S.S. Sahoo
ザビエル
「アンジェラ?」 エレベーターのドアが開き、俺は呼びかけた。まだ早い時間だったから寝ているかもしれず、そうするべきではないと思いながらも。
普段のアンジェラは朝型人間だったし、俺は彼女の声を聞き、無事を確かめたかった。
「ここにはいないわ」と声が返ってきた。俺は足を止め、その声がする方に向き直った。
「エミリー」と挨拶した。ソファに足を組んで座っているエミリーは、膝の上でパソコンをいじっていた。「アンジェラはどこに?」
エミリーは髪をかきあげた。「廊下を走って行ってしまったわ。どこかの部屋に入ったと思う。話を聞こうとしたけど拒まれたの」
俺は胃がねじれる思いがした。「何かあったのか?」
「わからない。ただ突然泣き出したの。それで……」 エミリーは眉をひそめた。「今あの子にはあなたが必要だと思う」
俺とエミリーの関係は、言ってみればギクシャクしていた。嫌われていたと思う。当然のことだろう。女の子はいつだって親友にすべてを話すものだから。
エミリーは俺がアンジェラにしてきたあらゆる酷いことを聞いているだろう。アンジェラに俺が必要だとエミリーが認めてくれたことは大きな一歩で、自分が正しかったんだと思えた。
エミリーは立ち上がり、部屋のあちこちから自分の荷物を集め始めた。
俺はポケットから携帯を取り出し、素早くメッセージを打った。「マルコが君を家まで送るよ」
「大丈夫」とあっさり断られたが、俺は食い下がった。
「お願いだ、これくらいさせてくれ。ここであいつを見ていてくれてありがとう」
エミリーがエレベーターで下に行った後、俺は寝室へ向かった。
廊下の端のアンジェラの部屋のドアが開いていた。部屋を覗いてみたが空っぽだった。眉をひそめながら自分の寝室のドアに向き直り、そっとそれを押し開けた。
アンジェラがベッドの中央に横たわっていて、毛布を身体に巻きつけ、頭を枕に埋めていた。
こんな状況でなかったら、アンジェラがそこにいるのを見て俺は喜んだだろう。アンジェラが俺のベッドで足を広げて悦びに喘いでいる夢に、俺は何週間も悩まされていた。
それを思い出すだけで股間が反応した。
俺は頭を振った。今は絶対にそういう時ではない。
邪魔にならないように気を遣いながらマットレスの端に腰掛けた。「マイエンジェル、具合悪いのか?」
ハッと息を吸う音が聞こえた。
「ザビエル」 アンジェラは息を吐いて言った。「あなた、何してるの?」
「こっちの台詞だよ」と、彼女が起き上がるのを見ながら俺はからかった。
アンジェラの頬がピンク色に染まった。「ここだけは安全だと思ったから」
俺はうめき声を上げそうになった。何か理由があるのだろう。俺は位置を変えて聞きなおした。「何から安全なんだ?」
「ダスティンのスタジオが荒らされたの。盗まれたのは一枚だけ、私たちの絵」 アンジェラは言った。「ジャックよ、絶対に」
彼女の言葉に胃がパンチを食らったように感じた。彼女は安全だとも、守られているとも感じていなかった。俺は何もできていなかったのだ。
俺は手を伸ばして彼女を抱きしめ、背中を上下に撫でた。「あいつはもういない、アンジェラ。今警察が探している。マルコが下のロビーにいる。俺はここにいる。君は安全だ」
アンジェラは震えるように息を吸った。そして息を吐くと俺に寄りかかった。「あなた、何で家にいるの?」
「お前の話を聞いて一人にすると思ったのか?」 俺は言った。「状況を確認しにオフィスには行かなくちゃいけなかったけど。ジャックとの契約は破棄した。パリのチームに状況を伝えてすぐに戻ってきた」
「ジャックとの契約を破棄したの?」
「もちろんだよ、アンジェラ。お前にそんなひどいことをした男とどうやって仕事をしろと?」
アンジェラは鼻をすすった。「全部私のために?」
一切の迷いもなく、答えはすぐに口から出た。「お前のためなら何でもする」
アンジェラ
お前のためなら何でもする。
ザビエルの口からその言葉が出た瞬間、自分が間違っていたと知った。彼は私のためにここにいる。私と一緒にいる。
「何と言うべきか分からないわ」 私は正直に彼に告げた。
「何も言わなくていい」 ザビエルはそう言ってくれた。「とにかく休んで」
「でも、エミリーが——」 私は突然リビングに友人を放置してしまったことを思い出した。
「横になってろ」
「でも——」 立ち上がろうとする私の肩に手を置いてザビエルが制止した。
「アンジェラ」とザビエルが低い声で言った。「エミリーはもう帰った。頼むからお前は休んでろ」
ザビエルの言うとおりだ。昨夜はほとんど眠れなかった。そしてザビエルの目の下にも紫色のクマがあった。「分かった、あなたが一緒にいてくれるなら」
ザビエルの眉が上がった。積極的になった私に驚いたのだろう。正直、私自身も少し驚いていた。
ザビエルがいてくれるだけで安心できた。これって別に変な意味じゃないでしょう? それに一緒のベッドで寝るのは初めてではない。
「うん」とだけ言ってザビエルはローファーを脱ぎ捨てた。
私はザビエルの革とベルガモットの香りがする掛け布団を引き寄せた。ザビエルはシャツとスラックスを着たままで私の隣に滑り込んできた。
ハンプトンズでしたように背中を並べて横になった。ただしあのときと違うのは、私たちの間には毛布の壁がないことだ。
「ザビエル? そっちを向いてもいい?」 私はザビエルに聞いた。
ザビエルは隣で固まった。
「うん」と彼は再びそう言った。
ザビエルに向き直ると心臓が高鳴った。そしてザビエルの筋肉質な胸に手を伸ばした。
「ありがとう」と私はささやいた。その言葉にただ体勢を変えたこと以上の意味があることは理解してくれているだろう。それ以外に私は感謝の意をどう表現すればいいのかわからなかった。
それに答えるようにザビエルも私に向き合った。その腕が私を抱きしめ、二人の身体が密着するまで強く強く引き寄せた。
これまでにこんなに男性に近づき、感じたことなどなかった。それでももっとほしいと思ってしまう。もっと、もっと。突然どうやって彼に感謝を示すべきか分かった気がした。
ザビエルは言葉よりも行動で理解するタイプだ。花瓶を壊し、拳をぶつけ、激しいセックスをする。
彼に感謝を伝えるには彼の言語を使えばいい。
「ザビエル?」 私は顔を上げてみると、奥二重のダークな目がすでに私を見つめ、探し求めていた。
「大丈夫よ」と私はささやいた。
ザビエルに必要な励ましの言葉はそれだけだった。彼は二人の間の距離を縮め、唇を私の唇に押し付けた。
最初のキスは優しく、シンプルで、何も要求しなかった。しかし私はそれに物足りなさを感じてしまった。彼の唇の余韻。私の腰に押し付ける彼の手。
私は貪欲に応えた。
最初のキスは2度になり、そして3度になった。
彼が私の下唇を吸い、歯で甘く噛み、そして舌を口の中に滑り込ませたとき、喘ぎ声が漏れた。
ザビエルは体勢をひっくり返し、私の両手を頭の上で固定した。胸と胸、腰と腰が擦れ合っていた。
「ザビエル」 私の息は切れ、彼の香りに頭がくらくらした。そして硬いものが内ももに触れたとき、私は息を止めた。「ザビエル!」
「ん?」 彼は低くうめくように、吸いつくように、唇を私の首に移動させた。
彼の膨らみが再びぶつかると、私は悲鳴を上げて身体を起こした。
ザビエルは私の上に膝をついてまたがり、胸は上下していた。間にある勃起したソレはズボンからはみ出ていた。
私はソレから目を離すことができなかった。触りたい、感じたいという欲求をなんとか飲み込んで……すぐに手で目を覆った。
「できない」 そう告げた。「まだ準備ができてないの、ザビエル。ごめんなさい」
「俺を見て、アンジェラ」とザビエルが言った。それでも私が手をどけなかったので、もう一度言った。「俺を見て」
指の間から彼を見た。ザビエルは眉をあげて私を見下ろしていた。
「俺は何て言った?」
「私の準備ができるまでセックスしないって」
「じゃあ、何で俺から目を背けるの?」
私は手を膝に落とした。「ごめんなさい。ただ……びっくりして」
「アンジェラ、俺もうだめなんだ」とザビエルは私の隣に横になった。彼は無言で腕を差し出し、私は彼の胸に寄りかかった。彼のソレに近づきすぎないように注意しながら。
「俺はお前が欲しい」とザビエルが続けた。「強制するつもりはないよ。だけど、これも事実なんだ。俺は自分を抑えられない」
彼がどうしてこんなことをサラリと話せるのか理解できなかった。私には経験が足りなさすぎる。
彼の胸に寄りかかり、足を絡ませながら、この時ばかりは積極的なザビエルを恐れていなかった。正直に自分に言うとこの状態を気に入っていた。ザビエルは他の誰もがしたことのないような方法で私を求めていると感じさせてくれた。
ようやく安心できた私はザビエルの腕の中でゆっくりと眠りに落ちた。これまでにこんなに男性に近づいたことがなかったが、もうザビエル以外には考えられなかった。
***
その夜だけでなくそれから毎晩、私はザビエルに包まれて眠りについた。少しずつ二人の間に何かしっくりくるものがあると否定できなくなっていた。私たちは出会うべくして出会ったのだと。運命に導かれて。
私は想像もしなかったような場所に自分の居場所を見つけた。
毎朝、彼の腕の中で目覚めるとその言葉が心に浮かんだ。そしてその度に口には出さずに飲み込んだ。
早すぎると思ったからだ。真実ではないと思ったからだ。現実になるわけがない。期待しすぎだ。
その言葉を言うことがとても難しい理由をこの瞬間まで理解していなかった。口の先まで出かかっては胃がキリキリと痛み、飲み込まなければならなかった。
欲張らないでと自分を叱った。~もう望む以上のものを手に入れている。~ ~ジャックはもういない。安全だ。今はもうそれで十分。~
しかしそれを自分の胸にしまっておくことが、日に日に難しくなっていた。
「おはよう」とザビエルが囁き、彫刻のような裸の胸に引き寄せた。
愛してる。
「おはよう」と私はその肩にキスをした。
彼は腕に目にやった。「何時に行かなきゃいけない?」
「一時間後よ。早くシャワーを浴びて」
ザビエルは微笑んだ。「一緒にどう?」
「夢の中でどうぞ」 私は受け流した。
そしてザビエルが私にキスをし、あの言葉がまた湧き上がった。
愛してる。
今日はエミリーとルーカスの結婚式。愛を祝福する日だ。きっと今夜こそ私はついに勇気を出してその言葉を声に出すことだろう。ザビエルに愛していると。
彼がベッドから起き上がってシャワーに向かったとき、私の胃に沈み込む感覚が生まれた。
何も心配することはない。私は自分自身を励ましながらシャワーの音を聞いた。彼はいつものように、「一緒にどうぞ」というようにバスルームのドアを開けたままにしていた。
しかし、何となく、すべてがてうまくいきすぎているという感覚を振り払うことができなかった。
ザビエルに自分の気持ちを伝える機会がないかもしれないという感覚。
この幸せがとてもとても悪い方向に向かうかもしれないという感覚……。