Natalie Roche
ジェイミー
ブレントがついに登場したが、本心では来ないでほしかった。来ようと来まいとカルメンはこの男のせいで必ず落ち込むことになるのだから。
ブレントはいつもカルメンをこき下ろす方法を見つけた。もちろんカルメンは平気なふりをしてそれを笑い飛ばしていたけど。
—こいつはクズだ—
ブレントは彼女に相応しくなかった。彼女を愛しているとは思えなかった。少なくとも、カルメンの夫になる器じゃない。
カルメンは親友だ。彼女を守りたい。でも本心を告げても彼女は誤解するだけだろう。
「ステーキとウィスキーにする。ストレートで」 ブレントはメニューを閉じてウェイターに渡した。
「私は……」と言ってカルメンがメニューを見た。
「君はシーザーサラダだね」と、ブレントがカルメンを見て言った。「もうすぐ結婚式ドレスを着るんだよ。晴れの日を前にして太りたくないだろう?」
「それもそうね。そうやって私のことを考えてくれるから嬉しいわ」と薄っすらと微笑んで、カルメンは「シーザーサラダで大丈夫よ」と続けた。
みんなカルメンが好きでシーザーサラダを食べるんじゃないと知っていた。そうせざるを得ないから食べるのだと。
ブレントは笑顔を絶やさず、自分の言葉がカルメンを傷つけていることなど気づかないふりをしていた。言わずもがな、カルメンは傷ついていた。
「ねえ、ベイビー」 ブレントを優しげな眼差しで見つめて、「さっき結婚式の話が出たけど、新郎側の出席者は決まったの?」と聞いた。
「そんな時間はないって知っているだろう。仕事が忙しくて毎日ヘトヘトなんだ。出席者のリスト作りをする気力なんて残らないんだよ」と言ってくすくすと笑い、ブレントは「君と母さんに任せるよ」と続けた。
カルメンは肩をすくめて「わかったわ。ちょうど義母さんと過ごす時間を増やそうと思っていたところだから、あなた抜きでやってみるね」
「その方が上手く行くよ。それにこういうことは君の方が得意じゃないか」 そう言ってポケットからスマホを取り出して、画面をタップし、スクロールし始めた。
—最低なやつ—
椅子に深く座り直して、この状況を無視することにした。
結婚式の計画中に男は女ほど細部にこだわらないことは理解していた。たとえそうだとしても、少しは気にかけているふりぐらいしてもいいだろう。
飲み物が運ばれてきた。これは本当にありがたかった。だって、この先の1時間をやり過ごすにはこれが必要だから。ウェイトレスに色目を使うブレントだけは余計だったけど。
食事が半分ほど進んだところで、ブレントがバチェラーパーティーの話を始めた。
結婚式関連でブレントが唯一楽しみにしているのがこれだから、今夜必ず話題に出ると予測していた。
「バチェラーとバチェロレットを合同でやるのもありじゃない?」とカルメン。
「ダメだ!」「だめよ!」 ブレントと私は同時に言い、顔を見合わせた。
私の理由と彼のそれは違うと確信していた。
カルメンは眉をひそめた。
「どうしてダメなの? そんなに強く否定する理由は?」
—強く否定する理由? あなたの未来のダンナ様は信用ならないからよ。他の女にちょっかい出さないでいられるわけがない—
合同パーティーなんて大参事になるのが目に見えていた。
「独身最後の夜なんだよ。ベイビー、悪気はないんだ。ただ、男だけでゆったりと贅沢な時間を過ごしたいのさ」
ブレントはカルメンの方を向いて続けた。「それでいいよね?」
「もちろん、いいわよ。ちょっと思い付いただけだったから」 カルメンは顔を寄せてブレントの唇にキスをした。
「私がいないからって、バチェラーパーティーで悪いことしちゃダメよ」
「もちろん。この目には君しか見えないよ」 そう言ってウィンクして、二人は再びキスをした。
—とんだお笑いぐさね—
かねがねカルメンには幸せになって欲しい、素敵な愛に恵まれてほしいと思っていた。でも彼女がブレントと一緒にいる姿は見ていて辛かった。この愛は偽物に見えたし、実際に偽物だった。少なくともブレントの方は。
「ジェイミー」と、呼ぶ声が聞こえたので振り向いた。
そこにいたのはメイソン・ナイト。いくらでもレストランはあるのに、よりによって今夜彼が来たのがここだなんて。
「メイソン」と言って椅子から立ち上がったのだけど、どうしてそうしたのか自分でも分からなかった。たぶん長身の彼のせいで自分が小さく感じたのだろう。
「どうしてここにいるの?」
「仕事絡みのミーティングだ」と、男だらけのテーブルに頭を向けた。仕事絡みのミーティングとは言え、それなりに食事を楽しんでいる様子だった。「あっちから君が見えたから」
メイソンはそこで言葉を遮った。あっちから私が見えて、どうしたっていうの? これ幸いとこっちにやってきて話そうとでも思ったの?
どんな話をしたらいいのか私には分からなかった。今のメイソンと私は親密ではないのだから。
「メイソン」と、ブレントが立ち上がって握手を求めた。「しばらくぶりだな。また会えて嬉しいよ」
「ああ、そうだな」 メイソンはブレントの横に座るカルメンを見て、彼がここにいる理由を察したようだ。
「こっちに戻ってきてからビルの周辺で君をみていなかったけど、引っ越したのかい?」とメイソン。
「ああ、上の階にね。2か月ほど前に昇格したんだ。おかげで雑用をしてくれる部下も持てた。でも君ならそれがどんな状況か分かるだろう」と言って、ブラントがくすくすと笑った。
「うん、たぶん」 メイソンは再び自分のテーブルを一瞬振り返ってから言った。「食事を邪魔してすまない。みんなに会えてよかったよ」
ブレント以外は無言のままだった。みんな、メイソン・ナイトのせいで私がどんな目にあったのか側で見ていた。だから彼がニューヨークに戻ってきたことも、今このテーブルの前にいることも、彼らはよく思っていなかった。
私に向かって「ちょっといいか?」とメイソンが言った。
「そうね」と言ってからテーブルの4人を見て、「少し待てるかしら? 今みんなと食事中なの」と答えた。
「実は待てないんだ。すぐに済むから」 そう言ってメイソンは私の腕を掴んだものの、私の表情を見てすぐに手を離した。
「すぐに戻るね」 そうみんなに告げて、メイソンと一対一で話すことに不安を感じながら踵を返した。
親友たちの前というのが気まずかったし、何よりも彼ともう一度話す心の準備ができていなかった。
メイソンが歩き始めようとしたとき、ブレントが「メイソン」と呼びかけた。「近々改めて近況報告をしよう。飲みか食事はどうだ?」
「あとで電話する」とメイソン。
メイソンの後をついてレストランを抜けてバーに向かうと、夜も更けてきたせいか、けっこう混雑していた。
バーカウンターで立ち止まり、居心地の悪さを感じながら向き合った。
「何か飲む?」
「要らないわ。すぐに戻らなきゃいけないから。で、話ってなに?」 すぐに本題に入ってほしかった。少し世間話をしたとしてもこの居心地の悪さは消えない。
「ペネロペに会いたい」と言って、メイソンは視線をそらした。
娘の名前を呼ぶとき、彼が痛みを感じている気がした。
「何度も君と電話で話そうと思ったし、ホテルのスタッフに君の居場所をたずねたりもした。娘に会いたいんだ、ジェイミー」
—やっぱりね、この話だと思った—
確かにメイソンは何度も電話をくれた。ホテルでは全力で彼を避けていた。何を言ったらいいのか、何をしたらいいのか、まったく思いつかなかったのだ。ことの進み方が急速すぎる気がしていた。
まだ娘を彼と共有する境地には達していなかったし、彼のことを信用していなかった。ペネロペはメイソンを知らないし、メイソンはペネロペを知らない。
—またすぐに逃げ出したらどうするの? ペネロペが彼に懐いたあとに捨てられたら、あの子が傷つくわ—
「ごめんなさい。ずっと忙しくて」
—嘘、真っ赤な嘘—
「電話に出られないほど忙しい? メッセージもできないほどか?」 メイソンはもう一度ため息をついて「なあ、いつになったら娘に会わせてくれるんだ?」
「会わせない」 罪悪感を抱きながら答えた。二人を会わせないのは間違っていると思う自分がいた。でも、意地悪をしたいわけじゃない。娘を守るためだ。
メイソンは眉をひそめて、「会わせないってどういう意味だよ? あの子は俺の子だ。ずっと会わせないままじゃいられない」
「あなたは娘を知らないし、娘もあなたを知らない」 胸の前で腕組みして続けた。「あなたがまた突然逃げ出さないって確信が持てないもの。娘につらい思いをさせたくないの」
「絶対にない!」 苛立ちが募ったメイソンは瞬時にキレた。
そしてバーカウンターに向きを変えて、聞こえるほど大きなため息をついた。「俺を信用していないんだよな。それは理解している。でも娘の存在を知った今となっては、他人のふりなんてできないんだよ」
そして私の目を見て言った。「君がどう思おうと俺は娘の人生に関わる」