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Cover image for His Lost Queen 失われた女王 1巻

His Lost Queen 失われた女王 1巻

第1章

第2巻:失われた女王

グレイソン

頭がクラクラした。

何もかもがぼんやりして耳鳴りもして、胃の中の物を全て吐き出しそうだった。いったい何が起こったんだ?

俺は目を開けた。まだ混乱してる中、自分がどこにいるのか把握しようと部屋の中を見回したけど、すごく難しかった。

たった一秒前まで、俺はカイルと3人の赤い目のヴァンパイアと自分の部屋に立っていたが、次の瞬間には森の中にいて、俺と群れの仲間を殺そうとする何百人もの生まれたばかりのヴァンパイアとアザゼルの前にいた。

また自分の部屋に戻って、フローリングの床に横たわっていることに気づいたときはほっとした。

体が痛くて力が入らないのは、きっとある種の魔法の影響だろう。でも体中に走る痛みを心配してる暇なんてなかった。戦争が近づいていた。しかもすぐに。

アザゼルの警告が記憶に新しい。

「弟に準備するよう伝えろ、アルファ・グレイソン。彼の王としての時間は終わった。覚悟して待っていることだ」~

耳鳴りが収まると、部屋の中にいる他の人々が何を話しているのか理解できるようになってきた。

それは言い争っている声だった。特にひとりはとても動揺しているようだった。その声に俺は聞き覚えがあった。

「何とかしろ!」 カイルの怒り声が響いた。「俺のアルファが気絶したばっかりなのに、なんでみんな突っ立っているんだ? ミニー?」

「おまえに保障する。彼は大丈夫だ、若きベータ」 誰かが割って入った。ザガンだ。ヴァンパイアの王。アザゼルの弟。「手をもぎ取られたくなかったら、その手を私の体から離してくれ」

「そうか? ためしてみろよ」 カイルが挑発した。「この部屋でヴァンパイアの能力を持っているのはおまえだけじゃないんだ」

俺はうめき声をあげて横に寝転がった。これ以上あいつらのうるさい喧嘩を聞きたくなかった。

みんなが俺の方を向いた。カイルは新しく手に入れたヴァンパイアのスピードを使って、ぼやけるような一瞬の動きで、すぐに俺のそばに移動して来た。

「アルファ、大丈夫かい?」 隣にしゃがみこんで耳元でささやいた。

俺はうなずき、体が脱力しているのを感じながらも、無理やり体を起こした。「大丈夫だ。めまいがしただけだ」と言ってカイルの隣に立っているザガンを見た。「いったい何が起こったんだ?」

「おまえが教えてくれ」 彼はしわがれた声で答えた。「何を見たんだ?」

俺は力なくうめきながら、ゆっくりと立ち上がった。俺の中のオオカミがうなり声をあげた。こいつは弱音を吐くのが嫌いだった。「アザゼルだ。もうすぐやって来る」

カイルが息を吸いこむ音が聞こえた。「アザゼルを見たのか?」

「いつだ?」 ザガンは興味深そうに一歩前に進み出た。「いつ来るんだ?」

俺は首を横に振った。「確かめようがない。生まれたばかりのヴァンパイアの軍団がどれほどの速さで走れるかわからない」 俺は歯を食いしばった。「でももうすぐだろう。たぶん今夜かも」

ザガンは目を細めた。王家のヴァンバイアで、ザガンの子供のミニーとカシミールの2人は父親を驚きのまなざしで見つめた。緊張と不安が目に見えるようだった。

「アザゼル一族が戻ってきたの?」 ミニーがささやいた。もともとの甲高い声が、恐怖で1オクターブ上がったみたいだった。「お父様、このこと知ってたの?」

ザガンはうなずいた。「ベータが手紙で知らせてくれた。だから我々を助けるために時間を無駄にしたくなかった」

「グズグズしてる暇はない」 俺はカイルに言った。「群れの仲間たちに戦いの準備をさせる。何が起きたか知らせないと」

カイルはすでにドアのあたりにいて、「了解!」と叫びながら廊下を駆け下りた。

俺は3人のヴァンパイアの方を振り返り、目を細めて彼らを見つめなおした。まっすぐな黒髪、引き締まった体、印象的な赤い目がどれもよく似ているのが少し気になった。

彼らは人狼よりも小柄だったから、それほど強くはなかった。でもそれは問題じゃなかった。ヴァンパイアの訓練は力やパワーよりも、戦略と緻密な行動に焦点をあてていた。

まるで彼らのモットーが、「努力よりも賢く働く」であるかのようだった。そしてそれはとても効果的だった。

恐ろしくて、でも見事な赤い目を見つめながら、俺は隣にある鏡をちらっと見て、普段は緑色のはずの自分の目が今は赤く輝いていることに気付いた。

でも、モーター一族の3人とは違って、俺の目は自分の中のオオカミの存在で黒く濁っていた。ヴァンパイアとオオカミの両方が自分の意識の中で押し合っているのを感じた。

でもそれはどちらかが支配して侵すわけじゃなく、両方がただ興奮して戦いに備え、解放されたがっていた。

俺は怒りに身を震わせながら、すぐに自分の姿から目をそらした。自分の目がこんな色をしていたのは、アザゼルが俺の体を乗っ取ったときが最後だった。アザゼルはその時に我々に映る目で本来の目を見せていた。

突然、自分だけの地獄の記憶に引き戻されたように感じて俺はたじろいだ。頭の中に無意識に過去数か月の光景がよみがえって、その場面を再生していた。

自分の手が、パートナーであり最愛の人であるベルの美しい顔をひっぱたいていた。コントロールがきかず、その打撃の力で彼女が横に飛ばされるのを恐怖に震えながら見ていた。

でももっと最悪だったのは、その一撃が起こったあとだった。ベルは俺を見上げて、恥ずかしさで涙ぐんだ青い目を丸くして...謝ったんだ。

ベルが俺に謝ったんだ。彼女の肌に傷をつけたのは俺の手だったにもかかわらず、自分が悪いことをしたと思っていた。

しかも二回も。アザゼルはベルを2回殴って、俺のせいだと思い込んでいる彼女の状態をみて喜びを感じでいた。そしてそのたびにベルは謝った。

それも正真正銘の謝罪で、後悔していることが明らかだった。何を恥じているのかはわからなかったけど、俺にはそれが感じられた。日を追うごとにベルの屈辱が増していくのが感じ取れた。

ベルは自分に対して厳しすぎて、自分を責め、何か悪いことをしたのかと悩んでた。それが自分とはまったく関係のないことだとも知らずに、それが何であったにしろ解決したがってた。

俺はずっと頭の中で叫び続け、自分を閉じ込めている束縛を打ちのめしていた。まるで溺れてるみたいな感じだった。

アザゼルに支配された自分を打ち破ろうと必死に努力して、ベルのところへ戻ろうとした。

彼女が食事もせず、眠ってもいないことは知ってた。基本的に群れのみんなから蔑ろにされていたのも知ってた。どれほど弱っているかも感じていた。でも俺には何もできなかった。

毎日、彼女が遠くへ逃げてくれることを願っていた。でも毎日、まだこの家にいるのを感じるたびに、こんなことをしてるアザゼルに対して俺は完全に怒り狂ってた。

カイルでもイライジャでも、誰でもいいから、誰かに話して、こんなところから逃げるように言いたかった。彼女がここに留まってる理由が理解できなかった。いったいなんで逃げなかったんだ?

確かにアザゼルはベルの持ちあたえる力が欲しくて、そのために留まるようにと命令していた。でも実際は、彼女が逃げたところであいつは気づかなかっただろう。

おれはその事実に苦しんだ。もしも捕まったら罰せられるのが恐くて留まっていたのなら、そんな必要はなかったのに。アザゼルの頭の中は他の問題でいっぱいだったから。

2か月以上かけてあいつの心の中の考えを聞いてたから、俺にはそれがわかってた。俺はヴァンパイアの元王についてほぼすべての詳細を知ってた。

あいつはベルが人間であることに関心がなく、魅力的だとは思ってたけど、彼女の魅力を俺に思い出させるのが好きだっただけで、実際は彼女をそばに置くことになんて興味なかった。

あいつはただ俺を嘲笑い、弱らせたかったから彼女と寝ようとしたんだ。でも、聞いて驚くな。あいつがアルファ・メイルの女と交わったところで、俺が弱くなることなんてなかった。

いや、むしろ逆効果だった。あいつがベルに手を出すたびに俺は怒りで目がくらみ、ついに俺の中のオオカミが憑依をすり抜けて、仲間のところに戻ることができた。

アザゼルはその経験から学んだ。自分のパートナーが傷つくのを目の当たりにして、俺はあいつの支配から解き放たれるほど激怒した。

あいつはそのとき、俺を本当に弱らせるにはベルから離れるのが一番だと知って、それを実行した。2人の絆を途絶えさせたのだ。彼女が徐々に衰えていくのを感じながら、俺も一緒に弱っていった。

アザゼルが再びベルと交わろうとしたのは、たった2日前のことだった。でも今回は俺を嘲笑うためでも、怒らせるためでもなかった。結局のところはそうなったんだけど。

アザゼルは誰かが自分の机を調べたことに気づいた。つまり、それは俺の群れのメンバーの誰かが、アザゼル一族に送っていた手紙のことを知っていることを意味してた。

俺の中であいつの本当の恐怖を感じたのはこのときが初めてだった。

予想していたよりも早く戦争が起こる可能性があると知って、戦闘中にできるだけ強くなるために、ベルとの交わりの絆を完成させたいと考えた。

ベルがそれを拒んだとき(俺にとっては本当にほっとしたこ瞬間だった)、あいつはためらうことなくベルを蹴り飛ばし、別の女を選んだ。

アザゼルは、そのことでベルがやっと自由になろうと決めたことを知らなかった。ひどく傷ついたけど、自分が俺に望まれていないと考えることで、ようやく自分を逃がそうとできた。

そのときは誇らしかったが、彼女にかかった時間の長さ考えると、身体的な痛みを感じた。

どうしてそれまでに逃げ出さなかったんだろう? チャンスはいつでもあったのに。なんでベルは、虐待されて、誰かの靴の底の泥みたいにしか扱われない、このクソみたいな場所に留まったんだろう?

それが当然だと思ったんだろうか? これが自分の新しい人生だとでも思ってたんだろうか。

ベルにはそれ以上の価値があったし、自分自身でもそれがわかってると思ってた。だって、彼女は想像を絶するほど他の誰よりも強い女性だから。

ベルはたくさんの困難を乗り越えてきた。人生が燃え尽きるたびに、灰の中から自分を取り戻してきた。

俺は、今ならわかるんだけど。

ベルが反撃することなく俺の虐待に耐え続ける日々が過ぎるにつれてわかってきたのだが、彼女はあまりにも多くの炎に直面するようになり、その人生が何度も燃え尽きたのだろう。

そして、ある時期を過ぎると、火事は偶然や事故ではなくなると彼女は確信するようになった。どこへ行っても同じ人物に炎がついて回るということは、その人物が火事を起こすことに縁があるということなのだ。

そうしてベルは自らを燃やした。俺たちの強い仲間は、炎が再び彼女を焼き尽くし始めるのを敗北の思いで見ていた。

ベルが言うには、何をやっても、どこに行っても炎につきまとわれるらしい。痛みがあまりにも大きく、火傷が手に負えなくなったときだけ逃げだした。

俺が自分を拒絶して別の人と一緒になったのだと思ったときに。

ベルが耐えた火傷が傷跡を残すことは間違いない。彼女の信頼を取り戻すのは簡単じゃないが、必ず取り戻す!

ベルをこの腕の中に取り戻すまで、俺は絶対にあきらめない。二度と離すもんか。彼女が本来の強さを思い出すまで、俺が一緒になって立ち直らせるんだ。

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