アーリヤ:19歳の人狼。長く修行に行っていた大好きなファーストキスの相手から振られ、絶望中。
アドニス:ライカン(人狼)の新王。運命の番(つが)いを見つけなければ闇に葬られてしまう。
ライカンの舞踏会は皆が待ちに待った大イベントだが、失恋したばかりのアーリヤは全く乗り気ではなかった。しかし、新王アドニスと出会った瞬間、二人の間に衝撃が走る。突如として、二人は情熱、危険、そして嫉妬の渦に巻き込まれていく。アーリヤは新王の番いとなり立派な女王になれるのか?それとも宮廷の陰謀が2人を引き裂くのか?
対象年齢:18歳以上
ブラッドリーの電話から、また長い1週間半が過ぎた。誰もがピリピリしていた。まだ何も起こっていなかった。そのことが余計に状況を悪化させた。
ルークはイラついてソフィアに怒りをぶつけ、ソフィアが泣きながら私のところ来た。ルークがいつもキレて怒鳴るので、ルークと暮らしていくのが辛くなってきたという。
私は彼女に、ルークは兄さんに対する感情で、きちんと考えられなくなっているのだと説明しなければならなかった。ルークはソフィアを愛していたし、それは私たちみんなが知っていた。
ソフィアはいったん自分の群れに戻ってしばらく家族と過ごしたいと言い出した。ルークには本当にソフィアが必要なことを知っていたので私は反対したが、ソフィアは譲らなかった。
そこで、ルークには知らせて行くよう私は彼女に言い、彼女はそうすると約束してくれたが、その翌日、ルークはソフィアからの手紙を持って駆け込んできた。自分の群れに帰ると書いてあるという。
ルークは取り乱し、自分を責めた。ソフィアも電話に出てくれなかった。
ルークがソフィアと話せるように、私が間に入って彼女に電話をかけなければならなかった。ルークはソフィアに、本当に申し訳なかったと言い、迎えに行くと言った。
ソフィアは、ルークと仲直りしたものの、まだ数日実家に残りたいと言った。ルークもソフィアの幸せを考えて同意した。
ということで、ソフィアは5日後に戻ってくることになった。ルークは狼や男たちと懸命に働いていた。
四人の男性陣は、あらゆる場面を想定して、さまざまなプランを考え出していた。アドニスはどんなチャンスも逃すまいとした。
宮殿のあちこちに新しく緊急避難用の小部屋がいくつも設置され、アドニスは新しい安全手順を導入した。
アドニスが一人で執務室にいるのを見かけたのは、今から1週間前のことだった……。
1週間前
今日は特段変わったことは何もなかった。アドニスと私は2時間のトレーニングを行って、それが終わるとすぐに彼は自分の執務室に向かった。
いつもと変わらない日常だった。アドニスは、私には自分の苦悩を見せたくないようで、ほとんどの時間を執務室で過ごした。
彼が不安なのはわかっていた。失敗するわけにはいかないと心に決め、あのゲス野郎に何としても自分がしたことの代償を支払わせるつもりでいた。
シャワーを浴びたあと、私はニヤに会いに行くことにした。そのときアドニスの執務室の前を通りかかったので、私は中をちょっと覗いてみた。男性陣が皆そこにいると思ったからだ。だが、そこにはアドニスだけが座っていた。
彼は写真を手に、悲しそうに眺めていた。
誰の写真だろう?
好奇心に負けて、私はアドニスの執務室に入った。すぐさま彼と視線が合った。すると彼は写真を置いた。
「大丈夫か?」
「私も同じことを聞こうと思ってた。誰の写真?」と私は尋ねた。
アドニスが身をこわばらせた。彼が私の質問をスルーしようとしているのがわかったので、私はなおも食い下がった。
「正直に答えて。私に嘘をつこうなんて考えないで」
アドニスはため息をつき、私を手招きした。
「私の家族だ。母、父、それから弟と妹」
「会いたいでしょうね」
アドニスはうなずいた。「こういう状況だから、ますます会いたいと思うんだろう。父ならどうすればいいかが的確にわかっただろうし、母ならすべての物事をあるべき姿にできたと思う。弟がここにいたら、私を笑わせてくれただろうし、妹はきっと黙って支えてくれたと思う」
私は彼の膝に座って、彼の顔を両手で包み込んだ。
「家族に会いたいっていうのは恥ずかしいことじゃないわ。それを私に隠す必要はない」
「ああ、まだ自分の心を開くことに慣れていないんだと思う。私にとっては、まだ何もかもが初めてのことなんだ」アドニスがかすかに微笑む。
「まあ、お互いに切っても切れない仲っていうのはよかったわよね。私たちはまだこれから何年もかけて学んでいかなくちゃ」私も彼に笑顔を向けた。
アドニスはうなずいて笑ってくれた。
「ねえ、あなたの家族のことを教えて。今はどこにいるの?」私は尋ねた。
「そうだな、子どもの頃はごく普通の子どもだった。王になるとか、王子になるとか、そんなことは考えもしなかった。母は三人の子どもに普通の子ども時代を過ごしてほしかったんだ。そしてそれは成功した。
「自分に何が求められているのかがわかったのは、大きくなってからだよ。トレーニングが始まった。厳しくて、時間も長かったね。弟と妹、特に弟はそれを嫌がっていた。
「私はトレーニングをしなくてはならないので、弟や妹と思うように過ごせなくなった。一方、両親は、私が訓練を終えることだけを望んでいた。自分たちが王位を離れられるように。
「父は私が王にふさわしいと判断すると、すぐに王位を私に譲り、母を連れて去っていった。私に二人のことは責められない。王や王妃であるというのは大変な仕事だからね。
「悲しいことに、二人がどこにいるのか見当もつかない。でも、弟と妹は? ものすごく会いたいよ。
「弟のダミアンは、今はイギリスに住んでいる。彼は、私が王になるとすぐ出ていった。王室とは関わりたくないといつも言っていた。
「妹で末っ子のライリーは、気が強くてね。いつも父に反抗して、規則や王女として期待されることを嫌っていた。
「ライリーは意見をはっきり言う子でね、彼女の意見には耳を傾けただろうな。ライリーは私が即位するわずか4日前に自分の伴侶と出会った。人間の伴侶だ。ライリーはこれこそ逃げ出すチャンスと捉えたんだろう。
「彼女は、私が王位に就いた翌日、伴侶と一緒に出ていった。それ以来、彼女からもダミアンからも連絡はない。
「私の弟と妹は二人とも、それぞれの道を歩んで、何の心配もなく暮らしている」とアドニスは説明してくれた。
話を聞いて私は驚いた。アドニスの家族はみんな消息が知れず、この宮殿にはアドニスしか残っていないなんて。
彼の様子から、家族がここにいないことで彼がどれほど寂しい思いをしているかがわかる。でも、同時に彼が感じている幸せな気持ちも見て取ることができた。アドニスは弟と妹を愛していたが、自分の幸せよりも二人の幸せを大切にしていたからだ。
私はアドニスの唇にそっと口づけをした。「あなたには私がいるわ」
アドニスは微笑んで、私にキスを返してくれた。「わかってる。君を手放すことはできそうにない」
私は天井を仰ぎ見た。「光栄ですこと」
そのとき、あるアイデアが閃いた。「ねえ、弟さんと妹さんに電話して、ここに帰ってきてもらったら?」
アドニスはためらった。「そんなことを頼んで、二人の生活を壊したくない」
「アドニス! 永遠に帰ってきてもらうわけじゃないのよ。ただの里帰り。それに、二人はあなたのきょうだいなんだから、ノーとは言わないでしょう」私は彼を説得しようとした。
アドニスはまだためらっていた。「いや、やめよう。煩わせたくないんだ。二人には二人の人生がある」
私は反論しようとしたが、アドニスが首を横に振ったので、口を閉じた。
「ちょっと行ってルークの様子を見てくるよ。ここにいてくれるか? あとでもう少し私の相手をしてほしい」アドニスが尋ねてきた。
私はうなずいた。「もちろんよ! ルークの様子を見てきて。とりあえず、私はちょっと電話するわ」
アドニスは私の額にキスをすると、私を抱き上げて自分の椅子に座らせた。彼が出ていくとすぐに、私は彼の家族の写真に目をやった。
誰かがアドニスのために何かをするときだった! そして、それをするなら、それは私だった!
現在
今、みんなはアドニスの執務室に集まって座っている。私たち、ずっとここにいるから、彼の執務室は私たちの第二の家にするべきね!
いつもどおり、アドニスがみんなと議論する中、私は彼の膝の上に座っていた。ニヤにちらりと目を向けると、彼女はあくびをする真似をした。
同じ。お嬢さん、いつもとおんなじ。レクシーは携帯をいじっていて、こちらを見ていなかった。誤解しないでほしいんだけど、私たちはこの問題を重大に考えてはいたけど、こうも毎日同じ話の繰り返しだと、さすがに疲れてくる。
アドニスは警備について話していた。さらに警護を増やして、パトロールも増やすという。彼は、こちらの警備体制に落ち度があると、その隙を突いてブラッドリーが攻撃してくると考えていて、その隙を与えたくないのだった。
アドニスに5分の休憩をお願いしようとしたところで、アドニスがぴくりとした。あ、ああ。
アドニスが私に非難のまなざしを向ける中、私は肩をすくめただけですぐに立ち上がった。
ドアが開いて、アドニスと瓜二つの男性が入ってきた。髪の色はやや明るめで、目にいたずらっぽい輝きがある。
「兄貴!」とダミアン・グレイが挨拶する。
アドニスは驚いた顔で弟を見たが、彼が言葉を発する前に、ダミアンの後ろから一人の女性が入ってきた。
母親の青い瞳を受け継いだ、ゴージャスな女性だった。
「ハグは?」とダミアンが尋ねる。
ライリーは天井を仰ぎ見て、アドニスに近づいていった。「番いさんに感謝して。彼女が私たちを呼んでくれたのよ」
彼女がそう言ったとたん、たくさんの視線が私に注がれた。とはいえ、私が気にしていたのはアドニスの目だけだった。彼の目は幸せそうだった。それを見て私は心が温かくなった。私は正しいことをしたことがわかった。
「二人に会えて嬉しいよ。どうだ、元気だったか?」アドニスは妹のために椅子を引いてやりながら尋ねた。
妹はムッとした顔で座ったが、ダミアンはまだあの伝染しそうな笑みを浮かべていた。
「ああ、俺たちの話なんかどうでもいいんだ。俺たちの兄貴が遂に番いを見つけたって話を聞かせてよ!」
ダミアンが私にウインクしてみせたので、私は笑ってしまった。アドニスは頭を振っている。
「変わらないな」
「そうそう、息子が生まれたの」ライリーが報告した。
「息子? いつ? どんな子?」アドニスが矢継ぎ早に尋ねる。
「いつって、3か月ほど前よ。名前はマイケル。アドニス、生物学的なことは説明するまでもないわね。練習してこなかったわけじゃないでしょ」ライリーは言った。
私は驚いて目を見開き、ニヤたちは笑った。
「でも、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ?」アドニスの声に寂しさが含まれていることは、簡単にわかった。
ライリーはため息をついた。「わかってるでしょ? 私が妊娠しているなんて言ったら、愚かな評議会は私をここに呼び戻して、息子を次の王にしろって言うに決まってるじゃない。それはしたくないの」
評議会の話が出て、誰もが唸った。ダミアンでさえ、顔から笑みが消えて、厳しい表情に変わった。グレイ兄妹の間では、評議会はあまり好かれていないようだった。
「石頭の年寄り集団だ」とダミアンが唸る。
「俺たちは、この戦いで兄さんを助けるためにここに来た。何でも言ってくれ。それに、家族の再会もずいぶん遅れていたからな」そう言いながらダミアンは私に視線を向けた。
「二人ともありがとう。お前たちがここにいてくれて、私は本当に助かる」アドニスは弟と妹に微笑みかけた。
ダミアンが兄から私に視線を戻す。
「それで、兄貴をこれほど待たせたのは、あなたですね?」
「そう、私です。彼には、自分が失うものの大きさをわかってもらわないと」私はアドニスに向かってウインクした。
「おえっ、新婚のライカンって最悪ね」ライリーは吐く真似をしたが、彼女の目には正真正銘幸せな輝きがあった。
「お前だったおんなじだぞ。おかげで俺たちはその場面を目撃しなくて済んだから、お前が出ていってくれてよかったよ」ダミアンはライリーをからかった。
「うるさい」ライリーは舌を突き出した。
アドニスは二人を見て笑っている。彼がブラッドリーのことを一瞬忘れて、こんなに幸せそうにしているのを見るのは驚きだった。彼にはこれが必要だったのだ。
「ヘイ、兄貴がここをどんなふうにしたのか見たいな。ロイヤルツアーを頼むよ」とダミアンが言った。
「そうだな……王として、私はかなり忙しくしておりますが、なんとかお二方のために割ける時間ぐらいあるでしょう」とアドニスは茶目っ気たっぷりに言った。
「これはこれは、大変光栄でございます」ダミアンが天を仰ぐ。
「兄さんは、アドニスが兄さんの寝室をどうしたか見たいだけでしょう?」そう言ってライリーが兄を見る。
「俺をダシにするなよ」ダミアンは文句を言った。
「二人ともおいで、私がここをどういうふうに改善したか、案内しよう」アドニスはそう言って立ち上がった。
笑って冗談を言い合いながら執務室を出ていく三人の兄妹に、私たちは誰も同行しようとはしなかった。今は、この三人が水入らずで充実した時間を過ごすときだ。