
The Millennium Wolves ミレニアム・ウルフ 5巻
エイデンへの気持ちとその葛藤をさらけ出したシエナを優しく受け入れたエイデン。エイデンはオオカミ人間同士が共有できる最も親密な体験であるランにシエナを誘う。そして2人はいよいよパートナー候補同士の駆け引きの最終幕を迎えることになる。
ラン
シエナ
オオカミ人間同士が共有できる最も親密な体験であるラン。それを一緒にしようとする男を私は見上げたとたん、私は急に不安になった。
うわさによると、エイデンとジョセリンの関係を終わらせたのはランだったらしい。彼らはオオカミの姿ではまったく心を通わせることができなかったのだ。
もしそれが私たちにも起こったら?
「準備はいいか?」エイデンは尋ねた。
なんて気の重い言葉だろう。最初にエイデンにランを提案されたときの私は、完全にオオカミに支配されていて、その約束の重さを理解する前に「はい」と答えてしまっていた。
一方、エイデンは、私のすばやい返事を心から喜んでいて、とても取り消すことなどできなかった。
人間としての私は、別の方向にできるだけ遠くへ逃げろと叫んでいたが、オオカミとしての私は恐怖心をかき消して、さっさと彼と一緒に行けと吠え声をあげている。
私がうなずいて立ち上がると、彼が手を取って外の森の端まで連れて行ってくれた。私たちは一緒に最初の一歩を踏み出し、すべてを変えることになる別世界の入り口を越えた。
「待って。まずは少し歩かない?」
不安を隠せない私を見てエイデンは微笑んだ。「もちろん」
小川に沿って森の奥へと進むにつれ、不安は薄れていった。水が自由に流れる様子は、何か心を落ち着かせるものがある。
私はエイデンに目をやった。プレッシャーもなく、操られることもなく、自分で自由に選択できると感じたのは、これが初めてだったかもしれない。エイデンは私に自分のペースで、自分のやり方でやらせてくれたのだ。
月明かりに照らされた池に差し掛かったとき、私は息をのんだ。池の縁はやわらかく苔が生えており、光の反射で水面が星空のこだまのように輝いていた。
私たちはここがその場所だと確信した。完璧だった。私の胸は高鳴り始めた。
もう引き延ばすことはできなかった。
時が来たのだ。
エイデンはシャツを脱ぎ始め、完璧な腹筋をあらわにした。私が自分のシャツを強く握りしめると、彼は木に背を預け、ニヤリと笑った。
「後ろを向いて」私は顔を赤らめながら言った。「見られたくない」
「どうして?」彼は笑った。「どうせ俺は君の裸を見ることになる。自然のことだ」
彼は正しかった。これもオオカミたちの暗黙の掟だ。シフティングの前後に裸になるのは避けられないので、オオカミ人間にとっては大騒ぎするようなことではない。最初のヘイズに襲われたときに処女を失うのと同じだった。でも、エミリーのことがあってから、私はそう思わなくなった。
「私はあなたが知っている他のオオカミ女たちとは違うの。それはもうわかってるでしょ」私はジーンズのファスナーをいじりながら言い返した。
「もちろん」エイデンは言い、急に冷静な目で私を見つめた。そのまなざしはまさしくアルファそのものだった。威圧的ではなく、安心させるようなまなざしだった。
アルファであることは、すべてをコントロールすることではない。時には、パックの頭脳を明晰に保つことも必要なのだ。「心配しないでいい。君は美しいよ」
私は振り返りながら、ゆっくりとパンツを足首まで下ろし、上着を脱いだ。下着だけになると、深呼吸をした。ブラジャーとショーツを脱ぎ、エイデンに向かって向き直る。
彼はすでに裸で、恥ずかしさのかけらもなくすべてをさらけ出していた。やはり彼はアルファだった。それでも、全裸で互いの体を見つめ合っていても、想像していたような感覚はなかった。
私たちの間にあるのは欲望のオーラではなく、つながりのオーラだった。私たちは一心同体だった。
セレーネの言うとおり、これはスピリチュアルな体験だ。私にもそれがわかってきた。
「君が先だ」
私は一歩前に進み、流れ落ちる月光の真下に立った。
私の中のオオカミに身を任せ、優雅に四つん這いになった。池に映る自分の姿をちらりと見ると、赤茶色の毛皮が燃える炎のように燃えていた。こんなふうに輝く毛皮を見たのは初めてだった。
次にエイデンが姿を変えた。彼のオオカミの姿は私が記憶していたのと同じように巨大だった。
絹のような漆黒の毛並みと鋭いはしばみ色の瞳は、夜空の下で華やかに輝いている。私たちはお互いを認め合うように相手を見つめた。私たちの中のオオカミはつながれないのではないかという疑念は一瞬にして消え去った。
彼は王者らしく振り返り、森に向かって合図した。私は前足を大地に食い込ませ、茂みに飛び込んだ。あとは彼に捕まらないようにするだけだ。
これは親密さを競うゲームであると同時に、挑戦でもあった。私がいかに支配的であるかを彼に見せつけ、アルファに対抗できることを証明しなければならなかった。
森の中を駆け抜けると、周囲の木々がぼやけ、毛皮に当たる風が爽快に感じられた。捕まってしまうとしても簡単にはさせないわ。まずは、自分のにおいを隠さなければ。
私は泥だらけの水たまりに飛び込み、転がってから素早く立ち上ると、走る方向を変えた。最善の策は、彼を混乱させ、自分の痕跡をできるだけ消すことだった。
右へ左へと走り回っていると、鋭い遠吠えが夜の静寂を突き抜けた。エイデンは私に、自分が近づいていることを知らせたかったのだ。彼は私を翻弄しつつ、有利な状況をも与えてくれている。彼の居場所がわかった。
私は川に飛び込み、向こう岸まで泳いだ。彼が濡れたい気分であることを祈りながら。対岸で体を震わせて水分を振り払い、森の奥へと進んだ。
ランを始めてから数時間が経っていた。彼が感じているフラストレーションは想像に難くない。パートナーなのだから彼にリードさせるべきだと言う人もいるかもしれないが、これはドミナンスを争うゲームだ。
私は足跡が残らないような岩山を見つけた。頂上まで登り、自分の位置を確認しようとした。道は険しく複雑で、私で方向感覚を失いそうだ。
何の前触れもなく、東のほうから重い足音が、急速に近づいてきた。茂みから飛び出してきたのはエイデンだった。かぎ爪を出し、開けたままの口からからはよだれがたれている。
とっさに身をかわしたが、彼の歯が私のかかとに食い込んだ。絹のように滑らかだった体毛は、土や枯れ葉にまみれ、荒々しさを増している。きっと私もひどい姿なのに違いない。
私たちは互いにぐるぐる回りながら、どちらが先に動くかべきか、様子を見合った。おどけるように、うなってみせる。
小枝が折れる音がきこえ、私はほんの一瞬気を取られた。エイデンにはそれで十分だった。私に向かって突進してきた彼が、私に正面からぶつかった。
私たちは丘を転げ落ち、岩や灌木を突き破って、麓に着地した。
彼は先に立ち直り、すぐに私を地面に押しつけた。私は叫んで逃げようとしたが、彼の思うつぼだった。興奮ぎみに尻尾を振り、牙をむいた。
彼は勝ち誇ったように吠え、私の肩に歯を食い込ませた。
これがパートナー候補同士の駆け引きの最終幕だった。ついに、人間の姿とオオカミの姿の両方でマークを付けられた。
私はもう完全に、彼のものなのだ。恋人であり、潜在的な伴侶でもある。ヘイズの間、他の男が私に近づくことは決してない。
私たちは人間の姿に戻った。エイデンは私の上に覆いかぶさったまま、私のマークに牙を立てている。私たちはじっとしたまま、言葉もなく、ただ見つめ合った。
セレーネが言ったように、それは私の人生の中で最も親密で濃密な瞬間だった。まさかその瞬間をエイデン・ノーウッドと分かち合うことになるとは想像さえしていなかった。
彼は私を立ち上がらせ、水面へと導いた。自分が裸でいることなど、まったく気にならない。意識にあるのは、エイデンとのつながりだけだ。
私たちは腰まで湖につかった。彼は優しく私のマークの血を洗い流してくれた。チクチクするような感覚は、肉体的な痛みというより、精神的につながっていることによるものだ。その瞬間、私が感じることをエイデンも感じていた。
私は今までに感じたことのない愛で自分の心が満たされていくのを感じた。
私はアルファを愛してしまったのだ。










































