
ウルフギャングと話をして、トニーを異動させないよう説得したかった。
彼は何も悪いことはしていないし、ウルフギャングがなぜそんなに怒っているのか本当に理解できなかった。
私のことを気にかけているわけでもないのに。
本当にそうなの? 彼は嫉妬していたの?
でもどうして? 私に対して嫌悪感以外の感情を抱いていたとは思えない。
それとも、嫌悪以外の感情を……?
そのとき、交わしたキスを思い出した。彼は間違いなく私に夢中だった。硬くなったものが私の脚に強く当たっているのを感じた。
私が彼を興奮させたの?
笑ってみせるレアとは裏腹に、私は赤面した。レアはかなり性欲の強い狼だった。
結局、私は彼のオフィスに行くことにした。途中でマックスとリーマスに偶然会った。
ウルフギャングを見かけたかどうか尋ねると、マックスがオフィスにいると教えてくれた。私に会えば気分も良くなるだろうから、是非会いに行ってやってくれ、とも付け加えた。
マックスもガンマ・リーマスも横目で私を見続けていたが、気にせずアルファのオフィスに向かった。
ノックをしようとしたが、ドアはすでに開いていた。私はドアを軽く押して中に入ってみた。
膝の上に座ったタルーラに舌を絡めているパートナーを見て、私は凍りついた。
私は思わず息をのんだ。2人に気づかれてしまった。
「失礼。ノックの仕方も知らないの?今いいところなんだけど」とタルーラは私を睨んだ。
私は申し訳なさそうに謝罪し、目に涙を浮かべながら全速力で部屋を飛び出した。
廊下を疾走し、自分の部屋に続く階段に向かっているとアスペンに出くわした。彼女は私の顔を見るなり眉間にしわを寄せ、私を抱きしめた。
「ローリー、どうしたの?」
私は涙を拭こうとした。
「私、私...…」説明しようとしたけれど、涙が溢れた。めちゃくちゃになっていたと思う。
「一緒に行こう」アスペンに連れられ、階段を降りた。ガンマ・リーマスとマックスが談笑している裏庭に着いた。
私を見るなり、2人とも心配そうな顔をした。
「どうしたんだ?」とマックスに尋ねられたが、涙が止まらなかった。
ウルフギャングとタルーラの姿が脳裏に刻まれ、そのことを考えるたびに胸が痛んだ。
「何があったんだ、アスペン?」
リーマスに聞かれたアスペンはただ首を横に振った。「わからないわ。会ったときにはもうこの状態だったの。悪いんだけど少し2人で話してもいいかしら」
2人とも渋々うなずき、バラ園を去った。
アスペンは私と一緒に座り、黙って私が泣き止むのを待っていてくれた。少なくとも1時間はそこに座っていたと思う。
彼女が私を外に連れ出してくれたことに感謝した。新鮮な空気が必要だった。窒息しそうだった。
「話せる?」アスペンは優しく手を重ねた。
私はただ首を横に振った。彼女には話せなかった。彼女も誰も、ウルフギャングとのことに巻き込みたくなかった。あのろくでなし。
「ウルフギャングのことでしょ?」と彼女は言った。
顔を上げると目が合い、彼女の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「何で分かるの?」
「ウルフを見る目を見たら分かるわよ。結構分かりやすいもん。それにウルフだってあなたのことを見ているわ」
「本当かなあ」と私はつぶやき、自分の足元に目を落とした。
「本当よ。リーマスだってそう思ってるわ。あなたたちの狼の名前を知ってからはなおさらね」
彼女は腕を組んだ。「でも何でまだ2人とも引力を感じてないのかしら」
「アルファ・ウルフギャングと私は結ばれる運命にないと思う。彼はアルファで、私はただのオメガだから」
彼の言葉が蘇って、胸に痛みが走った。結局のところ、彼の言うとおりだったのだ。
「何言ってるの、オーロラはいろんなものを持ってるわ。これまで出会った中で一番親切で思いやりのある女の子よ。タルーラなんかよりよっぽどルナにふさわしいわ。彼女は権力を高めたいだけって見え見えだもの」
「だとしても、アルファ・ウルフギャングがタルーラを選んで一緒にいる以上、私にできることは何もない」完敗した気持ちでため息をつく。「早く今週が終わればいいのに。これ以上2人のそばにいたくない」
その時、マックスが戻ってきた。「ウルフギャングと話したよ。オーロラを探してた」
パートナーの名前を聞いて思わず体がこわばった。
「それから今日はもう休んでいいって言ってたよ」
私はほっとため息をついた。「ありがとう。部屋で休むことにする。じゃあね、みんな」私は立ち上がり、ウルフギャングに会わないことを祈りながら、まっすぐ自分の部屋に向かった。
しかしまたしても、運は私の味方ではなかったようだ。一番会いたくない人の姿が見えてしまった。
タルーラだ。
気づかれていないことを祈りながら、来た方向を引き返そうとした。
「メイドさん! あなたを探していたのよ」
私は足を止め、彼女の方を振り向いた。「はい、何でしょう?」うつむきながら尋ねた。泣いていたことを気づかれたくなかったからだ。
「ウルフギャングの専属メイドさんね?」
「そうです」
「はっきり言っておくけど。あなたは彼のメイドであり、それ以上ではない。だから、私たちがイチャイチャしているところを見たからって泣かないで。彼は私のパートナーよ」
彼女は私を嘲笑した。「彼にどんな幼稚な恋心を抱いているか知らないけど、彼は私のものよ。諦めて」
私は彼女の唸り声にたじろいだ。彼女がアルファの娘であることを感じさせる唸り声だった。
「申し訳ありませんが何のお話か……。私はただのメイドでそれ以上のことはありません」
早くこの会話を終えて、自分の部屋に閉じこもりたかった。
「それでいいわ」彼女は唸り声を上げて立ち去った。苦しむ私とは裏腹に、レアは彼女に襲いかかろうとしていた。
私は4階へ急ぎ、部屋に鍵をかけた。ベッドに体を投げ出し、枕に顔を埋めて、もうどうしようもなくなるまで泣いた。
その日の夜、ベッドに座ってテレビのチャンネルを回していると、電話がかかってきた。
画面に表示されているのはモンタナの名前だった。
「もしもしローリー、元気にしてるの?」
「もしもし。元気よ。実は今日は休みだから、面白い番組を探してるんだけど、なかなか見つからなくて......」
私は最大限の明るい声で話そうとつとめた。「モンタナはどうしてたの?」
「仕事だよ。ここ数週間、アルファ・ウルフギャングの命令で色々パトロールさせられていてね。どうやら国境付近でならず者の目撃情報があったみたいなんだけど、まだ嗅ぎつけられてないわ」
「そうなんだ。じゃあ今週末は会えないってこと?」私の気分は地に落ちた。
「え? もちろん会えるさ。日曜日は仕事がないことを確認したから一日中一緒にいられるわ」
モンタナの楽しそうな声がする。「ローリーは何したい? 狩り? ショッピングモール?」
あまりに楽しそうにしているモンタナの声を聞いて、私は笑った。「一日中家で映画でも見るのはどう?」
外出してアルファと会うことだけは避けたかった。
「もちろんいいよ。ローリーのやりたいことなら何でも。はーあ、ローリーが屋敷に行ってからもう何年も経ったような気がする。一緒に遊ぶなんていつぶりかしら」
私はため息をついた。「ほんと、私もそう思う」
モンタナと私は特別な絆で結ばれていた。彼女は私が8歳のときから、私にとって最も母親に近い存在だった。
当時、彼女は避難所を探す遊牧民だった。
アルファ・グドルフは彼女のシーカーとしての能力に可能性を見いだし、一族に入るぐらい信頼してもらえるまで、私の父を付き人に任命した。
やがて2人は恋に落ちた。
父は私に「モンタナは決して母の代わりにはなれない。何しろパートナーの縁は切れないからな」と言ったが、モンタナに抱いていた特別な感情を否定することはできないようだった。
私はというと、最初はモンタナに警戒心を抱いていた。継母が邪悪な存在として描かれている映画を見て育ったからだ。
でも、彼女は子供向け映画の登場人物とは全然違っていた。
モンタナは一緒にいて心地よかった。私たちはすぐに打ち解けた。
父が亡くなってからは、さらに仲良くなった。私たちは小さな家族で、私は彼女を心から愛していた。
両親を亡くしても、月の女神は私にモンタナのような特別な人を授けてくれたのだ。
そのことに私は感謝していた。他の人たちと同じように家族を持てたのだから。