ペニーは、自分の内に相反する感情と新たな決意を抱えながら、再びダリウスに強く惹かれていく自分に気づいた。二人の間に高まる緊張。果たしてペニーはダリウスの魅力に抗い自分を律することが出来るのか、それとも二人の引力はあまりにも強く抵抗できないものなのか。互いの欲望のゲームの中で複雑な感情に立ち向かい、過去を乗り越え真の絆を築けるか試される2人。しかし、予想外の人物の到来と秘密の告白により、運命はさらに波乱を繰り広げる…
ペニー
ダリウスのことが頭から離れない。
何をしていても、頭の片隅に彼がいる。どこに行っても。
あのアイスブルーの瞳。尖った顎。完璧な筋肉質の体。
彼の近くにいたい。肌で彼を感じたい。
でも、空想だとわかっていた。もう彼に会うことは二度とないのだ。
胃がきゅっと締め付けられる。目には涙が浮かぶ。
もういいから、バカなペニー。教授の話に集中して。
退屈な講義は続く。あくびを噛み殺す。何でここにいるんだっけ? そうだ、大学生活を思い切り満喫するためだ。
ちらりと周りに目をやる。講堂で、人狼は私だけだ。他はみんな、人間だらけ。
おっと…。肘で突かれて、隣にしかめ面を向ける。人間の友達、リリーはくすくす笑って私の腕をつかむと、引き寄せて、耳元でささやいた。「あの人、セクシーじゃない?」
そう言って、私のノートに矢印を描気、2列前に座っている男を指す。後頭部しか見えないけれど、悪くなさそうだ。
背が高く、肩幅が広い。ダーティーブロンドの短髪。3人の人間の友達がこそこそと笑いながらささやき合っていたのは、この男のことだったのか。
私と同じくらい男好きで気の合う女友達に大学で出会う確率が、どのくらいあると思う? かなりね。リリー、アマンダ、キーシャとは、ここに来て最初の週に仲良くなった。
『見込みあり』と、私は矢印の横に走り書きをした。
「見込みあり? ペニー、彼、セクシーよ!」それを見るなり、アマンダがかなり大きなヒソヒソ声で主張する。数人の学生が迷惑そうに振り返った。
リリーは他の二人の方を向いて、3人でまたくすくす笑いながらささやき始める。私は思わず呆れた顔をしそうになって、我慢した。女子高生みたいだ。
まあでも、高校を卒業してすぐに来たから、そうなのかもしれない。私は3年の間に少し成長した。見た目は18歳にしか見えないだろうけど…。それに、正直言うと、振る舞いも18歳とほぼ変わらない。
黒板に走り書きされたメモと、推薦図書の題名と著者名を書き留めようとする。
「いいわ、『見込みあり』さん」と、リリーがまたこっちを向いて、小声で話しかけてきた。「講義の後、セクシーな彼に話しかけてみてよ。できる?」
挑戦的な顔で私を見る。挑戦されて逃げ出すなんて、私の性に合わない。リリーはそれを知っているのだ。
「それで、私が得るものは?」と、問い返す。
「あなたの好きなカフェのカプチーノと、彼の名前と電話番号」と、アマンダが奥から答える。
「彼を今日のランチに誘えたら、ランチも奢る。ポテトもつけるよ」と、キーシャ。
「それと、カプチーノね?」私は念を押した。3人が揃ってうなずく。「決まりね!」
私は急いで荷物をまとめ始めた。セクシーな彼が講堂を去る前に捕まえるには、急がないと。
こっちに来てもうすぐ1ヶ月になる。ライカンたちと暮らしているが、ずっと彼らといるのは避けていた。どうしても思い出してしまうのだ、彼…ダリウスのことを。
講義が終わり、標的が立ち上がるのが見えた。彼が行ってしまう前に後を追わなくては。
「お財布用意しときなさいよ。ランチは奢りだからね」私は友人たちに小声で告げると、にやりと笑ってウインクした。立ち上がり、颯爽とセクシーな彼の方に向かう。
正面からの眺めも悪くなかった。人間にしてはまったく悪くない。180cmくらいの長身で、体つきもいい。瞳はダークグレイで髪はダーティーブロンド。
ダリウスほどはハンサムじゃないけどね。と、頭の片隅でずっとしゃべり続けている声が言う。
私は頭を振った。あのライカンのことを忘れるためにここに来たんだから。私を求めもしなかったあの男に費やした3年間を。
ああ、まただ。また彼のことを考えてる。止められない。
セクシーな彼の元に急ぎ、肩を叩く間も、私の頭からダリウスが消えることはなかった。
***
講堂のイケメンの名前はダニエルだった。キャンパスのフードコートで一緒にランチをとることになり、リリーとアマンダ、キーシャは大興奮していた。
私はランチを奢ってもらったし、月曜にはお気に入りのカフェでカプチーノを買ってもらう約束なので、満足だ。
「みんな、今夜のシグマファイイプシロンのパーティーは行く?」と、キーシャが尋ねた。「ペニーは行くでしょ?」
私は行くはずだと思うのも当然だった。ここに着いてから、狂ったようにパーティー三昧していたからだ。
パーティーに行けば、しばらくの間だけは忘れられる。少しの間だけ、痛みを麻痺させ、胸にぽかりと空いた穴を埋めることができる。人狼は代謝が良すぎて、思い切り酔えるのはせいぜい1時間くらいだけれど。
男子学生相手の飲み比べにも負けないから、ビアポンで遊んだりするのにはもってこいだ。何人か、知らない男の子といちゃついてみたりもしたけれど、何も感じなかった。
誰とキスしても、ダリウスとのキスには遠く及ばない。それで、すべてを台無しにした彼にますます腹が立つ。
そろそろ、こういう感じにも飽き始めていた。誰かにそれを認めるつもりもなかったけれど。
「うーん、今日はやめとく」と、私は手を振って断った。
「ほんとに?」リリーは驚いた顔をする。
「君は来ないの?」ダニエルが、妙にがっかりした顔で言う。
「ダニエル、あなたは? 今夜か、この週末、暇?」アマンダがまつ毛をしばたたかせる。
「パーティーはうちが会場だから、僕もいるよ」と、ダニエル。
「ペニー、本当に来ないの?」彼はダークグレイの瞳をまっすぐ私に向けた。「絶対、楽しめるって保証するよ」
「私は行くわ。私にも保証してくれる?」アマンダが甘い声で言いながら、片手を彼の腕に添える。
さっきからずっとこうだ。アマンダがダニエルを気に入っているのは明らかだった。私はランチに参加させることに成功したら、すっかり彼に興味を失っていた。
ご飯とカプチーノを奢ってもらうことになって、もう満足してしまったのだ。でもダニエルは、ランチへの誘いにはもっと深い意味があると思っているみたいだった。
「もちろん」と、彼はアマンダをちらりと見て言った。「着いたら僕に声をかけて」
それから、私の方を向いて、「ペニー、気が変わったら来てよ。待ってる」
私は気のない笑顔を返す。アマンダが彼の後ろからこちらを睨みつけているのが見えて、思わず鼻で笑いそうになる。
講堂で彼に話しかける勇気はなかったくせに、私が手を汚した今になって、彼に夢中になるなんて。彼はあなたのものよ、アマンダ。
「うわっ、ちょっと! 私、死んだのかも。天使が見える」と、リリーがささやいた。キーシャと二人でフードコートの入り口に釘付けになっている。
振り向いて、私はうんざりした顔をしそうになった。
天使? どちらかといえば、悪魔の化身だけど。カスピアンが、まるでフードコートを自分が経営しているかのような我が物顔でゆったりと歩いてくる。ブロンドの髪は完璧に整えられ、全身から美と権力と富を感じさせる。
フードコート中の女子が彼を見つめていた。女性と、一部の男性に対する神からの贈り物だとでも言うように。でも、私は知っている。
カスピアンは私に嫌がらせをするために来たのだ。はっきりわかる。私は、ライカンの友達と人間の友達のグループは分けるようにしていた。
どちらも別のグループの存在を知らない。スケジュールの関係で、これまではうまくいっていた。そう、今までは。平和は長く続かないことは知っていた。
カスピアンと私は午前中に講義があるので、今朝は一緒に大学に来た。でも、私は街までバスに乗り、そこから歩いて帰るつもりだった。
「ちょっと! 大変! こっちに来る!」キーシャがほぼ過呼吸になりながら言う。私はちょっとい心配して彼女を見つめた。
近づくにつれ、カスピアンは白い歯をちらりと見せて私に笑いかけた。
「彼のこと知ってるの?」リリーがささやく。
「知らない」と、私は即答した。
カスピアンはますます笑顔になる。瞳にはいたずらっぽい光が浮かぶ。ライカンの聴覚で私たちの会話も聞こえているのはわかっていた。印象的なグリーンの瞳が、ダニエルが私の方に体を傾ける様子を観察する。
「ベイビー、もう帰れる?」と、カスピアンは尋ねた。
「どなたですか?」
「変質者よ!」と叫ぼうとした時、彼が甘い声で言った。「もう、やめてよ、ハニー。昨日のこと、まだ怒ってるの?」
私はぎょっとしてカスピアンを見る。何ですって?
「昨日の夜なんて、何もなかったわ!」と、私は鼻息荒く反論する。
「わかってるよ…。何度も言わないで。今夜、ちゃんとしてあげるから。お望みなら、一晩中だってね。日が暮れてから、夜明けまで、ずっと僕の名前を叫ばせてあげるよ、ベイビー。約束する」
何の話よ?!
言いながら、彼はすたすたとやってきて私の鞄を持ち上げ、腕をつかんで立ち上がらせた。
「さあ、お友達にさよならを言ってね」5歳の子供に言うような、甘い調子で言う。
ダニエル、リリー、キーシャ、アマンダは、ゾーク星からやってきた頭が5つあるエイリアンでも見るような目で、私たちを見つめている。
抗議しようと口を開くが、奇妙な、絞め殺されそうな金切り声しか出てこない。牛が死ぬ時のような鳴き声だ。瀕死の牛はこういう声を出しそうだという想像だけど。
建物から私を連れ出し、真っ赤な派手なポルシェに乗せるよう誘導するカスピアンの腕は、まるで鋼のように固い。
いったい、何が起こったの?
車に乗るやいなや、カスピアンは焦った声で言った。「ペニー、知らせなきゃいけないことがある」
「いいニュース? 悪いニュース?」
彼はごくりと唾を飲んだ。「ダリウスが来る。うちに泊まるんだ」