
集会場の敷地に入る前から、イベントの興奮が漂っている。人々の話し声や笑い声、そして音楽が聞こえてくる。
見る前から、グリルで焼かれている食べ物の匂いや、綿菓子、カップケーキ、クッキーなどのお菓子の甘い香りがしてくる。
集会場に近づくと、あちこちに赤、青、金色の旗が風になびいているのが見える。
王室の紋章が描かれた旗もある。紋章は、王冠の下でライカンと人狼が向かい合っている。
王冠の左側には満月、右側には三日月が描かれている。
その下には古代のシンボルが刻まれた巻物が広がっている。
お祭り会場にはたくさんの人がいて、様々なイベントが行われている。テントやブースが至る所にある。
集会場の中にもたくさんの人がいる。彼らはマヤに挨拶するために立ち止まり、警戒の目で私を見つめる。
我々が玄関から奥に向かう間、皆まるで私が目を離せないほど魅力的な、見知らぬ人を見るように振る舞っている。
私は常に部外者だったが、以前はあまり注目されることもなかった。だから、じっと見られると変な気分だ。
「正面階段に人が多すぎるわ。裏に周って作業員用の階段を使いましょ」とマヤが言う。
私が集会場に来るのは、2回目か2回目くらいなので、どこに向かっているのか全く分からないけど、マヤは場所を知っているみたいだ。
キッチンの前を通り過ぎる。そこでは何人かの料理人が忙しく食材を切ったり、スライスしたり、さいの目に切ったり、大きな鍋をかき混ぜている。彼らも私たちが通り過ぎる間、私をじっと見つめる。
キッチンを出て右に曲がり廊下に入る。女性たちは私たちが視界から消えるやいなや、ささやき声で話し始める。
もし私がまだ人間だったら、聞こえてないだろうけど、ライカンになった今は人狼よりも聴覚が鋭い。彼女たちが言う言葉は全て聞こえてくる。
「あら、あれが彼女?」と1人の女性が言う。「彼女は人間だと思っていたわ」
「レイラは人間よ」と別の誰かが答える。
「本当に? 人間? へー・・・ だから、コフィはグレースを捨てて彼女に乗り換えたのね。彼女、すごく魅力的だもの」
「でも、かわいそうなグレース・・・ コフィは彼女を自分の番いにするって約束したんでしょ?」
別の料理人が再び声を上げる。「そう、グレース、それから多分アリスも、グレースは確実よ・・・」
それが本当なら、私から見ると、彼女たちは幸運だったとしか言えないわ。コフィって最低ね!
狭い階段にたどり着き、マヤが私たちを先導する。
2階は広々としていて、美しく装飾されている。私のヒールが大理石の床でカチカチと音を立てる。
マヤは私を「コミュニティルーム」と書かれたドアへ案内する。彼女はドアを開ける前にノックし、私に入るように合図する。
私は部屋に入る前にドレスの前をきれいにして、姿勢を正す。
コフィを見て逃げ出さないよう、勇気を奮い起こして周りを見回す。かなり広い部屋だ。
天井からは赤、青、金の旗が吊り下げられ、椅子は学校の講堂のように配置されている。
ステージを向いて設置された数百の椅子があり、アルファのブレイクとルナのルナ・メアリーがちょうど席に着く。
ステージ上には他にもう2組のカップルが座っている。多分、今夜儀式を行う予定のカップルだろう。コフィは彼らの隣に座っていて、もう反対隣は空席だ。コフィは、私がステージに近づくのを見ながら、満面の笑みを浮かべている。
私の両親、カレブ、カルメン、祖母、アブラハムは、ステージを向いた椅子に座っている。マヤは素早く彼女の番いのアブラハムの隣に座る。
突然、この会はかなりプライベートなものだと気付く。私の家族全員がここにいて、他の出席者は今夜結婚する他のカップルとその家族だけだ。
「レイラ」とアルファ・ブレイクが言う。彼は立ち上がって私を迎える。
「レイラ」とコフィも言い、急に立ち上がる。
私は敢えてコフィから離れ、アルファの前に立つ。
「アルファ・ブレイク」と私はその男性に微笑みかける。アルファ・ブレイクとルナ・メアリーはいつも私に優しくしてくれた。
「素晴らしいことだ。無事にここに来てくれて良かったよ、私の愛する子。急なことで、すまなかったね。このプライベートな会は突然招集されたんだ」とアルファ・ブレイクが私の肩をたたきながらささやく。
アルファ・ブレイクは私よりたった5歳年上だけど、いつも父親のような口調だ。
アルファが咳払いをして他のカップルに話しかけると、私はしぶしぶコフィの隣に席に着く。
「すべてがスムーズに進むよう、正式な式典を始める前に皆さんをここに呼ぶよう頼まれました」
彼の視線が私に移る。
「国王が、皆さんに強制的な交配をもはや推奨していないことを思い出すように伝えてきました。 少なくとも人狼たちの間では」
彼がギデオンのことを言っているわけではないことはわかっている。もしギデオンがこの儀式を中止するほど私のことをまだ気にかけているなら、メッセージを伝えるのではなく自分でそれをするはずだ。
いいえ・・・偶然に違いないわ。
「誰か私に何か言いたいことはありますか?」 アルファ・ブレイクが私たちに尋ねる。「交配を強制されている人はいますか?」
父と目が合うと、彼は少し見つめ返して、すぐに目をそらす。
1組のカップルがふざけあってお互いをつつき、家族は笑っている。
父は黙っているが、母は、私が何かを言うのではないかと待ち構えるように、すばやく私を見る。コフィは他の人たちと一緒に笑っている。
アルファ・ブレイクがカップルやコフィに質問を続ける間、家族の視線の重みが感じられる。コフィは、これは自分たちの意思だと断言する。
「レイラ」とうとうアルファ・ブレイクが私の方にやってきた。
彼の唇に浮かぶ笑顔は、私に対しても他の人たちと同じ答えを期待していて、これは単なる形式的な手続きであることを示している。
アルファ・ブレイクは続ける。「あなたは自分の意思でこの結婚をされますか?」
再び家族の顔を見る勇気は私には湧かない。
「いいえ」
アルファ・ブレイクはうなずいて微笑む。私の言葉が彼の脳に届くのにしばらくかかった。彼の笑顔はゆっくりと消え、困惑して眉をひそめる。彼は身を乗り出して私を真剣に見つめる。「いいえ?」
「いいえ」 私は家族を見る。みんな、驚いた表情をしている。祖母を除いて。
「レイラ」と父が言い、席を立つ。「どうして私たちにこんな仕打ちができるんだ?」
「真実を話すこと以外は何もしていないわ、パパ。前にも言ったけど、私はすでに番いに出会って結婚したの。だからコフィを受け入れることはできまないの」
「何度ライカンについての嘘を言えば気が済むの?」と母が言う。 「あなたはコフィとの結婚から逃れようとしているだけじゃない」
その瞬間、私は感じた。
引力。空気の重さ。
私の目は部屋の奥に引き寄せられ、そして、ドアが『バーン』と開く音が響く。彼が来てくれた!
彼の腕に飛び込んで、彼の唇の柔らかさを感じたいという衝動と戦う。彼の体温と匂いに身体を包まれ、心の痛みを癒してもらいたい。
ダークスーツに身を包み、目の色にマッチする金色のネクタイを着けた彼は、すさまじくハンサムだ。
白いドレスシャツが彼の褐色の首筋に映えている。表情は読み取れなけれど、強烈な眼差しで私を見つめている。
部屋のざわめきが静まり返る・・・もしくは、彼を見てすべてが消えてしまったように私が感じているだけかもしれない。
「中断してしまい申し訳ありません、アルファ・ブレイク」とギデオンは言う。彼はステージに向かって一気に階段を駆け上がる。もう私のことは見ていない。
そのゴージャスな黄金色の瞳が、コフィを鋭く捉える。作り笑いは引きつり、額の横の血管がピクピクと動いている。
コフィは私の隣の席で少し身を縮めた。
うん、私が彼だったら怖いだろうな。ギデオンなら彼を爪楊枝のように折ってしまえるから。
「アーチャー卿!」とアルファも少し身を縮めながら答える。ギデオンに気づいた人たちが部屋中でざわめき始めた。「い、いえ、とんでもありません、閣下」
マヤがカルメンに「めっちゃイケメン」と囁く声と、アルファ・ブレイクの鼓動が少し速まっている音が聞こえる。
でも、私はステージを横切りアルファの横に立つギデオンから目が離せない。
ギデオンに会えてとても嬉しいし、安心したけど、私たちがどんな立場にいるのかはまだわからない。
彼を渇望していて、恋しい。でも、この数日間のことにはまだムカついている。
「申し訳ありませんが、今夜まで待つことができない重要なお知らせがあります」とギデオンが皆に告げる。彼の背中は私に向けられている。
「残念ながら、国王はこちらの1組のカップルの結婚を許可することはできません」と言ってから、彼は一度止まる。「〜カップル〜」という自分が発した言葉に体が硬直したようだ。
ざわめきがホールに充満する。母は父に何か囁いて、父は私をじっと見つめている。
「な、な、なぜですか?」アルファ・ブレイクがどもりながら言い、私たち6人を振り返る。彼は完全に驚愕している。
「なぜなら、彼らのうちの1人はすでに契りを結んでいるからです」とギデオンが言う。部屋は静まりかる。
もう家族のことは見ていない。ただギデオンだけを見つめて、彼が振り向くのを待っている。彼の顔を見なければならない。
「アルファ・ブレイクとルナ・メアリー、そして紳士淑女の皆さま・・・」とギデオンは言う。「私は私の番いをみなさんに紹介したいと思います」
彼はゆっくりと、劇的に、振り返って私を見る。「レディ・レイラ・アーチャー。私の最愛の人です」