
俺はパーティーが嫌いだった。企画するのも、参加するのも、終了後の後片付けも含めて大嫌いだった。
通常であれば、夏の宴とクリスマスのダンスパーティだけ気にしておけばよかった。
群れのメンバーにとって、たまにはアルファと直接会い、思い思いのことを俺と話したり、あるいは握手したりすることは重要だった。
今度の晩餐会は、おそらくいつもの行事よりもさらに面倒くさいものになるだろうな。
今回、出席者は少ないだろうから、そもそもなぜこのような晩餐会が行われるのか不思議に思うものばかりだろう。俺にとってはどうでもいいことだが。
「演壇をもっと高くする?」ジョシュは、歩きながらクリップボードに目を通しつつ聞いてきた。
「彼らより席を高くしたら、お前の優越性がより強固なものになる。同じ高さにすることで、より親近感が....」
「ジョシュ、それはもういい」「座席のセッティング以外の話はできないのか?」
ジョシュは手を止め、クリップボードを置き、俺の目をじっと見た。あいつが敵対的な態度を取ろうとしているわけではないと分かっていたので、俺は特に気にしなかった。
ジョシュが俺を見たとき、喧嘩腰ではなく、親友として手伝おうとしている目だった。その違いくらいは分かる。
「いつものお前なら、細かいことまで確認したがるじゃないかぁ」と、しかめっ面をしながら言った。
その通りだった。いつもなら、俺は完全に主導権を握り、あらゆる決断を自分で下し、アルファらしく行動しているだろう。だが今は、頭が痛くてそれどころではなかった。
「気分が優れないだけだ、ジョシュ、お前に任せてもいいか?」
頭痛の本当の原因は、彼女と一緒にいられないからだとわかっていたが、ジョシュにその話はできなかった。
「もちろん...いいけどさ」彼はためらいがちに言った。「でも、今夜はきっといい夜になるぞ。群れの士気も高まるし、女性客の中でラッキーな人は...」
ジョシュのいたずらっぽい笑みに、俺は目を細めた。「仲人にもなろうってか?それとも、ジョセリンがお前に何か吹き込んだのか?」
ジョセリンの話になると、あいつの体がこわばったことに気づいた。俺たちは普段、その話題を避けていたからな。
ジョセリンと別れてから1年が経とうとしていた。俺自身、長続きしないと分かっていたから乗り越えられるはずだったんだが、まさかジョシュと付き合い始めたとは......。
相手がこいつだと分かると、急に受け入れられなくなった。
だがアルファとして、ジョシュに恨みっこなしだと伝えるのが俺の役目だった。二人ともいい大人なんだし、誰と恋に落ちるかなんて分かりゃしないからな。
ジョシュは俺と向かい合うように座り、あいつが腕組みをした瞬間に今から何をするのかすぐに分かった。こいつの代名詞でもある”叱咤激励”で、是が非でもこのパーティーを開かせようとするんだ。
「エイデン、聞いてくれ」「最近、いろいろあったのは分かる。俺たちイースト・コーストの群れは、この数カ月間トラブル続きだ」
「そして、今年もお前は誰とも関係を持たないようにしてる。誰と一緒に住むかすら、まだ決めてないんだろ?」
どうやらジョセリンの差し金ではないようだ。俺は怒りで口を歪めた。群れが問題を抱えていたのは確かだが、あいつが言った問題とは”俺自身”のことだった。
ジョシュは俺の表情の変化に気づいたに違いない。下を向いて、すぐに話題を変えたからな。
「要するに、最近お前らしくないんだよ。これはベータとしてじゃなく、友達として言っているんだ」
「お前のことが心配なんだ。もしすぐにパートナーが見つからなかったら...お前の性生活のバランスが崩れたら...」
俺は視線を外した。ジョシュが心配するのも無理はない。俺にも分かる。
この時期に群れのボスにパートナーがいない場合、そのリーダーシップは見る見るうちに低下する。その期間が長くなればなるほど、その力は弱まる。これは極めて危険な状態だ。
だが、俺は自分なりに何とか対処していた。一歩間違えれば、永遠に生涯のパートナーを失うことになりかねないからだ。
「お前の心配はごもっともだ、ジョシュ」「だが、俺のプライベートには干渉しないでくれ。分かったな? 今は、アルファとしてお前に話している」
明らかに緊張が走った。一瞬、ジョシュと目があったが、友達としてのものではなかった。
俺に歯向かうつもりなのか?
俺の内なる狂気が牙を剝く前に、ジョシュはようやく下を向きながら服従し、うなずいた。「もちろんです、アルファ」
「よし」彼からクリップボードを取り、座席の配置をチェックした。「細かい話をしてるんだったら、ひとつ微調整をお願いしたいんだが...」
緊張のあまり部屋をウロウロしながら、俺はタキシードに身を包み、幸運の緑のネクタイを締めた。パーティーをいつも問題なく乗り切れるお守りみたいなものだ。
準備はできていたのだが、アルファとしての地位をはっきりさせるため、俺はド派手に入場することになっていた。
少なくともジョシュはそうするべきだと考えている。
俺が本当にしたかったのは、ダイニングホールでシエナに会うことだけだった。彼女の匂いをもうすでに感じるし、それだけで気が狂いそうだ。獣としての本能が疼き、興奮は一気に最高潮に達した。
自分を無理やり落ち着かせ、頭の中で計画をシミュレーションした。
まず、いつものようにみんなに挨拶。それから食事、世間話、そして一人一人のゲストに会う。
その後やっとシエナを独り占めし、2人きりになれる場所へ行く。2人だけでお話しして、ちょっといちゃいちゃして、持ちうる限りの愛嬌をとことん振りまいて、最低でもおやすみのキス。
セックスはまだだ。今夜はただ味わうだけ。じっくり、そして深く。
集中しろ。
携帯が鳴り、一度深呼吸をした。時間だ。
あの子に会うために、ダイニングホールまで走れるものなら走っていただろう。
だがそこは、誰も俺を待っていないかのようにゆっくりと、そして自分のパートナーがすぐそばにいないかのように落ち着いて、悠々と歩いた。まだ焦る時ではない。
自分の感情の赴くままに行動することなど許されなかった。いつだって俺には義務があり、アルファらしく振る舞う必要があった。
誰とも目を合わせないように勢いよくダイニングホールに入ると、彼女の匂いがホールの隅々まで漂っていた。まるでこの空間には他の匂いはなく、彼女の匂いだけが漂っているようだった。
どこにいようとも、彼女の魅惑的な匂いが囁いてきて、自然と彼女に引き寄せられた。いっそのこと他のみんなを無視し、理性も捨てて、ただ彼女をつかまえてここから連れ去りたかった。
俺に恥をかかせようとするこの興奮を無理矢理どこかへ押しやり、別のことに集中しようとした。もし彼女と目を合わせたら、ほんの僅かな匂いを嗅ぐだけ俺の淫棒は激しく脈打ち、理性を失ってしまう。
壇上に上がるや否や、俺はゲストの中から適当な人を選んで視線を固定した。
「皆さん、晩餐会へようこそ」と堅く挨拶。息を吸い込んだ瞬間、あの子の匂いを嗅いでしまい軽く喉が唸った。「まもなくディナーが始まりますので、どうぞおかけください」
あの唸り声で機嫌が悪いと思われたかもしれないと感じ、俺は皆ににこやかに笑いかけ、席に着いた。
彼女の匂いがまだ残っている...しかも、さっきまでは感じなかった肉体を欲望する匂いが漂っている。
俺は隣の席に座ったジョシュとジョセリンの方を向いた。「2人とも元気そうで何よりだ」俺は半ば取り乱しながら、彼女の危険な匂いで頭が埋め尽くされないようにした。
2人は俺のらしくない言葉に驚いたようで、ジョシュは微笑み、表情が明るくなった。「ありがとよ。お前も元気そうじゃんか」
「"いつも通り"元気さ」俺はぶっきらぼうにそう返した。
ジョシュは目を丸くしたが、軽くクスッと笑った。俺はあいつが次に何と言ったのかさえ覚えていない。というのも、できるだけ彼女がはっきり見えるように、私はさりげなく部屋を見回したからだ。
彼女がどこに座っているかは知っていたが、意気込みすぎてると思われないように、時間をかけてゆっくりと視線を移した。
そして見つけた。
俺をここまで興奮させた犯人。
俺の最愛のパートナー。
シエナ・マーサー。
彼女以上に美しい女性を俺は知らない。それに、初めて会ったときからも、さらにも増して美しくなっていた。
滑らかな赤い髪が官能的な背中に輝き、その燃えるような色合いが、少し黄みがかった美しい白い肌に鮮やかに映えていた。
彼女はスタイリッシュなグリーンのドレスに身を包んでいた。それもかなり露出度の高いドレスで、まるで彼女の体にピッタリと張り付くかのように、艶やかな体の曲線を見事に包み込んでいた
こんなにも美しい女性に、俺はなぜ今まで気づかなかったのだろう。
彼女は恐らく、今までもクリスマスのダンスパーティーや夏の宴に参加したことがあるはずなのに、あの川で出会うまで、俺は彼女を目にしたことすらなかったんだ。
その美しい光景を目の当たりにしたとき、俺は今まで抱いていた警戒心をすべて投げ捨て彼女のもとへ行き、優しく抱きしめ、柔らかな髪を撫で、その滑らかな肌に唇を重ねたくなった...。
「...それでメイソンに言ったんだ。『エイデンの言うことは絶対だぞ』って。そうだよな、エイデン?」
その瞬間、放心状態からパッと目を覚まし、ジョシュを無表情で見つめた。シエナから目を離し、こいつに視線を移すのは相当大変だった。
「ああ、まさにそうだった」と、会話の内容はちんぷんかんぷんだったが、ボソッと言っておいた。
ジョシュがまた何か言おうと口を開いたとき、俺はまた気を取られてしまった。シエナが立ち上がり、大きく息をつき、今にも倒れそうな様子でテーブルに手をついていた。
彼女は小声で何かをつぶやくと、部屋を飛び出し、燃えるような髪はダイニングホールの扉の向こうに消えていった。
彼女はとても官能的な匂いを残し、近くにいた誰もがその匂いを嗅ぐことができた。
そして、その匂いは俺のペニスを太く雄々しくそびえ立たせた。
「すぐ戻る」と言って、座席を後ろに押しやると、足早に出口に向かった。自分の行動が周りにどんな悪影響を及ぼし、視線を集め、コソコソと何か言われるのかなどは考える余裕すらなかった。
分かっていたのは、できるだけ早く彼女のところに行かなければならないということだけだ。匂いをたどって彼女を見つけるんだ。
最愛のパートナーが月夜の興奮に取り付かれたのだから、今は彼女を落ち着かせてあげるのが俺の役目だ。