
会社には来たものの、まだ落ち着かない気分だった。
結局、私はカルメンに懇願してコスプレから逃げおおせた。その代わりカルメンが赤いドレスを貸してくれたのだが、思ったより谷間が強調されていた。
当然カルメンは不服そうだったが、ドレスはドレスで"女"をアピールするのにうってつけだということで折れてくれた。
ハリーは、装飾、ケータリング、ドリンクの準備で忙しそうにしていた。
大音量の音楽に湧き上がる会場、まさに私が嫌いなものだ。私の苦手なナイトクラブを思い出させる。
「ジェイミー!来てくれたんだね!」
ハリーはコートを腕にかけて私の方に歩いてきた。「まさか来てくれるとは思わなかったよ。」
私は微笑んだ。「やっぱり気が変わったんです。すごい華やかな服ですね。」
黒いスーツの下に赤いシャツ。頭にはサンタクロースの帽子をかぶり、首にはティンセルを巻いていた。
ハリーは苦笑した。「着せられたんだよ。女の子たちがどうしてもってね。でももう帰るとこなんだ。」
「もう帰っちゃうんですか?」仕事場で唯一気に入っているハリーがいなくなるのはきつい。
「かれこれ2、3時間はお邪魔したしね。僕もパーティーって年じゃない。ジェイミー、そのドレスよく似合ってるよ。楽しんでね。」
「ええ。」私は笑顔で返した。
ー1時間。それで今日は帰ろうー
きっと今の私は周りから浮いている。
「あと、君のデスクにいいものを置いといたよ。僕からのクリスマスプレゼントさ。じゃあ、素敵な夜を。」そうささやくとハリーは行ってしまった。
ハリーが去り、周りにはよく知らない人しかいなかった。
同僚とはいえ積極的に会話をしない以上、彼らのことを知る由もない。
踊りに興じる同僚をかき分け、バーで赤ワインを一杯飲んで気を休めた。
ここでやり過ごせばいいだろう。
「あら、来てたのね。」
背後から声がして振り向く。
金髪、長身、そして大きな偽乳。そう、そこにいたのはジェンだった。
ーここは愛想よく振る舞うの、ジェイミー。そう教わってきたでしょ。-
「あら、ジェン。」笑顔を浮かべてそう返した。
「あんまり乗り気じゃないわね。察するに飛び入り参加ってとこかしら。」
そう言うとジェンは私の全身を見た。彼女はドレスが似合っていないとでも言いたげだった。
「肌色多めでイカしてるわね。」
「うん、ありがとう。」私は少し気まずくなり、目をそらした。
「一日中サロンで今夜の準備をしていたの。ネイル、ヘア、メイクまで。」彼女は痩せた体に手をやった。
「そうなんだ。」弱気なのは分かっていたが、彼女の前でどう振る舞えばいいのかよく分からなかった。私たちの関係がどういうものなのかもわからなかった。
私は残ったワインを飲み干し、帰る準備をした。ほぼ1時間、私にとっては十分すぎる時間だった。
まだ時間が早かったので、カルメンとイーサンと一緒に行きつけのレイシーで飲むことにした。
人ごみの中を歩いていると、ハリーが私の机の上に置いていったプレゼントのことを思い出した。
置いて帰るわけにはいかないので、警備員が立っているエレベーターに向かって歩いた。
「失礼ですが、ここから先は立ち入り禁止です。」ピシッとした黒いスーツを着た男が立ちはだかった。
夜間シフトの警備員ってこんなに可愛かったのね。
「ハリー、いや、......その、ナイトさんが私のデスクに物を置いてったみたいで、帰るときにオフィスに取りに行っていいと言ってくれたんです。私は彼のアシスタントです。」
彼は首を横に振った。「失礼ですが、そうは思えません。」
「じゃあ、彼に電話して確認してください。その間に私は上に取りに行くので。5分以内には戻ってきます。荷物も預かってもらって構わないです。クレジットカード、お金、携帯、化粧道具全部中に入ってます。」
彼はため息をついた。「分かりました。ただし5分以内ですよ。」
彼がエレベーターのボタンを押すと、扉が開いた。
私は中に入り、振り返って彼に微笑みかけた。「ありがとう。」
エレベーターの扉が再び開くと、私は自分のデスクに向かって歩き出した。オフィスは下の階とは違い静寂に包まれていた。
ハリーが言った通り、私の机の上には小さなプレゼント袋が置いてあった。
人から贈り物をもらうのはあまり好きではないが、ハリーからの贈り物だったので、断りたくなかった。
私は袋の中を見て、かわいらしい小箱を取り出した。
中に入っていたのはとても高価そうな真珠のブレスレットだった。
とても高そうなもので、これをもらうのは少し悪い気がした。
「仮装しないのか。」
メイソンの声が聞こえた。
私は箱をパチンと閉め、振り向いた。
彼は自分のオフィスの椅子に座り、ドアを開け放って、まっすぐに私を見ていた。
どうして気づかなかったんだろう?
「ミスターナイト!」私は少しパニック気味だった。
メイソンは椅子から立ち上がり、ドアの方へ歩いていった。「......驚かせてしまったようだな。」
私はおそるおそる髪を耳にかけた。「誰かいるなんて聞いてなかったので。」
「なぜここにいるんだ?警備員に誰も上らせないように言ったんだが。」
「無理言って通してもらいました。あなたのお父さんが私の机の上にプレゼントを置いて帰ったのでそれを取りに来たんです。」私は箱を袋に戻した。
「プレゼント?従業員にそんなことをするのは初めてだな。きっと君のことを気に入ったんだな。」
「まあ、彼はいい人ですし、彼の下で働くのは好きです。でも、これは私にはもったいないです。何かお返しをしなきゃ。」
私は彼が何を考えているのか心配だった。がめついタイプだなんて思われたらどうしよう。
「黙ってもらっておけ。君はそれをもらうに足る理由があったんだろう。」彼はズボンのポケットに手を入れて立っていた。「それで、あの時着てた衣装はどうしたんだ?」
腕を組んでメイソンを拒絶するように答えた。「やめました。」
「残念。」彼はため息をついた。
口説き文句のつもりだろうか。
私は他の子みたいにはいかない。彼の外見に見惚れたら最後、それはよく分かっているつもりだ。
彼はまた、私の全身を頭のてっぺんからつま先まで、あの茶色の目で見つめた。そして彼は笑った。
「ジェンのことなんか気にしてないって知ってるだろ?」
もちろん、彼は気にしていない。今ごろ彼の心はは他の誰かになびいているのだろう。1時間おきに女がいるような男だ。
むしろ今、彼のオフィスに半裸の女性がいないのが不思議なくらいだ。
だがあえてそこは聞かなかった。「パーティーには参加しないんですね。」
彼はまたため息をついた。「そんなことを聞きに来たのか?そもそもクリスマスは祝わない主義なんだ。何年もそうだ。」
意外だった。メイソンはパーティーが好きだという噂を聞いたことがある。そもそもクリスマスパーティーも彼のアイディアじゃなかったのか。
どうしてクリスマスを祝わないんだろう?
「何を考えている?」
「いえ何も、もう行かなきゃ。もう夜も遅いし、友達と飲みの予定がありますので。」
私はプレゼントをしまった。
「会社のパーティーをサボってか?」メイソンはわざとらしく驚いてみせた。「何か忘れてないか?」
「何をですか?」と私は返した。彼と二人きり、そんな状況に私は緊張した。彼の威圧感を前に今すぐその場を去りたい気分だった。
ふと彼の視線が私たちの頭上に向けられていることに気付く。
「ヤドリギ…」
私は顔を上げ、ヤドリギが私たちの頭上にぶら下がっているのを見た。―ヤドリギの下で出会った男女はキスをしても良い―クリスマスは祝わないのに、そんな言い伝えは知ってるみたい。
「クリスマスは祝わないはずでは?」
「そのドレスよく似合ってるよ、ジェイミー。あと、ヤドリギは特別だよ。」
メイソンは少し近づき、私の首周りを覗き込んだ。
「ミスターナイト。」
彼は私の頬に手のひらを置き、指を広げ、親指で愛撫した。
彼の顔が近づいてくる、不意に彼は私にキスをした。決して望まないキスだ。
でも、気がつくと私は...それに夢中になっていた。思わず、その場に立ちつくしてしまう。
彼の口からは、ラム酒のスパイスの香りがした。
ーどういうことなの?ー
ミスターナイト、いや私の上司が私にキスをしている。私も唇を許している。
舌を絡め合わせているわけでも、激しいわけでもない。唇を重ねているだけ。とても柔らかい。
ーダメ。こんなの間違ってる。もうやめなきゃ。-
「ああ、ここにいましたか。」
私は驚いて後ずさりした。
警備員がこちらに向かってきた。
「5分ですよね、分かってます。」
「大丈夫だ、ギャビン、私が許可したんだ。」とメイソンが返した。
ギャビンはうなずくと、「お邪魔してすみません。」と言い残した。
ーメイソンの連れだと誤解されたら冗談じゃない。そもそも私はもう帰るんだ。ー
きっとあの警備員は私とメイソンがコトに及んでいる想像をしているに違いない。
クリスマスの日、ヤドリギの下にいる女性はキスを拒めない、メイソンはそんなジンクスを口実にキス以上のことを求めているに違いない。
私は高価なスーツに身を包んだメイソンを見上げた。
「そろそろ行かなきゃ、友達と予定がありますから。」
「俺が送ろう。こんな夜遅くに一人で出歩かないほうがいい。」
「大丈夫、大丈夫ですから。」私は彼にキスを許したことを後悔していた。「おやすみなさい、ミスターナイト。」
私はエレベーターに向かって歩いた。
キスをしてしまった。月曜日の朝からメイソンがどう接してくるのかもう想像がつく。
ー何してるの私。マズイことしちゃった。ー