突然家を訪れてきたエイデンとデートをすることになったシエナ。エイデンに操られるように止められないヘイズと自制心との間で戦っていたとき、パックのベータであるジョシュが現れ、その隙にシエナは逃げ出す。一方エイデンはジョシュから侵入者の存在を知らされ、パックにロックダウンを命じる。
シエナ
「緊急事態だって言ったじゃないの」ママを睨みつけた。
「サプライズを台無しにするわけにいかないでしょ? ノーウッドさんにあなたの赤ちゃんの時の写真を見せてたのよ。かわいいでしょ?」
「ええ、こんな頃から、強く美しい女性に育つと分かりますね」彼は答え、金色の入り交じる魅惑的な緑色の目を私の方に向けた。「この紅茶はおいしいですね、マーサーさん」
「どうぞ、メリッサと呼んでください」ママは笑いながら答えた。
吐き気がした。ママは私以上に彼に夢中だった。
ママはシーズンが終わるまでには私がエイデンとパートナーになると思っているだろうけど、私がこれまで何度か彼の目を見てきたかぎり、彼にその気があるとは思えない。
結局のところ、彼は私を利用しているだけなのだ。
彼は悪魔のように美しい笑みを浮かべながら尋ねた。「アップタウンはどうだった?」
なぜそんなことを聞くのだろう。ジョセリンに会ったことを知っているのだろうか?
「まあまあよ」私は答えた。
広い胸と膨らんだ腕にシャツを張り付かせようとも、力強く引き締まった脚にピッタリフィットしたジーンズをはいていても、何の助けにもならないんだから。
彼はからかうような笑みを浮かべた。ヘイズが再燃しないよう、私が内心、必死に戦っていることを彼は知っている。
「髪をアップにした君を見るのは初めてだ。特にそのマークが似合ってる」
ギャラリーに着いたとき、髪をゆるくポニーテールにしていたことをすっかり忘れていた。まとまりのない縮れ毛が風になびき、乾いた汗がこめかみにまとわりついている。
何てひどい格好だろう。
「ここで何してるの?」気を取り直して私はぞんざいに言った。今さら礼儀正しく振る舞っても無意味だ。
「使命を果たしにきたのさ」彼は愉快そうに言った。「君と君の家族のことをもっと知りたいんだ。そういえば僕たち、お互いのことをほとんど知らないって急に気づいてね」
もちろん、そうでですとも。あなたはいきなり私にマークを付けたんだもの。
こんなに早く態度を変えてくるとは、きっとジョセリンから私のメッセージがすでに伝わったというせいに違いない。なんて速いこと。
私は腕を組み、いぶかしげに彼を見つめた。「その "使命 "って何なの?」
するといきなり彼が立ち上がり、私の手を取った。「シエナ、今晩、一緒に食事でもしないか?」
もしかして私を口説いてる?
急に礼儀正しくなったのは、きっとママが隣にいるからだ。ママときたら、この場で死に天国に行ったような顔をしている。
一方、私の頬は一気に紅潮し、彼に鼓動が聞こえそうなほど、心臓が脈打ち始めた。私は魅了された。深く魅了された。ジョセリンは正しかったのかもしれない。
それぐらいの機会は与えてもいいかも。
「夕食に行く格好じゃないわよ」
「僕もだ」彼はニヤリと笑った。「まあ、それは何とかすればいい。そうだろ?」
そうね、何とかなるわ。私は思った。けど、すぐに返事はしなかった。そう簡単に屈するつもりはない。しばらくして、ようやくうなずいた。
「ええ」と私は答えた。そして、「それもそうね」
エイデンは楽しげに首を横に振った。私が自分自身を抑えているのを面白がっているようだ。だがそれ以上何も言わずに、私を連れ出して車に乗せ、出発した。
アルファに捕まってはいけないことはわかっていた。しかし、これまでのところ、彼は礼儀正しく、穏やかで、紳士的でさえあった。
追いかけられなければ、逃げる必要はない。
ドライブは静かであっという間だった。エイデンはブティックに車を停め、私たちは中に入った。
私はまだ警戒していたが、少しずつ気持ちがほぐれていくのを感じていた。 販売員の女は惚れ惚れするような笑みを浮かべた。「ノーウッドさん、何かお探しですか?」だが、私に気づいたとたん、うなり声を上げた。
ノーウッド氏を独り占めしたかったのだろう。
20分前なら、それでもいいと思ったかもしれない。だが、気がつくと、私もいつでもうなり声を上げられるよう、唇を丸めていた。
販売員の女性はすぐに目をそらした。私は目を瞬いた。私ったらどうしちゃったのかしら。アルファのことで何を興奮する必要があるというの? しっかりなさい、シエナ!
「ドレスを選んでくれる?」私は彼女に話しかけた。
彼女はそっけなくうなずき、私を美しいシルク地ドレスが並んだ場所へ案内した。
私はネイビーのドレスを選び、更衣室に向かった。そのドレスは肌にぴったりとフィットし、体の曲線を強調したうえに、アイボリーの肌を引き立てていた。
販売員の女性がカーテンの下から白いパンプスを入れてくれただ。サイズはぴったりだった。私は髪を下ろし、手ぐしで髪を整えた。
外に出る前に、鏡の中の自分をもう一度見た。とてもきれいだった。
エイデンの目は私にくぎづけになった。頭の上からつま先まで私に熱い視線を送り、特に腰と胸を注視している。
「息をのむような美しさだ」
ありがたいことに、ヘイズは、今回だけは息を潜めていてくれている。理由はわからない。こんなことは彼と向き合っている時には1度もなかった。
体じゅうが燃え上がってもおかしくないのに、私は目をそらしたまま、顔を赤らめた。熱くはなかった。不思議なことに...心地よかった。
そのとき、エイデンも着替えていることに気づいた。
体にフィットしたブルーのスラックスをはき、襟付きの白いシャツを完璧に着こなしていた。なんてハンサムなのだろう。
彼がドレスとヒールの支払いを済ませると、私たちは再び車に乗り、ダウンタウンへ向かった。
街で一番人気のレストランの前に車を停め、ドアを開けると、彼は私の腰に片手を添えて中に案内してくれた。
ドアを開けた瞬間、みんなの視線が私たちに集まった。
驚いている人もいれば、羨望のまなざしを向けてくる人もいたが、気にならなかった。すっかりいい気分になっていた私の、気をそらすものは、何一つなかった。
店員は私たちを、他の客に見られずにすむよう、奥まった場所にあるテーブルに案内してくれた。
私たちは向かい合って座ったが、エイデンを身を乗り出したとたん、私は体をこわばらせた。
「そんなにイヤなのか?」
「さあ、どうかしら」彼は眉をひそめた。「料理がどれだけおいしいかによるわ」
私たちは二人とも笑った。私は、アルファのことを何も知らなかった。こんなに気さくで温かい人だとは思わなかった。彼はリーダーだ。恐れられるべき男。それが、こんなに優しい人だったなんて。
その時、エイデンが私の手をつかんだ。
一瞬たじろいだが、手を引くことはしなかった。
2人は無意識に動いていた。言葉もなく、次にどうするか、明確な動機や意図もなかった。
エイデンは私の手を彼の柔らかい唇に近づけ甲にキスをした。
彼のキスでついにヘイズが目を覚ました。体中に広がり、期待で肌が張りつめ、脚の間の奥が膨張し、ショーツが湿った。
彼は上目遣いで私を見上げた。驚きと隠しきれない欲望で目が泳ぎ、彼のヘイズが私のヘイズと火花を散らした。
こんなふうになるとは思ってもいなかったでも、起こってしまった。そして今、それを止められるかどうかはわからなかった。
「シエナ、君は..…」
「わかってる」私は唇をなめながら息をついた。「あなたもでしょ...…ノーウッドさん」
「エイデンだ」 欲望にかられた彼がうなり声を上げた。「エイデンと呼んでくれ」
「エイデン」私は彼の名前を口の中で味わい、目を閉じてあえいだ。「ああ、エイデン。体が燃えそう」
彼は今度は強いうなり声を上げた。「このままでは、前菜も食べられないぞ」
それでも構わなかった。でも、頭の中の何かが、私をヘイズから解き放とうとしてくる。
これは普通のヘイズではないわ。自分が分からなくなってしまいそう。
エイデンは私の手へのキスひとつで、私の私らしさだと思っていたすべてを消し去った。私の過去。私の欲望。私の恐れ。
それらはすべて消えてしまった。完全に欲望のとりこになっていた。
頭の隅にこれは間違ってるという私もいたが、私にはもう止められなかった。欲望をそそるこの男の匂いを嗅ぎながら、私の中で高まっていた悦びを中断させたくなかった。
すっかりお互いに見入っていた私たちは、注文を取りに来たウェイターにあやうく気づかないところだった。エイデンは豪華な料理を注文したが、私が味わいたい唯一のコースはメニューにない。
それがあるのは私の向かいの席だ。
やめて。エミリーの声がまた戻ってきた。~やめるのよ、シエナ! 真のパートナーのために自分を守らなくちゃ!~
「ああ、お願いだから、黙って!」気がつくと、 私は声に出してそう言っていた。
エイデンは怪訝な顔をした。「頭が変になりそう?」
「あなたのせいよ」私は誘うように答えた。
「本当かい?」彼は目を輝かせながら言った。「追いかけられたいんじゃなかったのか?」
待って、彼は私が追いかけられたがっていると思ったの?
私が抗議する前に、彼が私の手を掴み、私の手を彼の顔に近づけた。私の頭の中のすべてが風に散った。
「とても柔らかい肌だ」と彼はつぶやき、私の手のひらにキスをした。「絹のように柔らかい。君の体の隅々まで舌をはわせたい」
顔は紅潮するのがわかった。指をくわえられたとたん、あえぎ声が漏れた。
何かがおかしい! やめて!
何がおかしいというの?
「シエナ」名前を呼ばれ体がピクリと反応した。「もう待てない。今すぐ君が欲しい」
私も彼が欲しくなった。どこで、どのようにでも構わない。私は彼の隅々までが欲しかった。「連れて行って」
一瞬のうちに私は席から抱き上げられ、薄暗い奥の部屋へと連れて行かれた。
彼は私の両脚を広げて、太ももの下に力強い手を入れ、私を壁に押しつけた。彼の口が私のマークをそっとなでる。
唇にキスをされたのは生まれて初めてだった。しかしここ数日、私の首筋はそれを補って余りあるほどの行為を受けていた。
エイデンの片方の手が私の脚の間に滑り込み、指先が私の内腿をなであげる。私は快感にうめいた。
彼の指先が徐々に近づき、私は今にも悲鳴を上げそうだった。「何を待っているの?」私はうなりながら、脚を震わせた。
彼の指が私の濡れたショーツに押し当てられた。快感の波で視界がぼやける。
今まで数え切れないほど自分のそこを触ってきたけれど、男の手、エイデンの手に触れられると、その感じ方は比べものにならなかった。
これまで経験したことのない強いヘイズに落ちた瞬間、あの叫び声が聞こえた。
誓いを思い出して!
まるでトランス状態から覚めるように、ヘイズが消え去った。私はエイデンを突き飛ばし、ドアから飛び出した。
街を出て森へと向かった。エイデンが買ってくれた美しいドレスを引き裂き、オオカミの姿に変身した。
4本足になると、すべてが本能的になった。そして今、私の本能は走れと言っていた。
森にたどり着き、何キロも走り続けた。木立の中の空き地にさしかかり、ようやく立ち止まったが、それもつかの間だった。
突風が私の鼻に嗅ぎ慣れた匂いを運んできたのだ。
エイデンがまっすぐ私に向かってきていた。