
頼んでもないのに寝室に差し込んできた朝の日差しで目が覚めた。頭が割れるように痛いとはこのことか。
すぐそばにあるテーブルに目をやると、ウイスキーの空き瓶が1本...どうりで気分が最悪な訳だ。
そういや昨日は、ジョセリンの前で失態を晒し、医療器具だらけの小部屋でフラれたんだったな。
ったく、俺としたことが...。
頭にシーツをかぶろうとしたら、ビリビリに引き裂かれていて紙吹雪のようになっていた。
こん畜生め...どんだけ寝苦しい夜だったんだ。
そう静かに唸りながら枕に顔を埋め、日の光を遮ろうとした。
待ちに待った満月の初夜、ジョセリンとのセックスを思う存分堪能するはずだったのに、結局俺だけがコケにされちまったんだ。
「もう訳わかんねえよ」と、枕に向かってつぶやく。
俺はジョセリンから、認めたくなかった真実を突きつけられた。というより、恐れていた事態を目の前にして、あいつに崖から突き落とされたようなものだ。
それまでの俺は、毎年のように入れ替わるパートナーや、群れにおける至高の存在アルファとしての地位、そして自ら手に入れた自由にすっかり満足していた。
そのはずだった...。
だが、ジョセリンが気づかせてくれた。
俺は彼女が生涯寄り添えるパートナーになり得るかもしれないと思ったが、そうではなかった。なぜなら、この心の空白は彼女には埋めることができないからだ。俺がそのことに気づくずっと前から、ジョセリンは真実を見透かしていた。
そしてそれは、誰もがパートナーとのセックスを求めるこの時期に、1人孤独な1匹狼でいるということを意味していた。
それが知り渡れば、ここぞとばかりに俺とのチャンスを求めてやってくる者もいるだろうが、それは俺が最も望まないことだった。
とはいえ、その中の1人が真のパートナーとなり得る存在で、まだ俺が出会っていないだけという可能性はなきにしもあらずだ。
ただそれは、俺自身の希望的観測にしか過ぎない。人生はそんな思い通りに行くもんじゃねぇ。運命のパートナーを見つけるのが容易いことではないというのは、俺も分かっていた。
最後まで出会えない人もいるんだからな...。
俺は苛立ちのあまり、枕を部屋中に投げつけた。心に抱えたこの空虚感は、そのたった1人に出会わない限り決して埋めることができないのだ。
ひとたび自分の心、精神、肉体、魂のすべてがそのたった1人を追い求めていると分かった瞬間、もう手遅れみたいなもんだ。
畜生めが。
これから誰とデートしようとも、「こいつは俺が追い求めてきたその人ではない」という呪縛から抜け出せないのさ。
この際、そいつが誰であろうと構わない...。
半ば強引に起き上がり、俺は二日酔いの身体をベッドから叩き起こした。これ以上色々考えてもラチがあかねぇ。
会う前からすでに俺の人生を台無しにしているこの運命のパートナーから、どうしても気持ちを切り替える必要があった。
筋トレ、ジョギング、あるいはウイスキーを浴びるほど飲みながら仕事をするのもありだ。
だが、そんなものによって俺が本当に求めているものは手に入らず、一時的な気晴らしにしかならないだろう。
俺は今まで、真のパートナーを求める自分の気持ちを、心の奥深くに仕舞い込んできた。そして、いざその気持ちを目の前にすると、一体どうすればいいのか分からないのだ。
誰かのアドバイスが必要だった。こんなときはいつも兄さんに助言を求めたものだが、アーロンが亡き後、俺は進むべき道が分からなくなっていた。
俺はいつだって兄さんを尊敬し、どんなときも頼っていた。俺なんかとは違って、兄さんはどんなときも冷静に物事に対処していたからだ。俺が自分できちんと対処できた試しなんてほとんどありゃしない。
そう考えると、俺が慌てふためいているのも当然といえば当然だ。
あににくにも、兄さんを抜きにして、俺の周りで最も賢くてしっかりした人はジョセリンだった。
プライドを捨て、彼女に助けを求めるのは正直辛かったが、そんなことは言ってられる状況ではなかった。
恥ずかしくも何ともないさ...。
俺はジョセリンの部屋のドアをそっとノックした。群れでは、俺のすぐ下の階にあいつはいるから、遅かれ早かれ出会すこととなる。
ドアの向こうからジョセリンの声がした。「どうぞ」
部屋に入ってドアを閉めると、彼女は驚いて目を見開いた。
「心配するな、ヤリにきた訳じゃない」と冗談交じりに俺は言った。
「でも二日酔いでしょ」ジョセリンは眉間にシワを寄せながらそう返した。「ここからでも臭うわよ」
俺は彼女の机の前にある椅子に腰掛けた。誰のせいでこうなったと思ってんだ。
ジョセリンが申し訳なさそうに俺を見つめる。「あんな風に突然...あなたとの関係を終わらせてしまったことは申し訳ないと思ってる。でも、それが私たちにとって最善の選択だってことはあなたも分かってるはずよ」
俺は渋々うなずいた。「それは分かってる。でも結果、俺は今1人ぼっちだ。みんなの間で噂になるのも時間の問題だろ」
「みんなが噂するのは、今に始まったことじゃないでしょ」と、ジョセリンは反論した。
「それはそうだが、群れの集まりのとき俺はどうすればいいんだよ。パートナーがいないとなると、示しがつかないだろ」
「だったら、しばらくの間は、私たちの関係が終わったことは内緒にしておいてもいいわよ」とジョセリンは言った。「群れのボスとしてのイメージがあるからでしょ?」
「どんなイメージだよ!?」と、俺はからかうように言った。「8年間も群れのボスとしていながら、まだ最愛のパートナーを見つけられずにいる男のことか?確かに理想像とはいえないな」
「でも、自分の本当の気持ちに嘘をつくよりはマシよ」とジョセリンは言い返した。
ムカつくが、こいつの言ってることはいつも正しい。
「だけど、真実と向き合うのが怖いんだ...ジョセリン」
ジョセリンは手を伸ばし、俺の手をつかんでは手のひらを上に向けた。
「何してんだよ」
「あなたのエネルギーを読んでいるの。集中したいから静かにして」
「おう...で、俺の未来が分かるのか?」と呆れた顔をして俺は聞いた。
「私はヒーラーであって、魔女じゃないの」「でも...」
「でも何?急に胃がキリキリと痛み出した」
ジョセリンは手のひらの上あたりを指でなぞった。
「ここがあなたの運命線よ」「この2本の線が、お互いに絡み合ってるのが分かる?これはとてもいいサインなの。あなたの運命の人が近くにいるってこと。運命は、あなたが思ってるほどあなたを見放してはいないわ」
一瞬ではあるが、希望が持てた。「他には何が分かるんだ?」
不覚にも、こいつの手相占いに引き込まれている。
ジョセリンは俺の手のひらをさらに注意深く見ると、顔をしかめた。
「運命線から枝分かれしたこの小さな線分かる?この有刺鉄線みたいになってるところよ。これは、運命の人と歩む道が複雑なものになることを意味しているの」
上等だぜ。まさに俺にうってつけだ。
少なくとも運命の人がいるということは分かった。
「お前本当に医者か?」俺は疑いの目を向けつつ、ジョセリンをからかった。
「だからヒーラーって言ってるでしょ!」「舐めてかかってたら、アンタなんかやっつけちゃうわよ!こう見えて私、結構タフなんだから」
他愛もない会話をし、以前のように笑い合えたことが俺は嬉しかった。
「お前がどれだけタフなのかは知ってるさ」「いつも俺の戯言に付き合ってくれてるからな」
ジョセリンは手を離すと、小さく微笑んだ。その微笑みは、俺たちの恋人としての過去に終止符を打ちつつも、互いの友情を深めたような気がした。
「なら...これでOKってことでいいんだな?」
「全然平気って訳じゃないけど」と、彼女は正直に言った。「しばらくの間は気まずいかもしれないけど、なんとかなるわ。それが私たちだから」
「ふぅ〜、助かった。お前がいなかったら、俺は何にもできねぇよ」「冗談抜きで、お前がいてくれるから、俺はいつもなんとかなってんだ」
「あなたと運命の人のキューピットにもなれたら完璧だったんだけど」と、ジョセリンはため息交じりに言った。「わかるわよ。もしかしたら、一生見つけられないんじゃないかっていうその気持ち」
静まりかえった空間で、俺たちは未だ出会えずにいる運命のパートナーを切望する気持ちを共有した。心に空いた隙間をピッタリと埋めてくれる、そのたった1人を求めて。
すると、ジョセリンは沈黙を破り、机の1番下の引き出しからバーボンのボトルとグラスを2個取り出した。
「マジかよ、ドクター。まさか仕事場にこっそり酒を持ち込んでたとはな(笑)」
「何度も言うようだけど、これは"治療の一環"よ」「特別な時にしか出さないの。例えば、私の元恋人が真剣な恋の相談に来たときとかね。これはあなたというより私のためよ」
ジョセリンが作ったウイスキーのダブルで、互いの目を見つめあいながら乾杯した。
「あなたが運命の人と出会えることを祈って」
「お前もな」
もし運命の人がそこにいるなら、俺が見つけ出してやる。どんなに時間がかかってもだ。
もう身体の中の細胞がうずくほどにそのたった1人を欲してやがる。
グラスを置きながら、俺はもう1度手のひらの運命線ってやらを眺めてみた。ジョセリンのやつが言ってた、「複雑な運命を表す」っていうあの線を。
ようやく俺は準備が整った。
そして、お前もそうであることを祈る。