
熱いお湯が私の肌を洗い流したが、どれだけゴシゴシ洗っても、まだ汚いと感じた。
気持ち悪い。
ザビエルの言葉がいまだに信じられなかった。私が彼のお金と家柄狙いだと思われていただなんて。
他人を利用しようなんて考えは、私が最も嫌いなものであるのに、あの男は私をその手の人間だと信じ切っているようだ。
そのとき、皮肉なことに気づいてしまった。
ナイトの財力がなかったら、私はザビエル・ナイトとの結婚に同意しなかっただろう。
でも、私は金目当てのクソビッチなんかじゃない。
だって父の命を救うためだもの。
シャワーを止めて、タオルを身体に巻きつけた。何でもいいから、支えてくれるものがほしかった。
私はうわの空で、身体を拭いて、パジャマに着替えた。
ベッドに倒れ込むと、部屋の奥に飾っている写真に目が留まった。私、ダニー、ルーカス、そして父が映っている。
みんな幸せそうな顔をしている。
この頃の父は元気だった。
ちょうど去年の感謝祭に撮ったものだ。ダニーは七面鳥を焦がし、ルーカスは料理を作りすぎたが、それでも最高の一日だった。
私たちは、リビングの使い古されたソファにぎゅうぎゅうに座り、将来を憂うことなくフットボールを見た。
私は頭が痛くなってきた。
父はいつだって頼れる一家の柱だった。母さんが亡くなってからは、父が母親の役目まで果たしていた。嵐の中でも揺らぐことのない岩のような存在だった。
しかし今、父は入院していて、先のことは分からない―。
私は小さな寿司の絵文字を見つめた。暗い思考に沈んでいく私を、引き止めてくれた気がした。
人前には出たくなかった。暗く静かな世界で引きこもっていようと、毛布が私を誘惑していた。
でも、今の私に必要なのは、外に出ることなのかもしれないとも思った。たとえそれが、自分の憂いから逃れるためであったとしても。
氷のような青い目で私をじっと見つめるザビエルの視線から逃れるためにも……。
「あんたはキュリクソンにはもったいないのよ」エミリーはサーモンの刺身を口に入れながら言った。
鼻歌交じりにマグロの握りを醤油につけていた私も、ぶつくさと答えた。「私もいまだに納得してない。面接の雰囲気は、本当にいい感じだったのに」
「あんたをとらないなんて、大きな損失よ」エミリーはレールに流れてきたサーモンの寿司を取った。目の前には空の皿が積まれている。
私も刺身をかみしめたが、まったく味を感じない。
もしキュリクソンに合格していたら。あの金持ちの性悪と婚約することにならなかったのに……。
私は、目の前でゆっくりと流れる寿司レーンを見つめた。たくさんの選択肢があったが、どれにも魅力を感じない。
エミリーは私の空の皿にサーモンロールを置いた。「でも今日は、ぐずぐず落ち込むために誘ったんじゃないのよ」エミリーは私に微笑みかけ、私は少し気分が高揚するのを感じた。「感謝祭前夜に、乾杯」
「乾杯」私もそう答え、持っていた寿司を軽くぶつけ合い、口に入れた。
毎年エミリーとは、感謝祭を家族と過ごすために帰省する直前、2人だけで食事をすることになっていた。
「ところでさ」エミリーは口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま話し始めた。「今日のセントラルパークでの騒ぎを知ってる?」
「えっ?」
「超ビッグカップルが結婚式の前撮りをしたって噂よ。トップシークレットで、厳重警戒が引かれて一帯が封鎖されてたとか」
私は思わずむせ、口から寿司が飛び散りそうになるのをなんとか抑えた。
私は水を一気飲みし、喉を潤した。「ええ、それはそれは……」
訂正することもできなかった。
確かにザビエルは大金持ちだけど。
ザビエルの憎悪と嫌悪の眼差しが、再び私の脳裏をよぎった。
「アンジェラ? 大丈夫?」
エミリーの声で私は我に返った。「大丈夫よ」私は嘘をついた。
「幽霊でも見たような顔してるけど……」
「ちょっと疲れてるのかも」
エミリーは私の目をじっと見つめた。私は嘘をつくのが得意ではなかったし、エミリーは私のことを誰よりもよく知っていた。
でも、本当のことを言いたくても言えないのだ。家族にも、誰にも。結婚のこと自体はいずれバレるだろう。これほど注目されている結婚をいつまでも隠すことは不可能だ。
しかし、ブラッド・ナイトとの契約については、絶対に知られてはいけない。
私は嘘をつき続けなければならないのだ。
言えない。
「それより、明日の感謝祭に向けて準備しなきゃいけないの」私は嘘をついた。「もう帰るわ」
「分かった」エミリーは言った。私の言葉を信じているのかいないのか分からなかった。
支払いを済ませて外に出ると、夕方の空気はとても冷たかった。親友に嘘をつかなければならないこと。私の心は罪悪感でいっぱいだった。
しかしこれはほんの始まりに過ぎなかった……。
自分の失敗にため息をついて、私は椅子にもたれかかり、目を閉じた。
ピーカンパイを忘れるだなんて。感謝祭のマストアイテムなのに。
でも、頭の中はパンクしそうだったんだもの。
列車はガタゴトと揺れ動き、私は窓に頭をもたせかけ、ぼんやりと過ぎ去る景色を眺めた。
あと1時間でヘラーに着く。待ちきれない。
父は感謝祭を家で過ごせるほど回復したらしい。
父がどれだけ元気そうかは、兄たちからいつも聞いていた。早くみんなに会いたかった。
私は心がほぐれるのを感じた。ニューヨークを離れられるということが、これほど安心できることだとは。たとえ数日でも、ドラマのような日常から離れる時間が嬉しかった。
この隙に考えを整理して、計画を練らなければ。
何年ぶりかに、私は幼いころに住んでいた家の玄関の階段を上ったこの家に戻ってきた。
ドアをノックすると、ルーカスが出てきて、私を抱きしめた。
「汽車のにおいがする」と彼は言って、私を家の中に連れて入った。
「会えてうれしいわ」私は舌を出して言った。
家の中に入ると、懐かしさが私を襲った。ここは私が育った場所だ。喜びも悲しみもこの家にあった。
エミリーよくDVDプレーヤーにR指定の映画を忍び込ませ、ルーカスとは枕の砦を作り、瓶から直にヌテラを食べたりした。
しかし今ここに戻ってきて、全ては変わってしまったと感じた。
この家はもう、外の世界から私を守ってはくれない。
「誰か来たのか? アンジェラか?」そこには車椅子に乗った父が廊下からやって来た。病院のベッドにいたときよりも、父本来の表情をしていた。
「父さん!」私は父に飛びつき、強く抱きしめた。本当に随分と顔色が良い。退院した父の姿を見て、私は改めて決意した。
あの不機嫌なお坊ちゃまを私が我慢さえすれば、父さんは健康でいられる……それでいいんだ。
「ああ、アンジェラ、父さんだよ」父は笑って言った。「俺はどこにも行かないよ。車いすを押してくれ」
「そうね」私はこぼれ落ちそうな涙をこっそり拭った。「会えて嬉しい。元気そうね」
「七面鳥を見る準備はできてるかい?」
「ダニーのこと?」冗談を言い合えるのが楽しかった。
「聞こえてるぞ!」ダニーがリビングルームから叫んだ。彼はすでにソファに座ってフットボールを見ていて、テレビに釘付けになっていた。
私は思わずにやにやと笑った。
これこそ私が必要としていたものだ。
そのときドアベルが鳴り、私たちは驚いた顔でドアを見た。
「誰か来るの?」私はルーカスに尋ねた。
「いいや」彼の目が一瞬輝いた。「エミリーは呼んだ?」
「ううん、お母さんと過ごすって言ってたわ」私はドアに向かって歩き、ドアを開いた……。
そしてその瞬間、私の聖なる感謝祭の時間は終わりを告げた。
なんとそこに立っていたのは、ハンサムで完璧で完全に場違いな、ピーカンパイの箱を抱えたザビエル・ナイトだったのだ。
ザビエルは輝くような笑みを私に向けたが、その目は笑っていなかった。冷酷で、計算高い瞳。まるで狼が獲物を捕らえるときに、戯れて油断させるかのような。
「やあ、ベイビー」この男はあざ笑うかのような笑顔を私に向けた。
心臓が飛び跳ねるかと思った。パニックで過呼吸になりそうだった。家族は、私に彼氏がいるとも思ってなかっただろうし、ましてやニューヨークで最もリッチなイケメンと結婚するなんて夢にも思わなかっただろう。
「どうしてここに—―」
「アンジェラ?」背後から父の声がした。「どちら様?」
後ろから家族が近づいてくるのが聞こえ、私の胃の中に穴が開きそうな思いだった。
「ええと、これは—―」
ザビエルは私の隣に歩いてきた。その瞬間、冷酷であざ笑うような態度は消えていた。
ザビエルは私の腰に腕を回し、私を見下ろして微笑んだ。その表情からは愛があふれていた。完璧なパートナーの所作だ。
しかし、私は知っていた。
この男は私を嫌っている。彼の手の中では、私は拘束されているように感じた。父と兄たちの視線がその手に注目しているのに気づき、何とも言えない恥ずかしさで顔が熱くなった。
「ザビエルと申します」このチンピラは、バターのように滑らかに自己紹介をした。「娘さんと婚約させていただいてます」