ダリウスとペニーは、お互いの複雑な感情に立ち向かいながら、運命に突き動かされていく物語です。ペニーは自分の感情を押し殺そうとする一方、ダリウスは悪夢と戦いながらも前に進もうとします。二人の絆が深まるにつれ、秘密が明らかになり、彼らの関係にはますます強い感情が生まれます。しかし、彼らは過去のトラウマを乗り越え、何かより深いものを手に入れるチャンスをつかめるのでしょうか?
ペニー
彼の腕は、まるで万力のように私の体を締め付けている。体をくねらせて逃がれようとすればするほど、締め付けがますますきつくなることにようやく気がついた。
だから今ではじっと横たわり、彼の規則正しい鼓動のリズムに耳を傾け、匂いを吸い込み、がっしりとした力強い肉体の熱を楽しむことにした。力強い腕は、私を安全で守られているという気持ちにさせてくれる。
次に目を開けた時も、まだ暗かった。私を抱き締める暖かく、筋肉質な体に、自分がいる場所を思い出す。うわ、こんな状態で、なんで眠れたんだろう?
そんなに長い時間はたっていないはずだ。1時間かそこらだろう。彼の腕はさっきよりリラックスして、呼吸も安定している。でも、足がまだ重く、私の脚の間に絡みついている。私はゆっくりと体を下に滑らせ始めた。
彼が動くと、私も動きを止める。股間が目の前にくるところまで下がってきた。こ、これは…超気まずい。今、彼が目を覚まして、このポジションを見られたら、死ぬ!
彼が動きを止める。私は顔を見上げ、彼がまだ眠っているのを確認した。プレッツェルのようにねじれた体勢で、絡まった脚を解こうとする。
あのジェネシスでさえ、こんな厄介な状況に陥るほど愚かではない。こんなにバカなのはあなただけよ、ペニー。あなただけ。
奇跡的に、抜け出すことに成功した。しばらくの間、彼のベッドの脇に立ち、寝顔を眺める。彼には確かに、暗く危険な美しさがある。
寝ている時でさえ、彼の力と危険なオーラは隠しきれない。穏やかな寝顔のすぐ下でたぎっている。威圧的な迫力がある。誰にも、特に彼に対しては決して認めるつもりはないけど!
絹糸のような彼の髪に触れたくて指がうずうずしている。
次の瞬間、彼が動いた。
手が、何かを求めるように動く。
自分を罵りながら、私は入った時と同じルートで彼の部屋から飛び出した。
***
寝室に戻ってからも、何時間も眠れずに考え込んでいた。でも、朝食に向かう心は昨日よりもずっと軽い。新たな決意は、とても役立っているみたいだ。
周りのみんなに対しても、親切でフレンドリーであろうと決めた。…カスピアンにもだ。これからは、セレナみたいに優しくなろう。
笑顔で明るくみんなに挨拶する。ジェネシスとセレナ、エヴァは同じように明るく挨拶を返してくれる。
カスピアンとラザロ、コンスタンティンは訝しげに私を見て、慎重に挨拶を返す。
まるで私が、危険な予測不能な小さな生き物で、今にも襲ってくる可能性があるというような顔をしている。男ってこれだから!
思わずあからさまに呆れ顔をしそうになる。…でも、間一髪、決意を思い出し、代わりに微笑んで見せた。カスピアンは気味悪そうにしている。
これまでの私はお日様みたいな明るいタイプでもなければ、優しく女子らしい女子でもなかった。それはわかってる。でも、何なの! あんな顔で見るなんて、ひどい。
ライカンの雄はみんなバカだ! 脛を蹴ってやりたい。
ペニー、決意を忘れないで。フレンドリーに。笑顔で。
ダリウスを見た時は、笑みが消えそうになった。彼があまりに美しくて、胸が痛む。裏切りにもかかわらず、私の存在のすべてが彼を求めてやまない。ジュノは彼を渇望している。
昨夜は、決してありえない体験を味わった。彼を求める思いは膨れ上がり、私の心を押しつぶしそうだ。昨日の夜、私は怒りを捨てようと決心したのだ。
彼は私のものではないし、決して私のものにはならないと、自分に言い聞かせた。ベインハロー宮殿でのあの夜、私は扉を閉めたのだ。その扉は閉ざされたままだ。
どんなに苦しくても、そこは譲れない。
キッチンに一歩足を踏み入れた途端、私を焼き尽くすような彼の視線を全身で感じる。彼の目は、私を注意深く観察し、探っている。
でも、今朝の彼の私を見る目は、何か違っていた。
私は顔を上げて、天使のような無邪気な明るい笑顔を彼に向けた。彼は思案深げに目を細める。
戸惑いながらも、興味をそそられているようだ。私の行動を警戒しつつ、次の一手を待ち望んでいるような。
でも、私からの動きはこれで終わり。今の笑顔で、私は本当に彼と一緒になる夢に別れを告げたのだ。
ハートから血を流しながら、笑顔でクロワッサンにバターとブラックベリージャムを塗る。
バターをたっぷり使った温かいサクサクのクロワッサンの味は、いつもなら私を恍惚とさせる。でも、今は食欲がすっかり失せていた。ばれないように、熱心にクロワッサンを口に押し込んでもぐもぐと食べて見せる。
「昨夜は…よく、眠れた?」彼が私に尋ねる。何気ない声を装っているが、アイスブルーの瞳は私の顔をじっと観察している。
私はクロワッサンを喉に詰まらせそうになった。
当たり前だ。彼は今朝起きて、自分にも寝室にも私の匂いがこびりついているのを嗅ぎつけたに違いない! それに気づいて、自分の頭を殴りそうになる。ああ、バカなペニー!
「よく眠れたわ、ありがとう」と、私は答えた。笑顔で彼を見上げて見せる。「悪夢も何も見なかった。あなたは?」
黙ってなさい、ペニー!
「すごくよく眠れたよ」と、彼は答える。唇に浮かぶ小さな笑みは、揺らがない。
もっと何か言うかと待ったけれど、彼は黙ってコーヒーを口に運んだ。それから、他のライカンの男子たちに話しかけ始める。
私が昨夜、彼の寝室とベッドにいたことを知っていたとしても、それについては何も言われなかった。
私から何か言うべきか? 絶対、無理!
何も起こらなかったふりをすることにした。願わくば、彼も何も言わないままでいてくれればいい。永遠に!
***
セレナが、今日は女の子みんなでスパに行こうと宣言する。エヴァも一緒に来るそうだ。
セレナとジェネシスは、今日いくつか講義があったはずだ。二人は、学業にあまり真剣じゃないらしい。私はもう少し後に、1つ講義がある。スパが終わってからでも間に合うかもしれない。
「ダリウスとはいつから知り合いなの、エヴァ?」助手席からジェネシスが話しかける。
ジェネシスは運転しているセレナの隣、エヴァと私は後部座席に座っている。なるほど、だから、二人はエヴァも執拗に誘っていたのだ。質問責めにする気らしい。かわいそうなエヴァ。
「彼は長い知り合いなの。戦士としてもトップクラスの高官だから、有名人よ」と、エヴァははっきりとしたロシア訛りで答える。
「私はこの9年間、彼の直属の部下として働いてきた」
「彼、めちゃくちゃセクシーよね」と、私のクレイジーな親友が口を挟む。「それで… 彼とは仕事以上の関係?」
やめてよ! 私は思い切りうめき声をあげそうになった。こんな話、知りたくない。
エヴァは笑う。
「まさか!」と、彼女は答えた。「私たち戦士は、基本的に恋愛をしないの」
「ほんとに?」ジェネシスは助手席で思い切り体をひねり、驚いた顔でエヴァを見つめる。「それじゃ、どうするの? その…アレは…」
彼女の顔が真っ赤になり、私は我慢できなくなって笑ってしまった。エヴァも笑い出す。バックミラーに、セレナが唇を噛んで笑いをこらえているのが見える。
「セックスってこと?」と、笑い終えたエヴァが聞き返す。
「それは、戦士同士でよくするわ。私たちにとっては、単なる肉体的な行為なの。ストレス解消だけの目的でする人もいる
「戦士同士の恋愛は危険で面倒なものよ。起こらないわけじゃないけど、みんな、なるべく避けるようにしてるわ」
「つまり、深い意味のない体だけの関係ってことね」ジェネシスが私の方をまっすぐ見ながら言う。「戦士以外との恋愛はOKなの?」
「ええ、番いを持つ戦士もいるわ。特に、エラスタイを見つけた者はね。でも恋愛関係を持つ者は多くない」
「あなたとダリウスは、なぜここにいるの?」
「ちょっと済ませないといけない仕事があって」エヴァが答える。
「漠然としてるわね。政府の機密事項?」バックミラーで、セレナが片眉を上げるのが見えた。
エヴァはただ微笑み、窓の外に視線を向ける。
「それじゃ、あなたとダリウスは一度も…」ジェネシスは攻撃の手を緩めない。
「いいえ、一度も」と、エヴァ。
「この前の夜、誘ってはみたんだけど、彼、とてもイライラしているみたいで。断られたわ」残念そうに首を振る。「また今度誘ってみるつもり。彼、最近いつもピリピリしてるのよ」
突然、私はエヴァの隣に座っていたくなくなった。
***
「何があったんだ?」と、私が荒い足取りで家の中に入るなり、コンスタンティンが聞いてきた。
あああ! 何か壊してやりたい。もう二度と、セレナとスパには行かない。彼女の言う「楽しい、リラックスできる時間」が拷問だなんて、知らなかった!
「ブラジリアンワックス」と、セレナが軽やかに答える。
「え?」と、ラザロ。男性陣が、全員動きを止めて、こちらを向く。
「誰かさんがワックスサロンのスタッフを思い切りノックアウトしたの」と、ジェネシスが答える。声が、笑いを抑えて震えている。
全員が一斉に私を見る。彼らの顔に、理解の色が浮かぶ。
何なの? 何で、みんなすぐに私がやったって決めつけるの?
まあ…スタッフをノックアウトしたのは私なんだけど。でも、何でよ?! セレナかもしれないでしょ。
ひどい女だった。完全に自業自得だ。私のアソコを熱々のワックスで奇襲した挙句、憎しみを込めてそれを剥がしたんだから。
ひどいと思わない? 私が彼女に何をしたっていうの? 私は船乗りのように罵り言葉を連発した。新たな決意が、初日から台無しだ!
そんなに強く殴ったわけでもない。ちょっと小突いただけだ。もっと思い切りパンチされても当然だったのに。
何て野蛮な女だろう! ベインハローの地下牢で拷問担当のリーダーになるべきだ。
宮殿に地下牢があるかどうかは知らないけど。もしあるなら、彼女は拷問チームを率いるのにふさわしい。
あれほどの女性がいれば、この世に犯罪はなくなるはずだ。反乱軍は武器を置くだろう。
地下牢も刑務所も、あっという間に空になる。敵はどんな秘密も隠しておけまい。ライカンの世界のマフィア組織はすべて崩壊するだろう。
ダリウスの視線が私の股間に下りてくる。服の生地を見透かすことができるみたいに。体の芯がきゅっと反応する。両手で股間を覆いたくなったけれど、もちろん、そんなことはしない。
代わりにトリートメントしたばかりの髪をなびかせて、逃げるように振り向くと、カスピアンとぶつかりそうになった。
カスピアンは、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。「つまり、ここにいる女子の一人は、半分だけワックスされた状態だと…」
「黙って、カスピアン!」ジェネシスに頭を叩かれて、カスピアンはうめいた。
***
今日、家を出られたらほっとするだろう。すごく。新たな決意のおかげで、おかしくなりそうだ。誰かをこき下ろしたくなるのを飲み込むたびに、気が狂いそうになる。
本当は顔にパンチを食らわせたくてたまらないのに、いつも笑顔でいるなんて、胃潰瘍ができそうだ。もう死にそう! セレナがどうやって死なないでいるのかわからない。
ダリウスはまだ私を見つめている。私を解読しようとするかのように。何かを深く考えている。
私が望むのは、彼と一緒になる夢を諦め、彼への怒りを忘れることだ。わかってはいても、口で言うほど簡単じゃない。彼に強く惹かれる気持ちは、まだ私を人質にしている。
彼への感情は、とても複雑だ。
それに加えて、カスピアンはずっと私に訝しげな目を向けている。私が友好的にいつもにこにこしていることが、とても気味が悪いのだろう。少なくとも、最初はそうだった。
そのうち、この状況を利用して、とんでもない言動で私を怒らせようとして楽しみ始めた。今のところは、冷静さを保てている。かろうじて。
誰かを殺しそうになる前に、何とか、家を脱出することに成功した。
今日は、セレナが着そうなドレスまで着ている。そのくらい新たな決意に本気なのだ。誰かを殺して台無しにしたくはない。このストレスにさえ、耐えられれば…。
今日も、大学に行くのにカスピアンの車を借りた。仕事を見つけて、自分の車を買わないと。
露出狂にならないように慎重に、車高の低いこの車から降りる。太ももの真ん中までしかない、黒のシースドレスを着ているのだから。短いドレスは嫌いじゃないけれど、これはタイト過ぎた。ああ、やだ。違う。笑わなきゃ。
***
ダリウスとの間には何もないと約束すると、メイソンはやっと私の電話番号を聞いてきた。
彼には魅力を感じないかもしれない。でも、彼は私を笑わせてくれる。進展がなくても、友達にはなれるはず。
問題は、番号を教えたのはたったの1時間ちょっと前なのに、もう5通もメールが来ていることだった。メール魔だとは知らなかった。
まったく、図書館で勉強する気分にはなれない。すぐに彼にメールを返す気分でもない。家に帰る気分でもない。
この決意のおかげで死にそうだ。自分の決意に負けるなんて可能なんだろうか? 善人になろうと頑張ったために死ぬなんて、起こり得るだろうか?
素粒子科学技術学部の建物の裏、遊歩道近くの小さな湖に車を走らせる。ここはとても静かだ。湖の前の松の木の横にベンチがある。
これまで2度、一人になりたくて、ここに来た。タイトなドレスにハイヒールという格好で来たことはないけど。
セレナのような服まで着るのはやり過ぎだったと、でこぼこの地面を9センチのヒールで慎重に歩きながら実感する。
その時、ヒールが木の根っこか何かに引っかかり、私は丸太のように地面に倒れこんだ。うう… ヒールのバカ! 片方の足首を捻ってしまった。
乾いた小枝が折れる音が背後で聞こえる。最高だ。無様に転ぶ様子を目撃されていたらしい。踏んだり蹴ったりだ。背の高い人影が近づいてくる。
「そんなところで、何してる?」ぶっきらぼうな声が後ろから聞こえる。
何てバカげた質問!至近距離から地面を眺めて楽しんでたの。コレクションに加えるための石を拾ってたの。どれだと思う?
「何でもない。地面の快適さを試してただけ」と、答えて、足を持ち上げようとする。「うっ…」
ふくらはぎに、痛みが走る。
「あまり快適じゃなさそうだな」 今度は愉快そうに言うので、私は顔を上げた。
「リップリング男!」
彼に会えたのは嬉しかった。
彼は、再会をそこまで喜んでいるふうではなかったが、私を抱き上げてベンチまで運んでくれた。足首を調べ、ただの捻挫だと言う。
人狼は回復が早くてよかった。1時間かそこらで完全に治癒するだろう。
「どうしてお前は俺を怖がらない?」彼は険しい目を私に向ける。「たいていのやつは、少なくとも、俺を警戒する」
まるで、私が彼を怖がることを望んでいるように聞こえる。
改めて見ると、人々が彼を警戒する理由はわかる。ライカンより1、2センチ低いくらいの、長身の体。
筋肉質の逞しい腕と首はタトゥーで覆われている。見えるだけでも、ピアスが4つ。ダークブラウンの瞳は冷たく、残忍そうな顔つきをしている。それでも、リップリングはおいしそうに見える。
正直言って、あの夜は酔っ払い過ぎていて、なぜ自分が彼を怖がらないのか理解できなかった。今は、ジュノが彼を信頼しているのを感じる。私の魂が彼の魂を認識している。ソウルメイトとしてではなく、同志として。
彼もそれを感じて、戸惑っている。
私も戸惑い、肩をすくめた。「私、勇敢なタイプなのかも」
「バカなのかもな」と、彼は返す。腹も立たなかった。なるほどね。彼の言うとおりなんだろう。
私たちは並んでベンチに座り、長い間、心地よい沈黙を楽しんだ。
一羽の鳥が舞い降りてきて、湖の端の岩にとまる。昼下がりの陽光がさざ波に反射している。ここは美しくて、静かだ。
私は悲しくなってきた。自分を哀れに感じる。リップリング男がいてくれてよかった。もし一人きりだったら、今頃大泣きしていただろう。
「リップリング?」 小さな声で呼びかける。彼は物思いにふけっているようだった。「どうして、男の人は私を求めないの?」
「誰か特定の男のことだろ?」
私はため息をつく。男にこんなこと聞くなんて、バカだ。それも、見ず知らずの男に。何て愚かなんだろう。
「そいつはバカなんだよ」と、彼はあっさり答える。
「その通りだわ」私は言う。「バカなんだわ」
「どれだけ損してるかわかってないんだ」
「わかってない」
「君はキスがうまい。酔ってても」
「そのとおりよ! 私のキスは最高なんだから」本当かどうかわからないけど、彼の言葉を信じよう。
「君は最高の女だよ」
「最高の女」彼の言葉を繰り返す。たとえ一言も信じられなくても、口に出すだけで気分が良くなる。
「私はめちゃくちゃ最高の女よ!」 実際に感じている以上の確信を込めて宣言した。
彼の唇が緩み、瞳が愉快そうにきらめく。その小さな笑みは、私を金メダルを獲得したような気分にさせた。
「何しにここに来たの?」私は脈絡もなく、彼に尋ねた。
「人生の選択」
とても曖昧な答えだったけど、私は納得してうなずいた。