でここに来ればよかったでしょ」
私は腕組みをしてディーゼルから顔を背けた。だが、ルークとソフィアが私のすぐ後ろに立っていた。
「悪い、アーリヤ。でも、もう行かなくちゃ」とルークが言った。
二人の真剣な表情から、私には、運命に導かれるままに進むしか選択肢がないことを悟った。
最後にもう一度、私は自分の群れのメンバーと家族に手を振った。そして一つ深呼吸をして車に向かった。
車に乗り込むと、ソフィアが後ろからついてきた。
「ルークの車で戻らなくていいの?」と私はソフィアに尋ねた。
「誰か、連れがいたほうがいいように見えたから」と彼女が答える。
ディーゼルは私の荷物をトランクに積み込み、運転席に乗り込んだ。
私はディーゼルがエンジンをかけて車を出すあいだ、窓から外を眺めていた。私の知る唯一の暮らしが、ゆっくり遠ざかって消えてゆく。
「話して」しばらく沈黙が続いたあと、ソフィアが言った。
「何を話せばいいのかわからない」と私は答えた。
「どんな気持ちか話してよ」
「なんか、バカみたい。アドニスは私が群れを離れるのがどんなに辛いか知っているくせに、姿を現わそうともしない。それぐらい、番いのためにしてもよかったんじゃない?」
「アーリヤ、話しておきたいことがあるの」ソフィアが声をひそめて言う。「ディミトリには言うなと言われていたけれど、親友に嘘はつけないわ」
「何なの?」
「王があなたの運命の番いであることは本当。でも、あなたが彼に断言するまで、その絆は正式なものにはならないの」
「彼に断言するって、どういう意味?」
「あなたは、証人立会いのもとで、直接彼を自分の番いと呼ばなければならないの」
「理解できないわ!」私は叫んだ。頭がクラクラしている。「どうしてまだ正式じゃないの?私はすでにライカンに転身し始めているのに」
「完全な転身は、あなたが彼に断言するまで完了しないわ」
「じゃあ、断言したくないって私が言ったら?」
「拒むこともできる」ディーゼルに聞こえないように、彼女はさらに声を落として言った。
「どうやって?」
「同じ方法よ。面と向かって、証人の前で。でも、それはやめたほうがいい。あなただって、拒絶されたライカンの怒りは見たくないでしょう?」
アドニスがライカンの舞踏会でハンターに対してしたことを考えれば、彼女が正しいのは確実だった。
でも、もしアドニスがこの先ずっと、私をドアマットのように扱うつもりなら、私はそれを受け入れるつもりはない。彼を拒絶するという選択肢があると聞いて、私は嬉しかった。
それがわかって、宮殿に戻るまでの道のり、私は気持ちが軽くなった。
宮殿に着いて、私はまた自分の番いに失望させられることになった。
アドニスは宮殿の入口で私を待っていなかった。それどころか、彼はどこにもいなかった。
ディーゼルが車から降りて、こちら側へ回ってきて、私のためにドアを開けてくれた。
私とソフィアが車から降りて、宮殿へとゆっくり歩いて向かうと、ディーゼルがそのあとをついてきた。
「結局、彼は私のことなんて本当はどうでもいいんじゃない……」私は一人もごもごとつぶやいた。
ソフィアの手が私の背中にそっと添えられ、歩き続けるよう促してくるのを感じた。ディーゼルの銃口よりはマシか……。
やっと、私は宮殿に入った。
車での移動が長かったため、私は突然強い疲労感に襲われた。
とにかく私は丸くなって眠りたかった。
「疲れたわ。どこか休める場所はあるかしら?」
「王の寝室が階段を上ったところにあります」宮殿に入ったところで、ディーゼルが私に言った。「すぐに荷物をお持ちします」
アドニスのベッドに寝るのは遠慮したかったが、現時点では、私は与えられたものを受け取るしかない。それに私は疲れすぎていて、反論する気にもなれなかった。
私はソフィアにさよならのハグをした。
「きっと何もかもうまくいく」と彼女は約束してくれた。「慣れるのに少し時間がかかるだけ」
私は顔に笑みを貼りつけてうなずいた。彼女が正しいことを願った。
「ありがとう」と私は言い、階段を上り始めた。
上に着くと、目の前に、凝った装飾の施された大きな木製のドアがあった。
私は取っ手を回してドアを開けた。
その時、ドアの内側から声が聞こえた。
「やっと来てくれたのね、ディミトリ。待っていたのよ」という女性の声が、部屋の奥から聞こえてくる。
ドアを完全に押し開けると、サヴァナがアドニスのベッドに全裸で横たわっていた。
目が合うと、彼女は悲鳴を上げ、布団を引き上げて体を隠した。
「何なの!」と、彼女が非難がましく金切り声を上げる。
だが、ここで怒っていいのは私だけのはず。
そういうことだったのね。
とどめの一撃だった。
こんな屈辱は許せない。
私は踵を返して、階段を駆け下りようとした。
だが、そこで私はアドニスの大きな体にまともにぶつかった。