
ハンターがこちらを振り向いて、いよいよ夢にまで見た魔法の瞬間が訪れる! そう思った瞬間、彼は車のほうに向き直って手を差し出した。
その手にマニキュアを塗った手が伸びるのを見て、私の心臓は止まった。私の顔から笑みは消え失せ、裏切られたという思いに凍りついた。
カーターが私の手を握ってくれる。私はそのとき、彼がそばに来てくれた理由がわかった。
カーターは、私がハンターとキスをしたことを知っていたし、私がハンターに夢中になっていることも知っていた。そして、今のハンターの姿を見たら、私が粉々に砕けてしまうこともわかっていたのだろう。
彼が手を貸して、息を呑むほど美しい彼女を車から降ろすあいだ、私はハンターの背中から目が離せなかった。二人をひと目見ただけで、最悪の事態が起きたことがわかった。
「アーリヤ、僕の番いのラナ・リードを紹介するよ」とハンターが言った。
私の中のオオカミが落ち着きなかったのは、ハンターが私の番いだったからではなく、ハンターに番いがいたからだ。これは大きな違いだった。
涙がこぼれそうになったが、私はそれをなんとか我慢した。私がこのことにどれほどショックを受けているか、ハンターにはわかっていないだろう。強くならなくちゃ。
私はカーターを振り返った。申し訳なさそうな顔をしている。私はカーターに寂しく微笑み、頭(かぶり)を振った。カーターのせいじゃないし、実際ハンターのせいでもない。番いを選ぶことはできないんだから……。
でもこのときは、自分で番いを選ぶことができたらよかったのに、と思った。自分の恋い焦がれていた相手が、番いを連れ回して紹介するのを見るのは、胸をえぐられるような気分だった。
私は4年間、まったくバカみたいにただひたすら彼を待って、時間を無駄にしてしまった。
ハンターは番いを連れて皆に紹介し回っていた。彼の笑顔がまた私を打ちのめした。
彼が私にあの笑顔を向けてくれたらと思ったが、あの笑顔は彼の番いのためのもので、それは私ではなかった。
私はカーターの手を離して、汗ばんだ手のひらをジーンズで拭った。ハンターがサイとゾヤに彼女を紹介している。私の動揺を彼に見せるわけにはいかない。
それよりも、みんなと同じように、彼のために喜んであげよう。そう思った。うまくいけば、泣かずにこの場を乗り切れるかもしれない。
ハンターがこちらへやってくる。私は深く息を吸い込んだ。と突然、4年前の二人の思い出が目の前に甦った。彼のゴージャスな微笑み、うっとりするようなキス、彼の約束。
私は目を閉じて、4年前の記憶を振り払った。ふたたび目を開けると、ハンターが私に微笑みかけていた。ただ、以前のような微笑みではなく、それは皆に向けるのと同じ、親愛の微笑みだった。
「はじめまして、ラナ。頑張って手なずけてね」私は冗談を言った。
ラナが笑う。「この人好き! 面白いわ。いろいろ一緒に楽しめるといいわね。私、もっと女友だちが欲しいの」
彼女の言葉に私は皮肉なものを感じた。彼女はとてもいい人だった。これでは彼女を憎むのは難しい。
「もちろん。一緒にあちこち出かけましょ」そう言って私は微笑んだ。私ってば、なんて愛想よしなの。あなたとなんて仲よくしたくないって、どうして言えなかったんだろう。
ラナが微笑み返してきて、二人は皆への挨拶回りを続けた。カーターもいなくなっていて、私はぐるぐるする思考とともに、その場に取り残されていた。
ゾヤがそっと私の肩に触れてきて、私ははっとした。彼女の目には悲しみが浮かんでいた。私はため息をついて、頭を振った。
話したくなかったし、同情もされたくなかった。ただただ部屋に帰って泣きたかったが、まだ帰るわけにはいかない。
ハンターとラナを目で追う代わりに、私はカーターに視線を移した。彼は今、カウンシルのメンバーと話している。
カウンシルのメンバーたちとの話が終わると、自分のことをじっと見つめている私の視線を感じ取ったのか、彼がこちらを向いた。
彼がこちらに近づいてきて、小声で私に話しかけてきた。「帰りな、アーリヤ。俺が許可する。ここにいちゃいけない。君が壊れる。家に帰るんだ」
カーターを見ると目に涙があふれてきて、途切れ途切れにつぶやいた。「どうし……て、教えて……くれ……なかったの?」
カーターは困っていた。彼がこぼれ落ちる涙を拭いてくれる。
「ああ、スマイリー。どうしたらいいかわからなかったんだ。電話や手紙では伝えたくなかった。直接伝えたかったけど、機会がなかった。本当にごめん」
鼻をすすって、私はため息をついた。「あなたのせいじゃないわ。前に進まなきゃね。でも、受け入れるにはちょっと時間が必要」
カーターはうなずき、私の言っていることを理解してくれた。彼が私の額にキスしてくれて、私は回れ右をして家に帰った。
家族やみんなに、アーリヤは疲れている様子だったから僕が家に帰らせた、と言ってくれているのが聞こえた。家に着くとすぐ2階に駆け上がり、楽な服に着替えた。
これまでは、毎晩ハンターのTシャツを着て寝ていたけれど、そのTシャツはタンスから出してそのままゴミ箱に捨てた。もうあれを着ることはない。ハンターが番いを見つけた今、私はハンターに対するすべての権利を失ったのだ。
彼の番い……。私の心は、すでに十分壊れていたが、そう思うと、私の心はさらに粉々に砕け散った。
私はベッドに倒れ込み、涙が流れ落ちるのに任せた。枕が濡れてもかまわなかった。泣いて、泣いて、泣いた。この失恋は、私にとって大きすぎた。
ずっと番いを求めてきて、両親のようになることを求めてきて、今、番いを求めていない自分に気がついた。誰にも愛してもらわなくていい。そう思った。私は壊れていた。番いを持つ苦しみを味わいたくなかった。
番いとは魔法のような世界が広がる。私は心からそう信じていた。でも、もう信じられない。番いなんて、痛みと悲しみを連れてくるだけ。誰がそんなものを望むというのだろう?
家族が帰ってきても涙は止まらなかった。母が部屋の外で立ち止まる音が聞こえた。お願い、ママが入ってきませんように。
私は息をこらして嗚咽を止めた。私が泣いているのが母に聞こえたら、母は迷わず部屋に入ってくるだろう。
「タラ、寝かせてやりなさい。明日は早いんだ」父が静かに言うのが聞こえた。足音が遠ざかっていって、私は天井を見上げた。パパは正しかった。明日は早いのだ。少し眠らなければ。
目を閉じて、私は夢の世界に入っていった。
けたたましい音にうめきながら、私は寝返りを打って携帯電話のアラームを止めた。今日はライカンの舞踏会だ。
疲れることがわかっていたので、私はこの日を恐れていた。車の中でちょっと寝られればいいけどな。
意を決してベッドから起き上がり、服を着た。どうしよう、目の下にクマができてる。昨夜はぐっすり眠れるような夜じゃなかったんだから、当然よね。
ため息をつきながら身支度を整え、少しでも元気よく見えるように化粧をした。
階下に下りると、両親はお茶を飲んでいて、サイとゾヤは朝食を食べていた。
突然、4組の目が私を見返してきた。4組の目には、皆同じ表情が浮かんでいる。同情だ。
私は同情など望んでいなかった。私が本当に望んでいたのは、ベッドに横になって一日中泣くことだった。でも、そんなことできないのはわかっていた。私はハンターにも自分自身にも、自分が強いことを証明する必要があった。
パパが私にコーヒーのカップを手渡してくれて、私はにっこり笑った。
私にとって、ライカンの舞踏会はこれが初めてだったから、ママとゾヤが、舞踏会がどれほど素晴らしいものかを話してくれた。それはそれで、気晴らしになってありがたかった。
食事が終わると、出発の時間だった。私は車に乗り込むと、すぐにヘッドフォンをつけて音楽を流し、冷たいガラスに頭をもたせかけた。
父と母は、私が音楽に身を任せて自分の世界に没入するのを放っておいてくれた。ほどなくして眠くなり、私は必要としていた休息を取ることができた。
「アーリヤ、起きなさい」母が私を優しく揺すった。
私は眠い目をこすり、ここがサービスエリアであることに気づいた。う~ん、と伸びをしてから車を降りる。ゾヤとサイも車から降りてきて、私に手を振った。
「行って何か食べてきなさい。トイレも行ってくるのよ。まだ2時間はかかるから」母が私にお金を渡しながら言った。
私はため息をつきながら、食べ物を買いに店に入った。私はずっとしかめ面をしていたのだろう。だって、私を見る人が皆、すぐに目をそらしたから。
「スマイリー。いや、しかめ面(スコウリー)と言うべきかな? なんでそんな浮かない顔してるの?」そう言ってカーターが私の髪をくしゃくしゃっと撫でまわす。
「ちょっと、正気なの? なんで髪の毛なのよ!」私は文句を言ってカーターを押しのけ、髪を整えた。
「だって、4年間できなかっただろう? それに、いつもながら君の反応はプライスレスさ」と言ってカーターは笑った。
私は天を仰ぎ見て店を見て回ったが、ラナの気持ち悪いほど甘い笑い声が聞こえてきて、足が止まった。やれやれ、いちばん嫌だったのが、ラナとハンターに会うことだったのに。
「おいで、スマイリー。何か食べる物を買いに行こう」カーターは優しくそう言って、私を別の方向へ連れていった。
私はトルティーヤと一緒にチョコレートバーと水のボトルを手に取った。列に並んでいると、またあの笑い声が聞こえてきた。二人は私の後ろにいた。
深呼吸して、アーリヤ。深呼吸するのよ。私がするべきことは、お金を払って車に帰るだけ。ほかのことに気を取られちゃダメ。私はそう自分に言い聞かせた。
私が商品をカウンターに置くと、ラナの笑い声がまた聞こえてきて、目をぐるりと上に向けた。ったく、ハンターは彼女にいったい何を言ったのだろう? ああもう、そんなことはどうでもいい。知りたくもない。
支払いを済ませて、私は大急ぎで店を出た。新鮮な空気が吸いたかった。カーターを待ちたかったけれど、ハンターとラナに出くわす危険も冒したくなかった。
どちらを選ぶか? 決めた! もちろん私は最良の選択肢を選んだ。それは、ハンターとラナに会わないように車まで戻るという選択肢だった。
ラッキーなことに、父はすでに車に乗っていた。後部座席に乗り込む私に向かって、父が微笑んだ。なにげなく車の外を見ていると、二人の姿が見えた。
ひと目見ただけで十分だった。みんなに辟易とされるラブラブなカップルのように見えた。スマホのラブラブな写真を見せては、みんなに鬱陶しがられているような。
ハンターがラナの肩に腕を回して、その首筋にキスをしていた。しかも人前で! 私に見えているのだから、他のみんなにも見ていたはず。ラナはそれを楽しんでいるようだった。
私が眉をひそめると同時にカーターと目が合った。カーターも二人の後ろで嫌な顔をしていた。それで私は笑ってしまった。彼は私が笑うのを見てにっこり笑い、首を切る仕草をした。
これを見て嫌な気分になっているのは、どうやら私だけではなかったようだ。
母が車に戻ると、父はあと2時間弱だと言った。今は午前11時をまわっているので、1時くらいには着くだろう。
父が車を出して、最初の1時間、私は食べ物を食べたり、荷物の中に入れてきた本を読んだりして過ごした。ロマンス小説はもうたくさんだったので、今回はスリラー物を入れてきた。絶対こっちのほうが私の性に合っている。
そのあと、私はまた眠ってしまった。たぶん、それでよかったのだと思う。今夜のライカン舞踏会の前には眠っておく必要があったから。
ホテルに着くと、母が起こしてくれた。カーターが私たちの車にやってきて、私が寝ぼけまなこをこすっているのを見てにやりと笑った。
「眠れる森の美女のお目覚めかな」と彼は言い、私に手を差し伸べてくれた。
私は彼の手を取って言った。「なんとでも。睡眠が必要だったのよ。じゃなきゃ今夜が乗り切れないもの」
「俺だって寝たかったさ。でもそれは無理だ。ここまで運転してこなくちゃならなかったからね」と、彼はホテルのロビーに入りながらぶつくさと文句を言った。
私はカーターの顔を見て笑った。「じゃあ、チェックインしてから少し寝れば?」
「そうだな、スマイリー。今夜は、ライカンの舞踏会でパートナーになってくれよ。ほかの人と行くなんて考えられない。君は俺にとって酸素なんだ」カーターが芝居がかって言う。
私は彼を軽く突いて言った。「いいわ、ミスター・ドラマティック。芝居がかるのはよして。きっとあなたと行くと思うから」
「よかった。まあ、もし断られても、無理やり君と行ったけどね」カーターはそう言って私にウインクすると、自分の両親のところへ行って、一緒にチェックインした。
彼ったら、ほんとおバカなんだから。私は苦笑した。カーターは私の気を紛らせてくれるのが上手で、今日はいつも以上におどけた態度を取ってくれているのがわかった。
両親のところに歩いていく途中で、ハンターとラナの会話に思わず耳が入ってしまった。
「部屋に着くまで待てないよ。今すぐにも君のその服を剥ぎ取りたい」とハンターが言った。
「そんなこと言っちゃダメ! みんなに聞こえてるわよ」とラナが言う。
「聞かせとけよ。俺は気にしない。今夜の舞踏会で君を見せびらかしたいよ」とハンターが切り返した。
私は頭を振って、何でもいい、何か別のことに意識を移した。2人のプライベートな会話に立ち入ったような気がして、ちくりと胸が痛んだ。
ハンターは明らかに4年前のことを覚えていなかった。あるいは覚えていても、気にしていなかったか。彼は今幸せで、前に進んでいる。
私の予定では、今夜私はハンターの隣にいるはずだった。だって、私の夢の中では、二人は番いだと思っていたから。私がラナの場所にいるはずだったのだが、そうはならなかった。
このことには、できるだけ早く気づいたほうが、私にとってはいいはず。
私はため息をつきながら両親のところへ行き、両親から部屋の鍵を渡された。自分の部屋があるのはありがたかった。だって、今は涙がこぼれないようにするのに必死だったから。
両親とは階が違っていたので、私は自分の部屋に向かった。母には、午後7時に迎えの車が来るから、午後4時から支度を始めなさいと念押しされた。
ゾヤとサイは両親と同じ階だった。だからこの階には私だけだった。
運よく、ハンターとラナもこの階にはいなかった。私が部屋に入るとすぐ、ハンターたちは、自分たちと同じ階にいるとゾヤからメッセージが来た。
カーターからも、私の部屋が何階かと尋ねるメッセージが来たが、やはり、彼は私と同じ階にいた。
私はすぐに荷ほどきをして、携帯電話を充電器にセットしたが、ハンターとラナのイメージが瞼に焼きついて離れなかった。
ようやく一人になった私は、部屋のバルコニーに出て、身支度を始めなければならない時間まで泣きじゃくる覚悟を決めた。
ハンギングチェアに腰かけて、ロイヤル・パックの景色を眺めていると、さっそく涙で視界がぼやけてきた。
ホテルは宮殿にとても近く、この絶好の展望ポイントからだと、実際に宮殿がいかに広大で豪奢かがよくわかった。
私は今夜、舞踏会であそこに向かう。そう思うと、そのとき初めてほんの一瞬だけ、これから訪れる夜への期待が湧き上がってきた。
私は涙を拭って、もっとよく見えるように近づいてみた。すると、宮殿の裏の野原を狂ったように走り回っている一匹の狼の姿がぼんやりと見えた。
私はオオカミの感覚に周波数を合わせた。しばらくすると、たしかに狼の遠吠えまで聞こえてきた。
興奮の遠吠えではなかった。攻撃的な遠吠えでもなかった。
深い心の痛みの遠吠えだった。
その音に耳を傾けているうちに、私の中のオオカミが蠢(うごめ)き始めた。
何が起こっているのかわからなかった。
わかっていたのは、狼に引き寄せられるような感覚だけだった。
彼に触れるほど近づきたいと思うような。
彼の痛みを癒す者になりたいと思うような。
(あれは、アドニス・ディミトリ・グレイ?)
(あれは、王?)
確かめる方法はなかった。でも私は、どうしても確かめたいと思った。
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