
私たちは駐車場に車を停め、パックハウスの正面玄関に向かっていた。
誰もが盛装していた。徐々に、自分の運命が近づいているのを感じた。
きびすを返し、家まで走って帰りたかった。
そう、たとえヒールを履いていても。それくらい必死だった。
「これでパックでの私たちの地位も安泰ね。早くアルファに会いたいわ。私があと数年若かったら......」
「ママ、お願い。やめて」
幸いなことに、ママはまたすぐに別の話を始めたので、それ以上私が説明する必要はなかった。
私の中でまたヘイズが暴れ始めようとしていた。今までずっと抑えようとしてきたのに。
知るもんですか。私の体が言い返してきた。私はまさに、自分の身体と会話をしていた。いいかげんにしてちょうだい。ヘイズのバカ。
人間の受付係が私たちを出迎え、食堂に案内してくれた。
シャンデリア、かつてのアルファの古い肖像画、王族にふさわしい銀のカトラリーが置かれたテーブルが12卓。私たちのような一般人はほとんどいない。
席に着いて初めて、アルファのテーブルに一番近い所だと気づいた。
偶然だろうか?ジェレミーが招待状を持ってきたときのいぶかしげな視線を思い出した。
しかし、私はそれを無視した。そうだ。偶然だ。そうに違いない。
ようやく、出席している他の女性たちを眺める余裕が出てきた。
私が一番の美人というわけでないことは確かだった。アルファと同じくらいの年齢だろうか、20代後半の若い女性たちも座っている。
彼女たちのスラリと伸びた長い脚、ぷっくりと膨らんだ唇、きらめく金色の瞳に、私がかなうわけがない。
私は自慢できるようなスタイルではないし、火のように赤い髪が背中で波打っているわけでもない。氷のような青い瞳も昔ながらのオオカミ人間らしいとは言えない。でも、洗練されていない分、かえって目立っていたのだろう。
あの部屋の中で、私ほど目立つ者はいなかった。良くも悪くも。
「......あの子が、ここで何をしているのかしら?」女性の一人が友人たちにささやくのが聞こえた。皆、鼻で笑っている。
何て意地悪なのだろう。
彼女たちも特権階級というわけではない。ただ、彼女たちは明らかに自分たちのことをそう思っていた。
私は自分が何者なのかよくわかっていたし、手と膝をついてパックハウスの重要なオオカミに乗られることを懇願するようなオオカミ女でもなかった。
私はあることのために戦っている。
どこかに私が待つ価値のあるパートナーがいるはず。私の目を見て、本当に私だけを見てくれる人。一目見ただけで、私を愛してくれる人。そして私も愛することができる人。
このパックハウスではどうだろう? 今のところ、注視すべきものは何もない。
帰ってしまおうかと思ったその時、他のテーブルの男が私の胸の谷間を見ているのに気づいた。理由は説明できなかったが、私はうれしかった。
ちょうどその時、一人の女がドアからさっそうと歩いてきた。さっきまで私の胸の谷間を見ていた男も、すばやく彼女に視線を向けた。
文字どおり誰もが、女性でさえも、彼女を見つめた。日に焼けて、背が高く、すらりとした首の彼女は、赤いガウンをまるで女王のように優雅に着こなしていた。
「彼女よ!」 セレーネはささやいた。「あれがジョセリン。エイデン・ノーウッドの元恋人。新しい恋人もいる」
ジョセリンの隣にいたのは、誰もが知っているブロンドのスパイキーヘアのイケメンだった。彼はアルファのベータでナンバー2の。ジョシュ・ダニエルズだ。彼は彼女の頬にキスをすると、アルファの隣の席に座った。
ジョセリンと付き合っているジョシュとエイデンは、まだ友達なのだろうか。
そう思ったのもつかの間、気がつくとセレーネとジェレミーが私の手を引いてどこかへ連れて行こうとしていた。
何?
どういうこと?
誰かを紹介してなんて頼んだ覚えはないのに。
「ジョセリン、あいかわらず輝いてるわね」セレーネが言った。
「セレーネったら、お世辞がお上手なんだから。そのドレス、すごくに合ってるわよ」ジョセリンが答えた。「このステキな女性はどなた? あなたの妹?」
ジョセリンに手を握られたとたん、想像もできないくらい温かな癒やしのエネルギーが体に満ちあふれるのを感じた。ヘイズが和らいでいく。
「お会いできてうれしいわ」彼女は微笑んだ。「ジョセリンよ」
「シエナです」と私は言った。
ジョセリンはヒーラーなのだろう。その美しさにもかかわらず、彼女はここにいる他の女の子よりも2倍も優しかった。
もっといろいろ話したい、そう思ったのもつかの間、周囲の人々の息をのむような声に遮られた。
振り返ると、パーティーの中心人物、イーストコースト・パックのアルファ、エイデン・ノーウッドが食堂に入ってきた。
高価なタキシードに深緑色のネクタイを締め、金色の瞳の緑をいっそう際立たせている。
漆黒の髪は寝起きのように乱したまま、歯を食いしばりつつも攻撃的な笑みを浮かべていた。
認めざるを得なかった...... この姿だけでも、女を濡らすには十分だ。
「ようこそ、パックの皆さん」彼がややうなるように言った。「まもなく夕食が始まりますので、どうぞお座りください」
彼の言葉はシンプルで、紳士的でさえあったが、私は言葉の端々に不吉なものを感じていた。体がこわばり、欲望を感じた。
いっときは眠っていたヘイズが再び目覚めたようだった。
不敵な笑みを浮かべて、アルファは自分の席のほうを向いた。我慢の限界だ
炎が私の体を伝いおり、太ももの間でぶつかった。喉は渇き、頬は再び熱を帯びて赤くなった。
エイデンはジョシュとジョセリンの隣に座り、驚いたことに2人と何もなかったかのように談笑している。
うわさは事実ではなかった。恋人を取られたことを苦しんでいるわけじゃない。では何?
私は今、拷問を受けているかのような気分だった。ヘイズが静かに私を引き裂こうとしている。
シーズン中、交尾していないオオカミ人間は、近くにいる誰かがヘイズ中かどうかを嗅ぎ分けることができる。これはこの世界では常識だ。
気をつけて、ヘイズに支配されないようにしないと、未交配の男たちに私の匂いが届いてしまう。
公衆の面前でヘイズでいることをさらすなどは、何をされても構わないと言っているようなものだ。
最初の料理出されたときのことだった。私たちのテーブルを担当した未交配のオオカミ男が私の匂いに気づき、目を輝かせた。
顔を火照らせつつ、私は彼をにらみつけて目を細め、彼に興味がないことを警告した。
確かに彼はキュートだったが、私はディナーパーティーのウェイターのために処女を守っているわけではない。
安堵の息をつこうとした瞬間、誰かの視線を感じた。
私はわざと顔を上げようとしなかった。
その視線は、それがどこから来たものであれ、強力な力を持っていた。
ヘイズの力が増していき、私をさらに熱く燃え上がらせる。
私は耐え切れず、声を上げた。下着が湿り、胃が締め付けられた。体中の筋肉がこわばる。
「食べないの?」
ママの言葉に私は飛び上がりそうになった。私は苦笑いを浮かべ、歯を食いしばりながらうなずいた。
「ちょっと待ってて」
ママは私が苦しんでいることにまったく気づかないまま、肩をすくめてサーモンにかぶりついた。おいしそうな料理だが、私が欲しているのはもっと別のものだった。
例の視線はまだ私に向けられている私にははっきりとそれが感じられた。そしてさらに悪いことに、私を見ているのはその者だけではなかった。
私の匂いは今や部屋に漂い、すべての未交配のオオカミの注意を引いていた。
もはや選択肢はない。
外に出なければならない。
私は立ち上がった。「失礼します」と硬い口調でつぶやくと、ショールをテーブルの上に置いたまま、ダイニングルームから全速力で飛び出した。
食事の途中で、特にアルファの前で席を外すのはルール違反だとわかっている。王族に対する侮辱に等しい。
でも、そんなことはどうでもよかった。
私はトイレに駆け込んだ。ありがたいことに、トイレには誰もいなかった。私はトイレのドアに鍵をかけ、壁にもたれかかり、大きく息をついた。
何重にも重ねられたシルクの薄い層がもどかしい。パンティも。何もかもが…。
もはや自分自身を押さえられず、ドレスの裾を腰まで引き上げた。パンティの下に手を滑り込ませ、クリトリスに指が触れた瞬間、私は爆発しそうになった。
指を動かし始めたら止まらなくなった。熱はいたるところにあった。内側も外側も、私を蝕んでいく。
それまでだって何度もオナニーは経験があった。それが正気を失うことなくヘイズを乗り切る唯一の方法だった。でも、いつも寝室でやっていた。
大勢の飢えたオオカミに囲まれたことはなかった。
パックハウスのトイレの中でもなかった。
湿ったリップに触れたとたん、私は口から漏れるうめき声を抑えることができなかった。
体のこわばり、欲望、炎。苦しくてたまらない。今度こそ本当に爆発しそうだった。
しかし、そのときトイレのドアが開き、足音がタイル張りの床に響いた。ヒールの鋭い音ではない。男用の革靴の、平らで低い足音だった。
私の体は凍りつき、心臓が激しく打ち始めた。
トイレに入ってきた者に、私に構うなと言おうとしたその時、しゃがれた低い声に衝撃を受けた。
「お前の興奮の匂いがするぞ、女」